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第五百五十四話 血と魂(二)

 アバードの王女シーラ・レーウェ=アバードが、ガンディオンに入ったのは、予定より一日早い十二月四日のことだった。アバードの外務大臣エイドリッド=ファークスによれば、シーラの気まぐれで一日早く到着してしまったらしく、ガンディア側は対応に追われたものの、大きな問題は起きなかったことに双方安堵した。

 十二月四日、ガンディオンに到着したのは、アバードの一行だけではない。ベレルの国王夫妻、王子が王宮に入り、属国の証としてガンディアの王宮で暮らしている姉イスラとの再会を喜んだ。また、ジベルの国王アルジュ・レイ=ベレルがセルジュ王子を伴って王都に入ったのも、四日のことだ。ジベル王の護衛には、死神部隊がついているという話であり、ガンディア側に緊張が走ったのはいうまでもない。

 アバードの獣姫は戦場で暴れ回るだけで平時は警戒するほどではなく、ルシオンの白聖騎士隊の静謐さはいわずもがなである。また、ベレルの騎士団にはガンディアに喧嘩を売るような気概はなく、レマニフラの近衛隊が結婚式をぶち壊すような真似をするわけがない。

 もっとも警戒するべきは、ジベルの暗躍機関である死神部隊の動向だった。

 ジベルは、ベレルの一件でガンディアに対して悪感情を抱いているのは間違いない。レオンガンドがアルジュ王を結婚式に招待したのは、その悪感情を少しでも和らげ、今後の国交に繋げるためでもあったのだ。アザークやメレド、イシカの国王を招待したのも、周辺国との連携を強めることで、ガンディアの勢力拡大を加速させようという思惑があった。

 レオンガンドは以前、小国家群の統一を掲げたが、それはなにも、小国家群全土をガンディアの支配地にしようというものではない。ヴァシュタリア、ザイオン、ディールという三大勢力と拮抗する第四の勢力を構築することこそが肝要なのであり、そのための手段や方法に拘ってはいなかった。ログナーやザルワーンに行ったように軍事力で制圧するだけがすべてではない。ルシオンやミオン、レマニフラのように強固な同盟関係を結ぶという方法もあれば、ベレルに対して行っているような処置を取ることもできる。

 極力軍事行動を起こしたくないというのは、レオンガンドの根本思想であり、それは彼の腹心たちも了承していることだ。というより、好き好んで戦争を起こす国のほうが少ないというべきだろう。戦争などは最終手段と考えるべきなのだが、この戦国乱世、最終手段に頼らざるをえない場面が多いのも事実だった。

 現在のガンディアとベレルほどの戦力差があれば、戦わずとも支配下に置くことはできるだろう。しかし、すべての国がベレルのように素直にガンディアの言い分を受け入れてくれるはずもない。たとえ戦力差があったとしても、戦わずして敗北を認めることはできないという国があったとしてもおかしくはなかった。

 ジベルがそういう国かどうかはともかく、いま、ジベルがガンディアに対してなにかを仕掛けてくる可能性は皆無ではなかった。死神部隊は、いまでこそ表立って活動しているものの、以前は暗殺や破壊工作などを専門に行なっていた暗躍部隊であり、ザルワーンの都市スマアダをジベルが落としたのも、死神部隊の活躍によるところが大きいという。

 セツナたちは、ジベル王父子がガンディオンに到着したという報告が入ったとき、王宮区画外周城壁北側に集まっていた。召喚武装の補助を得て四方を監視するのは結婚式当日のことであり、二日前の今日は、下見も兼ねて外周城壁を回っていたに過ぎなかったのだ。 

「死神部隊には注意が必要ね」

 ファリアがつぶやくと、ミリュウが鼻息荒く叫んだ。

「特にセツナの唇を奪ったやつ!」

「隊長を見張っておいたほうがいいんじゃないんすかねえ」

「それもそうね」

「さっすが副長! いいこという!」

「まあ、そんな暇はないんだけどね」

 セツナは、好き勝手なことをいう部下たちに辟易しながら、ジベル国王と王子が死神や精兵に護られ、王宮を目指してい移動する光景を見ていた。

 十二月四日は、そのようにして終わる。


 王宮内では、レオンガンドとナージュが、招待客である各国の王侯貴族の対応に追われ、大わらわだったらしいのだが、外周城壁にいたセツナたちには関係のない話だった。セツナは領伯であるものの、結婚式においては領伯としての役割よりも親衛隊長としての役割のほうが強いため、そういった面倒事からは免除されていたのだ。

