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第五百四十七話 北へ

 傭兵集団《白き盾》は、ザルワーン戦争後、論功行賞を待たずしてガンディアを離れている。

 クオンたちは龍府で疲れを癒やしたのも束の間、すぐさまマイラムへ戻り、スウィール=ラナガウディたち残留組と合流を果たした。その前後、ガンディアから契約延長の打診があったものの、団長クオンが拒否したため、ガンディアとの関係はそこで絶たれることになった。もっとも、ガンディア側は、ザルワーン戦争における《白き盾》の活躍を過分に評価していたらしく、莫大な金額の報酬が《白き盾》の金庫番たるスウィールに預けられた。

 これで金銭面の心配は当分不要だと、スウィールがにこやかにいったものだ。百人余りの団員をこれ以上増やさないのであれば、数年はなにをせずとも暮らせるという。もっとも、全員が全員、質素な暮らしをすれば、という条件付きのことではあったが、数年もの間働かずに過ごせるというのであれば、十分に過ぎるだろう。

 もちろん、クオンはなにもせずに時を過ごすということなどできるはずもなかった。

 クオンが、幹部を集めて、《白き盾》の今後の方針を説明したのは、マイラムでの合流後のことだ。ガンディアとの契約を打ち切った以上、つぎの指針を示すのは、団長としての責務でもあった。

「ヴァシュタリアの聖都レイディオンに行こうと思う」

「ヴァシュタリアへ?」

「しかも聖都って……えらく遠いですな」

「なにがあるんだ?」

「なにがあるのかは、ぼくにもわからない」

 イリスの問いに対して、クオンはそういうしかなかったのを覚えている。

「以前、グラハムは天啓を得たといったね。それと同じことなんだと思う」

「天使を……見たのですか?」

 グラハムが目を光らせたのは、自分が見たものがただの幻覚ではなかったのだと信じたいからでもあるのだろう。クオンまでもそれを見たというのならば、彼の見たものも幻想ではなくなる。自分の目で見たものを信じていたとしても、確信が欲しくなるのは人間として正しい感情といえる。

「あれが天使なのかはわからないけれど、ぼくはドラゴンとの戦いの中で、確かに大いなる声を聞いたんだ。それは、北へ行けといっていた。ヴァシュタリアの中枢へ向かえ、と」

「幻聴じゃないのか?」

 イリスが眉根を寄せたのは、唐突な方針転換ともいえるクオンの考えについていけなかったからかもしれないし、それはほかの幹部たちも同様だった。ただひとり、スウィール=ラナガウディだけが表情を変えなかったが、彼とて素直に納得したわけではあるまい。

「そうかもしれない。でも、行ってみる価値はあると思うんだ。《白き盾》の悲願を叶えるためのなにかがあるかもしれない。聖都は神の都でもあるんだろう?」

「そういう話だが……わたしにはわからないな」

 イリスが首を横に振った。ガンディアに生まれ育った彼女には、ヴァシュタリアやヴァシュタラ信仰がどういったものなのか理解できないのかもしれない。その点、ログナー人のウォルドやスウィール、ベレル出身のグラハムは理解も早い。特にグラハムは、敬虔なヴァシュタラ信徒である。天使の啓示に従って騎士団を動かしたのだから、熱狂的とさえいえる。

「わたくしは、クオン様に賛成です。聖都はヴァシュタリアの中枢。古代から現在に至るまで、数多の聖賢が生まれ、眠っていった地でもあります。《白き盾》の今後の指針となるような情報があったとしても、なんら不思議ではない」

「グラハムさんよお、あんた、ただ自分がいきたいだけなんじゃないの?」

「否定はしません」

 グラハムは涼しい顔でいったもので、それに対してウォルドは大口を開けて笑うしかなかったようだった。

 

