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第五百四十二話 停戦交渉

 ミョルンにおいてベレルとジベルの間で停戦交渉が行われたのは、セツナたちがルーンベレルに入って二日後の十一月七日のことだ。二日後、である。援軍に訪れたガンディア軍が戦闘に入ることもなければ、前線に辿り着いてもいない頃合いだった。

 もちろん、ベレルがガンディア軍の武力を背景に交渉の打診を行ったのだが、ジベルがこうもあっさりと応じるとは、さすがのナーレスも考えてはいなかったようだ。ジベル内部での意見を取りまとめるのに数日は要するだろうと思っていたらしい。

 いくらガンディア軍の最高戦力がベレルについているとはいえ、ジベルは勝ちに勝っているのだ。ベレルとの停戦交渉に応じる必要などないと一蹴される可能性も、なくはなかったのではないか。

「ジベルのベレル侵攻軍の総指揮官はハーマイン=セクトル将軍だという話です。ジベルの国政さえ取り仕切る彼ならば、そういう非合理的な判断をすることはないでしょう」

「非合理的?」

「《獅子の尾》と一戦交えることが、です」

 セツナは、ミョルンへの道中、ナーレスと言葉を交わすことが多かった。オーギュストはドルカたちログナー方面軍第四軍団とともにベレルの首都ルーンベレルに残り、セツナたちは、ベレルの交渉団とともにミョルンへと向かったのだ。

 ベレルの交渉団は、ベレルの宰相ジノ=レンドが取り仕切っており、彼が停戦交渉の中心人物となるようだった。ほかには騎士長のアーク=ファードという目つきの鋭い男が、特筆すべき人物というところだろうか。それ以外に名のある人物がいないのが、ベレルという国の現状なのだろう。その点、ガンディアとは大きく違う。

 ミョルンに辿り着くと、ジベルの猛攻によって攻め落とされた都市の有り様がよくわかったが、それはガンディアのやり方とは異なるという程度のことに過ぎない。破壊された町並みには略奪の痕跡が散見され、ベレルの交渉団を見かけたミョルンの住民は、助けを求めるようにして近づいてきたものだった。もっとも、ベレルの騎士たちが市民と交渉団の間に壁となったが。

「酷い有様ね」

「でも、戦争なんてこんなものでしょ。ガンディアが特別生温いのよ」

 ファリアの感想に対し、ミリュウがあきれたようにいった。ガンディアの、レオンガンドのやり方にあきれているのかもしれない。ガンディア軍は、略奪行為の禁止が軍規として定められている。背圧した都市の住人も財物もガンディアのものとなるのだから、それを兵士たちが勝手に奪うのを禁じるのはセツナには当然のことのように思えたが、どうやら乱世においては普通のことではないらしい。

「勝者はすべてを奪い、敗者はすべてを奪われる。それがこの世の習いです」

 まるでこちらの心情を察したかのようなナーレスの言葉に、セツナは憮然とした。そんなことはわかっている。わかりきっている。セツナだって、そうやってここまできたのだ。

(命を奪って、奪い尽くして、歩いてきたんだ)

 いまさら、なにを迷う必要があるのか。

 ミョルンの市街を、ジベル軍の兵に案内されて進んでいると、前方から大柄な人物が近づいてくるのが見えた。白金の甲冑を身に纏った男だ。周囲には、部下と思しき兵士が控えている。案内の兵士が畏まったのを見て、セツナたちにも緊張が生まれた。

「ベレルの宰相ジノ=レンド様ですね。わたくしはハーマイン=セクトル。ジベルの将軍を務めております」

 大柄な男は、極めて丁寧に挨拶をすると、セツナを見たようだった。強い目だ。まるで戦場で敵と対峙したような緊迫感が、セツナを襲う。

「これはこれは、将軍閣下に出迎えていただけるとは思いも寄らず……」

「宰相殿に騎士団長殿、それにガンディアの領伯様を迎えるのです。わたくしみずから出向かなくては、ジベルの沽券に関わります」

 ハーマインは、朗らかに笑うと、呆気に取られるジノ=レンドを交渉場所に案内するといって先頭を歩き出した。

 セツナは、ハーマインの真意が掴めず呆然としたが、ナーレスは笑みさえ浮かべていた。



「あれが《獅子の尾》……か。思ったほど強そうじゃないわね」

 レム・ワウ=マーロウは、ミョルンの市街地を進むベレルの交渉団を見ながら、つぶやいた。彼女は、闇に潜んでいるわけではない。料理屋の二階のバルコニーから、大通りを見下ろしていたのだ。もちろん、死神壱号としてではなく、素顔のレムとして、だ。

「そりゃあ人間だからな。怪物染みた活躍をしていてもさ」

 隣であっけらかんと言い放ったのは、ゴーシュ・フォーン=メーベルだ。彼も死神の仮面を纏っておらず、格好も普通なので、どこからどう見ても一般人にしか見えなかった。そして、ベレル人とジベル人の差異などないといってもいい以上、彼がジベルの軍関係者であるとは、だれにもわからないだろう。もっとも、ジベルによる占領下にあって自由に動けるということは、軍関係者以外には考えられないのだが、その点は目を瞑るしかない。

