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第四百七十九話 王宮の事情(四)

「わたしは数日前から王都に来ていたのですが」

 ジゼルコートが声を潜めて切り出してきたのは、それまでとはまったく毛色の異なる話題のようだった。まるで世間話でもするように、いってくる。

「それもこれも、ケルンノールに籠もっていると、王都の話題をよく耳にしましてね」

「王都の話題?」

「なに、くだらない世間話ですよ。《獅子の尾》の隊舎が改装を始めただの、貴族の間で流行している色だの、そういった話が多い」

 ケルンノールと王都ガンディオンの距離は、そこまで離れているわけではない。クレブールのほうが余程遠距離であり、馬を飛ばせば一日足らずで辿り着くような距離だった。王都に広まったうわさ話がケルンノールにまで流れていくのも、考えられない話ではない。それに、領伯たるもの、王都に情報源を持っているに違いない。王宮の内部に密偵を放っていたとしても、不思議ではなかった。レオンガンドがケルンノールに密偵を忍ばせているのと同じように、だ。

「ほう」

「そんな中、気になる噂がありましてね。なにやら、貴族たちが奇妙な動きを見せている、と。特にオーギュスト=サンシアン。彼が《市街》を散策している姿を見かけることが多いという話がありましてね」

「オーギュスト殿か」

 レオンガンドは、口の中に苦い味が広がるのを禁じ得なかった。

 オーギュスト=サンシアンといえば、レオンガンドの王位継承を非難していた反レオンガンド派の急先鋒だった。サンシアン家の人間ということもあって、レオンガンド派は、彼に対してなにをすることもできなかった。そうすると、彼はますます増長して、レオンガンドの存在を批判した。そして、リノンクレア擁立の動きに同調し、リノンクレアがルシオン王子に嫁ぐことが決まると、グレイシアの元へと流れた。

 反レオンガンド派、リノンクレア派、太后派というオーギュストの変遷は、反レオンガンド派の典型例だ。

 サンシアン家は、ガンディアにおいて特別な立ち位置を確立した家柄だった。その家名は、五百年前の《大分断》にまで遡ることができる。ガンディア王家よりも余程古い家柄であり、格も違った。サンシアン家は、《大分断》に始まる戦乱の中で真っ先に頭角を現し、国家を形成し、肥大化。戦国乱世の黎明期に大国を作り上げたことで、大陸史に燦然と輝いている。そんな家系がガンディアの一貴族にまで落ちぶれるのだから、歴史というものはわからない。

 サンシアン王家を中心とする王国は内紛によって瓦解したとも、諸外国連合との戦いに敗れ、国家解体に迫られたのだともいわれるが、真実は歴史の闇に葬られてしまっている。サンシアン家でも事実はわからないらしく、当時のサンシアン王が事実を隠蔽したのではないかと囁かれているが、サンシアン王家の秘密を暴くことに意味は無い。

 いま、レオンガンドにとって重要な事は、サンシアン家の現当主であるオーギュスト=サンシアンがレオンガンドの敵だということだ。

 国を失い、没落したサンシアン家が、流れ流れて辿り着いたのがガンディオンであり、当時の王がガンディアの貴族に招き入れたことが、ガンディア貴族サンシアン家の始まりである。レオンガンドの祖父は、高名なサンシアン家を貴族に迎え入れることで、ガンディア王家に箔をつけようとしたのかもしれないし、そういう政治的な理由とはまったく別のことかもしれない。いずれにしても、そうやって王家に近しい存在となったサンシアン家は、いまやガンディア貴族の中心に近い位置におり、王の力をもってしても、簡単には対処できない存在だった。

「ええ。サンシアン家の人間が《市街》を散策するというのは、妙に気がかりでしてね。オーギュスト殿といえば、太后派との繋がりの深い人物。太后派がなにか企んでいるのではないかと思い、探りを入れてみたのですが」

「ジゼルコート殿みずからが?」

「ええ」

「なんと無茶なことを」

「はは。たまには体を動かしたいと思っていた矢先の出来事なのでね。ついつい、張り切ってしまったのです」

 彼は笑ったが、レオンガンドは笑うに笑えなかった。ジゼルコートの身になにかがあったと想像するだけで、ぞっとしない。彼は、領伯とはいえ、ガンディアにとってはそれ以上に重要な人物なのだ。彼が王宮に戻れば、貴族の間の勢力図が大きく変わるほどの存在だった。彼がレオンガンドを支持すると明言すれば、それだけで太后派のいくらかはレオンガンド派に寝返るだろうし、逆に太后派であると掲げれば、レオンガンド派にとっては大打撃となる。

