第四百七十話 その身に相応しい栄誉
王都凱旋の翌日、十月八日。
獅子王宮にて、ザルワーン戦争における論功行賞が行われた。
王宮大広間に集められたのは、ガンディア軍の中でも部隊長以上の位階にあるものだけではあったものの、部隊長以下の軍人たちも自分の評価が気になってしかたがないのは当然のはなしであったし、自分以外の評価をも気にするのが人間というものだろう。
ガンディア軍以外の軍関係者も多い。ルシオンの王子夫妻はふたりとも大広間に来ていたし、白聖騎士隊の面々も揃っていた。ミオンの突撃将軍の威厳に満ちた佇まいには、息を呑むものも少なくはない。レマニフラの軍勢が見えないのは、妙なことだが、あまり戦闘に関わっていないからというのもあるかも知れない。
ガンディア軍からはデイオン将軍にアレグリア軍団長、それに《獅子の牙》と《獅子の爪》の隊長たちが来ており、レオンガンドの側近であるところのゼフィルとバレットの姿もあった。
大広間の壇上には、レオンガンド・レイ=ガンディアがおり、王みずから今回の戦争における評価を告げるつもりらしかった。
当然、大広間にはセツナたちも顔を揃えていた。凱旋パレードには参加しながらも、こっそりとしていたミリュウも、この場では堂々としたものだ。昨日の慎ましさがなんだったのかと思うほどだが、ザルワーン戦争での勝利を祝う場ではさすがに胸を張ってもいられなかったのだろう。もっとも、ここも大差ないといえば、そうなのだが。
ファリアとルウファも正装であり、セツナも同じく親衛隊の隊服を身につけている。大広間に集まった人々の中で最前列に立っているのは、そうするようにとゼフィルにいわれたからだ。理由は、わかっている。
論功行賞といえば、ログナー戦争後にも開かれており、そのときの情景がセツナの脳裏に焼き付いている。セツナはそのとき、大勢の前で戦功を褒め称えられ、王宮召喚師の称号を授けられたのだ。王宮召喚師という聞きなれない名前は、ガンディアが作ったものであり、価値を決めるのはセツナの今後の活躍次第だというレオンガンドの言葉を忘れはしないだろう。
王宮召喚師が歴史の闇に埋もれていくのか、それとも、歴史に燦然と輝くものとなるのか。セツナの働きにかかっているのだ。そこまでいわれて燃えないわけがなく、それもあってセツナは戦い抜くことができたのかもしれない。
「功の第一位は、セツナ・ゼノン=カミヤ」
レオンガンドに名を呼ばれて、セツナは一瞬にして緊張した。わかっていたことだ。他には考えられない、想像通りの評価。だれもがそれを知っていたし、ザルワーン戦争が終わった直後から囁かれていたことでもあるのだ。
だれもが想像した結果にどよめきなどは起きなかったが、周囲の視線はセツナに集中した。ファリアやルウファ、ミリュウもセツナのことを見ている。ファリアが嬉しそうにしてくれているのが、セツナには嬉しい。ルウファとミリュウも同じことだ。自分が賞賛されるよりも、周りの人の喜ぶ姿のほうが嬉しいと感じるのは、セツナが周囲の人間との関係性によって生かされていることの証明なのかもしれない。
レオンガンドは大広間に集まった人々を見回すと、セツナに視線を定めた。セツナは、レオンガンドの視線の柔らかさに気づいて、はっとした。緊張を和らげようとしてくれているのだ。
「此度の戦争において彼が最大の功績を上げたのは、だれの目にも明らかだ」
レオンガンドが高らかに宣言する。
その通りだとでもいわんばかりに拍手したのは、左眼将軍が最初だった。各軍団長にルシオンの王子夫妻やミオンの突撃将軍までが続くと、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。セツナは拍手の中心にあって、気恥ずかしくて仕方がなかった。
「胸を張ってくださいよ、隊長」
「そうですよ。隊長は、ガンディアを勝利に導いたんですよ」
ルウファとファリアの声が、心強い。
