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第四百九十六話 王都を覆う暗雲(二)

「どうされるおつもりです?」

 オーギュスト=サンシアンは、連日に及ぶ出頭要請に応じていた。サンシアン家の当主ともあろうものが、あらぬ疑いをかけられたままではいられない、というのが彼の表向きの理由だったようだが、真相は違う。

 オーギュストは、レオンガンドを嬲っている。

 それがわかるから、レオンガンドは、オーギュストを睨んでしまいそうになるのだ。オーギュストに非があるわけではないというのに、彼そのものがこの事態を招いたのではないかと思ってしまう。いけないことだとわかっていても、一因ですらないことがわかっていても、だ。

(よくない兆候だな)

 レオンガンドは、戦略会議室に集った面々を一瞥して、胸中で頭を振った。レオンガンド以外には、ゼフィル=マルディーン、バレット=ワイズムーンといういつものふたりに、デイオン=ホークロウ左眼将軍、情報提供者であるオーギュスト=サンシアンを加えた五人だ。

 昨夜起きた領伯暗殺未遂事件の全容については、既にオーギュストの口から語られていた。それにより、セツナ暗殺未遂事件は太后派の企みだということが判明している。レオンガンドは、その話を聞いたとき、耳を疑ったものだ。いくら太后派がレオンガンドに反発し、レオンガンドを王の座から引きずり下ろしたいと考えているとはいっても、セツナを暗殺しようというのはあまりに飛躍しすぎているのではないか。

 確かに、セツナはレオンガンドにとってはなくてはならない存在だ。彼なくして、レオンガンドの躍進、ガンディアの度重なる勝利はなかったと言い切ってもいい。

 同盟国との協力だけでは乗り越えられない壁を、強引にぶち破ったのが黒き矛なのだ。

 そんな彼を殺すのは、レオンガンドの権勢を削ぐという意味では効率的かもしれない。だが、それはガンディアという国全体を見た場合、大損失以外のなにものでもないのだ。だれがガンディアの国王となったとしても、セツナを失うことが痛手なのは変わりがない。彼に代わる人材などいないのだ。

 だからこそ、太后派とセツナの接触こそ恐れた。セツナが太后派に靡く可能性は皆無ではなかったし、太后派にセツナを取り込もうとする動きがあったのは確かなのだ。その情報が偽りだったのだとすれば、余程周到に準備していたということになるのだが、果たしてどうなのだろうか。

 レオンガンド憎しの太后派も、ガンディアの国益を損ねるようなことをするはずがない――そう思っていたのだが、どうやらそうではないらしいということを理解したとき、レオンガンドの中でなにかが音を立てて崩れている。

「どうもこうもないだろう。君の証言だけでは、どうしようもない」

「でしょうね。ラインスは用心深く、狡猾です。自分の立場に関わるような重要な会議では、議事録や文章といったものを一切残さなかった。言葉だけの会議。言葉だけの策謀。これでは、わたしの証言などあってないようなものです」

 オーギュストの証言によって判明したのは、ラインス=アンスリウスを首魁とする太后派の全容であり、ラインスの主催する反攻会議の参加者、そして会議の内容であった。反攻とは、レオンガンドに対するものなのだろうが。

 ラインス=アンスリウス、ラファエル=クロウ、ゼイン=マルディーン、キルド=ガレーン、ザメル=メジエン、それにオーギュスト=サンシアン。ラインスの反攻会議の参加者は、太后派の中でも大物といわれるものばかりであり、全員を捕縛することができれば、王宮の勢力図が一気に塗り変わるだろう。

 ゼフィルは、兄が未だに反レオンガンドを掲げていることに困っているようだったが、兄弟で主義主張が違うことを責めることなどできるはずもない。どれだけレオンガンドのやり方に反発していようと、それ自体は悪でもなんでもないのだ。

 さまざまな考え方があってこそ国は発展する。シウスクラウドの国造りの根幹は、レオンガンドの思考の根幹にもなっていた。

 とはいえ、セツナ暗殺未遂事件は、悪と断ずる以外にはない。実行犯は無論のこと、彼女を手引したものすべてを断罪する必要がある。

 しかし、オーギュストの証言だけでは、反攻会議と暗殺未遂事件を結びつけることは極めて難しい。オーギュストの証言から、この事件はラインス=アンスリウスの主導で行われたのは間違いなかった。セツナを暗殺することでレオンガンド政権に大打撃を与えるのだ、とラインスが得意げに語っていたとオーギュストが証言している。