 かつて影の王として君臨したジゼルコートの影響力とは、凄まじいのだ。だからこそ、レオンガンドはなんとしても彼を王宮に復帰させたいと考えているのだが、無理強いをして太后派につかれるほうが厄介だということもあり、いかんともしがたい状況に陥っている。

「話を戻しますと、オーギュスト殿が太后派と繋がっているのは事実のようですな。いまでも殿下の元に出入りしているようです」

「でしょうね」

 それは、以前からわかりきっていたことだ。オーギュストがレオンガンドを嫌っている以上、反対勢力につくというのは、感情としてわかりやすい。しかし、王によって現在の立場を保証されているのがサンシアン家である以上、彼もガンディア王家そのものに楯突くつもりはないのだ。故に、彼が持ち上げるのは、リノンクレアであったり、グレイシアであったりするのだろう。ジゼルコートが王位継承権を放棄していなければ、彼や彼の仲間たちは、ジゼルコートを持ち上げたに違いない。

「それから、彼が太后派の元へ行くのではないかと追跡したのですが、巻かれてしまいました」

「危ないことをなさるものだ」

「性分ですよ。わたしとしては、少しでも陛下のお役に立ちたかったのですが」

「いや、お心遣いだけで十分です」

 そう思うのならば王宮に戻ってこい、などとは、口が裂けてもいえなかった。彼の気分を害すれば、それだけ、彼を敵に回す可能性が高くなる。彼を敵にするのは、あまり利口なこととはいえない。

「そういえば、オーギュスト殿は、グレイシア殿下はお元気だといっていましたが、陛下はお会いになられましたか?」

「無論」

 レオンガンドはうなずくと、わざとらしく微笑んだ。いかにジゼルコートが相手とはいえ、いま胸中に浮かんだ思いを悟らせるのは、愚行というものだ。胸襟を開く必要はある。あるのだが、なにもかもを曝け出すということもできない。そのさじ加減こそが難しい。

「凱旋後、真っ先に会いに行きましたよ」

 それは、事実だった。

 十月七日、軍勢を引き連れて王都に凱旋したレオンガンドは、王宮に辿り着いたその足で、グレイシアの居住する区画に向かったのだ。

 王宮。

 獅子王宮と呼ばれることもある。同心円状に作られた王都の中心区画の総称である。壮麗な宮殿を中心とする建物群のことであり、通常、単に王宮という場合、中心に聳える宮殿のことを指し示すことが多い。

 王宮は、森の中にあるといってもいい。植樹された木々が、王宮城壁の内側を埋め尽くすかのような勢いで乱立している。王宮を王都の森と呼ぶものもいるが、そういう理由からだろう。そして、それも間違いではない。

 獅子の住む森なのだ。

 獅子の名を関する王家の森。

 その森の一角に、太后グレイシア・レア=ガンディアの住まう場所があり、後宮と呼ばれることもある。後宮は、古くから王妃の住む場所として使われていたのだが、いまとなってはグレイシアの宮殿という印象が強くなってしまっている。それもこれも、太后派、王母派と呼ばれる貴族たち、軍人たちが毎日のように出入りし、日がな一日グレイシアのご機嫌伺いを行っているからだろう。もはや王宮の一部ではなく、独立した世界が形成されてしまっているのだ。もちろん、いわゆるレオンガンド派、新王派と呼ばれるものたちの出入りが禁じられているわけではないのだが、太后派が屯する空間に足を踏み入れるのは、勢いに乗るレオンガンド派の人間であっても気後れするものなのだろう。自然、足が遠のく。そうすると、太后派の連中は、新王派は太后グレイシアを蔑ろにしている、などというありもしないことを吹聴し、新王派の神経を逆撫でにするのだ。新王派は、そういった挑発に対して我慢するしかない。挑発に乗れば、それこそ太后派の思う壺だ。太后派としては、新王派が事件を起こしてくれるほうがいい。そうして、少しずつ評判を落としていくことで、ガンディアの政情を変えようと考えているのだ。

 取るに足らない、実に下らないことで、この国の政治は停滞している。


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