 ヴァシュタリア。

 ヴァシュタリア共同体ともいう。

 ワーグラーン大陸の四分の一を占める領域を支配する勢力であり、ザイオン帝国、神聖ディール王国とともに三大勢力などと呼ばれている。ザイオン帝国が大陸の東部を、神聖ディール王国が西部を支配する一方、ヴァシュタリアは大陸北部を抑えている。ガンディアを始めとする小国家は、それら三大勢力に三方を囲まれた狭い領域で争い合っているということになる。が、いまはどうでもいい。

 ヴァシュタリアとは、唯一の神ヴァシュタラを信仰するという宗教であり、その教えは五百年以上昔から存在していたという。聖皇による大陸統一事業によってその教えは大陸全土に拡散、ヴァシュタリアの勢力圏外にも多数の信徒を抱えているといわれている。小国家群の北部はほとんどがヴァシュタラに教化されているというし、ログナーやベレル、メレドもヴァシュタラに帰依しているという話だった。

 それでも、小国家群に含まれる国々がヴァシュタリア共同体と合流しないのはどういうわけがあるのか、クオンにはわからない。ヴァシュタリアがこれ以上の領土拡大を望んでいないのか、それとも、そうできない理由がなにかあるのか。

 ヴァシュタリアだけではない。

 三大勢力が大陸を奪い合ってから数百年、四分の一の領土を得てからというもの、沈黙を守っている理由は、だれにもわからなかった。

 聖都レイディオンに行けば、多少なりともわかることも出てくるかもしれないが、クオンとしてはそんなことはどうでもよかった。

 クオンは、ドラゴンが消滅する光の中に見た幻視にこそ、興味があったのだ。

 ザルワーン戦争の後半、突如として出現したドラゴンは、ガンディア軍に絶望をもたらした。天を衝くほど巨大な五首の龍。まさにザルワーンの守護龍といっても過言ではないそれに対して、ガンディア軍が取った策は、力押し以外のなにものでもなかった。セツナとクオンをぶつけたのだ。

 最強の矛カオスブリンガー無敵の盾シールドオブメサイア

 最良の方法だったが、誰もが思いつくような手段でもあった。

 クオンは、セツナとともに戦えるということに狂喜し、いつも以上の力を出すことができたと思っている。実際、クオンはドラゴンとの戦いで、生命力を削るような無茶な召喚を行っていた。そして、その無茶が勝機を生んだ。

 ドラゴンを撃破したのはセツナだ。セツナと黒き矛が、ドラゴンの肉体を破壊した。ドラゴンの巨体が光となって消えていく様を、クオンは見届けることしかできなかった。すべての力を使い果たしたのだ。見届けることができただけでも良しとするべきだろう。そして、ドラゴンが光となって消滅していく光景を見届けることができたからこそ、彼は、それを目撃してしまったのだ。

『北へ』

 厳かな声が聞こえて、それが現れた。

『北へ行くのです。そして、わたしに逢いにきなさい』

 拡散する莫大な光の中に生じた影は、さながら天使のように翼を広げ、クオンを見ていた。

 ドラゴンを撃破したセツナではなく、クオンを見ていたのだ。

『レイディオンへ』

 魂を奥底から震わせるような声だった。クオンは、我知らず、涙を流してさえいた。理解のできない感動がクオンの意識を震わせ、すぐにでも走り出したい衝動に駆られたものだ。

 やがて光が消えると、クオンは、まるで夢から覚めたような気分を味わった。幻覚を見ていたのではないか。幻聴を聞いていたのではない。幻想の中にいたのではないか。疑念が湧いたが、すぐにそのことは忘れた。意識が途絶えたからだ。力を使いすぎていた。