 だが、犯行日時や実行犯についての詳細な情報は会議の場では明かされておらず、彼の言ったように議事録や文章として残っているわけでもない。ラインスに問い詰めたところで、ただの妄言だと言い逃れられることは目に見えている。彼はガンディアの中でも力有る貴族だ。影響力も大きい。国王だからといって、力ずくで捕縛することなどできるはずがなかった。そんなことをすれば、レオンガンドはガンディア中の貴族からそっぽを向かれるだろう。

 ラインスを追い詰めるには、明確な証拠が必要だった。例えば、実行犯であるエレニアがラインスの指示で犯行に及んだと証言すれば、それだけでラインスに対して強気に出ることもできよう。少なくとも、ラインスたち太后派の動きを鈍らせるだけの効力はあるはずだ。

 だが、今朝から行われている尋問によってエレニアから聞き出せたことといえば、彼女がセツナに対して個人的な恨みを抱いており、その結果、犯行に及んだということだ。もちろん、それだけではないし、重要な情報もあるのだが。

 彼女は、ウェイン・ベルセイン=テウロスを殺した張本人であるセツナのことが許せなかったというのだが、それはセツナを殺そうとした犯人がエレニア=ディフォンであると判明したときにはわかっていたことではある。

 エレニア=ディフォンがセツナを憎んでいるという情報は、ログナー戦争直後にはレオンガンドの耳に入っていた。彼女はウェイン・ベルセイン=テウロスと恋仲であり、ウェインを殺したセツナを憎むのは無理もない話だ。レオンガンドが父を殺したザルワーンを憎んでいたのと同じことだ。

 それでも彼女の実力を買うアスタル将軍の推挙もあり、レオンガンドは重ねて彼女にガンディア軍への参加を要請していた。どれだけ憎しみ、恨んでいても、戦争中のことだ。彼女は騎士として幾多の戦場を経験してきている。割り切っているだろう――。

 アスタル=ラナディースの希望的観測は、レオンガンドの判断基準となっていた。

 もっとも、エレニアは度重なるレオンガンドの要請にも首を縦に振らなかった。ザルワーン戦争の目前、レオンガンドがマイラムを訪れた際も、彼女はガンディア軍に入る気はないといっていたのだ。そんな彼女が王宮で働いていることを知ったのは、王都凱旋直後――二日前のことであり、レオンガンドは、エレニアがガンディア軍に参加する気になったのかと喜んだものだった。

 しかし、エレニアは、ガンディア軍に入るつもりはないと、レオンガンドにいった。彼女は、いまの自分では戦場に出ても役に立てないだろうといったのだ。ログナー戦争の後遺症がある。心に傷を負っているのだ。さもありなん、とレオンガンドは思った。そんなエレニアがなぜ王宮で働く気になったのか、レオンガンドが問うと、彼女はアスタル将軍の力になりたいといった。少しでも恩返しがしたいのだ、と。

 王宮で働きながら道を探す。

 エレニアの言葉が、レオンガンドの耳に残っている。

「道……か」

「なにか、おっしゃられましたか?」

「いや、こちらのことだ」

 レオンガンドは、オーギュストの悠然とした佇まいに憮然となった。彼は常に余裕を持っているように見せている。自分を演出するのがうまいのだろう。レオンガンドも自身を演出し続けてきた人間だからわかる。彼は、常にオーギュスト=サンシアンという人間を演じているのだ。でなければ、貴族社会で生きていくことは難しいのかもしれない。

「エレニア=ディフォンが太后派との繋がりを証言してくれれば、状況も変わるというものですが」

「エレニア……な」

 エレニア=ディフォンと太后派の繋がりを示す証言は一切ないが、彼女は、マイラムに潜伏中のログナー解放同盟と接触していたと証言していた。

 レオンガンドやアスタルのガンディア軍への参加要請を断りながら、一方で、ガンディアの敵対勢力と通じていたのだ。彼女はセツナに一矢報いたかっただけのようだが、ログナー解放同盟はどうやらエレニア=ディフォンをガンディア軍に潜り込ませたかったらしい。しかし、エレニアはログナー解放同盟が提示した方法ではセツナへの報復を果たせないと悟り、会議に会議を重ねた結果、思いもよらぬ縁があり、王宮に入り込むことに成功したのだという。王宮に入り込めば、あとはセツナと接触する機会を待つだけのことだ。

