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第四百八十四話 王宮晩餐会

 十月八日。

 論功行賞が行われたその夜、王宮の主催による晩餐会が開かれた。

 急遽決まった、というわけではない。龍府制圧後、即座に王都への凱旋の日取りが定められたというのだが、そのときには論功行賞や晩餐会といった行事の日程もある程度は決められたらしい。とはいえ、なにもかも急ぎ足で決められたことでもあり、なにがあるというわけでもなさそうではあったのだが。

 ログナー戦争後の晩餐会も似たようなものだったことを思い出して、ファリアは苦笑を浮かべた。自分はなにかを期待していたのだろうか。

 王宮大広間には、王宮晩餐会の名に恥じない光景が広がっている。大広間に設置された無数のテーブルには、招待客が整然と配置されているのだが、料理を運ぶ給仕や、会話のために席を離れるひとなどもいて、大広間全体が混沌としていた。

 王族貴族が総出といっても過言ではないくらいに参加しているのだが、その中心にいるのは、当然、レオンガンド・レイ=ガンディアだ。ガンディアの若き君主は、片目を失ってからというもの、儚さを帯びた美しさから、烈しさを纏った美しさになりつつある。身に纏うのは、豪華というよりは華麗な衣装であり、彼の容姿との調和はだれもが息を呑むほどだった。

 彼の右隣では太后グレイシア・レア=ガンディアが年齢を感じさせない若々しさを発揮している。レオンガンドの美しさは、グレイシアの血なのだということがよくわかる。グレイシアとレオンガンドの派閥は対立していることで知られており、そのことでレオンガンドが苦悩していることはファリアもよく知っている。しかし、母子の仲は良好そうに見えて、ファリアはただただ安堵した。レオンガンドが笑いかければ、グレイシアは本当に嬉しそうに笑い返すのだ。とても、表面的な反応には見えなかった。もちろん、演技である可能性も捨てきれない。王侯貴族というのは、そういうものらしいのだ。ファリアにはよくわからないが。

 レオンガンドの左隣には、ナージュ・ジール=レマニフラがいて、彼女は純白のドレスを身につけていた。南方人特有の褐色の肌が際立ち、彼女のどこか妖艶な美しさがより一層魅力的なものへと昇華されている。ナージュが、レオンガンドの隣にいるのは、彼女がレマニフラの姫君だからではなく、レオンガンドと婚約したからだろう。いずれ、ガンディアの王妃となる女性なのだ。王侯貴族に改めて紹介しておきたいというレオンガンドの考えがあるに違いなかった。ナージュは、グレイシアやレオンガンドと談笑する一方、ガンディアの貴族たちと言葉をかわしているようだ。慣れたものだが、そもそもナージュがガンディアを訪れたのは、八月のことである。それからすぐに戦争が始まったものの、それまでは王宮で過ごしていた彼女がガンディアの貴族に溶け込もうと努力していたとしても、不思議ではなかった。

 また、グレイシアの目の前にはラインス=アンスリウスがいて、彼とその徒党は、まるで自分たちこそが太后の信認を得ているのだといわんばかりにグレイシアを独占していた。無論、グレイシアの隣にレオンガンドがいる以上、太后を独占することなどできないのだが、別の場所から太后に話しかけようとすれば、ラインスたちに話を通さなければならないような状況に陥っていた。それがたとえミオンの突撃将軍であってもだ。もっとも、ルシオンの王子夫妻ばかりは、ラインスでもどうすることもできなさそうだが。リノンクレアはラインスよりも、レオンガンド側から太后に話しかけるだろう。

 ラインス=アンスリウスは、太后グレイシアの実兄であり、ガンディアにおいて権勢を誇っている。その権勢の大半はグレイシアの実兄であることに寄りかかったものであり、また、アンスリウス家がガンディアの中でも力を持った貴族だったからなのだが、その権勢をある程度維持し続けているのは、ラインス自身の実力によるところだというのが、レオンガンドのラインス評だった。

 レオンガンドは、以前はファリアに政治向きの話はほとんどしなかったが、彼女が《獅子の尾》隊長補佐となってからは、度々、ガンディアの内情を囁いてくるようになっていた。太后派の首魁がラインス=アンスリウスであることや、太后派にオーギュスト=サンシアン、ラファエル=クロウといった貴族たちが名を連ねていることも、彼から直接教えられたものだ。

 なぜ、いまになって、と思ったりもしたが、よくよく考えればわかることだった。

 レオンガンドとしては、隊長補佐であるファリアにセツナの手綱を握っていて欲しいのだろう。《獅子の尾》隊長であるセツナが、そういった連中の口車に乗ったりしないように。セツナが太后派に靡き、レオンガンドたちに敵対することがあれば、それこそおしまいなのだ。セツナとカオスブリンガーに対抗できる手段など、いまのガンディアにはない。ファリアですら彼を止めることはできないし、たとえばルウファと力を合わせたところで、敵わないだろう。ルクス=ヴェインですら、本気のセツナを止められるものかどうか。

