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第五百十四話 背負うもの(二)

「陛下、それは違いますよ。全部、俺が悪いんです」

 セツナは、レオンガンドの視線から逃れるように天井に目を向けた。レオンガンドの澄んだ目は、セツナには眩しすぎるのだ。クオンと相対しているときのようなざわつきこそ覚えないものの、見つめたまま話を続けることは難しい。

 そして、セツナがいったことは、レオンガンドを庇うための嘘などではない。心からそう思っている。自分のせいだと、認識している。

 エレニア=ディフォンがあのような行動を取ってしまったのは、セツナが彼女の最愛のひとを殺したからだ。戦争の最中、仕方がなかったこととはいえ、殺したのはセツナであり、レオンガンドではない。

「それこそ違うな。君に落ち度はないよ。落ち度があるとすれば、太后派の愚かさを甘く見ていたわたし自身なのだ」

「違うんです。そういうことじゃないんですよ。そういうことでは……」

 レオンガンドは、ガンディア内の派閥の対立にこそ原因があるような言い方をしていて、実際、そのとおりなのだろうが、セツナの感情としてはそうではなかった。

 セツナは、ウェインの記憶を垣間見てしまった、黒き矛と漆黒の槍の共鳴が見せた一瞬の幻想。その中で見たのは、ウェインの人生であり、常に彼の傍らにある女性の姿だった。幸福な日々の残光。それを破壊してしまったのは、ほかならぬセツナなのだ。

「彼女が俺を刺したのは、殺そうとしたのは、俺がウェインを殺したからですよ。ただの復讐なんです。個人的な」

「だとしても、だ」

 レオンガンドは、強くいった。

「君にウェインを、ログナーに属する敵を倒せと命じたのはだれだ? わたしだろう。わたし、レオンガンド・レイ=ガンディアが国土拡大の野心のために、君に命令した。君はわたしの命を忠実に守っただけだ」

「それは……そうですけど」

「直接ウェインを殺したのは君だろうが、わたしが命じなければ、わたしが君をログナーに送り込まなければ、君がウェインを殺すことはなかったかもしれない。すべての責はわたしにあるのだ。セツナ、君がなにもかもを背負う必要はない」

 レオンガンドの力強い言葉は、セツナの視線を彼に向けさせるに至る。セツナは、若き獅子王の威厳に満ちた顔をほれぼれと見た。最初のころの印象のままという評価は撤回しなければならない。レオンガンドは変わっていた。間違いなく、あのころから変化していた。それがいいことなのか、悪いことなのか、いまのセツナには判断のしようもないが、レオンガンドが王者に相応しい人物になりつつあることだけは理解できた。

「君の罪も業も、背負うべきはわたしなのだ。君だけではない。ガンディアの為したこと、為すことのすべての責任は、わたしが背負う。だから君は、安心して前に進めばいい。君が道を開くことで、ガンディアは前に進んできたのだから」

「陛下……」

「わたしは基本的に後方で勝利を待っているだけだからな。それくらいのことはいわせてもらうさ」

 そういって、レオンガンドは微笑した。彼が微笑むと、それだけで獅子王の片鱗が消えてしまうのだから、なんとも卑怯だといわざるをえない。微笑むレオンガンドは、ただ美しい。

 セツナは、レオンガンドの言葉に心が救われる気がした。この手を敵の血で濡らしてきたことの意味がようやくわかった。いや、再認識したというべきだろう。最初からわかっていたことなのだ。なんのために戦い、なんのために数多の敵を殺してきたのか。すべてはガンディアのためであり、ガンディア王レオンガンドのためだったはずだ。しかし、戦いの日々は、そういった最初の想いを忘却の彼方へと追いやり、いつしか、ただ殺戮しているだけになってはいなかったか。

 シーツの中から手を出し、てのひらを見る。無数の傷痕が刻まれたてのひらは、数多の敵の血を吸ってきている。それこそ、数えきれないほどの敵を殺したのがセツナだ。ガンディア軍の中で、だれよりも多くの敵を倒し、だれよりも勝利に貢献してきた。それは自負というよりは、ただの事実だ。そんなことを勝ち誇ろうとは思わない。セツナ自身の実力ではないのだ。黒き矛カオスブリンガーあってこその戦果であり、結果だ。セツナだけでは成し遂げられなかったことばかりだ。そして、黒き矛の力だけの結果でもない。仲間の助けがあったればこそ、セツナは今日まで生き抜いてこられた。刺されてなお生きているのも、仲間たちのおかげだ。

