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第五百一話 朝議


「ラインス=アンスリウス、貴公の私兵が後宮に入ったと聞くが、王であるわたしに事前の相談もなければ連絡もなかった。どういう了見か、説明されよ」

 レオンガンドがラインスに問うたのは、二日ぶりに開かれた朝議の場であった。

 朝議は王宮大会議場で毎朝行われるものなのだが、昨日は特例処置として開かれなかった。それは、暗殺未遂事件直後ということもあり、朝議どころではないという判断からだった。

 朝議には、レオンガンドとその側近以外に、武官、文官のうち、主だった面々が顔を揃えている。大将軍が不在のいま、軍の代表としてはデイオン左眼将軍が参加しており、それ以外には、役割を持つ貴族たちが会議場に集まっていた。王宮警護、都市警備隊を司るメジエン家のザメル=メジエンや、都市開発部を管轄するゼイン=マルディーン、市街管理のラファエル=クロウなどだ。

 見ての通り、様々な分野を太后派の貴族によって独占されているものの、軍の幹部は基本的にはレオンガンドの息のかかった人物で構成されているし、財務大臣の座だけはレオンガンド派が死守していた。それに関しては、前任の財務大臣が反レオンガンド派であったことが功を奏している。前任者ベンデル=クラインは、先王シウスクラウドに重用されながらも、密かに裏切り、シウスクラウドが外法研究のための資金源としていた鉱山を私物化していたのだ。

 ベンデル=クラインは秘密裏に処分されたのち、鉱山はレオンガンドたちの資金源として有効活用されている。そして、そうするために、彼は財務大臣にレオンガンド派の貴族を任命していた。当然、今朝の朝議にも顔を出している。ラシュフォード=スレイクス。かつてガンディアの武将として知られ、ガンディアの未来に絶望して国を去ったクリストク=スレイクスの実弟であり、レオンガンドの協力者のひとりである。

 そんな面々が顔を揃えた会議の場で、レオンガンドは玉座にあって、議場を見下ろしている。王の座と議場とでは段差があったが、レオンガンドが設計したわけではない。獅子王宮が現在の形になった当初からであり、わざわざ改築する必要性も感じず、そのまま使っていた。その結果、レオンガンドの態度が居丈高に見えようと関係のないことだ。

 レオンガンドは、王として君臨しているのだ。当然の立ち位置として、玉座から議場の貴族たち、軍人たちを見下ろしていた。レオンガンドから見て右側に親レオンガンド派が並び、左側に反レオンガンド派が並んでいるのは、わかりやすくて面白いものだった。

 その反レオンガンド派の親玉たるラインス=アンスリウスは、左側手前の席でどっしりと構えていた。レオンガンドに問われても表情ひとつ変えずに言い返してくる。

「これは陛下とあろうお方の発言とも思われませぬ。エンジュール伯が殺されかけた以上、王宮の警備を密にするのは当然のことでございましょう」

「王宮警護と王立親衛隊に任せられよ」

「任せた結果、太后殿下がエンジュール伯と同様の目に遭われても構わぬと申されるか」

「だれもそのようなことをいってはいない。飛躍しすぎだ」

「では、王宮警護と王立親衛隊の警備が万全だとでも? エンジュール伯が刺されたのは、警備も厚い晩餐会の夜のことですぞ」

 ラインスのいっていることはもっともだった。反論の余地はなかったが、しかし、彼の論理は破綻してもいた。レオンガンドは、昨日からそのことをずっと不審に思っていた。ラインスほどの男が、そんな簡単な過ちを犯すものだろうか。そこになにか巧妙な罠でも仕掛けられているのではないか。だとすれば、レオンガンドは、まんまと罠にかかることになるのだが。

「貴公のいうように、晩餐会と同程度の警備では物足りないのは我々も把握している。軍から選りすぐりの部隊を王宮に派遣させる手筈になっていたのだ」

「それでは遅すぎるといっているのです」

 ラインスが語気を強くいったのは、演出に違いなかった。彼は、朝議の場でレオンガンドを言い負かせるつもりでいるらしい。私兵を後宮に入れるという暴挙に出たのも、朝議の場を戦場にするためだったのかもしれない。が、そんなことをして、彼になんの旨味があるというのか。

「わかった。我々の行動が遅いことは認めよう。だがな、それが貴公の横暴を認める根拠にはならんのだ」

「横暴? わたくしたちは、太后殿下の御身を御守りするためにわずかばかりの私兵を投じたのですぞ。それを横暴などと……!」

「戯言を申されるな。貴公らの私兵が、後宮の警備についていた王宮警護や王立親衛隊を追い出した事実がある。王宮警護と王立親衛隊の警備だけでは不安というのならば、その補強をするという形で兵を入れるべきだったな」

