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第四百八十三話 浮遊するもの

 浮ついている。

 周囲にいるだれもかれも、浮き足立っているように見える。街を歩く人々。子供から大人、老人から商人、武官や文官といったひとたちに至るまで、浮かれている。

 勝利。

 それも大勝利だ。

 長年、敵対し続けてきた国を滅ぼし、ガンディアの国土は飛躍的に広がった。浮かれて当然だろう。いま浮かれずして、いつ浮かれるのか。だれもがそう思っている。だれもが、高揚感の中でいままでにない希望と期待を抱いている。ガンディアは、さらに繁栄するに違いないと考えている。そしてそれはしかたのないことだし、間違いだとは言い切れない。

 滅ぼした敵国の名はザルワーン。龍の国と謳われ、龍の名を冠するものたちが敵として、彼女たちの前に立ちはだかったのは記憶に新しい。

 魔龍窟の武装召喚師たち。

 ひとりは、ザイン=ヴリディア。獰猛な戦士は、ルウファ・ゼノン=バルガザールとの激闘の末、戦場に散った。

 ひとりは、クルード=ファブルネイア。知的な戦士は、ファリア・ベルファリ=アスラリアとの戦いの中で致命傷を負い、セツナの前で死んだ。

 そして、ミリュウ=リバイエン。魅力的な戦士は、セツナ・ゼノン=カミヤを終始圧倒したものの、力を制御しきれず、気絶。セツナによって捕縛され、ガンディア軍の捕虜となった。

 魔龍窟の武装召喚師の中で、彼女だけが生き残った。彼女だけが、戦後のいまを生き、いまを感じている。

 彼女だけが。

(彼女だけ……か)

 ファリアは、奇妙なほど落ち着いた感覚の中で、ミリュウ=リバイエンの横顔を眺めていた。彼女は、ゼフィル=マルディーンが差し出した書類と睨み合っているのだが、その表情たるや緩みきっていて、見ているファリアまで幸せを感じてしまいそうなほどだった。ゼフィルの差し出した書類というのは、彼女が正式にガンディアの所属になるためのものであり、また、彼女の親衛隊入りに関するものだったのだ。ついさっきまでそのことで一悶着があったのだ。ミリュウが喜ぶのも無理はなかったし、ファリアが祝福したくなったのも当然だったのかもしれない。

 ともかく、これでミリュウは晴れてガンディア国民となり、王立親衛隊《獅子の尾》の隊士となるのだ。ミリュウにとっても、ファリアやセツナにとっても喜ぶべきことだろう。ガンディアにとっても、大きなことだ。

 彼女は強力な武装召喚師だ。それこそ、セツナでは太刀打ち出来ないような実力を持っている。黒き矛のセツナを圧倒した召喚武装は、なぜか召喚できなくなってしまったということだが、彼女ほどの実力者ならば、独自の術式を作り上げるのも難しいことではないだろう。

 そもそも、幻竜卿とやらは彼女専用の召喚武装ではないらしいのだ。召喚できなくなったのは、そういうところに問題が生じたのかもしれない。

 ファリアは、ミリュウのことが嫌いではない。敵ではあったが、直接やり合ったことはなかったし、彼女と対面したのは、彼女が捕虜となってからのことだった。捕虜の身の上の彼女は、不敵さと大胆さを兼ね備えた不思議な女性だった。そして、セツナのことばかり口にしていたという印象があり、それは彼女が捕虜でありながら自由を獲得してからの言動が原因なのか、初対面のときからの言動が既にそうだったのか、曖昧なものになってしまっていた。

 それもこれも、ミリュウがセツナに絡んでばかりいるからかもしれない。いや、それも印象論にすぎない。ファリアとだってくだらない会話を交わすこともあったのだ。しかし、ミリュウは大体の場合において、セツナの側にいた。セツナがいなければ生きていけないとでもいいたげな彼女の態度は、ファリアに軽い嫉妬を覚えさせるのだが、かといって、彼女を嫌う理由には成り得ないのがまたややこしい。

 嫌うことができれば、どれほど楽だったのか。そう思わないではない。

 いまにして思えば、嫌わずにいて正解だったのだろうが。

「これでいいのかしら?」

「……ええ、結構です。ミリュウ=リバイエン殿。あとは陛下に認可して頂くだけのことです。わたしはさっそく王宮に戻り、認可して頂くことにいたしましょう」

「早い! さすが神速のゼフィル様!」

「はい?」

 ミリュウのはしゃぎぶりに、ゼフィルは少し困ったような表情で口髭を撫でた。どうやらミリュウは書類との激闘を終えたらしかった。彼女が興奮気味なのは、ようやくここにいてもいいという大義名分ができるからかもしれないし、これからもセツナと一緒にいられるからかもしれない。セツナ第一主義の彼女ならば、十分に有り得る話だ。

(わたしとは違う)

 ファリアは、胸中でつぶやいてから、はっとした。自分が妙に冷静なのは、思考がそこに至るからかもしれない。目の前ではしゃぎ回っている少女のような女性とは、置かれている立場も与えられている使命も違うのだ。特にミリュウは、すべてを失っている。国も、組織も、立場も、役割も、使命も、なにもかも失った彼女の寄る辺が、セツナだったのだ。ミリュウがセツナに夢中なのは、彼女自身がセツナに居場所を見出しているからにほかならない。

