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第四百七十四話 隊舎(三)

「まるで姉妹のように仲が良いっすな」

 セツナの隣でルウファがつぶやいたのは、勝ち誇るファリアにミリュウが跳びかかり、それをきっかけとして追いかけっこが始まったからだ。テーブルに取り残されたセツナたちは、食器が床に落ちなかったことにほっとするとともに、子供のようにはしゃぐ女性たちの姿に笑うしかなかった。

 子犬のニーウェが、ファリアを追いかけるミリュウを追いかけている。ニーウェもすっかり馴染んでしまった。その名前にも、違和感がなくなっている。

「うん。いいことだ」

「そうですか?」

「仲が悪いよりはいいだろう?」

「でも、隊長にとっては恐ろしい未来しか見えないんですけどね」

「どういうことだよ」

 ルウファの言い様にセツナは憤然としたが、彼はこちらの態度などまったく気にしなかった。

「ま、隊長のことだ。八つ裂きにされるようなことはないでしょうけど」

「だから、どういうことだよ」

 セツナが詰め寄ると、ルウファは意味深長な笑みを浮かべてテーブルから離脱した。セツナが椅子から飛び降り、追撃の態勢に入ろうとしたところ、ミリュウの声が聞こえた。

「あんたたちも兄弟みたいに仲いいじゃない」

「そうそう。まったく、自分たちのことは棚に上げるんだから」

 ファリアもミリュウも、肌がほんのり上気しており、息も上がっているように見えた。どれだけ本気で逃げまわり、追い掛け回したのかがわかるというものだ。

 ふたりがいつも以上にはしゃいでいるのは、王都に帰ってきて、安心したというのもあるのかもしれない。ミリュウの場合は、戦争が終わり、ザルワーンから離れたからだろうか。彼女は、ザルワーンという国に呪縛されているといっていた。その呪縛の源がなくなれば、心も軽くなるというものだろう。

「俺とルウファが兄弟?」

「ほー……だとすればバルガザール家は四兄弟になりますね。やった、弟が増える!」

「いやいや、どう考えても、あんたのほうが弟だから」

 バーカウンターの裏側から顔を覗かせたルウファが喜びの声を発したが、ミリュウの冷ややかな言葉が彼の耳に見事に突き刺さったようだった。

「年下の兄ってなんなんですか!」

「まあ、ファリアも年下の姉だし」

「わたしが姉なの!?」

 ファリアは納得出来ないといいたげだったが、セツナの見立てに間違いはなかった。どう考えても、ミリュウのほうが精神年齢は幼いのだ。それも、ずっと幼く感じる。セツナは、時折、同年代の少女をミリュウの中に見出すのだ。セツナに対する馴れ馴れしい態度も、時々見せる少女のような素顔も、彼女が同年代の少女ならばわかることだった。

 とはいえ、ファリアが老けているということは一切ない。彼女も若く、美しい女性なのだ。

「なんというか、本当に賑やかになりましたな」

 セツナの耳に唐突に飛び込んできたのは、聞き知った声だった。見ると、食堂の出入口に口髭の紳士が立ち尽くしている。

「あれ……ゼフィルさん? なんでここに」

 ゼフィル=マルディーン。いわずとしれたレオンガンドの側近であり、ガンディアの中枢に携わる重臣の中の重臣だ。レオンガンドには四人の側近がおり、四人の内のだれもが重要人物だったが、中でもゼフィル=マルディーンはレオンガンドの側に常にいるような印象が、セツナにはあった。

 実際、セツナは、ほかの三人よりもゼフィルとの接点のほうが多い。ゼフィルがセツナを気にかけてくれているのも、なんとはなしにわかった。王宮の会議室で初めて対面した時以来、だ。

