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第五百三十八話 彼女の居場所(二)

「そんなこと、わたしにとってはどうでもいいことよ。どうでも、ね。わたしは、アズマリアを討ちたかった。お父様の敵を。でも、できなかったわ。できるはずがなかったのよ。だって、お母様を殺すことなんて、できるわけがないじゃない」

「……うん」

 静かにうなずいたのは、ミリュウだ。心の底から憎んでいたはずの父親を殺せなかったミリュウには、ファリアの心情は痛いほどわかるのだろう。セツナには彼女の悲しみこそわかっても、そこまで踏み込んで理解することはできない。

「それでも、ほかに道なんてなかったわ。アズマリアはお父様の敵だもの。討ち果たしたかった。けれど、それはお母様の命を終わらせることと同義。だから、討てなかった。最初から矛盾しているのよ。お父様の敵を討ちたいけれど、お母様を傷つけたくもないなんて。そんな都合のいい話、どこにもなかった」

 ファリアの独白は続く。

 静まり返った広間に、彼女の声だけが響いていた。

「その結果、わたしはすべてを失ってしまった。リョハンの“ファリア”がわたしのすべてだったもの。それをなくしてしまったら、なにも残らない」

「よく……わからないな。どうして、リョハンでの立場がなくなるんだ? 命令に応じなかっただけだろ? そんなことで……」

「体面を気にする連中には、そんなことでは済まされないんでしょうね。それに、護山会議の中には、リョハンを“ファリア”の都市から護山会議の都市にしたいと思っているひとも少なくはないのよ。“ファリア”の後継者がいないほうが、彼らには都合がいい」

 つまり、ファリアの存在を抹消したいと思っている連中がいて、そのために彼女はリョハンでの立場を失うということなのだろうか。だとすれば、大いに納得出来ないところではあるが、護山会議とやらがそこまでの権力を握っているのならば、セツナたちではどうすることもできない。そもそも、リョハンはガンディアの都市ではない。内政干渉などできるはずもない。

「なるほど。だからファリアさんが討伐任務に参加することを認めたんですね。“ファリア”による母殺しが、“ファリア”の名を汚すことに繋がるから」

「おそらく、ね」

「どこにでもいるのね、太后派みたいな連中」

「足を引っ張ってばかりで、ほかにすることはないのかねえ」

「彼らにとってはそれが正義で、だから仕方がないのよ。きっと」

 ファリアはそういったが、決して納得しているという表情ではなかった。ファリアにとっても納得しがたいことなのだ。なぜ、彼女がそういう仕打ちを受けなければならないのか、セツナにも理解できない。が、護山会議とやらのやり方が悪いとも言い切れなかった。リョハンの実情を知らないのだ。迂闊な判断はできない。

「でも、わたしには、どうすることもできなかった。父の仇を討つためだけに人生を捧げてきたのよ。護山会議の思惑がわかっていても、自分を止めることなんてできなかった。わたしは護山会議の命令を無視してでも、アズマリアを討たなければならなかった。討てなかったけれど……」

 ファリアは、悲しそうに笑った。自嘲を込めた笑顔は、見ていられないほど切実なものだった。

「クオールがリョハンに辿り着いたとき、わたしのすべては消えてしまうわね」

 すべてが消える、とはどういうことだろう。

 セツナは、考える、ファリアのすべて。ファリアのこれまでの人生のすべて。彼女が歩んできた道が消えてなくなってしまうというのか。確かに、リョハンのファリア・ベルファリア=アスラリアではいられなくなるのかもしれない。それが彼女のすべてならば、すべてが失われるというのもあながち間違いではないのだろうが。

 セツナには、その考えが間違っている気がしてならなかった。リョハンだけが、彼女のすべてではあるまい。だからセツナは口を開く。

「……そんなこと、ないだろう」

「わたしはリョハンの“ファリア”なのよ。それ以上でも、それ以下でもなかった。それだけがわたしのすべてで、だから……」

「《獅子の尾》の隊長補佐」

「え?」

「ガンディア王立親衛隊《獅子の尾》隊長補佐ファリア・ベルファリア=アスラリアは、存在しないのか? 俺の補佐をしてくれていた人物は、幻なのか?」

「……ううん。でも、それとこれとは――」

 話が違う、と彼女はいおうとしたようだが、セツナはいわせなかった。

「わかってるよ。ファリアがいいたいことは。でも、全部なくしてしまったっていうのも、違うだろ。ファリアは確かにリョハンの“ファリア”としての自分が大切なのかもしれない。それがファリアの人生のすべてだったのかもしれない。でも、それでも、俺にとってのファリアは、《大陸召喚師協会》局員のファリアで、《獅子の尾》隊長補佐のファリアなんだよ」