 そこが、ファリアとの決定的な違いだ。

 ザルワーン戦争中は意識しないようにしてきたことが、王都に戻ってきた途端、ファリアの意識を席巻しはじめている。自分は何者で、なんのためにガンディアにいて、なんのためにセツナの側にいるのか。すべては使命のためではなかったのか。リョハンで与えられたのは、唯一絶対の使命。そのためだけに小国家群を巡り、ガンディアに辿り着いたのではなかったか。

 そして、セツナと出逢い、彼を見守るという立ち位置を得た。セツナが黒き矛の武装召喚師としてガンディアに所属したとき、ファリアもそれに習う形でガンディアに入った。そのために《大陸召喚師協会》の局員を辞めることになったものの、それは本来、リョハンの使命とは関係のないことだから問題ではない。

 問題は、ファリアがいま、ただの軍属の武装召喚師と成り果てていることだ。

 もちろん、言い訳はある。

 彼女の使命はアズマリア=アルテマックスの討伐だが、あの魔人は神出鬼没であり、一処に留まるということを知らないため、見つけ出すのも容易ではない。ファリアがガンディアに留まっていたのは、ガンディア近郊での目撃情報が重なったからであったのだが、彼女自身はまったく見つけられなかった。しかし、セツナと出会ったことで、ファリアはアズマリアとの接点を得た。

 この世界に召喚されたばかりのセツナが、ファリアとの会話の中でアズマリアの弟子と偽ったのが、すべての始まり。

「それではわたしはこれで。セツナ様によろしくお伝え下さい」

 ゼフィルの声に、ファリアは我に返った。

 隊舎の食堂にはいま、ファリアとミリュウ、そしてゼフィルとその従者たちしかいなかった。隊長と副長は、ニーウェとともに隊舎の中を駆けまわっているはずだ。ふたりとも、はしゃぎすぎて怪我をしなければいいのだが、忠告したところで聞きはしないだろう。

 浮かれているのだ。

「ゼフィル様、なにからなにまでありがとうございました」

「いえいえ。わたしは当然のことをしただけのこと」

 ファリアが深々と頭を下げると、ゼフィルは穏やかな顔でいってきた。ゼフィル=マルディーンはレオンガンドの側近の中で、もっとも《獅子の尾》と関わりの深い人物だ。ファリアやルウファが隊の報告書を纏め上げるのだが、その提出窓口がゼフィルだった。彼は《獅子の尾》のことをだれよりもよく知っていて、だからこそ、レオンガンドは彼を使者に選んだのだろう。

「晩餐会の衣装まで用意して頂いたのに」

「なにぶん、王都に帰ってきたばかりということもあり、準備もままならないだろうと陛下がおっしゃられたので、ナージュ様が王宮の衣装庫から選びに選び抜いたそうですよ」

「ナージュ様が?」

「ナージュ様って、レマニフラの姫君?」

 ミリュウが小首を傾げたのは、レマニフラという国名すら聞き覚えのないものだったからかもしれない。レマニフラは小国家群南方の国だ。ガンディアとの接点を持つこと自体が奇跡のような遠方に位置している。そんなレマニフラの姫君が、レオンガンドと婚約を結んだというのだから、不思議な話だ。

 レオンガンドが近隣の国よりも遠方の国の姫君を娶ることに踏み切ったのは、なにか考えのことがあったのか、それとも、ザルワーン戦争のためだけだったのか、ファリアにはわからない。深い考えがあってのことのように思えるが、衝動的とも思えた。

「そうよ。気さくな方でね、セツナにもたびたび声をかけてくださっていたわ」

「セツナにね」

 セツナの名前が出るだけでミリュウが露骨な反応を示すのは面白いのだが、彼女の反応で遊んでいる場合でもない。

「ナージュ様はいずれガンディアの王妃となられるお方。これを機に、よしみを通じておくのもよろしいかと」

 ゼフィルはそう言い残して、食堂を後にした。

 ファリアは、大きく息を吐いて、自分が大いに緊張していたことを思い知った。ゼフィルは王の使いなのだ。彼の前で粗相をするわけにはいかないという考えが無意識に彼女の肉体を緊張させていたとしても、不思議ではなかった。

 ミリュウを見ると、彼女は緊張とは無縁らしく、書類の控えを眺めていた。彼女が《獅子の尾》の隊士として正式に認められれば、《獅子の尾》はやっと幹部だけのいびつな組織から開放されるということになるのだが、それでも隊士がひとりというのは寂しい物がある。とはいえ、《獅子の尾》の特性を考えれば、迂闊に隊士を増やすこともできなかった。

《獅子の尾》の役割は遊撃である。戦力は多ければ多いほうがいいのは道理なのだが、現状、たった三人の極少人数の部隊であっても、ガンディア軍の最高火力を有しているのだ。そこにただの兵士を加入させる必要があるのかどうか。

(ないわね)

 嘆息とともにその事実を認めて、彼女は、自分もまた冷静さを失いつつあるのではないかと思わないではなかった。


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