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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第五百五話 召喚状

「馬鹿げている」

 エリウス=ログナーは、その日、何度となく吐き捨てるようにつぶやいた。馬鹿げた話だ。なぜ、そういう結論に至るのか、彼には理解できない。というよりも、理解したくなかった。それを理解すれば、実行しなければならなくなるからだ。

 十月十一日。

 ログナー家を取り巻く状況は、日に日に悪くなっている。

 ログナー家は、元々、ガンディアの貴族ではない。ログナーという小国の支配者であり、王家、王族として栄華の中にあった家だった。それが、ザルワーンとの戦争に敗れて実権を失ったのが五年前であり、それ以来ザルワーンの傀儡だった。約三ヶ月前、アスタル=ラナディースが反乱を起こしたことで、傀儡の座から脱却したものの、直後に起きたガンディアとの戦争に敗れたことで、国そのものが消滅した。国土のほとんどがガンディアのものとなり、国民の大半もまた、ガンディアに帰属した。ログナー王家も、ガンディアの貴族と成り果てた。

 それ自体は問題ではない。敗者は勝者に従う。戦国乱世では当たり前のことだ。ログナーが勝っていれば、立場は逆転していたのだ。それだけのことに過ぎない。いや、むしろ、ログナー王家が貴族として存続するなど、普通では考えられないことだった。いくらログナー人民を撫すためとはいえ、反逆の火種を抱えることになりかねない。通常ならば、王家の血筋など根絶やしにするべきだろう。

 そういう議論が、いままさに巻き起こっているというのは、皮肉にすらならないが。

 ログナー家はガンディアの貴族に組み込まれたが、それは、ガンディアに帰属したログナー人の反発心を少しでも抑えるためであり、ガンディアによるログナー方面の平定を速やかに行うためだった。ログナーの政情が安定すれば、ログナー家など不要になるだろうというのは、最初から囁かれていたことではあったが、ログナー軍人の中でも優秀な人材がガンディア軍の中枢に組み込まれている以上、無碍にされることはないのではないか、という楽観的な見方も存在した。

 右眼将軍アスタル=ラナディースを筆頭に、グラード=クライド、レノ=ギルバース、エイン=ラジャール、ドルカ=フォーム――ログナーが誇る人材は、ガンディアの勝利に貢献し、ログナー人の存在価値を高めたのはいうまでもない。

 龍府からの帰路、エリウスは安堵に満ちていた。

 それは王都に帰ってきてからも続いた。凱旋の最中、ログナー人への批判的な声は一切なかったといっていい。賞賛の声のほとんどがガンディア軍全体へのものであったとしても、ログナー人が不要とされないのならばそれでよかった。いずれ、必要不可欠なものとなる。そうなれば、ログナー人とガンディア人の垣根はなくなっていくのではないか。ガンディアという国の人間として認められるのではないか。

 そんな期待を裏切る出来事が起きたのが、三日前だ。状況は激変した、天地がひっくり返るとはまさにこのことで、彼は、その事件の報告を受けた時、我が耳を疑ったものだ。

 領伯暗殺未遂事件。

 当日、領伯に任命されたばかりのセツナ・ラーズ=エンジュールが、王宮晩餐会の休憩中、使用人に殺されそうになった事件は、晩餐会の招待客であったエリウスたちにも多大な衝撃をもたらした。しかも、数時間後には暗殺の実行犯がエレニア=ディフォンだということが明らかになり、ガンディア人のログナー人への視線が厳しくなったのはいうまでもない。

 そして翌日、十月九日、事態はさらに悪化する。

 意識を取り戻したエレニア=ディフォンが、ログナー解放同盟とログナー家の関与を証言したのだ。エレニアはログナー解放同盟と接触し、ガンディアへの報復のために利用することを考えた。彼女は、最愛のひとであるウェイン・ベルセイン=テウロスの仇を討ちたかったのだという。そのためには、ガンディア軍に潜入するだけではどうすることもできない。つぎに考えだされたのが、王宮に入り込み、隙を見てセツナを暗殺するという計画だったらしい。しかし、王宮に入り込むのは、軍に入るよりも難しい。軍はエレニア=ディフォンが参加してくれることを待ち望んでいたが、王宮は違う。王宮がログナーの騎士を必要とするはずもない。

 そこでログナー解放同盟は、ログナー家と接触。キリル=ログナーに働きかけ、エレニアを王宮の使用人として働かせることに成功した。エレニアは、王宮で働きながら、セツナが王都に戻ってくる日を心待ちにしていたことだろう。戦争が終わり、一息つく頃には帰ってくる。そのときにこそ、報いを受けさせることができるのだから。

