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第五百五十八話 血と魂(六)

(なにより、わたしに時間がない)

 ナーレスは、小さく拍手するメリルの横顔を覗き見た。まだ十七歳の少女は、レオンガンドとナージュの姿に胸をときめかせているようだった。目が輝いている。彼女にとってガンディアは敵国であり、レオンガンドは実の父親を討った男だったが、既に割り切っているのだ。

 数多の小国家が入り乱れる戦国乱世。勝者はすべてを得、敗者はすべてを失う。遥か昔から繰り返されてきたことだ。それこそ、五百年の昔から、連綿と続いてきた。

 五竜氏族ライバーン家の出身であるメリルが、その程度のことを知らないはずがない。幼い頃から戦国の理を叩きこまれてきたに違いないのだ。でなければ、敵国の王の結婚式を素直に楽しむなど、できるはずがなかった。

(メリルでさえ割り切れるというのに)

 ナーレスは、ラインス一党のことを考え、頭を振った。彼らのことばかり考えていても仕方がない。最後にもう一度ラインス一党を見やると、ゼイン=マルディーンがこちらに気づいて、軽く会釈してきた。ゼフィルの実の兄であり、ラインスの片腕と称される男だ。

 ナーレスは彼に会釈を返すと、今度は列席した各国首脳の表情を盗み見た。

 ルシオンの王子夫妻は、以前からレオンガンドも早く結婚するべきだ、とけしかけていたこともあってか、ふたりとも嬉しそうに相好を崩している。もっとも、リノンクレアがナージュに注ぐ視線には、嫉妬にも似た感情が混じっているようだったが。

(そういえば……そうだったな)

 リノンクレアが重度のレオンガンド信者だったことを思い出して、ナーレスは目を細めた。最愛の妹の信頼を踏み躙ってまで、“うつけ”を演じなければならなかったレオンガンドの胸中を思うと、胸が締め付けられるのだ。ガンディアのためとはいえ、レオンガンドにも、リノンクレアにも苦痛を強いてきている。

 リノンクレアはレオンガンドの側に居たかっただろうし、レオンガンドは、リノンクレアの期待に応えたかっただろう。だが、他国を欺くというシウスクラウドの謀略の前では、個人の想いなど小さなものだった。

 一方、ハルベルク・レウス=ルシオンは、素直に義兄の結婚を喜んでいるようだった。ルシオンとガンディアの同盟は、ハルベルクが生まれる前から続いている。彼は子供の頃から、ガンディアの王子レオンガンド、王女リノンクレアと遊び、本当の兄弟のように仲が良かった。

 彼もレオンガンドを信じたひとりだった。

 ミオンの王イシウス・レイ=ミオンは、突撃将軍ことギルバート=ハーディとともに参列している。ミオンは、三国同盟の一翼を担う重要な国であり、イシウスが国王である限りは、ガンディアとの関係が崩れることはなさそうだった。イシウスは、自分を王にしてくれたガンディアに多大な恩を感じており、また、レオンガンドを心底慕っているようなのだ。彼がレオンガンドを裏切るようなことはなさそうだ。もっとも、宰相マルス=バールの腹の中まではわからないが、少なくとも強大化したガンディアに敵対する旨味はないはずだった。

 ジベルの国王は青ざめた顔で結婚式の進行を見守り、王子はそんな父親の横顔に軽侮を隠さない。アルジュ・レイ=ジベルが小心者なのは有名な話だが、息子にまで侮られているのは知らなかった。死神部隊と呼ばれる特殊部隊の姿は、さすがに式場の中にはなかった。大広間の外で待機しているはずだが、この大広間で事件が起きることがない以上、飛び込んでくるようなことはないだろう。

 もっとも、死神部隊が事件を起こすというのなら、話は別だが。

 ベレルからは、国王夫妻と王子、王女が参列し、レオンガンドとナージュの様子を眺めている。ベレル国王イストリアは、昨日、ナーレスを見つけるなり、ガンディアの支配を受け入れるという判断が間違ってはいなかったと囁いたものだった。

