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第四百七十一話 領伯

 領伯。

 ガンディアにおいて、領地を与えられたもののことをいう。

 ガンディアの歴史上、領伯となった人物は少ない。そもそも、ガンディアの領土自体が広いわけではないのだ。ガンディアにこの上なく貢献したものだけにしか領地を割けないのは、当然の道理とさえいえた。

 現在では、ジゼルコート・ラーズ=ケルンノールだけであり、それだけで、セツナの恩賞は特別だということがわかる。

 もちろん、それだけではない。セツナには使いきれるはずもないほど多額の褒賞金と、銀獅子の紋章が刻まれた盾が、論功行賞の場で与えられた。しかし、セツナは領伯に任じられたことで頭が真っ白になり、あとのことはほとんど記憶から欠落してしまっていた。ファリアたちから聞いた話では、しっかりと受け答えはしていたらしく、礼を失する用なことはなかったということで、セツナは安堵したものだ。

「領伯だなんて、とんでもないことですよ!」

 ルウファは、隊舎への道すがら大袈裟なまでに騒ぎ立てた。さすがに王宮大広間では自重したのだろうが、王宮を出てひと目を気にする必要はなくなった以上、ルウファは遠慮しなくなったようだった。

 王宮大広間での論功行賞が終わると、セツナたちには、空き時間が生まれた。大広間に集まった軍人たちから声をかけられることも多々あったのだが、セツナは見知らぬ軍人たちと話に花を咲かせるほどの余裕はなく、ミリュウに引っ張られるまま大広間を後にした。もちろん、一部の要人に挨拶だけはしたものの、まともに会話ができるような状況でもなかった。論功行賞の結果で会場が荒れた、ということではなく、ミリュウが王宮から出たがったのだ。彼女にとっては居心地が悪い場所だったのだろうが、だったら外で待っていればいいのに、といえないのがセツナだった。頼られれば、どうしようもなく手を差し伸べたくなった。

 空き時間というのは、今夜、王宮で行われる晩餐会までの時間のことだ。

 論功行賞は正午過ぎに始まり、二時間ほどで終わった。

 レオンガンドに直接表彰されたのはセツナを始め、上位十名だけであり、十一位から二十位は名前を呼ばれ、功績を讃えられるに留まった。それでも、十分すぎる栄誉だとだれもが囁き、つぎこそは自分が表彰されるのだと息巻くものもいた。

 そんな熱気と興奮の渦から早々に退散したいというミリュウの気持ちも、わからないではなかった。

 セツナは、デイオン将軍やルシオン王子夫妻に挨拶出来ただけでも良かったと思うことにした。ハルベルクとはほとんど初対面に近いが、リノンクレアとは多少の縁がある。とはいえ、知り合いというにはおこがましいほどの接点ではあったが。リノンクレアも、ハルベルクも、セツナの活躍を称えるだけでなく、領地を得たことを自分のことのように喜んでくれた。ルシオン王子夫妻のひとの良さに泣きそうになりながら、デイオン将軍と挨拶を交わし、ミオンの突撃将軍とも言葉を交わした。アレグリア軍団長にサインを求められたのは驚いたものの、セツナは快く応じた。ミリュウとファリアの視線が妙に痛かったが。

 目録や報償金、銀獅子の盾といったものは、《獅子の尾》隊舎に送り届けられるということで、セツナたちはほとんど手ぶらで王宮を出ることができた。もし、自分たちで運ばなければならなかったとすれば、荷物が膨大な数になっていただろう。

 賞与されたのは、セツナだけではないのだ。

「実感ないよ」

 セツナは、素直に感想を述べると、ミリュウが子犬のニーウェを抱きかかえながらいってきた。

「セツナってそればかりよね」

「今回ばかりは実感がなくて当然だと思うけど」

 ファリアがいうと、ミリュウはおもむろにニーウェを掲げ、うなずく。子犬のニーウェは、当然、論功行賞の場にはいなかった。その間は、王宮の使用人に預けていたらしく、その使用人を探し出すまでに苦労したのは、ミリュウが使用人の顔を覚えていなかったからだ。

「そっか。そうよね……領伯だもんね。領伯……領伯婦人……うふふ」

「……なにか良からぬことを企んでるんじゃないでしょうね?」

「まさかあ! あたしがセツナの不利益になるようなことを考えるわけ無いでしょー。セツナにとっても素晴らしいことしか考えてないわよ!」

「ふーん……まあ、いいけど」

 セツナは、自分を挟んで繰り広げられる空中戦に戦々恐々とした。左にミリュウ、右にファリアと、両手に花状態なのは構わないのだが、なにかがあるたびにふたりの視線が交錯し、火花が飛び散るのだけは勘弁して欲しかった。生きた心地がしないとはこのことだ。そして、そのたびにルウファがほくそ笑むのがなんともいえない。完治していないくせに、こういうときだけ元気なのが、ルウファのルウファたる所以なのだとしたら、セツナには勝てる気がしなかった。

 王都は、王宮を中心とする多重同心円を描く都市だ。王宮のある中心区画、文官、武官の屋敷が立ち並ぶ《群臣街》区画、そして市民の暮らす《市街》区画があり、外周城壁によって囲われている。各区画の間にも城壁が聳えており、王宮に至るには三つの城壁を突破しなければならず、防衛面でも優れた都市だといえた。

