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第四百六十三話 龍府の将軍たち

 ルベンが皇魔の軍勢に襲撃され、市街地が半壊したという情報が龍府を震撼させたのは、翌三十日の夜中の事だった。

 もっとも、二十九日の夜中から三十日未明にかけて行われた戦闘の詳細な結果がもたらされたのが夜中であり、ルベンへ向かう皇魔の軍勢の目撃報告が龍府にもたらされたのは、それよりもう少し早い。日時が変わる頃にはガンディア軍上層部に知れ渡っていた。

 ザルワーンにおける軍事を一任されたのは、大将軍アルガザード・バロル=バルガザールであり、彼は、即座に部隊を編成、ルベン市民と第二龍鱗軍の救援のために軍を派遣することを決定した。反対の声はなかった。むしろ、大将軍の即断即決を賞賛する声のほうが大きかった。

 中でもガンディアに所属することになったばかりのザルワーン人たちは、ガンディア軍がルベンを見捨てる可能性もあって不安と心配で一杯だったようだ。アルガザードが部隊編成を始めると、ザルワーン軍人が我先にと参加を希望したのには、そういうわけがあったらしい。

 とはいえ、所属が変わったばかりのザルワーン人に頼ることは憚られたため、龍府からルベンに派遣されるのは、ガンディア軍ログナー方面軍第三軍団と第四軍団の混成部隊ということになった。

 ドルカ=フォームを指揮官とするルベン救援部隊が龍府を発って数時間後、ルベンの惨状を知らせる報告がアルガザードたちの元に届いた。ルベンを襲撃した皇魔は数え切れないほどの大群であり、第二龍鱗軍だけでは守り切れないだろうという話だった。

 アルガザードは、すぐさまエイン=ラジャールを指揮官とする後詰の部隊を編成し、ドルカ隊を追わせた。

 皇魔が人里を襲うという話は、衝撃となって龍府を震撼させた。鉄壁の防御力を誇る龍府であっても、皇魔の大群に襲われればひとたまりもないのではないか。不安と憶測が龍府に住むひとびとの間で囁かれたが、中には、ガンディア軍の戦力をもってすればなんということはないだろうと楽観視する声もあった。

 アルガザードは、龍府の防備を整えるとともに厳戒態勢を敷き、龍府周辺の物見を増やした。ルベンが皇魔に襲われたとあれば、龍府も攻撃される可能性があり、それは決して低いものではないと思われた。

 緊張感に包まれたまま時が過ぎ、ルベンの情報がつぎつぎと飛び込んできたものの、目新しい物はなかった。

 皇魔襲撃事件が終息したという情報が龍府に届いたのが、三十日の夜中だということは先に触れた。ルベンの戦闘が終わったのは三十日明朝。

 距離を考えれば、十分すぎる早さだが、それはザルワーンの情報網を利用したからだ。とはいえ、ザルワーンとガンディアでなにが変わるわけでもない。情報伝達には馬を走らせるか、鳩を飛ばすか。鳥の帰巣本能を利用した連絡網は古くから利用されているものだが、ルベンから龍府までの長距離を飛ぶとなると容易なことではないように思われたが、龍府の情報部はものの見事に成し遂げた。

 ルベンは全滅を免れたものの、市街地は半壊、迎撃に当たった第二龍鱗軍は壊滅に近い損害を被ったという一方、皇魔の軍勢の撃退に成功し、ルベン市民の被害は最小限に抑えられたという。それは、メレド国王サリウス・レイ=メレド率いる二千人の軍勢が加勢したからであり、アルガザードが派遣した部隊は、ルベン防衛にはなんら寄与することはなかった。距離を考えれば当然の結果だ。とはいえ、ドルカ隊、エイン隊がルベンに到着すれば、第二龍鱗軍やメレド軍と協力してルベンの救済に当たるだろう。無駄な行動ではないのだ。

「遅きに失したな」

 アルガザードが嘆いたのは、自分の能力の足りなさについてだが、軍議の場で嘆息すれば、それは他の者への非難と受け取られかねないことも、彼は知っている。知っていて、嘆息するのだ。軍議に顔を出すような連中には、それぐらいのことを考えさせる必要がある。

