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第五百五十九話 血と魂(七)

 王宮大広間での結婚式(式というより、披露宴に近いものだったようだが)は、なんの問題もなければ事件も起きず、無事に終了したということだった。結婚式の主役ふたりは無論のこと、参列者、警備要員のだれひとりとして傷を負うような事態にならなかったのだ。

 ガンディアが全力を結集して万全の警備を敷いていただけのことはあった、ということだ。

 そして、それもこれも、晩餐会の夜、セツナが刺されたことが大きく影響しているようだ。晩餐会自体、完全無欠の警備体制を敷いていたつもりだったのだ。王宮にいるだれもが、警備の不備を認識していなかった。いや、警備体制が悪かったのではない。王宮警護が反レオンガンド派の掌中にあったために起きた事件なのだ。

 そもそも、反レオンガンド派がセツナ暗殺という実力行使に出てくるとは、神ならぬレオンガンドにわかるはずもなければ、軍師ナーレスでさえ想像していなかった。反レオンガンド派は、レオンガンドの足を引っ張りこそすれ、ガンディア王国そのものに害をなすような行動を取らないという認識が、レオンガンド派にはあったようだ。

 だからこそ、レオンガンドたちも、反レオンガンド派が王宮の警備体制を握っているという事実を甘く見ていた。その結果、暗殺未遂事件が起き、セツナは腹を刺された。キリル=ログナーが死んだのも、暗殺未遂事件に原因がある。

 その後、王宮警護の仕組みを見直すべきだという議題が上がったのは、当然というべきだろう。ラインス=アンスリウスの一党は、当初こそ反発したものの、王宮警護の失態という事実を否定することはできず、次第に声を弱めていったらしい。結局、レオンガンドたちの思惑通り、王宮警護はサンシアン家が管轄することになった。王宮警護管理官にオーギュスト=サンシアンの妹アヴリル=サンシアンが任命され、これにより、結婚式の警備体制がラインス一派によってどうにかできるものではなくなったのだ。

 王宮警護の前管理官であるラファエル=クロウが、その決定に反対しなかったのは、晩餐会の警備体制の責任を問わないという政治的取引があったかららしいが、詳しい話は聞いていなかった。セツナに政治向きの話をしても仕方がないというのは、ナーレスたちの共通認識らしい。

 実際のところ、セツナにはどうでもいいことではある。領伯である以上、政治にも関わっていくことになるのかもしれないが、レオンガンドからは今までどおりでいいといわれていた。領地の運営は司政官に任せておけばよく、セツナは、レオンガンドの命ずるままに敵を打ちのめすだけだ。

 単純で、わかりやすい役割。

 セツナには、それでいいのだ。

 居場所が確保できるのならば、それでいい。

(もう、俺だけの居場所じゃないからな)

《獅子の尾》は、ミリュウやファリアの居場所にもなっている。ルウファには、バルガザール家があるし、マリアやエミルにも軍という帰る場所があり、《獅子の尾》だけに固執する必要はない。しかし、セツナには《獅子の尾》しかなかった。ミリュウやファリアがどう考えているのかはわからないが、彼女たちが居場所を求めて、彼の側にいるのは間違いない。

 居場所を護る。

 セツナの目的が明確化してきていた。

 そのためにも、この結婚式を大成功で終わらせなくてはならない。

 ガンディアの獅子王の結婚式が無残な形で終われば、ガンディアの評判は地に落ちるだろう。地に落ちれば、どうなるか。ガンディアが小国家群で孤立する可能性も、皆無ではない、という。

 近隣諸国の首脳陣がレオンガンドの招待に応じたのは、ガンディアの軍事力を恐れているからだ。アザーク、ジベル、メレド、イシカ、アバードなどといった国々は、ガンディアの半分以下の国力しかない。ガンディアに対して敵対的な行動を取ることはできるだけ避けたい。対立すれば攻め込まれるかもしれないし、ベレルのような目に遭うかもしれないのだ。だから、弱小国家は相争うようにして参加を表明し、王侯貴族を送り込んできた。

