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第四百六十七話 帰途(二)

  十月二日、レオンガンド一行はログナー方面マイラムに到着した。

 かつてログナーの首都であった都市は、ガンディアの支配下になった後も大都市のひとつに数えられている。もっとも、ガンディオンに次ぐ大都市も、龍府の出現によって三番目に位置づけられることになったが。

 ガンディア最大の都市は、龍府となったのだ。

 マイラムでは、予定通り、ルウファ・ゼノン=バルガザールと合流した。バハンダールからマイラムまで直接向かってきたというルウファは、旅の疲れもあってぶっ倒れていたが、セツナたちが会いに行くと、飛び起きて対応したものだった。

「よっ、竜殺し! 二重の意味で!」

 ルウファの第一声の意味不明さには、セツナも困惑したものだが。

 ルウファは、衛生兵のエミル=リジルの熱心な看病のおかげもあって、順調に回復していた。王都への帰国には当然のように同行するというエミルだったが、ガンディオンに帰ってからのことはまだわからなかった。彼女は軍の医療班に所属しており、本来ならば《獅子の尾》副隊長につきっきりというわけにはいかないのだ。彼女がバハンダールまでついていったのは、大金星を上げたルウファのための特例処置といってもよかった。お気に入りの衛生兵に看病してもらったほうが治りもいいだろう、とアスタル=ラナディースが気を利かせたのだ。

 ともかく、セツナはルウファの回復を喜んだ。ザイン=ヴリディアと死闘を繰り広げたルウファは、戦線を離脱しなければならないほどの重傷を負っていた。そのためにバハンダールに後送され、療養に専念していたのだ。あれから十日以上。ルウファは、多少は動いても大丈夫だと言い張ったが、エミル=リジルは、彼の無茶を嘆いていた。なんでも、バハンダールに殺到した皇魔を撃退するため、独断で出撃、武装召喚術を行使して皇魔を撃破したという。

 バハンダールへの皇魔襲撃事件の詳細な情報は、セツナたちの耳にも入っていた。ルベンを襲撃した皇魔の一部が、バハンダールに南下し、グラードたちバハンダール守備隊と激突、多数の兵士が命を落としたものの、バハンダール市街が皇魔に脅かされることはなかった。その際、最後の防壁として活躍したのが、シルフィードフェザーを纏ったルウファだったらしい。

 しかし、セツナには、ルウファの勝手な行動を叱責することはできなかった。セツナであっても、同じことをしたのは間違いないからだ。たとえ安静にしていなければならなくとも、そうしただろう。黒き矛を召喚し、皇魔を撃破しただろう。

「《獅子の尾》って無茶ばかりする連中を集めたのかしら?」

 ミリュウの素朴な疑問は、皮肉となってセツナに突き刺さったが、反論の余地はなかった。


 マイラムでは、ナーレス=ラグナホルン、メリル=ラグナホルンが帰国組から離れることになった。龍府の地下に囚われ、心身ともに疲労し尽くしたナーレスは、療養のため、別の都市に向かうことになっていたのだ。もちろん、ふたりだけで行かせるのではない。ナーレスはガンディアにとって重要な人物だ。その護衛のために百人の兵士が同行することになった。

 その道中、難事があってはならないという配慮からだったが、その人数にはナーレスも苦笑を浮かべたらしい。

 セツナは、ナーレスとほとんど関わることはなかったが、レオンガンドはこういった。

「彼が戦線に復帰すれば、いやでも関わることになる。彼はガンディアの軍師なのだからね」

 軍師ナーレス=ラグナホルンがガンディアのために采配を振るうことになる日は、そう遠くはないのだろう。


 マイラムを発ち、マルスール、バルサー要塞と南下し続け、マルダールに辿り着いたのは、十月七日のことだった。

 セツナは、馬車の荷台でまどろんでいることが多かったため、旅の疲れはほとんどなかったが、体が鈍って仕方がなかった。そのため、宿営地につくと、日課の訓練を行うことが恒例となっていた。ルウファはまだ訓練できるほど回復していなかったが、訓練風景を眺めるだけ眺めて、ああだこうだと進言してくれたものだ。

