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第四百六十四話 オーギュスト

 ガンディアがザルワーンを倒したという報せが王都ガンディオンに届いたのは、十月に入ってからの事だった。

 ガンディア軍とザルワーン軍の最終決戦である征竜野の戦いが行われたのは、九月二十七日のことで、それから五日もかかったのは、距離的な問題もある。が、どうやらそれだけではなさそうだということを、オーギュスト=サンシアンは感じ取っていた。

 鳥を飛ばせば、もう少し早く知らせることができたはずだ。しかも、勝報である。ガンディオンの市民が待ちに待った報告なのだ。いや、市民だけではない。貴族も軍人も、役人たちも、ガンディアの勝利の報告こそ待ち望んでいた。

 ザルワーンは大国。ログナーのようにあっさりと勝利できるはずがないというのは、開戦当初からいわれていたことだ。ザルワーンの軍事力はガンディアとログナーを合わせたそれを遥かに上回るものであり、まともにぶつかり合えば、ひとたまりもなく負けるだろうという評価が下されていた。

 そのザルワーンとも、いずれ戦うことになるに違いない、とだれもが覚悟していたし、諦めの中にいるものもいた。ログナー戦争は、ザルワーン戦争の前哨戦に過ぎない。ログナーはザルワーンの属国だった国であり、そのログナーを制圧した以上、ザルワーンに戦いをふっかけているようなものなのだ。激しい戦いになるだろう。だれもが囁きあった。

 しかし、すぐに戦争が起きるとは、だれも思っていなかった。

 ガンディアはログナー戦争での傷を回復していなかったし、ログナー軍を取り込んだとはいえ、そのログナー軍も完全な状態だったわけではない。ザルワーンと戦うには、圧倒的に戦力が不足していた。

 それでも、倍増した戦力を持ってすれば、近隣の国々と戦うことは可能だろう。攻め込むならばアザークか、それとも、ベレルか。いつものように憶測が流れていたころ、突如として王都を震撼させたのは、レオンガンド王による動員令だった。

 ガンディア方面軍、ログナー方面軍の全軍団が、ログナーの都市マイラムに集められたかと思うと、ザルワーンの南端の街ナグラシアを電撃的に攻め立て、これを陥落。ガンディア軍がザルワーン領に侵攻したという報がガンディオンに届いたのは、ナグラシア急襲の三日後のことだった。

 王都は荒れに荒れた。

 レオンガンド派と王母グレイシア派の間で喧々諤々の口論が繰り広げられること毎日であり、オウギュストは、飽きもせず非難合戦を続けられる貴族たちの有り様に感心するばかりだった。

 そういう状況下でレオンガンド派を勢いづけたのは、ガンディア軍の勝報が続々と届いたからにほかならない。勝てるはずのない戦争を起こしたレオンガンドなど王に相応しくない、という王母派の主張は、ことごとく裏目に出た。なぜなら、ガンディア軍が連戦連勝を続けたからだ。ナグラシアを電撃的な急襲で落としただけではない。ロンギ川で、ザルワーン軍の大部隊を打ち破り、難攻不落のバハンダールさえも制圧してしまった。さらにはマルウェールを落としたという報告は、終戦の報が届く数日前にガンディオンに入ってきた。

 ガンディア軍の連戦連勝は、王母派にとっては予想外ではあったものの、決して喜べないものでもなかった。ザルワーンが最大の敵だったのは、王母派にとっても同じことだ。

 太后グレイシア擁する一派のほとんどは、先王シウスクラウドを信仰するものたちである。シウスクラウドに英雄を見、その子レオンガンドに多大な期待を寄せたはずの彼らは、レオンガンドが暗愚であったことに失望した。期待という名の手前勝手な妄想と乖離した現実を目の当たりにしたとき、狂者たちは一方的に裏切られたと思い込んだ。シウスクラウドが原因不明の病に倒れ、復帰も不可能だと囁かれていたことも、レオンガンドへの失望に拍車をかけたのかもしれない。

 シウスクラウドを神に等しく見ていたものたちにしてみれば、神の子であるレオンガンドも、同様に神でなければならなかったのだ。だが、現実に彼らの目の前に現れたのは、贔屓目に見ても凡人の域を出ない少年であり、そんな少年に期待するというのは彼らにさえ難しかった。

 期待できないのならば、レオンガンドが暗愚だというのならば、彼の妹であり、二番目に王位継承権を持つリノンクレアを王に据えるのはどうか。愚物たるレオンガンドを廃し、英邁の誉れ高いリノンクレアを女王とすれば、シウスクラウド亡き後のガンディアも安泰に違いない。