 その縁とは、つい最近、ガンディア貴族の仲間入りを果たした家のことだ。ログナー家。数カ月前までログナーの支配者として君臨していた一族は、いまやガンディアの一貴族となっているのだが、その一族との繋がりが、彼女を王宮に招き寄せた。

 ログナー家とログナー解放同盟が共謀し、エレニア=ディフォンにセツナを暗殺させようとした――そういう物語が、現在、王宮内部に広がりつつある。これが王宮内部だけならば、まだいい。なんとかなるかもしれない。しかし、この物語が真実として拡散され始めたら、ログナー家は終わるだろう。

 セツナはいまやガンディアの英雄なのだ。この国にとってなくてはならない存在だということは、ガンディア国民のだれもが認めるところだろう。彼なくしては、ここまでの拡大は果たせなかった。ザルワーン打倒など夢物語に終わっていた。

「エレニア=ディフォンはログナー解放同盟、ログナー家の関与を示唆しているそうですが、それもこれもラインスの策謀でしょう」

 オーギュストが囁く。

「彼ならば、セツナ殿の暗殺計画に、ログナー解放同盟やログナー家も破滅も織り込んでいたとしても不思議ではありません。そうすれば、レオンガンド派に打撃を与えるだけでなく、ガンディア人にログナー人への反感を植え付けることができる。国が割れるということです」

「そんなことをして、彼になんの益がある? 国が割れれば、ガンディアがラインスのものになったときに困るだろう」

「さあ? ラインスら太后派は狂っていますから。陛下を滅ぼすためならばどんな手段だって取るのではないでしょうか」

 オーギュストの言い分は、レオンガンドには理解できなかった。ラインスがレオンガンドを嫌っているのは知っている。彼が反レオンガンド派を率いるのも、個人的な感情からくるものだということも、なんとなくは理解していた。しかし、個人的な好悪だけで、国益を損なうようなことさえ平気で行うのだろうか。

「君も狂っているのか?」

「さて」

「君もその狂っている連中の仲間だろう」

「わたしは、ガンディア派ですよ」

 オーギュストが居住まいを正して、告げてきた。さっきまでの人を喰ったような態度が鳴りを潜めたかと思うと、秀麗な貴公子が顔を覗かせた。

「ふむ?」

「この国のためならば、陛下の力にも、ラインスの力にもなるということです」

 彼ははっきりといった。

「ガンディアのために人生のすべてを捧げる――それがガンディアに拾われたサンシアン家の使命だと心得ております。だからこそ、セツナ殿の暗殺を阻止しようとしたのですよ。セツナ殿を失うのは、ガンディアにとって陛下を失う以上の痛手」

 オーギュストの言葉にバレットとゼフィルが色をなしたが、レオンガンドはふたりを手で制した。挑発じみた物言いは相変わらずだが、彼のいっていることに間違いはない。セツナさえいれば、国王がレオンガンドでなくとも勝利を重ねることは難しくはない。

「……では、なぜもっと早く動かなかった?」

「いったはずです。ラインスは詳細を明かさなかったと。セツナ殿の暗殺計画こそ語られはしましたが、ほとんどが彼の脳内に秘されていた。凱旋後、実行に移されることはわかっていましたが、それが凱旋当日なのか、その後のことなのかまではわからなかった。当日までラインスの動きに変化がなかったので、掴みようがなかったのです」

「ならば、凱旋直後に警告してくれればよかったのだ!」

 バレットがめずらしく怒声を上げた。

「それはラインスが計画を取りやめにしただけでしょう。後日、別の方法で、別の誰かを暗殺したかもしれない。彼は陛下の力を削ぐことに熱中しているのですから、そのために日程を変えることなど造作もない」

 オーギュストは、バレットを見据えながらいった。バレットは、返す言葉もなく黙りこんだが、滾る怒りを抑えこむことはできたようだった。彼が感情的になっているのは、太后派の横暴が許せないからなのかもしれない。彼は、レオンガンドに敵対的な太后派の存在を憎んでいる節がある。

「わかった。君はこれからもガンディアに力を尽くしてくれたまえ」

「はい。もちろんです。陛下」

 オーギュストは、いつになく恭しく頭を下げてきた。

 レオンガンドは、そんな姿を見て、オーギュスト=サンシアンの立場が明確になったにせよ、彼のことは好きになれそうにないと確信した。


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