 セツナの師匠であるルクス=ヴェインは、傭兵団《蒼き風》の一員であり、団長のシグルドたちとともに龍府に残っていた。龍府に残り、ザルワーン方面の警戒に当たるというのが、彼らに与えられた任務だった。重大な任務ではあるし、必要不可欠なのは間違いない。それもあって、ガンディア軍は全軍で帰国することができなかった。

 ザルワーンに残った軍を指揮するのは、大将軍アルガザードであり、そんな大将軍を父に持つルウファが部下なのは、なんとも変な気分だといまさらのように思った。


 マルダールまで来ると、セツナにもガンディアに戻ってきたという感覚があった。

 マルダールといえば、セツナが初陣に臨む直前に滞在した都市だ。北にバルサー平原を望む、丘の上の都市。月のマルダールという名称は、はるか昔、この丘の上から見る月が絶景だったことに由来するのかもしれない。

 丘の上の城塞都市から軍を発し、バルサー要塞のログナー軍を攻撃したのは、六月二十九日のことだった。

 あれから三ヶ月以上が経過した現在、セツナを取り巻く環境はあの頃と随分変わってしまった。

 あの頃は、異世界に召喚されたばかりで、右も左もわからず、迷走しているのと同じようなものだった。カランでの出会いがセツナを戦場に導き、ガンディア軍に勝利をもたらしたことで、セツナはガンディアに属することになる。

 レオンガンド・レイ=ガンディアを主君と認識し、君臣の契りを交わしたのは、バルサー要塞の戦いを経たからこそだ。もっとも、セツナの精神状態が不安定だったがゆえに、即断即決してしまったのは間違いないが、ほかに道がなかったのも確かだ。

 寄る辺なき異世界で、最初に差し伸べられた手が、レオンガンドの手だった。ただそれだけで、セツナはレオンガンドに仕えることを決めた。レオンガンドを主と仰ぎ、彼のために力を振るおうと思った。ただそれだけ。本当に、それだけのことでしかない。

 それだけのことで、ここまで来てしまった。

 振り返れば、濃密な三ヶ月だったといわざるをえない。バルサー平原の戦いに始まり、王都での激闘、ログナー潜入作戦、ログナー戦争と続いた。それだけでも濃厚なのだが、さらにザルワーン戦争が始まると、セツナはいくつもの戦場を潜り抜けていった。もっとも苛烈な戦いを突破してきた。ナグラシア強襲、バハンダール降下、ルベン近郊の夜戦。

 そして、ドラゴン撃破。

 ザルワーン戦争は、セツナがいままで一度も経験したこともない長期戦であり、本当の戦争のように思えた。

 その長い戦いの中で、もっとも多くの敵を殺したのがセツナであれば、もっとも勝利に貢献したのもセツナだろう。

 殺して、殺して、殺し尽くした。

 敵兵が泣きついてくるほどの殺戮を行ったのだ。

 傷だらけの手のひらの表面には血はついていないが、この手には拭い切れないほどの量の血が染み込んでいるに違いなかった。

 しかし、覚悟はとうに済ませた。

 レオンガンドの命とあれば、どんな敵であろうと殺すと決めた。でなければ、味方が殺される。ウェインを見逃したがために、多くのガンディア兵が戦死した事実がある。セツナが甘さを捨てていれば、救われた命だ。無駄な死。無意味な死。だが、セツナはその失態を責められたことがなかった。責任を追求されず、断罪されないことのほうが、セツナには辛かった。

 セツナは、そのときから、敵は殺すと決めた。味方の犠牲を少しでも減らす最大の方法は、敵の数を減らすことだ。敵がいなくなれば、味方が傷つくことはない。もちろん、殺しすぎるのも考えものだ。敵もまた人間である以上、状況によっては味方になりうるのだ。セツナが殺しまくったログナー人が、戦後、ガンディアの主力となったように。

 全滅させるということは、のちのガンディアの戦力を削るということにほかならないのだ。

 加減も必要だが、それは敵が戦意を喪失した場合だ。敵が攻撃する意図を持っている限り、セツナは矛を振るい、殺戮を続けなければならない。それが、《獅子の尾》隊長セツナ・ゼノン=カミヤの存在意義だと思っている。

 ミリュウを殺さなかったのは、単純に、彼女が気を失っていたからだ。気絶したものまで殺す必要はないという考えは、甘いのだろうか。

 マルダールの夜、セツナは、ミリュウとファリアの口論を聞きながら、そんなことばかり考えていた。


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