 セツナは、彼女のエメラルドグリーンの瞳を見つめながら、語った。セツナの中のファリアは、それだ。カランの街で、死にかけていたセツナを救ってくれた《協会》の武装召喚師ファリア・ベルファリア。レオンガンドに誘われたセツナにずっと付き添ってくれた彼女には、感謝の念しかない。彼女には彼女の思惑があり、それがアズマリア討伐だったのだが、だからといって常に側にいて、セツナを支えてくれた事実に違いはなかった。アズマリアだけが目当てならば、あそこまで親身になる必要はなかったのだ。それなのに、ファリアはことあるごとにセツナに力を貸してくれた。ただ優しく接してくれるだけではなく、怒ってくれたりもした。

 そこまでしてくれる人間は、ほかにはいなかった。

「そんなの……ただのおためごかしじゃない」

「そうかな」

「そうよ」

「でも、事実だろ」

「うん……そのとおりね。《獅子の尾》隊長補佐としての数ヶ月間は嘘じゃないわ。楽しかったし、充実した日々だった。でも、それだけよ。仮初めの、一時しのぎの仮宿に過ぎなかったのよ。アズマリアを討つまでの……」

 ファリアは、目線を落として声を潜めた。アズマリアを討つまでといったはいいが、討てるかどうかの保証もないということを一番理解しているのは、ファリア自身なのだ。まみえることができたとしても、またミリアの姿になられでもしたら、戦闘にもならないかもしれない。

「だったら、アズマリアを討つまでここにいればいい」

 セツナが告げると、ファリアがはっとしたような顔をした。

「仮宿でもいいさ。仮初めの居場所でも。なんだっていいよ。好きにすればさ。そうすれば、少なくともなにもないってことはなくなるだろ?」

「アズマリアを討つまで……よ? 何年かかるかわからないのよ? そもそも、討てるかどうかもわからない。だって……」

「だったらいつまでもいればいいだろ」

「いつまでも……」

 ファリアは、呆けたように反芻した。

 セツナとしては、当然のことをいったまでだ。いつまで、などという期限を設ける必要もない。ファリアは必要だ。セツナ個人にとっても、《獅子の尾》にとっても、大切なひとだった。居場所を失ったというのなら、セツナが、《獅子の尾》がその居場所になってやればいい。

 それで不足というのなら仕方がないが。

「ここにいても……いいのかしら」

「だれが反対するんだよ」

 セツナがぶっきらぼうにいったのは、少しばかり照れくさくなったからだ。視線を逸らすと、ルウファの妙に嬉しそうな表情が視界に入ってきて、余計に恥ずかしくなる。

「そうよそうよ、だれが反対するもんですか。反対するやつがいるなら、あたしが一発ぶん殴ってでも考えを改めさせるわよ」

 拳を振り上げたのが気配だけでわかるくらいのミリュウの剣幕には、セツナも驚かざるをえない。ミリュウがそこまでファリアのことを思っているのは、やはり、記憶の混合による影響なのだろうが。それはミリュウにとって幸せなことなのか、不幸なことなのか、セツナには判断できることではなかった。

「ミリュウさんって結構物騒なんですね……」

「知らなかった? 彼女、ザルワーンの魔龍なんだよ」

「それは知ってますけど……それにしても」

「まあ、魔龍窟の魔龍も竜殺しにはかなわないんだけどさ」

「そこのふたり! 馬鹿なこといってない!」

 ミリュウが、さっきの剣幕そのままにルウファたちに食って掛かると、エミルが怖気づいたようにルウファにしがみついた。

「す、すみません!」

「謝る必要はないと思うけど……まあともかく、ファリアさんがここに、《獅子の尾》にいてくれないと困るのは俺ですからね。事務も雑務も全部俺にのしかかってくるわけで……そういう意味でも、反対なんてしませんよ」

「新参者のあたしにゃあ、口出しできることじゃあないさ。ただ、隊長補佐殿にいてもらわないと困るのは間違いないけどね」

 ルウファに続いて、マリアがいった。マリアにせよ、エミルにせよ、ファリアとの付き合いは短い。セツナとはもっと短いのだが、なんだか長い間、《獅子の尾》の隊員として一緒に戦ってきた感覚さえあるのが不思議だった。

「みんな……」

 ファリアは、広間を見回すと、自分の胸に手を当て、感極まったようにいった。

「ありがとう」

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