 セツナを敵に回したくない――。

 レオンガンドの本音を漏れ聞いたとき、ファリアは、それはないでしょう、とはいえなかった。セツナがレオンガンドと敵対することはいまのところありえない、セツナはレオンガンドをこの上なく信頼しているし、唯一無二の主君として仰いでいる。だからこそ、彼は、身も心もぼろぼろになっても、戦い抜くことができるのだ。ログナー戦争も、ザルワーン戦争も、レオンガンドへの忠誠があったからこそ、戦い抜いてきたのではないか。

 殺して、殺して、殺し尽くしてきたのではないか。

(でも、それがいつまでも続くとは限らない)

 セツナがふとした拍子にレオンガンドを見限る可能性だって、十分に有り得る。ラインスの甘言に乗せられて、太后派に鞍替えしたところで不思議ではないのだ。彼が太后派に移るようなことがあってはならない。そのためにも、ファリアがセツナの思想を制御しなければならないというのは、彼女としては辛い話だった。

 なぜ、そこまでしなければならないのか。

 ファリアは、ガンディアの人間ではない。この国のために死ぬ必要はないし、いざとなればリョハンに戻ることだってできる。リョハンに戻れば、こことは比べ物にならないような優雅な生活が待っていることだろう。

 なんたって、彼女はリョハンの戦女神ファリア=バルディッシュの孫娘なのだ。

(バカバカしい)

 ファリアは、胸中で頭を振ると。自分たちの席に視線を戻した。《獅子の尾》に充てがわれたテーブルは、主催者であるレオンガンドたちの席がよく見える位置にあった。さすがは王立親衛隊というだけのことはある、とはルウファの言葉だが。

 隣のテーブルには《獅子の牙》の主立った面々がおり、その隣に《獅子の爪》の主要な隊士の姿がある。つまるところ、王立親衛隊勢揃いといってもいいのだが、《獅子の尾》は隊士全員が参加しているというのが、滑稽な気がしないでもない。

《獅子の牙》も《獅子の爪》も隊長以下五名程が呼ばれており、人数的に大差はない。しかし、厳選された五名と加入予定者を含めた四人では、内容が違うのではないか。

「なんていうかさ、ガンディアって案外華やかなのね」

 ミリュウが、ぽつりとつぶやいた。真紅のドレスを身に纏った彼女は、一国の姫君といってもだれも疑わないのではないかというほどの気品を放っており、大広間に入った瞬間。参加者の度肝を抜いていた。《獅子の尾》のテーブルが注目を集めているのは、彼女のせいもあるのだろう。

 さすがは五竜氏族リバイエン家の姫、というところだろうか。

「もっと質素かと思っていましたか?」

「少しね」

「弱小国家と侮りすぎですよ。話に聞くでしょ? 数のザルワーン、質のログナー、見栄のガンディアって」

 ミリュウに囁き声でそんなことをいったのは、ルウファだ。彼はきっちりとした礼装を身につけており、まさに貴公子といった姿だった。立ち居振る舞いも完璧であり、ミリュウとルウファが並び立つと、側にいるファリアとセツナが恥ずかしくなるくらいだった。生まれの違いを実感するのは、こういうときなのだ。

「なんか違うような……」

「似たようなもんです。虚栄と虚飾がガンディアの力を奪っていったのは事実なんですから」

「嫌に辛辣ね」

「たまには、ね」

「たまにならいいけど、あんまり言い過ぎると、陛下に嫌われるわよ」

「それは困る」

 ルウファの困り顔を引き出すことができて、ファリアは多少満足感を覚えた。ちなみに、ファリアもドレスを身につけているのだが、ミリュウとは対照的な蒼のドレスである。胸元が開き過ぎな気がしないでもないが、決して露出が多いわけではないので、彼女は安心して着ることができた。征竜野の戦いのときのような格好は二度としたくなかった。

 ミリュウもファリアも自分たちで用意したのではなく、《獅子の尾》隊舎にゼフィル=マルディーンが運び込んできた衣装に着替えただけであり、自分たちの趣味ではなかったとしても、これを着るしかなかったのが実情だ。

 そしてセツナ。

 彼はいま、食べるのに夢中らしく、話も聞いていないようだった。彼もまた、ゼフィルが持ち込んできた衣装を着込んでいる。ルウファと同じような礼装だったが、着こなしているルウファとは真逆で、着せられているといってもよかった。似合っていないわけではないのだが、どうもおかしい。なにかが足りない。

 もっとも、そんな風に思われているのは自分も同じに違いないということに気づいたファリアは、それ以来、セツナの姿を笑うことはしなかった。ミリュウもルウファも、育ちが良いからか、そもそもそんなことで他人を笑ったりはしないのだが。

 貴族ふたりと平民ふたり。

 なんとも奇妙な組み合わせのテーブルは、隊舎の食堂にいるときに比べ、何十倍も静けさを保っていた。


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