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第五百話 剣と盾

「王宮警護も名ばかりだな」

 ミシェル・ザナフ=クロウの嘆息を聞き逃さなかったのは、隣を歩いていたからにほかならない。

 王宮の通路。

 王宮警護と呼ばれる衛兵たちがそこかしこで警戒しており、暗殺未遂事件から二日が明けたいまも緊張感に満ちている。

「……そうだな。名前ばかりが肥大して、鋭敏を求められるはずの彼らの感覚も膨張し、鈍っているんだろう」

「我々は、そうなってはならんぞ」

「わかっているさ」

 ラクサス・ザナフ=バルガザールは、静かに同意した。王立親衛隊は誇りと自負を持たなければならない。そして、誇りと自負を持つためには、怠惰であってはならないのだ。常に緊張感を持ち、任務に当たるべきなのだ。その点に関しては、ラクサスはミシェルを尊敬すらしている。《獅子の爪》の隊風というのは、《獅子の牙》よりも余程整然としており、まさに王立親衛隊というべき部隊として訓練されていた。貴族の子女で構成されている、というのも大きいのかもしれない。

 対して、《獅子の牙》は、やや雑多な部隊だ。隊長のラクサスがそういうことに無頓着だからかもしれないのだが、根なし草のリューグを隊に迎えたことが契機だったのは間違いない。

 ともかく、ミシェルの隊とラクサスの隊は毛色の違う組織だった。

 そんな隊風も理念も異なる部隊を率いているからこそ、衝突することがないのかもしれない。

「セツナ様は眠ったままだそうだな」

「瀕死の傷を負ったんだ。一日二日で目覚めるとは思えないが」

「それもそうか」

(セツナ様……様か……)

 ラクサスは、ミシェルがごく自然に敬称をつけて彼の名を呼んでいることに驚きを禁じ得なかった。ミシェルほど出地や階級に煩い人間はいないのだ。

 ミシェルは、貴族である。しかも有力貴族クロウ家の長男であり、幼少のころから貴族のあるべき姿を叩き込まれてきたという。

 クロウ家の貴族観では、王家に連なる血筋だから偉いというのは大いなる間違いであり、国のために、王家のために、民のために人生を捧げるからこそ、貴いのだ。

 民衆は貴族によって護られるべき存在であると考えており、セツナやファリアのような一般人が国の中枢に関わることを苦々しく思っていたのが彼なのだ。

 その想いはおそらくいまも変わってはいまい。しかし、セツナが領伯に任じられ、貴族の仲間入りを果たした以上、考えを改めようとしているのかもしれない。

 同じ王立親衛隊長でありながら、獅騎ザナフ王宮召喚師ゼノンでは立場が違うといってもよかった。どちらもレオンガンドが新設した称号、位階であったが、王宮召喚師よりも獅騎のほうが上位と見る向きが強く、実際、そのとおりだろう。王宮召喚師とは、王宮に仕える武装召喚師という程度の意味しかない。しかし、獅騎は、騎士の中の騎士に与えられる称号として作られたのだ。価値が違う。

 ミシェルが自負し、セツナたち《獅子の尾》を守るのもまた、自分たちの使命だと公言したのもわからない話ではなかった。

 その立場が、逆転したといってもいい。

 セツナは領伯となった。ラクサスでさえ、対等に話すことはできない位置に、彼は上り詰めたのだ。これ以上の位となると、軍に入り、左右将軍か大将軍となる以外にはないのではないか。しかし、レオンガンドは、彼を軍部に差し出す気はあるまい。王立親衛隊の三隊は、セツナをレオンガンドの側に留め置くために創設されたといってもいいのだ。それほどのことをしてでも、セツナの気を引いておきたいのがレオンガンドであり、レオンガンドにそうさせるほどに、セツナの力というのは大きい。

「王宮警護……か」

 つぶやいて、ラクサスはふと思い出した。

「王宮警護といえばクロウ家の管轄ではなかったか?」

「それも昔の話だ。少し前にメジエン家の管轄に移った。ラインス=アンスリウス殿の進言でな」

「メジエン家? 都市警備隊もメジエン家だろう?」

「そうさ。王宮警護と都市警備隊を一本化することで、警備の効率化、費用の低減を謳っていたな。ラインス=アンスリウス殿は」

「話を聞く限りはまともな政策だが……」

「実際、そのとおりではあったのだ。父上が管理していた頃よりも、王宮警護と警備隊に割く費用は少なくなっている。かといって、警備の質が落ちているというわけでもない。いや、むしろ、質は上がっていると見るべきか。王都の犯罪件数は減少傾向にあるらしい」

