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第四百七十二話 隊舎

「そういえば、ナーレス=ラグナホルンって《獅子の尾》とも関係ある名前だったっけ」

「ええ、そうね」

 セツナがいったのは、《獅子の尾》の隊舎として利用している屋敷に到着してからだった。隊舎は、獅子王宮北門付近に聳える三階建ての屋敷なのだが、その豪邸の本来の持ち主がナーレス=ラグナホルンだった。彼が野に下った五年前から手付かずのまま放置されていたのを《獅子の尾》に与えられたのだが、どうやらそれはナーレス自身の意向だったらしい。

 ナーレスとレオンガンドは、ナーレスがザルワーンにいる間も密に連絡を取り合っており、彼の屋敷を《獅子の尾》の隊舎として使う案は、ナーレスが考えたことだというのだ。だから、ナーレスが無事にガンディアに戻ったいまも、セツナたち《獅子の尾》が使うことに問題はないということなのだが。

 多少、引け目を感じないでもなかったが、隊舎の門を潜り抜けたとき、そういった考えは全て吹き飛んでしまった。

「おー……」

「これが隊舎?」

「そうですよ! 隊舎ですよ、隊舎! 帰ってきたんです! いやっほー!」

 半眼のミリュウに対して興奮気味に返したルウファは、なにが嬉しいのか、セツナたちを差し置いて隊舎の中へと飛び込んでいった。途中、悲鳴が聞こえたが、痛みに負けただけだろう。ルウファはザイン戦の負傷から回復しきってはいないのだ。

「随分、変わったなあ」

 セツナは、久々に見る我が家に以前の面影がほとんどなくなっていることにやや茫然とした。

 以前は、ただの豪邸としか見えなかった外観は、ザルワーン戦争の間に大きな変化を遂げていたのだ。改装・改築の指揮を取ったのはルウファであり、自分の思い通りに改造された隊舎を目の当たりにすれば、彼が興奮するのも無理は無いのかもしれない。

 正面玄関には《獅子の尾》の隊章が飾られ、王都で作られていたらしい隊旗も高々と掲げられている。銀獅子の横顔と、尾の先端が鋭角てきな漆黒の尾が描かれた紋章は、《獅子の尾》らしいものといえるのかもしれない。黒く鋭い尾は、黒き矛ともかかっているに違いなかった。

 隊章を見るのはこれが初めてだったが、セツナは一目見て気に入った。

「これからは、これが隊章になるのね」

「本当に獅子のしっぽなのね。まあ、かわいらしい隊だこと」

「可愛いか?」

「名前だけはね」

「実体は可愛くもなんともないものね」

 ファリアが苦笑したので、セツナも笑った。実際、《獅子の尾》の実体は可愛いなどというものではないはずだ。ガンディア軍でもっとも恐ろしい存在といっても過言ではないのではないか。自惚れではなく、そう思う。ドラゴンをも殺す黒き矛と、雷撃の射手、翼の天使が揃っている。強力無比な部隊だった。