「それは彼らの正義感が行き過ぎた結果でしょう。もちろん、やり過ぎだったとは思いますが、王宮警護と王立親衛隊には任せていられないという彼らの義憤を、どうか、わかってください」

「義憤……か。ならば、これからは王宮警護と王立親衛隊も後宮の警備につかせても構わないな?」

「ええ、もちろんです。そのことを進言するために朝議が開くのを待っていたのですから」

(見え透いた嘘を……)

 レオンガンドは、涼しい顔のラインスを見やりながら、胸中で吐き捨てた。ラインスほどの立場にあれば、朝議の場を待たずとも、レオンガンドに直接進言することは不可能ではない。直接でなくとも、ゼフィルやバレットを通してもできることなのだ。もっとも、ラインスの今の発言は、昨日、朝議が開かれなかったことに対する皮肉なのかもしれないが。

「では、朝議が終わり次第、王立親衛隊と王宮警護には後宮の警備につかせよう。殿下の御身を守るには、諸君らの私兵だけでは心許ない。それから、情勢が安定するまでの間、軍の部隊を王宮に入れることになっている。デイオン将軍が選抜した部隊だ。実力的には申し分はない。今後、王宮の警備及び防衛は王宮警護、王立親衛隊、軍の三者によって行われることとする。留意するように」

 レオンガンドが告げると、一同は恭しく首肯した。

「それでは、王宮の防衛問題の議論は決着がついたということでよろしいですな」

「ああ」

 鷹揚にうなずいてから、レオンガンドはラインスと視線を交わした。主君に対しても一切の遠慮がないのは、彼が自分の立場というものを理解しているからだ。太后グレイシアの実兄であるということは、太后の後ろ盾があるということであり、レオンガンドですら彼の発言を無視することは難しかった。

 レオンガンドは、グレイシアを政争に巻き込みたくはなかった。ただレオンガンドの母親というだけで権力争いの渦中に巻き込んでしまうのは、息子としては居た堪れないのだ。しかし、グレイシアの立場を考えれば、そうなってしまうのはしかたのないことなのだろう。それもわかっている。だからこそ、グレイシアを政治の表舞台に立たせないように配慮しているのだ。

 ラインスたち太后派を刺激しすぎなければ、彼らもグレイシアを引っ張り出してくるようなことはあるまい。

 グレイシアという弱みを握られているようなものだ。

 グレイシア自身はなんの野心も野望も持っていない人物だが、彼女の権力を利用し、事を成そうとするものは数多くいる。その筆頭がグレイシアの実兄であるラインスなのだ。

 アンスリウス家は元来、ガンディアの有力な貴族だった。シウスクラウドがグレイシアを見初め、妃として迎え入れたことで、アンスリウス家の権勢は最盛期を迎えたといってよかった。ラインスは、ゆくゆくはガンディアの実権を握るつもりでいたのかもしれない。もちろん、シウスクラウドの時代が長く続いたからといって、ラインスが実権を握ることができたのかは不明だが。

「なにか言いたいことがあるようだな、ラインス。申してみよ」

「……では、遠慮無く申し上げます」

 会議場にいる全員が、ラインス=アンスリウスの発言に注目したそのときだった。

 不意に、大会議場の扉が開いたと思うと、兵士がひとり、駆け込んできた。兵は、場を弁えもせずに大声を発してきた。

「朝議の最中、失礼します!」

「なんだ?」

「アザーク軍が国境を通過、ガンディア領土に侵入していることが判明! しかも、王都に向かって進軍中とのこと!」

「なんだと!」

 真っ先に驚愕の声を上げたのはラインス=アンスリウスであり、彼の反応の早さにレオンガンドは目を細めたが、兵の報告に驚かなかったわけではない。衝撃はある。

 アザークは、ガンディアの西隣に位置する国である。なぜか昔からガンディアの領土に執着しており、度々攻撃を仕掛けてきては、ガンディア軍に撃退されるということを繰り返している。アザークは、外征を積極的に行うべきだという積極派と、内政にこそ力を注ぐべきだという消極派の二派によって政治が行われており、消極派が大勢を占めているときはガンディアは平和であり、積極派が国政を牛耳っているときはガンディアは攻撃に曝されるということがわかっている。つまり、現在のアザークは、積極派によって運営されているということになるのだが。

 それにしても、アザークの動きが判明するのが遅すぎた。

 確かに、アザーク西端の都市クルンデールで軍備を整え、進発すれば、一日足らずでガンディオンに肉薄できるだろう。が、クルンデールからガンディア領に至るには、国境防衛部隊の警戒網を突破しなければならないのだ。国境防衛部隊は、たかだか二百人程度とはいえ、アザーク軍の侵攻をガンディア各地に報せることくらいはできる。いま、兵によってもたらされたのは、間違いなくそういった報告ではなかった。