 手を握り、開く。思い通りに動いた。が、実戦には程遠いのだろう。きっと、体の他の部分がついていかない。

「俺は、陛下に出逢えて良かったのだと想います」

 セツナは、手をシーツの中にしまうと、レオンガンドに視線を戻した。寝台の横の椅子に腰を下ろした王は、穏やかな表情でこちらを見ている。

「陛下がそのようにおっしゃってくださるから、俺のようなものは戦えるんです」

「……ずっと、不思議だったのだ。君がなぜ、わたしに従ってくれるのか。わたしのようなものに忠誠を誓い、戦い続けてくれるのか。ずっと、気になっていた……いや、違うな。そうじゃない。わたしは怖いのだろう」

「怖い?」

「君の考えがわからないから、恐ろしいのだ。君がわたしの元を離れる日が来るのではないか。君がガンディアの敵となる日が来るのではないか。そう思うと、恐ろしくてかなわぬ。君が敵に回れば、わたしの夢は終わる。そうだろう? 黒き矛のセツナ。君は強い。だれよりも強く、だれよりも鋭く、だれよりも破壊的だ」

「俺は、陛下の敵にはなりませんよ」

 セツナは、にべもなく告げたが、レオンガンドは笑いもせずに返してくる。

「そういってくれるのは嬉しいし、喜ぼう。が、君の本心がわからないのは、困りものなのだ」

「本心?」

「君はなにを望み、なにを願い、なにを求めている? なんのために戦い、なんのためにわたしに仕えている?」

「なんのために……ですか。あまり考えたことはなかったな」

 セツナは窓に目をやった。秋の風に揺れるカーテンが眠気を誘うのだが、この状況で眠れるはずもない。

「最初はただ、居場所が欲しかったんです。異世界に迷い込んだ俺には、居場所なんてなくて、どこかに足場が欲しかったんだと思います。だから陛下の配下に加わったんでしょうね」

 ガンディアにいれば、少なくとも、居場所には困らなかった。ファリアが側にいてくれたことも大きいだろうが、たとえばファリアがいなかったとしても、セツナはガンディアに入っただろう。ほかに道はなかった。

 そうするうち、ガンディアに愛着が湧いた。ガンディア軍の一員として戦い抜けば、そうもなろう。居場所をほかに求める理由はなく、そうなれば、ガンディアを離れる必要もない。王宮召喚師の称号を得るとともに王立親衛隊長に任命され、ますますガンディアへの愛着が深まっていった。レオンガンドの思う壺だろうが、構いはしない。それからザルワーン戦争があり、ログナー方面軍の軍団長たちとの交流を経て、ミリュウと出逢った。様々な出会いが、セツナとガンディアの絆となっていった。いまとなっては、ガンディアから離れようなどと思いもしないのだ。ましてや、レオンガンドの敵に回るなど、考えようがない。

 そういうことを説明すると、レオンガンドは、ようやく納得したようだった。

「ありがとう、セツナ。君の説明のおかげで、わたしは不安から解放されたよ」

「不安だったんですか?」

 セツナは、レオンガンドの反応に驚きを隠せなかった。レオンガンドが不安がる要素など、どこにあったというのだろう。

「それはそうだろう。君ほどの人材はほかにはいないのだ。君を欲する国はいくらでもある。ガンディア以上の好待遇で君を迎え入れようと画策する国だってあるだろうさ」

「これ以上の待遇なんて、あるんですかね」

「一国一城の主を確約してくるような国もあるかもしれない」

「……一国一城の主なんて、興味ないんですけどね。領伯だって、分不相応だと思いますし」

 そもそも、地位や名声が欲しくて戦っていたわけではないのだ。

「君以外に相応しいものなんていないさ」

「俺は、いまのままでも十分だったんですよ」

「……そうか」

「あ、でも、領伯に任命されたのは凄く嬉しいんです。評価されたってわかるから。でも、俺は立場や名声とか、そういうために戦っているわけじゃなかったから」

 ただ、居場所を守りたかった。

 それだけだろう。


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