 屋敷に意識を戻すと、一階が増築され、広くなっていることがわかる。

「ファリアは知ってるんだろ? ルウファの設計案」

「知ってるけど、初期案だけよ。彼、王都にいる間、ずっと考えてたみたいだし、わたしの知らない設計案を元に改築の指示を出したのかもしれないわ」

「えーと……ちょっと待って」

「ん?」

「なんで、隊長であるはずのセツナとか隊長補佐のファリアが改築に関わってないのよ? ここ、《獅子の尾》の隊舎よね?」

「そりゃあそうだけど……興味が無いし、訓練に忙しかったし」

「わたしはそれどころじゃなかったし、興味がなかったのも事実よ」

「はあ……あんたたち、似たもの同士で結構なことね」

 ミリュウが嘆息する。

「まあ、いいわよ。快適に暮らせるのなら、なにも問題はないわ」

「快適に……」

「暮らす?」

「なによ? なにか問題でもある?」

「いや、だって」

「ミリュウ、あなた《獅子の尾》の隊員でもなんでもないでしょ?」

「え? なにいってるの? あたしがガンディア軍に入るとすれば、《獅子の尾》以外ありえないじゃない」

「王立親衛隊よ。そう簡単に入れるものじゃないわよ」

「でも、セツナが側に居ていいっていって……っ!」

 ミリュウは、突然顔を赤らめると、セツナの目の前から疾風の如き早さで消え失せた。どたどたという足音が屋敷の中へと消えていく。

「なに……なに?」

「さあ?」

 セツナにも、彼女の反応は理解できないものがあった。もちろん、龍府で彼女にいったことは覚えているし、彼女が望むのならば、側にいればいいとも思っている。しかし、いまのミリュウの反応は、そういったこととは別次元のもののように思えてならなかった。

「あんな子だっけ……? 彼女……」

 ファリアがそんな風につぶやいたが、年齢は確かミリュウのほうが上だったはずだ。


 ルウファの設計による改築が、セツナたちが不在の間に完了していたのは、セツナたちにとってこの上なくありがたいことだった。

 もし、いまも改築中ならば、セツナたちは昨夜と同じように王宮で寝泊まりしなければならなかったかもしれず、そうなれば、ミリュウはひとり王都の宿で過ごさなければならなかったかもしれないのだ。

 獅子王宮は、素晴らしい建物であるのだが、登殿資格を持たないものがおいそれと出入りできるような場所ではなかったし、なにより、貴族や王宮関係者の好奇の目に晒されるのは、決して心地の良いものではなかった。

 貴族のそれに比べると軍人の視線がいかに優しかったのかと思うほどだった。なんとも神経を逆撫でにするような視線なのだ。もちろん、そういった目ばかりではないし、セツナに心優しい声をかけてくれるような人々も存在する。親衛隊長であるセツナと繋がりを持とうとするものもいれば、《獅子の尾》そのものと好を通じようとするものもいた。そういう連中はいい。打算であれ、計算であれ、目的がわかるのだから、こちらも相手にしやすいところがある。しかし、考えのわからない視線というのは、対処に困った。

 ガンディアには、王家に連なる血筋というだけで特別な扱いを受ける人々がいる。それが、貴族と呼ばれる人々であり、獅子王宮という閉ざされた世界から下々の民を支配しているつもりでいるらしい。

 セツナも詳しく知っているわけではなく、ルウファからの受け売りなのだが。

 ルウファのバルガザール家も、貴族といえば貴族になるらしいのだが、貴族とは元来みずから武器をとって戦わないものだというガンディアの流儀からすれば、武門の家であるバルガザール家は異端であり、貴族とは認められないものだという。彼の父アルガザードは貴族として王宮に籠もっているよりも、武将として、戦士として戦場に出て、ガンディアに敵するものを少しでも多く倒すことこそ、王家のためだという考えの持ち主なのだそうだ。ラクサスもルウファもそんな父の考えに共鳴しており、だからこそ、ラクサスは騎士となり、ルウファは武装召喚術を学んだ。ラクサスは王立親衛隊の隊長となり、ルウファは副長となってセツナを支えてくれている。アルガザードは軍を統括する大将軍であり、バルガザール家がいかにガンディアにとって重要な家なのか、よくわかるというものだ。

 そんなルウファが改築を指揮した屋敷の中は、とても広々としていた。元より広い家だったのだが、改築によって間取りが大きく変わっていた。

 まず、正面玄関から入って突き当りまで進むと、食堂とも酒場ともつかぬ場所に出た。立派なバーカウンターがあり、椅子が幾つも並べられている。また、それ以外のテーブルと椅子は、《獅子の尾》隊員の数を遥かに超えているが、《獅子の尾》がいつまでも少人数であるとは考えにくいからかもしれない。もっとも、大人数になれば、機動力重視の遊撃部隊としての役割が果たせなくなることもあり、大幅に増員されるようなことはないだろうが。