 アザークが国境を突破し、ガンディア領に至ったということを報せてきたのだ。国境防衛部隊が為す術もなく撃破されたのか、それとも、国境防衛部隊の警戒網をくぐり抜けて、ガンディア領への侵入を果たしたのか。あるいは、国境防衛部隊がアザークと繋がっているのか。

 いずれにしても、看過できる状況ではない。

「アザークめ……このガンディオンを落とせるとでも思っているのか?」

 レオンガンドはつぶやきながら貴族たちの顔を見回した。反レオンガンド派の貴族たちは、アザークの侵攻に対して驚きを隠していない。ラインス=アンスリウスにせよ、ラファエル=クロウにせよ、寝耳に水という表情をしていた。

 しかし、レオンガンドの頭の中では、このアザーク侵攻も太后派の仕組んだこととしか思えないのだ。

「セツナ伯が動けないことを見計らってのことでしょうな。アザークにとって恐るべきは、セツナ伯ただひとりと認識しているのでしょう」

「解放同盟がアザークと通じていたとしか思えませんな」

「解放同盟め……!」

「なるほど、ログナー家はそれが狙いか」

 口々に囁き合う声が聞こえる中、左眼将軍だけがレオンガンドの命令を待っていた。

「将軍。ただちに迎撃部隊を編成し、アザークの軍勢を撃退せよ。《獅子の尾》の使用を許可する」

「御意に」

 デイオンは厳かに頷くと、そそくさと会議場を出て行った。その後姿の頼もしさたるや、雁首揃えて囁き合う貴族どもの比ではない。

 レオンガンドが《獅子の尾》の名を口にしたとき、会議場内にざわめきが生まれたが、彼は気にもとめなかった。セツナのいない《獅子の尾》をどう評価していいのかわからない連中が多いのだ。特に、戦場に出たことのない貴族たちには理解できるはずもない。

 セツナが不在であろうと、《獅子の尾》がガンディアの最高攻撃力であることに変わりはなかった。

(彼女らには酷だがな)

 ファリア・ベルファリア=アスラリアにせよ、ミリュウ=リバイエンにせよ、セツナを特別大切に想っているようなのだ。セツナが意識不明の重体となっているいま、戦う気になどなれないかもしれないし、レオンガンドとしても彼女らを駆り出したくはなかった。しかし、そうもいってはいられない事情がある。

 ザルワーンからレオンガンドとともに王都に帰還を果たしたのは、ガンディア軍のうち、半数にも満たない軍勢だった。そのうち、すぐさま出動できる部隊がどれほどいるものか。

《獅子の尾》を使えば、迎撃部隊として動員する兵数を抑えることができるのは間違いない。元より

《獅子の尾》は王立親衛隊の中でも特別な立ち位置にあるのだ。遊撃が《獅子の尾》の役割であり、王宮を離れて行動するのは、その設立理念に適っている。

「朝議は一先ず閉会とする」

 レオンガンドが宣言すると、ざわついていた場内が一瞬にして静まり返った。ラインスは不満そうな表情を覗かせたが、レオンガンドが一瞥すると、何事もなかったかのように涼しげな顔になった。事態が事態だ。国土防衛よりも朝議を優先するべきだ、などというものは、ひとりとしていなかった。

「また、戦争になりますか」

 ラシュフォード=スレイクスが渋い顔をしたのは、会議場を出てすぐのことだ。ガンディアの財務の一切を取り仕切る老人は、背を正すことなど忘れてしまったかのような猫背で、丸眼鏡を鼻の上に乗せていた。さらにいつものように緑の長衣を着こんでいて、折れ曲がった帽子で薄くなった頭髪を隠している。アルガザードよりも老齢に見える彼は、実際のところ、アルガザードよりもずいぶん若いはずだった。

 レオンガンドは、幼少の頃より知るこの老人相手には、少し砕けて話すことができた。

「そうはならないよ、ラシュフォード」

「しかし、アザークは度重なる休戦協定違反を行ってきているわけでして、ただ撃退するだけで満足しては、ガンディアの面目もありませんな」

「面目など、なんの役にも立たないさ」

 レオンガンドは屈託なく笑った。

「いまやガンディアの国土は広がった。ログナー、ザルワーンを降し、その版図を得たんだ。ミオン、ルシオン、そしてレマニフラという同盟国の存在もある。アザークの如き小国の無法など、捨て置けばいい」

「まあ……国庫を管理する身としては、戦争に発展しないに越したことはないのですが」

「迎撃部隊に関しては大目に見てくれ」

「それはもちろん。王都への直接攻撃となれば、我が身の安全も脅かされますからな」

 ラシュフォードが冗談めいた口ぶりでいったその言葉が彼の本心だということを理解して、レオンガンドは少しばかり眉を顰めた。

 保身こそが、ラシュフォード=スレイクスのすべてなのだ。


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