 ガンディアが軍事的強者であればこそ、彼らは従順な犬のように振る舞うのだ。

 ガンディアの立場が弱体化すれば、彼らは手のひらを返すに決まっている。

「失敗する要素なんてなさそうですけどね」

 ルウファが、パンを頬張りながらいうと、エミルが彼の顎についたドレッシングを紙で拭った。

 十二月六日午前十一時。

《獅子の尾》の面々は、王宮区画外周城壁北門に集まり、早めの昼食を取っていたのだ。これも事前の打ち合わせ通りであり、午後からの本番に備えて、いまのうちに腹を満たしておく必要があった。午後にはレオンガンドとナージュが群臣街の一区画を行進する予定であり、観衆が押し寄せる関係上、王宮内部ほど完璧な警備体制を敷くことは難しく、いつなにが起きても即座に反応できるように備えておかなければならなかった。群臣街は、本来、市民が自由に出入りできる場所ではないのだが、レオンガンドとナージュが式を挙げたことを国民に報告するという名目もあって、開放されることに決まったのだ。

 レオンガンドたちは当初、群臣街ではなく、市街を一周しようと考えていたらしいのだが、側近やナーレス、王宮警護の猛反発を受けて、群臣街の一部を行進するだけに留まった。もし、レオンガンドの初期案で進んでいたらと思うと、セツナでさえぞっとする。

 いま、王都には凄まじい数のひとが訪れているのだ。市街をあぶれるほどの人数であり、そのひとの海の中を行進するなど、正気の沙汰ではない。王都に訪れたひとびとが、全員、レオンガンドの結婚を祝福したいと思っているわけではないのだ。中には、レオンガンドに害意を抱いているものもいるだろうし、暗殺の機会を窺っているものもいる。実際、危険人物が数名、都市警備隊に検挙されたという報告が上がってきていた。

 どれだけ警備体制を万全にしていても、それだけのひとが押し寄せれば、どうなるものかわかったものではなかった。

 群臣街の一部に限定されれば、警備も多少しやすくはなるだろうし、セツナたちの感知範囲外から攻撃されるという可能性も少なくなるはずだ。

「それに、結婚式が失敗するってなんなんです? なにが起きるっていうんですか?」

「そんなこといったら、晩餐会はなんだったんだよ、って話」

 セツナは、ぶっきらぼうにいって、手頃に切った鳥の照り焼きを口に放り込んだ。さすがに冷めてはいるものの、独特の風味を持ったタレと肉厚の食感が、セツナに幸福を運んだ。

 城壁上である。豪勢な食事とはいかないものの、《獅子の尾》の厨房を任せている調理人ゲイン=リジュールが腕によりをかけた弁当は、そんじょそこらの料理屋には真似のできない代物であり、セツナたちは、毎日のように幸福を味わっていた。彼を隊舎専属の調理人に選んだのは、ルウファであり、バルガザール家という名門で育った彼の目と舌は確かだった。

「あー、隊長刺されましたもんね」

「ぐっさりね」

 セツナがフォークを鶏肉に突き刺しながらいうと、隣から伸びてきた腕が彼の首に絡みついた。そのまま引き寄せられる。ミリュウだった。

「軽ーくいってるけど、本当に心配したんだからね」

「そうよ。ミリュウなんてずっと泣いて――」

「う、嘘よ! ファリアのつまんない冗談だからね!」

 セツナを放り出したと思ったら、ファリアの口を塞いで懸命に否定するミリュウの必死さたるや、可憐でさえあったが。

「あ、ああ……?」

「なにいまさら照れてんだか」

「なんていうか、たまにすっごく子供っぽいですよね、ミリュウさんって」

「うん……精神的に子供なんだと思う」

 ルウファの感想は率直な気持ちなのだろうが、セツナは、彼に半眼を注いだ。ミリュウに聞かれていたら、ただでは済まされなかったのは間違いない。

「おまえら酷いな」

「隊長ほどじゃないっすよ」

「どういうことだよ」

「この女たらしが」

「ルウファおまえ、最近言葉がきつくないか?」

「気のせいっすよ」

 ルウファが涼しい顔で返してきたかと思うと、エミルが視界に飛び込んでくる。

「そうですよ、ルウファさんの言葉がきついなんて、ありえないですよ」

「いや、いまさっき、いって――」

「ところで、今朝から気になってたんですけど、あれ、なんなんですか?」

「ああ、あれね、あれは……」

「無視かよ」

 セツナは、完全にふたりだけの世界に入ってしまった部下たちに対して、脱力するよりほかはなかった。ルウファにしてもそうだが、隊士のだれひとりとして、セツナのことを隊長として敬ってはいないのではないか。いや、敬って欲しいなどとは思ってもいないのだが、最近の扱いを考える限り、多少は考慮してくれてもいいのではないか、と思わないではなかった。