「武装召喚師を同じ人間に数えるのは卑怯だと思う」

「でもさあ、彼らだって、人生の大半を武装召喚術の習熟に費やしてるんだぜ? それで一般人より少し強いくらいじゃあな」

「ま、あんたの言い分もわかるけど」

 適当に相槌を打ちながら、レムは、《獅子の尾》の隊章をつけた連中が和やかに歩く様子が憎たらしくて仕方がなかった。その中で彼女が目をつけたのは、《獅子の尾》隊長のセツナ・ゼノン=カミヤだ。あるいはセツナ・ラーズ=エンジュール。十七歳にしてガンディアの王立親衛隊長を務め、また、領伯としてエンジュールを治める人物である。

 遠目からでは、ただの少年にしか見えなかった。召喚武装を手にしてもいなければ、鎧も身につけていないのだ。一般人に見えても、致し方のないことかもしれない。

 それにしても、か弱すぎるように見えた。

 だからこそ、彼女は怒りを覚えるのだろう。

 あの程度の連中にジベルの勝利を取り消されるなど、言語道断としか言い様がない。

 許せなかった。

(さて……どうする?)

 動けば、クレイグの、死神零号の命令を無視することになる。

 彼に嫌われるかもしれない。

 それだけが彼女を憂鬱にさせた。


 ベレルとジベルの交渉は、たった半日足らずで終わった。

 ベレルの宰相に交渉に関するあらゆる権利を与えられていたこと、交渉相手であるハーマイン=セクトル将軍も、同様に大きな権限を持っていたことが功を奏したといってもいい。が、なにより大きかったのは、ジベル側がベレルとの交渉に対して、最初から前向きに検討していたからだと、ナーレスが分析していた。

 もっとも、すぐに終わったわけではない。

 最初、ベレルがジベルに出した提案は、ジベル軍のベレル領土からの全面撤退と、長期に渡る休戦協定の締結である。つまり、ジベルにハーレルとミョルンを返せといっており、これにはさすがのハーマイン将軍も苦笑いを浮かべたに過ぎない。

 いくらガンディアの武力を背景にしたとしても、ジベルにはジベルの体面というものがある。ジベルがベレルからハーレルとミョルンを奪ったのはジベルの実力であり、ベレルが守れなかったのも実力である、というようなことを将軍はいった。つまり、返して欲しければ、実力で奪い返すべきだというのだろう。

 これに対して、宰相ジノ=レンドは、ジベルと戦うつもりはない、の一点張りだった。そもそも、ベレルは国是として他国と戦いたくなどないというのだ。ガンディアに援軍を頼んだのも、ジベルを自国領から追い出すためだけであり、ジベル軍を殲滅したいわけではない。

「ガンディアは、どのようにお考えなのです?」

 セツナはハーマインに意見を求められたが、口ごもるセツナの代わりにナーレスが答えた。

「レオンガンド陛下は、ジベルとベレルの戦争に干渉するべきか悩んでおられました。他国のことです。本来ならば、関与する必要もない」

「正直な方だ」

 ハーマインが笑ったのは、風向きが変わったと錯覚したからだろう。

「しかし。わたくしは違います。わたくしは、ベレルが望むようにするつもりです。交渉が実らず、戦の一字が必要となれば、ここにおられるセツナ様が先陣を切って、ジベル軍をベレルより追い出すでしょう」

 もっとも、とナーレスは続けた。

「黒き矛の猛攻から生き延びられなければ、二度とジベルの地を踏むことなどできませんが」

 それは明白な脅迫だったが、ナーレスの口ぶりは柔らかく、刃を含んではいなかったので、ハーマインは冗談と受け取ったらしかった。事実、それがただの冗談だということは、セツナたちには明らかだ。ナーレスには、ジベル軍と戦を交えるつもりなどさらさらないのだ。セツナたちにも、休暇のつもりでいていい、と彼はいっていた。

 故にセツナは安心しきって、交渉の成り行きを見ることができた。

 交渉の結果、ジベル軍はミョルンから撤退、ジベルと長期に渡る休戦協定を結ぶことに決まった。ジベルは、ただミョルンを手放しただけ、ということになるが、ガンディアとの戦争を回避できること以上の成果はない、とハーマインは勝ち誇った。それに、ハーレルは手放さずに済んだのだ。ジベルとしては痛し痒しといったところだろう。

 ベレルは、ミョルンを取り戻せた上、今後、ジベルとの関係に頭を悩まされずに済むのだ。ハーレルこそ奪われたままだが、さすがにミョルンとハーレルを無償で返してもらうなど虫のいい話だということくらい、ベレル側もわかっていたようだった。最初にそういったのは、吹っかけてみただけらしい。要するに交渉術である。最初に困難な条件を提案しておけば、つぎに出す条件が多少重くとも、軽く見えるという。

 ガンディアがベレルに全力で肩入れすれば、無償で両都市を取り戻すことは不可能ではなかった、とナーレスはセツナに囁くようにいった。しかし、それではジベルの面目が丸つぶれであり、ジベルのガンディアへの敵愾心を煽るだけで、なんの旨味もないのだ。

 ジベルは、ザルワーン戦争でザルワーン領土の五分の一から四分の一ほどを手に入れており、国力の増大も著しい。敵に回すと厄介なのだ、とナーレスがいった。セツナにはわからないことだが、ナーレスとの会話は一々勉強になったし、少しばかり頭が良くなったのではないかと錯覚できたりもした。

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