 安易な発想は、狂者たちの活動を激化させた。

 だが、リノンクレアがルシオンの王子の元へ嫁いだことで、女王運動は無駄に終わった。その頃になると、露骨にレオンガンドを非難する声が聞こえるようになり、国の内外問わず、ガンディアの先行きを不安視するものが増えていった。

 シウスクラウドの寿命はいまにも尽きようとしていて、英雄の回復に一縷の望みを託していた者達でさえ、諦めの中にいた。ガンディアの暗黒時代と呼ばれる数年間は、王都全体が薄い闇に覆われているような閉塞感があったものだ。

 反レオンガンド派が王母派、太后派と呼ばれるようになったのは、そのころからだろうか。

 レオンガンドを廃することも、代わりの王位継承者を立てることもできないのであれば、レオンガンドが即位した後、その後見人という立場で国政を担う人間を立てればいい。

 彼らが目をつけた人物こそ、グレイシア・レア=ガンディア。シウスクラウドの妻にして、王妃。レオンガンドの母であり、王母、あるいは太后と呼ばれる女性だった。

 オーギュストは、グレイシアは好意に値する人物だと思っている。底抜けに明るく、王宮の中心にいて権謀術数の臭いのしない、まさに奇跡のような女性であり、その際限のない愛情はだれに対しても別け隔てなく注がれている。王母派、レオンガンド派関係なく好かれているのは、グレイシアの人徳のなせる技であり、彼女自身固有の魅力によるものだろう。

 もっとも、その屈託のなさが、王母派の狂者たちをつけあがらせるに至っているのだが。

(担ぐにはこれ以上ない神輿というわけだ)

 グレイシアには、担がれているという意識さえないのだろうが。

 オーギュストは、従者もつれず、王都の市街を歩いていた。サンシアン家といえば、ガンディアのみならず、近隣諸国でも知らぬものはいないほどの名門ではあったが、彼が市街を散策するときはひとりを好んだ。従者を連れて歩くのは、貴族の嗜みといえばそうなのだが、彼としては王都の風を肌で感じたいのだ。

 王都ガンディオン。獅子神庭。獅子王の都。呼び方はいくつもあれど、彼にとって王都は王都だ。彼が生まれ、彼が育った街だった。サンシアン家が流れ着いた最後の地であり、再出発した地でもある。

 だから、というわけではないが、彼はこの都が好きだった。ガンディアを愛していたし、この国のためならば、人生を捧げることも難しくはないと思っている。実際、彼は人生の大半をガンディアのために捧げているといっても過言ではなかった。

 王都の市街はいま、ガンディアがザルワーンに勝利したという報せに沸き立ち、久方ぶりのお祭り騒ぎになっていた。浮かれているのは、なにも王都の住民だけではない。マルダールやバルサー要塞の住民だって、浮かれて大騒ぎしているに決まっている。

 ザルワーンは、ガンディアにとって最大最強の敵だった。レオンガンドが突如としてザルワーン領に侵攻したと聞いたとき、王都にいるほとんどだれもが頭を抱えるか、天を仰いで絶望したに違いない。

 ザルワーンはログナーを飲みこんだガンディアよりも広い国土を持ち、二国を凌駕する兵力を誇る、小国家群における大国だったのだ。勝てる見込みなどあるとは思えず、レオンガンドが自暴自棄になったのかと囁くものもいたほどだ。それほどまでに絶望的な戦力差があると思われていた。オーギュストですら、レオンガンドの失態を彼のために嘆いた。

 が、現実はどうだ。

 ガンディア軍は大勝に次ぐ大勝を重ね、ついには龍府をも制してしまったというではないか。

(わたしも、よくよく見る目がない)

 ガンディオンの大通りを逸れ、人波から離れていくものの、それでも喧騒は続いている。どこもかしこもお祭り騒ぎであり、市街にいる限り、耳を休めることはできないに違いない。

 彼はくすりと笑った。これだから、ガンディア人はやめられないのだ。彼らは、自分たちがレオンガンドを暗愚と謗り、廃嫡すべきだと主張していたことさえ忘れているのだろう。それこそ、悪い夢を見ていたかのように、あっさりとだ。しかし、それを詰ることはできない。国民とは、元来そういうものだろう。

 そういう国民を上手く操ることができるものこそ、王の王たるものなのだろうが。


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