「ほう」

 相槌を打ちながら、ラクサスはラインスを見直した。元より、家柄と政治能力だけで生きてきたような男だ。無能ならば、ひとがついてくるようなことはあるまい。

「とはいえ、だ。メジエン家の立場を考えても見よ」

「ふむ?」

「メジエン家は生粋の反レオンガンド派だ。陛下が幼少の頃よりリノンクレア様に王位継承させるべきだと騒いでいた家だぞ。いまでこそおとなしく振舞っているが、腹の底ではなにを考えているものか」

「特にザメルは過激派だと聞くな」

「ラファエルとよくつるんでいるよ」

 ミシェルは、ことさらに声を潜めた。ラファエルとは彼の実弟であるラファエル=クロウのことだ。ラファエルは太后派に所属しており、強烈な反レオンガンド派だということで有名だった。だからこそ、ミシェルはレオンガンドに対して熱烈に忠節を誓うのかもしれない。そして、そういう兄がいるからこそ、ラファエルは太后派の活動に熱を注ぐのだろうか。

 ラクサスは弟たちと喧嘩することはあっても、反目しあうほど険悪な関係になったことはないので、ミシェルたちのことがいまいち理解できなかった。しかし、彼のいわんとしていることはわかる。

 反レオンガンド派の精鋭ともいえるふたりだ。今回の事件に関わるようなことをしでかしたのではないか、というのだろう。直接事件に携わっているわけではないにしても、王宮警護の巡回路を漏洩するなど、なにかしらの方法で関与したのではないか。

「……まさかな」

「あってほしくはないが、その可能性も考慮に入れておくべきだろう」

 ミシェルが語気を強めた。

「忘れるな、ラクサス。我々の敵は、外のみに非ず。むしろ、内にこそ注意を向ける必要がある」

「ああ」

「陛下の御身、御志を守ることが我々の使命と心得よ。そのためならばこの手を汚すことも厭うな」

「わかっている」

 ラクサスは即答するとともに、ミシェルがレオンガンド派に属していることを頼もしく思った。彼が仲間でよかった。敵であったならば、彼ほどの強敵もそうはいまい。

 そんな風に、他人に聞かれれば進退問題に発展しかねないような話題を口にしているときだった。突如、ラクサスは背後から呼び止められたのだ。

「隊長! ラクサス隊長! 大変です!」

 王宮の通路を叫びながら走ってきたのは、《獅子の牙》の隊士のマレット=フィンゴールドだった。たったひとりで走ってきたところを見ると、伝令として使われたのだろう。どことなく幼さを残した彼は、《獅子の牙》では使い勝手のいい人材として重宝されている。つまりは雑用なのだが、それも修行だと息巻いているのがマレットだった。

「大変? なにがあった?」

「後宮が、後宮に、大変な、大変! なんです!」

「落ち着け。一度深呼吸して、それから説明しろ」

 マレットを一喝したのはミシェルである。マレットは、ミシェルの剣幕に驚いたようだが、そのおかげなのか、むしろ落ち着きを取り戻したらしい。いわれた通りに深呼吸をすると、おずおずと口を開く。

「後宮に、太后派貴族の私兵が入り、王宮警護や王立親衛隊を追い出し始めたのです」

「なんだと?」

 マレットの報告を聞いたとき、ラクサスは、気でも狂ったのかと思った。マレットが幻覚でも見たのではないかとも疑ったが、彼の言動からは不審なものは見受けられない。つまり、彼の言うことは事実だということだ。

 太后派の貴族たちが私兵を後宮に入れた。それだけでも大問題だが、彼らはそれだけでは止まらず、後宮の警備に当たっていた王宮警護や王立親衛隊を追い出しているのだという。明らかな越権行為であり、違反行為といっていいだろう。

「相手が相手ということもあって、我々も手の出しようがなく……」

「太后派め……血迷ったか」

 ミシェルは吐き捨てると、踵を返した。後宮へ向かうのだろうが。

「わたしはこのことを陛下に伝えよう。マレット、君も来るんだ」

「は、はい」

「ミシェル、手荒な真似はするなよ」

「相手の出方次第では、保証できんよ」

 ミシェル・ザナフ=クロウがこれほどまでに血の気の多い人物だということを知るものは、ほとんどいない。ラクサスこそ、彼のひととなりをよく知っているが、彼が血気盛んだという事実を知ったとき、天地がひっくり返るほどの衝撃を受けたものだ。

 なるほど、彼には《獅子の牙》は任せられない。

 彼には、王の盾よりも王の剣のほうが似合っている。


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