 そして、彼女は計画を実行に移し、セツナを殺しかけている。

 キリルは、エレニアと直接面会し、少しでもアスタルの力になりたいという言葉に心を動かされたのだという。キリルの働きによってエレニアの王宮勤めが決まったというのは間違いないことであり、ログナー家が今回の暗殺未遂事件に関与しているのは、事実だった。

 さらに昨夜、事態は最悪の方向へと発展してしまった。

 セツナ・ラーズ=エンジュールの寝込みをなにものかが襲撃する事件が起きたのだ。

 幸い、護衛につけられていたカイン=ヴィーヴルによって襲撃者は制圧され、セツナが傷つけられるようなことはなかったものの、暗殺未遂事件から二日後の事件に王宮は騒然となった。

 王宮警護への不信感が募る一方、襲撃者がログナー家の使用人だったことが明らかになった。マーク=ウォロンは、ログナー家がガンディオンで生活することが決まったとき、真っ先に同行を志願してきた人物であり、元軍人の肩書き通り不器用ながらも誠実な人柄で知られた男だった。キリルが彼を重用したのは、その性格からだったのだろうが、結果、ログナー家の首を絞めることになってしまっている。

 マーク=ウォロンは、意識を取り戻した直後、服毒自殺をしたというのだが、その行動こそがログナー家への追求を強めることになったのは間違いない。

 今朝の朝議は、その件で紛糾したようだった。ログナー家の資格では、朝議には参加できないものの、ログナー家に同情的な立場の貴族もいて、朝議の内容を漏れ聞いている。

 それによれば、ログナー家のキリル=ログナーとエリウス=ログナーを王宮に召喚し、問い詰めるべきだというのが大方の意見であり、レオンガンドでも抑え切れないところまできているようだった。その急先鋒に立っているのがラインス=アンスリウスであるという。ラインスといえば太后派の首魁だ。

 彼はどうやら、この件でログナー家を失墜させ、レオンガンド政権に打撃を与えようとしているらしい。セツナ暗殺未遂事件という前代未聞の大事件さえ、派閥争いに利用とするのが、ガンディア貴族の流儀なのかもしれない。

 ログナー家は、レオンガンドによって存続を許された一族だ。自然、派閥はレオンガンド派に属していると見られているし、そのことを否定する必要もなかった。国王であるレオンガンドについていくことこそ、ログナー家が存続する唯一の道だと、エリウスもキリルも信じている。

 実際、それは間違いではなかった。レオンガンドは、ログナー家を庇うために力を尽くしてくれているというのがよくわかるのだ。本来ならば、エレニアによってログナー家の関与が証言された時点で王宮に召喚され、詰問されるはずだった。それが、今日まで召喚されずにいたのは、アザークによる侵攻があったにせよ、レオンガンドがログナー家を守ろうとした証明だろう。

 もちろん、レオンガンドは、自身の政治生命を守るために、ログナー家も守る必要があるというだけの話なのかもしれないが。

 キリルは、そんなレオンガンドに感謝さえしていた。ミルヒナもそうだ。ガンディオンの王宮で慎ましくも人間らしい暮らしができているのは、レオンガンドのおかげであり、陛下には感謝しかないと毎日のようにいっている。

 まるで呪文のように。

(馬鹿げている)

 今度は胸中で吐き捨てて、自室の扉を開いた。室内ではレノ=ギルバースが待っていてくれたが、エリウスはそんな彼に目もくれず、長椅子に腰掛ける。頭を抱える腕が震えた。鼓動が早い。さっきからずっとだ。父母の決意は堅い。エリウスがどれだけ別の方策を考えても、それでは埒が明かないの一点張りだった。実際その通りだ。エリウスの示した方策では、なにも解決しないのは明白だった。解決を先延ばしにすることすらできない。状況を悪化させるだけであり、自縄自縛に陥るのは目に見えている。

「エリウス様、キリル様はなんと……?」

 レノが尋ねてきたのは、エリウスがキリルとミルヒナに会うために部屋を出ていたからだ。エリウスは、質問には答えず、別のことを口にした。

「父上は、王の座を退いてからというもの、人が変わったかのようだ。酒色に耽り、悪の権化として忌み嫌われていた時代が嘘のようだ」

「それが本来のキリル様なのです」

「わかっている。わかっているよ。いまの姿こそ、わたしの敬愛した父上のお姿なのだということは、痛いほどわかるんだ」

 ひとが変わっていたのは、むしろ、ザルワーンの属国であった五年の間のことであり、それ以前と以降のキリルこそ、本来のキリル=ログナーなのだということは、エリウスにも理解できている。そして、そんな父だからこそ、ログナー人はログナー家を支持し、敬慕していてくれたのだ。五年に渡る暗黒期でさえ、ついてきてくれたのだ。