『セツナには、《獅子の尾》隊長の任務に集中して欲しい』

 とは、レオンガンドの言葉だったが、レオンガンドにしてみれば、礼節も知らないセツナに招待客の応対を期待できるはずもない、とでも思ったのかもしれない。あるいは、本当に《獅子の尾》隊長の任務を優先するべきだと考えてのことだろうか。どちらにしても、王侯貴族の相手を務めなければならないという緊張感から解放されるのはありがたいことであり、セツナはレオンガンドに感謝する勢いだった。

 もっとも、レマニフラ王イシュゲル・ジゼル=レマニフラとは、会食するはめになってしまったが、レマニフラ王のたっての願いとあれば仕方のないことだ。レマニフラ王は、ナージュ姫の実の父親なのだ。つまりは、レオンガンドの義理の父となる人物であり、レオンガンドを主君と仰ぐセツナがイシュゲルと関係を深めておくのは、必ずしも悪いことではないだろう。

 もちろん、会食中は緊張感が半端なものではなく、《獅子の尾》の仲間たちがいなければ、緊張のあまり卒倒していたのではないかと思ったほどだった。そのことをいうとファリアとミリュウは大いに笑ったが、セツナにしてみれば笑いどころではなかった。

「こういうのは俺には合わないんだよ」

「でも、領伯様には慣れていただかないとねえ」

「そ、そりゃあそうだけど……さあ」

 マリア=スコールの意見には、反論のしようがなかったが。


 十二月五日。

 結婚式を前日に控え、王都の盛り上がりは頂点に至ろうとしていた。

 招待国の内、まだ到着していなかった国々の面々が、つぎつぎと王都の地を踏んだ。アザーク、ミオン、イシカ、メレドである。

 アザークからは第二王子カリス・レウス=アザークがアザークの代表として来訪し、ミオンからは国王イシウス・レイ=ミオンと突撃将軍ギルバート=ハーディが、メレドからは国王サリウス・レイ=メレド、イシカからは第一王子ルース・レウス=イシカが、それぞれ自国の軍勢に護られながら、王都に到着した。

 アザークの王子は、国王が参列できなかったのは病を患ったためであると釈明するとともに、レオンガンドが、度々ガンディア領土に攻め込んでいるアザークを無視しなかったことに感謝した。そして、今後はアザークとガンディアの関係が友好的なものになるように約束し、その証として、カリス王子の名が刻まれた剣をレオンガンドに捧げた。レオンガンドは、返礼として宝剣グラスオリオンの折れた刀身の破片から作ったという短剣状の宝飾品を与え、カリス王子がアザークの代表として参列してくれることに感謝を示したという。

 ミオンの王は、レオンガンドを実の兄のように慕っていたらしく、王宮で対面するなり、飛びつかんばかりの勢いだったらしい。その場にいたリノンクレアが嫉妬を覚えるほどだったというのだから、イシウス王のレオンガンドへの態度もわかろうというものだ。

「セツナに対するエイン軍団長みたいなものかしら」

「あいつほどじゃないわよ、きっと」

「もしかして、ミリュウってエインのこと嫌ってる?」

「セツナに付きまとうやつ、みんな嫌いよ」

 そう告げる彼女の目は、いつになく冷ややかだった。そこにいつものミリュウはおらず、魔龍としての彼女がいるように思えたのだが、彼女はこうも付け足すのだ。

「ファリアは特別だけどね」

 ファリアの名を口にするミリュウの表情は、柔らかで、一瞬前までの剣呑な目つきからは想像できない変化だった。そのあざやかさは、ミリュウの持つ複雑さと魅力に改めて気付かされ、セツナははっとなったものだった。


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