 声のことを思い出したのは、戦争が終わって、しばらく立ってからのことだ。厳密に言えばマイラムへの道中であり、スウィールたちと合流してから、クオンは決意した。

「残りたいものは、残ればいい。離れるというのなら、これまでの働きに応じた金額を支払うつもりです。幸い、《白き盾》には十分な資金がありますからね」

 クオンたちは、聖都への長旅を嫌って、《白き盾》から脱退するものが現れることを懸念したが、数えるほどしか《白き盾》を抜けようとするものはいなかった。《白き盾》の理念を知って参加しているものが多くなっていることが功を奏したのかもしれない。設立初期の団員のうち、クオンの理念についていけなくなったものは、とうに脱退している。

 理念とはすなわち、皇魔の撲滅である。

 皇魔という異世界の存在をこの大陸から消し去り、大陸中の人々の心に安寧を齎す事こそ、クオンの願いであり、望みだった。

 皇魔は、悪ではない。そんなことはわかりきっている。しかし、人間に仇なし、人間と見れば殺戮せずにはいられないような生き物と共存共栄できるはずがないのだ。そうである以上、撲滅もやむなし、と彼は考えている。

 ほかに方法がない以上、仕方がないことだ。

 たとえばこの世から皇魔だけを元の世界に返すことができる方法があるのならば、クオンはすぐにでもその方法を実行するのだが、そんなものはなかった。

 声が告げたレイディオンに行けば、なんらかの解決策が見つかるのではないか。

 偉大なる声は、そう期待させるだけの力があった。ただの幻聴ならば、それでもいいだろう。レイディオンはヴァシュタリアの中枢。何百年にも渡り大陸の北部を支配してきた勢力の中心地なのだ。たとえ声が幻聴であったとしても、あのとき見たものがただの幻想にすぎなかったとしても、《白き盾》の活動に悪影響があるわけではない。

 大陸中から皇魔を抹消するということは、ヴァシュタリア領内も転戦しなければならないということなのだ。

 遅かれ早かれ行くことになる。

 クオンは、そんなことを、ジュワインの片隅で考えていた。

 ジュワイン。

 ガンディア・ザルワーン地方の北に面した国アバードからさらに北に位置する国である。クオン率いる《白き盾》がガンディアからアバードに入ったのは、十月十四日のことで、それから一月近くもかけてアバード領を南から北へと縦断、ジュワインに入っている。

 アバードはザルワーンよりも小さな国であり、縦断するだけならば一月もかかるはずもなかった。しかし、《白き盾》の理想を叶えるためには、それくらいの速度にならざるを得ない。

 皇魔の巣が、アバードの各地に点在していたからだ。できるだけ多くの皇魔の巣を潰そうとすれば、その道行は遅々たるものになる。仕方のないことだった。が、決して悪いことではない。

《白き盾》の皇魔の巣除去は、半ば慈善事業のようなものだし、無償で行っているものだが、だからといって国がなにもしない、ということはありえなかった。どの国でも、《白き盾》の活動は賞賛され、名誉のみならず、褒賞金を与えられることがほとんどだった。アバードでもそうだったのだが、アバードの王はよほど感動したのか、クオンたち《白き盾》をアバードに引きとめようとあの手この手を駆使してきたものだ。

 中でも驚いたのは、王女シーラをクオンにあてがおうとしてきたことだが、シーラ自身がクオンを毛嫌いしていたため、事なきを得ている。実の娘を差し出してでもクオンを引き留めようというのだから、余程の想いがあったのだろうが、クオンは、イリスやマナが怒り狂わないうちにアバードを脱することに必死にならなけれならず、アバード王を多少恨んだりもした。

 そうして、ジュワインに入ることができたのが、十一月十五日、昨日のことだ。アバード王の引き止め工作から脱することこそできたものの、クオンたちは、大きな問題に直面していた。

 女王が治める国であるジュワインは、現在、つぎの女王を巡る紛争の中にあったのだ。

 戦力を欲するふたつの勢力が、無敵の傭兵団《白き盾》の助力を欲するのは、必然だった。

「長くなりそうだな」

 窓の外に降りしきる雨を見やりながら、クオンは、小さくつぶやいた。

 ヴァシュタリアは、遠い。

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