「偉大なひとだ。英邁で、見識も高く、なによりログナー人としての誇りを持っておられる。わたしにないものをすべて持っているのが、父上だ。わたしは、父上のようになりたいと想いながら、生きてきた。結局、父上には遠く及ばないままだが」

「エリウス様の人生はまだ途中でございましょう」

「うん」

 頷いてから、ゆっくりと息を吐く。呼吸を整えていると、様々なことが脳裏を過った。ついさっき、キリルとミルヒナの覚悟を改めて聞いた。ログナー家を存続させる唯一の方法を示された。ほかに方策はないのかと叫んだが、あるはずもないと一蹴された。父も母も、それでよいのだと笑っていた。なぜ、笑っていられるのか、エリウスには理解できない。

 時間を欲した。

 時間はない、というキリルとミルヒナの言葉が、エリウスの意識を包み込んでいる。時間はない。確かに、その通りだった。


 エリウスは、やっとの思いで口を開いた。

「……召喚状が来た」

「王宮から、ですか」

「正確にはレオンガンド陛下から、だ。陛下は、ログナー家のために尽力してくださったようだが、太后派のみならず、レオンガンド派の中からもログナー家の召喚を訴える声が強くなってきたらしい」

「……エレニア=ディフォンめ」

「彼女だけが悪いわけではない。エレニアも、ログナー解放同盟も、父上も、自分の信じることをしただけのことだ。その結果、ログナー家は窮地に陥ったが、それは仕方のないことだろう。ログナー家は、もっと前に滅びていてもおかしくはなかったんだ。その滅びがいま来ただけだよ」

「滅び……」

「滅ぶだろう」

 エリウスは断言した。召喚に応じれば、弾劾されるのはわかりきっている。ログナー家が暗殺未遂事件に関わったのは間違いないのだ。間接的とはいえ、だ。その間接的な関与をもって、ログナー家に終わりが突きつけられるのは目に見えている。

「もちろん、父上は、エレニアを使ってセツナ伯を暗殺しようなどと企んではいない。父上がそのような姑息な真似をするわけもないし、父上は、セツナ伯を恨んではいない。戦争に負けたのは、セツナ伯個人のせいではないのだ。ログナー軍が勝てなかっただけのことだ。彼個人を攻撃したところで、敗戦を帳消しにできるはずもない」

 だが、と彼は続けた。

「そんな話をだれが信じてくれる? ログナー人嫌いの太后派や、セツナ憎しの物語を信じている連中が、ログナー家の潔白を信じてくれるものだろうか」

 なにひとつ関与していなければ、問題にもならなかった。エレニア=ディフォンが起こした事件の責任を取る必要などはない。たとえキリルが責任を取ろうと言い出しても、レオンガンドが止めただろう。

 しかし、キリルがエレニアを斡旋した事実がある以上、どうにもならないのだ。キリルがログナー解放同盟とともにセツナ暗殺を計画し、実行に移したのだという筋書きは、綻びひとつ見当たらないほどに美しい。キリルがセツナを恨んでいないなどと、外部の人間にわかるはずもないのだ。だれもが、ログナー家失墜の最大の要因であるセツナを憎悪しているはずだと決めつけている。先入観や固定観念が、ログナー家の運命を縛り付けている。

「では、ログナー家はどうなさるおつもりなのです?」

「召喚には応じる。応じなければならない。でなければ、身の潔白を示すこともできない」

 屋敷に篭っていることもできなければ、王都から退去するという選択肢もなかった。ログナー家の邸宅は、王都の王宮区画内に用意されたのだ。それは、ログナー家を監視するためだったのだろうが、ログナー家の使用人がログナー解放同盟と繋がっていたことすら見抜けない監視網に存在価値などなかったに違いない。

 もし、ガンディア政府の監視網が、マーク=ウォロンとログナー解放同盟の繋がりを見抜いていれば、こんな事態にはならなかっただろう。暗殺未遂事件は未然に防がれただろうし、ログナー家が窮地に陥ることはなかった。

「身の潔白を示す方法が、お有りなのですか?」

「父上には、ある。わたしには承服できないことだが、ほかに方法もない。そして、時間も」

 やるしかないのだ。

 それ以外に、取るべき道はない。

「ログナー家……いや、ログナー人の未来のためならば、それも仕方のないことか」

 エリウスはつぶやくと、茫然と虚空を見やった。自分のいままでの人生とはなんだったのかと思わないではない。しかし、それもまた、エリウス=ログナーの人生というのならば、受け入れるしかない。アスタルにもいったことだ。

(最後に捧げられるべきは……か)


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