 これだけの王侯貴族が、レオンガンドの結婚式を祝福するために集まったのだ。イストリアとて、感じるものがあったのだろう。

 メレドは国王、イシカからは王子が参加している。つい最近まで戦争していた敵国同士であり、両者のテーブルは遠く離れた位置にある。メレドの王サリウス・レイ=メレドは、余裕を持った人物だ。たとえイシカの王子ルース・レウス=イシカと隣り合ったテーブルであったとしても、口論さえ起こさなかっただろう。しかし、ガンディア側としては、最新の注意を払う必要があったし、メレドとイシカの護衛部隊が衝突しないか、常に気をつけていなければならなかった。

 メレドとイシカに招待状を送ったのはレオンガンドだが、止めなかったのはナーレスだ。まさか両国が参加を表明するとは思いもよらなかったのだ。どちらも参加しないか、どちらかが参加すれば、もう片方は反目して参加を見送るのではないかと考えたのだが、どうやら甘い考えだったようだ。

 隣国アザークの第二王子の姿もある。彼は、ガンディアと友好関係を結ぶことに躍起になっている。ガンディアに敵対的な兄や父とは違うのだ、ということを必死になって主張している様が滑稽なほどだったが、ガンディアにとっては悪い話ではない。もちろん、彼がアザークの政情を維持できるのなら、だが。

 アザークと友好関係を結んだと思ったら翌日には敵対していた、などということが起こりうるのが、アザークという国だった。だからこそ、アザークに対しては慎重に発言しなければならないが、レオンガンドは既にアザークとの友好関係の回復に尽力するといってしまっており、結婚式が終わり次第、アザーク国王との会見を行いたいという姿勢を見せていた。ナーレスはそれを好機と考えている。アザークがガンディアの意向通り会見に応じるならば、友好国となってもいい。しかし、アザークが第二王子の意向を無視して敵対行動を取るのならば、攻め滅ぼしてしまえばいいのだ。

 最後に、アバードだ。獣姫こと王女シーラ・レーウェ=アバードが、淡い色のドレスを身に纏い、居心地悪そうにしていた。男として育てられた彼女には、ドレスなど着心地が悪くてたまらないのかもしれない。彼女とはザルワーン時代に会ったことがあるのだが、いまでも相変わらずの傍若無人ぶりにナーレスも笑うしかなかった。

 アバードが獣姫を送り込んできたのは、どうやら、彼女の婿探しも兼ねているかららしく、それもナーレスの笑いを誘った。シーラ自身は見目麗しい姫君であり、髪型や格好さえ女性らしくすれば、婿探しなどする必要はないはずだった。しかも、アバードの姫なのだ。アバードといえば、かつてのガンディアよりも広い領土を持つ国である。婿候補など、掃いて捨てるほどいそうなものだが。

『わたしに弟でもいれば良かったのだがな』

 レオンガンドは、ナーレスの報告に、そう漏らした。

 ガンディア国内にはシーラ姫に釣り合う立場の人間がいないということを暗にいっていたのだが、ナーレスはそうは思わなかった。

『セツナ伯はいかがでしょう?』

『シーラ姫が領伯夫人になるというのなら、それもいいが……』

 レオンガンドが表情を曇らせたのは、セツナを手放すわけにはいかないからだろうが、それ以外の感情も混じっているように思えてならなかった。もちろん、レオンガンドのいいたいこともわかるし、それはナーレスにとっても大前提だった。セツナは、ガンディアに無くてはならない存在なのだ。いまや、彼を軸とした戦略が練られている。彼と黒き矛がガンディアの戦力の中心だった。

 彼が他国にいくなど、到底容認できる話ではなかった。

 

 そんな中、レオンガンドとナージュの結婚式は、なんの問題もなく進行していった。

 幸福に満ちたナージュの表情を見る限り、大成功といってもいいのではないか。

 ナーレスは、ふと、そう思ったりもした。

(まだ、終わってはいないが)

 彼は、懐中時計を取り出した。時計の針は十一時に迫ろうとしている。

 十一時には早めの昼食を取ることになっており、そのあとは、レオンガンドとナージュの晴れ姿を王都の人々に披露するため、王宮区画外を行進する予定だった。

 事を起こすとすれば、屋外に出たそのときだろう。

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