「これが副長殿の夢かね」

「そうらしいですね、隊長」

 ファリアとふたりで呆れていると、バーカウンターの奥の扉からミリュウが顔を覗かせた。

「厨房もあるわよー」

「あなたそこにいたの」

「それにしても、この厨房、だれが使うの? ファリア、あなた料理できるんだっけ?」

「人並みにはね」

「へー。じゃあ、ファリアが厨房担当ね」

「なんでよ! 料理人くらい雇えばいいでしょ」

「おお……その手があったわね」

「その手しかないわよ」

 ころころと変わるふたりの表情を見ているだけで飽きないと思っていると、ミリュウのすぐ後ろからルウファが現れた。ミリュウが驚いたようだが、彼は気にもせずに口を開く。

「どうです? 俺がバルガザール家御用達の設計師に注文して出来上がった真《獅子の尾》隊舎は。中々にぶっ飛んでるでしょ?」

「ぶっ飛んでるって……あのなあ」

「酒場付きの隊舎なんて聞いたことないわよ」

 セツナは、またしてもファリアとともにあきれ果てた。もちろん、悪い意味ではないのだが。

 ルウウファは、不敵な笑みを浮かべて、いってくる、

「そりゃそうでしょ。設計師のエリクソンだって驚いてましたし。でも、それでいいんですよ。どこにもないものを目指したんですからね」

「なんでそんなのを目指したんだ?」

「うーん……勢い?」

「俺に聞くなよ」

 セツナが間髪入れずに突っ込むと、ルウファが満面の笑みになった。

「ははは。まあ、いいじゃないですか。隊長の部屋も、ファリアさんの部屋だって、ちゃんと改装してますし、住み心地は良くなってると思いますよ」

「別に不満があるわけじゃないよ。副長の念願がこれなら、それでいいさ」

 セツナはいったが、それは本心だった。隊舎の構造そのものが激変しているわけではない。この食堂兼酒場は、一階の増築部に作られたものであり、それ以外の大部分に見違えるほどの変化は見受けられないようだった。それでも、改装改築によって、ルウファの言うとおり住みやすくなっているのならば、なにもいうことなどないのだ。

「はいはいはい、しつもーん」

 ミリュウが、隣のルウファに向かって、大袈裟に手を上げた。ルウファが笑みを消して、対応する。

「はい、ミリュウさん」

「セツナとファリアの部屋はいいとして、あたしの部屋は?」

「それは、ミリュウさんが《獅子の尾》に正式に加入されたのであれば、すぐにでも用意しますよ」

 ルウファの回答は理に適ったものだ。が、間違いでもある。隊舎にミリュウも連れてきたのは、彼女の仮宿として使ってもらうためでもあったのだ。正式に加入しているかどうかに関わらず、部屋は用意する必要があった。でなければ、彼女は《市街》に宿を求めなければならなくなる。

 ミリュウは、ルウファの答えを聞くと、セツナに視線を送ってきた。

「らしいわよ」

「なんで俺を見るんだよ」

「え、だって、セツナって《獅子の尾》の隊長でしょ? 正式に加入するかどうかを決めるのは、セツナじゃないの?」

「《獅子の尾》も王立親衛隊の一隊に過ぎないわ。あなたが隊に加わるには、陛下の許しが必要よ」

「それなら、問題はなさそうね」

 ミリュウが安堵したように息を吐いた。

「どうしてそうなるのよ」

「あの陛下がセツナの願いを聞き入れないはずがないでしょ」

「……それはそうかもしれないけど、言い方っていうものがあるわ。あなたがもし《獅子の尾》に入りたいというのなら、言葉遣いには気をつけることね」

 ファリアが冷ややかに忠告したものの、ミリュウは聞き入れるつもりはなさそうだった。彼女には彼女の流儀がある。やりたいようにやればいいとセツナは思うのだが、ファリアはそうではないらしい。氷のような視線が、ミリュウに注がれている。

「《獅子の尾》隊長セツナの評判を傷つけたいのなら、話は別だけど」

 ファリアがセツナの名を持ち出すと、彼女は神妙な顔になった。

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