 龍府天輪宮泰霊殿の一室に集ったのは、大将軍以外には右眼将軍アスタル=ラナディース、大将軍の副将ふたり、ジル=バラムとガナン=デックス。それにガンディア方面軍第五軍団長ケイト=エリグリッサとその副長カルフ=メイトリッド。そして、マーロウ=ライバーン、ダンエッジ=ビューネルという、ザルワーンの代理人とでもいうべき人物たちだ。

 マーロウたちは、ザルワーン最後の国主ミレルバス=ライバーンの薫陶を受けた、いわばミレルバスの後継者とでもいうべきものたちだった。ミレルバスにより、ミレルバス亡き後のザルワーンの運営を任されており、ザルワーンの国権の移譲が速やかに行われたのは、彼らの判断によるところが大きい。彼らが徹底抗戦を訴えれば、龍府は血みどろの戦場になっていたかもしれないのだ。ザルワーンに戦力が残っていなかったとしても、女子供から老人に至るまで戦力として駆り出せば、一瞬でも戦闘になりうるのだから。

 彼らがザルワーンの全面降伏を決断したことにより、龍府は血に染まらずに済んだのだ。古都は、昔から変わらぬ景色を保ち続けることができたのだ。もし、戦闘が起きていれば、建築物が無傷で済んだとは考えにくい。そういう意味でも、彼らの判断は賞賛されるべきだろう。

 レオンガンドは、アルガザードにザルワーンのことを一任する際、彼らの意見も聞くようにと厳命されたものの、彼らが自分たちの意見を強烈に主張してくるようなことはなく、まるで空気のように軍議の場をたゆたっていた。しかしながら、ザルワーンの現状把握には、彼らの情報が必要不可欠であり、マーロウやダンエッジの存在は、アルガザードのザルワーン統治に大いに役立ってくれるのは間違いなかった。

「そうでしょうか? 我々は最善手を打ったはずです。メレド軍の加勢など、予想できないことです」

 ガナン=デックスが、目を光らせていってきた。いつになく鋭い目は、皇魔の目撃情報以来、ほとんど寝ていないからだろう。彼は、そういうところがあった。仕事に熱中すると、興奮のあまり眠れなくなるのだ。

「しかし、メレドの加勢がなければ、ルベンが全滅していた可能性もある。我々はもっと早く情報を手に入れ、迅速に行動する必要があった」

 とはいったものの、それは決して彼の本心ではなかった。龍府からルベンまでどれほどの距離があるのか知らぬアルガザードではない。迅速に行動したところで、間に合わないものは、間に合わないのだ。ドルカ隊がどれだけ馬を飛ばしたところで、二日はかかるのだ。エイン隊はおろか、ドルカ隊ですら、ルベンの町並みが見えるところまで辿り着いてもいまい。

 ザルワーンが大国だったということは、この一事からでもわかる。ザルワーンの各地に点在する大都市の距離間があまりに遠いのだ。龍府からルベン、龍府からゼオルに至るのに最速でも二日必要だった。もちろん、龍府の周囲五ヶ所には五方防護陣と呼ばれた五つの砦があり、それらは小さな都市としての機能も備えてもいた。龍府から各都市に向かう人間は、五砦のいずれかを休憩地として利用したに違いないのだが、それにしたって、遠い。

 バハンダールが遠いのは、いい。元はメレドの領土だったのだ。龍府から遠いのは道理だ。しかし、ルベンやゼオルといった主要都市が遠すぎるのは考えものだと、アルガザードは思うのだ。かといって、ザルワーンの大地を自由自在に変化させることなど、できるはずもない。

「どれだけ迅速に行動したところで、龍府からルベンに至るには最低でも二日を要するものだということをお忘れなきよう」

 ダンエッジ=ビューネルが珍しく口を開いたと思ったら、そんなわかりきったことをいってきたので、アルガザードは反応に困った。視線を巡らせると、ジル=バラムが苦笑しているのが見えて、アルガザードも笑った。ダンエッジを馬鹿にしているわけではない。だれもが理解していることを再認識する破目になったのが、妙におかしかったのだ。室内の空気が変わったのは、それがきっかけだったのは、間違いない。

「ひとつ、閣下にお伺いしたいことがあるのですが」

 ケイト=エリグリッサがおそるおそるといった様子でありながらも声を発したのは、軍議の場の空気が多少なりとも柔らかくなったからだろう。

「なんだ? 思う存分申してみよ」

「メレド軍の領土侵犯については、どのような態度で望むおつもりですか?」

「そうさな……」

 ケイトの疑問は、もっともだった。そして、重要な事でもある。ザルワーンのことを一任されたとはいえ、国政に関わるようなことを大将軍が判断していいものかどうか。とはいえ、帰国の途についたレオンガンドに伺いを立てている場合でもないだろう。そんなことをしている間に事態は変わっていく。