「突然の訪問、ご容赦の程を。論功行賞の賞品を運んできたのですが、セツナ様へは、わたしたちのだれかが直接渡すようにと陛下のご命令がありましたので」

「そうだったんですか! いやでも、そこまでしなくても……」

「いえいえ。セツナ様はこの度、ガンディアでも数少ない領伯となられたのです。その説明を兼ねて、わたしが遣わされたということです」

 ゼフィルがセツナを目上に扱うのは、セツナがいまさっき領伯という立場になったからかもしれない。ただの親衛隊長から領伯へ。立場は大きく変化したと見ていいようだった。

「なるほど。それは確かに必要なことですね。領伯とか、突然いわれても、まったくわけわからないし」

「陛下もそのことを危惧されておりましてね」

「セツナは世間知らずだもんね」

「世間知らずのお嬢様程度にはね」

「もー! あたしは世間知らずじゃないわよ!」

「えーと……話を続けてくれますか」

「ええ。もちろん」

 ゼフィルが妙ににこやかなのは、彼の人柄もあるのだろうが、この賑やかさが戦争が終わったことを実感させるからかもしれない。セツナはそんな風に思いながら、ファリアとミリュウのやり取りを眺めて、笑みをこぼした。


「領伯がいかなるものかは理解されていますか?」

 ゼフィルが話を再開したのは、セツナたちがそれぞれ席についてからのことだった。その間、ゼフィルは従者に指示を飛ばしており、彼らが運び込んできた大量の荷物が食堂を圧迫していた。その荷物は、今回の論功行賞の結果、セツナたちに与えられた金品である。セツナに授与された銀獅子の盾は無論のこと、使い切れないほどの大金も運び込まれているようだ。無論、セツナに授与されたものだけではない。ルウファとファリアの賞品・賞金も、同様に運び込まれたのだ。

 功の第一位はセツナで、第二位はナーレス=ラグナホルンだった。第三位は《白き盾》クオン=カミヤであり、傭兵が第三位に上げられたことは、正規軍人にとっては許しがたいものである一方、身分、出自に関係なく評価されるという事実には、興奮するものも少なくはなかった。

 第四位は《蒼き風》のルクス=ヴェインであり、これはふたりの武装召喚師を撃破したことが評価されたものだ。

 第五位にファリア・ベルファリア、第八位にルウファ・ゼノン=バルガザールが上げられている。ふたりはそれぞれ、相応しいだけの金品が贈られるということであり、ファリアはともかく、ルウファはレオンガンドに賞賛されたというだけで舞い上がり、それはもう大変なことになったものだ。

「一応、ある程度は。皆から教えてもらいましたから」

「それは心強い。領伯とは、ガンディアの国土の一部を自身の領地として与えられたもののこと。その地位は、国王に次ぐといっても過言ではありません。少なくとも、大将軍や左右将軍とは比較にならないものです」

「ええっ?」

「もちろん、それは地位の話です。領伯が大将軍のようにガンディア軍を支配することはできませんし、大将軍が大号令を発すれば、領伯はそれに従う必要がある。領伯は、みずからの領地を守るための戦力を保有することが許されていますが、それも大将軍の命令に従わなければなりません。領伯は、領伯に過ぎないということです」

 ゼフィルの口調は柔らかく、滑らかだ。耳心地のいい声音は、それだけで彼がレオンガンドの側近を務める価値があるのではないかと思わせるほどだった。

「さて、領伯となられたからには、一度領地に赴いて頂く必要があります。セツナ様の領地となるのは、エンジュール。ログナー方面バッハリア南部の地域ですが、昨今、温泉が発見されたことで注目を集めており、入植希望者が殺到しているという話です」

「はあ」

 セツナは、生返事を浮かべながら、手元に置かれた目録に目を通した。大陸の共通語で記された書類には、セツナがエンジュールの領伯になったということが書かれている。公式文書であり、これと同じものが王宮にもあるのだろう。つまり、事務処理もとっくに済んでおり、正式に領伯になってしまったということなのだ。実感はない。ないが、認めるしかない。そして、それは決して気分の悪いものではなかった。

 エンジュール領伯セツナ・ゼノン=カミヤ。

 なんとも不似合いだが、いつかは慣れるのかもしれない。


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