「隊長殿、お気になさらず、いまはしっかりと食べて、午後に備えてくださいね」

「……マリアさんだけだよ、そういってくれるの」

「ふふ、あたしの胸ならいつでも貸してあげるよ、隊長殿」

 マリアは微笑むと、その豊満な胸を誇示するように両腕を広げた。比較せずとも、ファリアやミリュウよりも大きい。

「あー! セツナ、先生までたらしこんで!」

「年上好きにもほどがあるわよ!」

「ほどがあるって……どういう意味だい?」

「どういう意味もこういう意味もないですってば」

「そうそう、マリアせんせが三十路だからどうとかいってませんって」

「いま、いった!」

 マリアとファリア、ミリュウの間に剣呑な空気が渦巻き始めたのを確認して、セツナはすぐさまその場から退避した。結局、ルウファたちの近くが一番安全なのだから虚しさもひとしおだが、致し方ない。

「……ったく、なんでこうなるんだよ、うちの連中って」

「隊長が隊長だから仕方がないんですよ」

「むう……」

「そこは否定しないんですね」

「否定しようがない」

「はは」

「笑いどころじゃねえし……まあいいや、あれ、俺も気になってたんだよな。昨夜まではなかったよな?」

 セツナは、話題を変えて、王宮区画内に視線を向けた。外周城壁の内側に広がる、王侯貴族の楽園ともいうべき王宮区画には、獅子王宮とも呼ばれる宮殿があり、王族や貴族の住居が立ち並んでいる。セツナは領伯に任命されたことで王宮区画内に住居を持つ資格を得たのだが、《獅子の尾》の隊舎で十分ということもあり、資格を行使することはなさそうだった。

 獅子王宮は森の中にあるといっても過言ではない。区画内には王家の森とも呼ばれる森林があり、その中に貴族や王族の住居が立ち並んでいるのだが、王宮警護が警備に苦慮するのもわかるというものだった。その森林の中心に獅子王宮が聳えていて、結婚式はその中枢に近い大広間で行われている。

 セツナが視線を注いだのは、獅子王宮そのものではなく、宮殿の東側出入口付近に配置された巨大な物体だった。巨大な鉄の箱とでもいうような代物だが、北門から肉眼で見えるほど巨大な鉄の箱など、存在するのだろうか。

「はい、今朝になってようやく王宮区画に運び込まれたんですよ。大きいでしょ。市街からここに運びこむのも大変だったらしいですよ」

「そりゃそうだろ……」

「カインさんがぶっ倒れたほどですからね」

「カイン……哀れなり」

 セツナは、半ば本気でカインに同情した。王都の外周に防壁を構築するという大規模工事をして疲れ切っていたのだ。そこからさらに過酷な任務を与えられるとは、さすがのカインも想像していなかったのではないか。あれだけの巨大な物体を市街から王宮まで運び入れるのにどれだけの労力が必要なのか、セツナには想像もつかない。もちろん、武装召喚術を駆使したのだろうが、それにしたって、肉体も精神も消耗し尽くしたであろうことは想像に難くない。

(だから、いないんだな)

 カイン=ヴィーヴルほどの武装召喚師が今朝から姿を見せないのは不思議だったが、ぶっ倒れているのならば納得もできるというものだ。

「あ、なんか嬉しそう」

「嬉しくねえよ」

「でも、ひとが倒れて喜ぶ隊長はちょっと……」

「あのなあ……」

「で、実際、あれはなんなの?」

 セツナの首を抱き寄せながら尋ねたのは、ミリュウだった。マリアとの口論は終わったらしい。だれが勝利し、だれが敗北したのかなど、確認する気にもなれなかった。力ならともかく、彼女たちが口論でマリアに勝てるとは思えない。

「結婚祝いの品だそうですよ」

「ほえー……」

 感心するミリュウの腕の中から脱出して、セツナは、もう一度箱を見やった。引き出物にしてはあまりに巨大で、あまりに異質すぎた。

「それにしてもでかすぎねえか?」

「なんなんでしょうね?」

 ルウファが、何気なしにいった。

「クルセルクからの贈り物らしいですけど」

 風の音が静寂を運ぶ中、セツナは胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

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