《群臣街》は、ガンディア王家に仕える文官武官の生活圏であり、そこにはアルガザード・バロル=バルガザール大将軍の邸宅を始め、ガンディア軍人の屋敷が無数に存在していた。当然、生活しているのは軍人だけではなく、その妻子家族も街を歩いていた。軍人の子供たちはセツナを見つけると、大声を上げたり、手を振ってくるので、セツナもそれに応えた。すると、子供たちは喜んだが、子供たちの親は恐縮しきりだった。なぜかと思ったが、すぐにわかった。セツナは、王立親衛隊の隊長であり、軍人の子供たちがおいそれと声をかけていい相手ではないのだ。もちろん、そんなことを気にするセツナではないが、規律にうるさいものが見れば、親子供に叱責が飛ぶかも知れない。そういうとき、セツナはどうすればいいのだろう。真剣に考えたが、答えは見つからないまま、次の疑問が浮かんだ。

「で、そのエンジュールってどこなんだ? ガンディアにそんな場所あったっけ? 聞いたこともないけど」

 論功行賞の場で聞きそびれたのは、セツナが領地を与えられたことで舞い上がってしまい、終始放心状態だったからにほかならない。領地を与えられるなど、領伯に任命されるなど。想像もつかなかったことなのだ。呆然としてしまうのも、無理はなかった。

「あ、それ、あたしも気になるー」

「エンジュールはログナー方面の街ですぜ。バッハリアに程近い街で、最近温泉が湧きでたことで人口が急増したんだとか」

「バッハリア……?」

「バッハリアは、ドルカ軍団長の第四軍団が駐屯する、ログナー北東の都市ね。バッハリアも温泉が有名だそうよ。ログナー戦争中も湯治客が絶えなかったっていう噂があるくらいにね」

「へー……温泉か」

 セツナは、温泉という単語から、生まれ育った国のことを思い出した。

 温泉とは、間違いなく温水が湧き出てくる場所のことであるだろうし、湯治客が耐えないということは、それなりの効能が証明されているということなのだろう。あの世界とこの世界の温泉がまったく同じものなのかどうかは、実際に行ってみなければわからないことだが。硫黄の臭いが鼻腔を掠めるのは、脳裏に浮かんだ光景のせいだ。

「あー、そういえば、ナーレスってメリルちゃんの旦那さんの療養先が、確かバッハリアだったような」

「その通りよ。軍師ナーレス=ラグナホルン夫妻は、バッハリアで療養中。だから論功行賞の場にいなかったんだけど……」

「元気なら参加していたのかしら」

「でしょうね。だって、第二位よ? セツナに次ぐ戦功だもの」

 ファリアのいった通り、功の第二位は、ナーレス=ラグナホルンだった。その名が告げられた時、会場全体が揺れるほどにどよめいたのを覚えている。

 ナーレス=ラグナホルンといえば、約五年前、レオンガンドと喧嘩別れし、ガンディアを離れた人物として知られている。軍師としての才能に溢れていた彼は、ザルワーンに流れ、そこでミレルバスに拾われたといい、ザルワーンのログナー制圧で頭角を現したともいう。ガンディア軍人にとっては、頼もしい味方であった人物であるとともに許しがたい裏切りものだった。そんな彼がなぜ、功の第二位なのか、という声があるのは、当然のことだった。

 だれもが真実を知るわけではないのだ。

 レオンガンドは、大広間に集まった人々に、ナーレスの功を明らかにした。

 彼が五年前、レオンガンドと喧嘩別れしたのも、ザルワーンに拾われたのも、すべて、先王シウスクラウドの最後の謀略によるものだったという。大国ザルワーンを内部から破壊し、弱体化を図るのがナーレスに与えられた使命であり、彼は、そのために人生のすべてを擲つ覚悟でザルワーンに潜り込んだ。破壊工作だ。露見すれば命の保証はなかった。五年もの長きに渡り、ザルワーンの軍師として振る舞い続けた彼は、ザルワーンの弱体化に見事成功し、ガンディアの勝利に大いに貢献したのだ。

 ザルワーン軍の編成にまで口を出し、文官を翼将に据えるなどの軍政改革によって、ザルワーンがどれほど弱くなったのか。龍鱗軍を都市防衛のためと偽って各都市に配置し、戦力の分散を図ったのも、ナーレスの手腕によるものだった。

 セツナたちがナグラシアを瞬く間に陥落させることができたのも、ナーレスの工作によるところが大きいのかもしれない。ナグラシアに駐屯していた第三龍鱗軍の翼将ゴードン=フェネックは、元々文官出身だといい、戦闘には不慣れな人物だったというのだ。そんな人物がロンギ川でガンディア軍相手に奮戦したというのは不思議なことだが。

 ともかく、ナーレス=ラグナホルンが力を尽くしたからこそ、ガンディア軍は大勝利をおさめることができたのであり、ザルワーン戦争にまったく参加しなかった彼が第二位なのは、そういう理由があったのだ。

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