「そうそう。セツナがいなかったら、いまごろガンディアはぼろぼろだったわよ、きっと」
ミリュウが、自嘲気味に笑った。
「セツナじゃなきゃ、あたしは負けなかったもの」
逆をいえば、彼女が黒き矛の力に飲まれることさえなければ、セツナは負けていたのだ。綱渡りのような戦いだったが、結果だけしか知らないものには理解のできないことだろう。そして、そういった事実は歴史には残らないものだ。セツナは報告したが、それが記録されるかどうかを決めるのは、セツナではない。
「セツナ様、どうぞ陛下の御前に」
近習に促されるまま、セツナは壇上に上がった。儀礼用の装束を纏ったレオンガンドの目の前まで来ると、緊張が最高潮に達した。壇上に注がれる視線の数は、群衆に紛れているときよりもはるかに多い。
「王立親衛隊《獅子の尾》隊長セツナ・ゼノン=カミヤ。君の働きによって、ガンディアがザルワーンに打ち勝つことができたのは、疑いようのない事実だ。胸を張りたまえ。君は、ほかのだれにも成し得ないことを成し遂げたのだ」
レオンガンドの眼は、慈しみに満ちている。その蒼く澄んだ瞳は、カランで見たときとなんら変わっていなかった。カランの墓標の前で、彼は誓いを立てた。ガンディアの再興を誓うといった彼の言葉を、セツナはいまも覚えている。
しかし、人相は大きく変わった。なにより、レオンガンドは左眼を失ってしまったのだ。ミレルバス=ライバーンの手に奪われた左眼は、眼帯で隠されており、その様がレオンガンドの美しい容貌を厳しいものにしてしまっている。不釣り合いだが、悪くはない。
「諸君、セツナはたったひとりで数えきれないほど多くの敵を討ち、ガンディアに勝利を呼び込んだのだ!」
レオンガンドが、大広間全体に響き渡るような声で告げた。その言葉を次ぐようにして、ゼフィル=マルディーンがセツナの功績を口頭で読み上げていく。
マイラムでザルワーン侵攻が決定された時、真っ先に出発したのが、セツナたちを含めた先発隊だった。《獅子の尾》以外には、ログナー方面軍の第一軍団と第四軍団が先発隊として参加し、ザルワーン国境を突破。その勢いに乗じてナグラシアを強襲した。
それがザルワーン戦争の実質的な始まりだった。
ナグラシアでは、駐屯していた第三龍鱗軍を半壊に追いやり、バハンダールにおいては超上空からの降下によって防壁を無力化、副将ベイロン=クーンと翼将カレギア=エステフを倒した。
ルベン近郊の戦いではミリュウを捕縛しただけでなく、千人斬りを行い、敵味方を震撼させた。そして、ドラゴン討伐である。五方防護陣に現れ、龍府侵攻の最大の障害となったドラゴンを倒したことは、ガンディア全軍を驚嘆させ、セツナを竜殺しと呼ぶものまで現れるほどだった。
ガンディア兵のセツナを見る目が変わってきたのは、肌で感じる。いままではただの恐怖の対象だったのだが、ザルワーン戦争が終わってからというもの、頼もしい味方を見る目になり始めていた。いまさらすぎる、とミリュウが口を尖らせたが、セツナは素直に喜んだ。もちろん、全員が全員、そうではない。セツナの活躍はカオスブリンガーあってこそのものだという声も聞かれたし、それが間違いではないということもセツナは身を以て知っていた。黒き矛がなければなにもできないのは事実なのだ。
黒き矛を召喚できたのは、セツナだけなのだから、セツナはそういう陰口を気にする必要はない。ファリア、ルウファ、ミリュウ――周りの武装召喚師たちの言葉は、セツナにとってはこの上なく心強いものだった。
「これほどの戦功に相応しい恩賞などあるはずもない。今日に至るまでずっと悩み続けていたが、今朝になって結論が出た。セツナ、君にはエンジュールを封ずることにしよう」
「エンジュールを封ずる……?」
セツナは、レオンガンドのいっていることがいまいち理解できなかった。
「つまりは領地を持ち、領伯になるということだ」
レオンガンドの説明が衝撃的すぎたのは、いうまでもない。