 ルベンを救援したメレドの軍勢が、ルベンの支配権を主張したとしても、不思議ではない。そうなれば、ルベンに派遣したドルカ隊やエイン隊は門前払いを食らうか、メレド軍と一戦交えることになりかねない。が、それだけは避けるべきだと、アルガザードは考えている。

 ザルワーン戦争が終わったばかりで、ガンディア軍は疲弊しきっている。

 前線で戦っていたドルカやエインがそれを知らぬはずはないし、エインの戦略眼は確かなものがある。無駄な戦闘は避けようとするだろう。だからこそ、ドルカとエインを指揮官としたのだ。彼らならば、どんな状況に陥ったとしても適切な判断が下せるはずだと信じている。

「ルベンは、戦争が終わるまでザルワーンの領土であり続けた数少ない都市だ。が、ザルワーンがガンディアに全面降伏した以上、ルベンもガンディアのものだ。そこに異論はないでしょうな?」

「もちろん」

「当然のことです」

 マーロウとダンエッジは、顔色一つ変えなかった。彼らは、覚悟を決めたものたちだ。だからこそ、龍府に入ったガンディア軍の前に、たった五人で立ちはだかるという手段に出たのだ。それは、レオンガンドとの話し合いの場を設けてもらうためだったのだが、ひとつ間違えれば、致命的な結果になっていたかもしれない。そしてそれは、ガンディアにとっても致命的なものだっただろう。

 マーロウらミレルバスの後継者がいなければ、ガンディアによるザルワーンの支配はこうも上手くいっていなかったのは疑いようがない。

 いくら全面戦争に勝利し、多くの都市を支配下においているとはいえ、ひとの心まで簡単に支配できるものではない。人心を掌握するには、じっくりと時間をかけるほかはないのだ。そのための時間作りに、マーロウらは休む間もなく走り回っている。この場にいるのは、マーロウとダンエッジのふたりだけだが、ミレルバスの後継者はあと三人いて、彼らはいまも龍府を飛び回っているという。彼らは主に、ガンディアに反発するものたちを慰撫して回っているらしく、ガンディア軍に対する風当たりの弱さは、そういう活動の成果もあるようだった。

「とはいえ、いま、メレドと事を構えるわけにもいくまい。メレドはイシカに勝利し、勢いに乗っているという」

「メレドはメレドで、イシカに痛撃を食らったようですが」

「痛み分け、ということらしいな。だが、であればこそ、油断ならないのだ。イシカに奪われた分を、ルベンで補填しようとする可能性もある」

「十中八九、それでしょう。ですから、ルベンの奪還に軍を動かすべきです」

 といったのは、マーロウだ。彼としては、ガンディアに譲り渡したはずの土地を、他国に奪われては格好がつかないのかもしれない。

「そう……ですな」

 アルガザードが明言を避けたのは、やはり、いま軍事行動を起こすべきではないという判断からだった。

 メレドは、決して恐ろしい相手ではない。ログナー、ザルワーンを飲みこんだガンディアと比較すれば、小国といっても差し支えのない国だ。しかし、戦争を終え、疲弊しきった状況では、まともな戦いなど行えるはずもない。

(彼がひとりいれば……な)

 アルガザードの脳裏に浮かんだのは、黒き矛の武装召喚師の姿だった。彼ひとりをルベンに放り込めば、それだけで状況は大きく動いただろう。

 彼は、たったひとりで千人以上の敵兵を殺戮するような怪物だ。

 たったひとりで、戦局を動かす化け物だ。

 ドラゴンさえも撃破し、彼の前に敵はいないのではないかと囁かれるほどだった。

 竜殺し。

 紅き魔人アズマリア=アルテマックスの二つ名と同じ異名が、彼にもついた。

 セツナ・ゼノン=カミヤ。

 彼は、レオンガンドとともに帰国の途についており、頼ることはできなかった。そもそも、レオンガンドが許さなかっただろうが。

 メレドにどう対応するべきか。

 レオンガンドが不在のいま、アルガザードの手腕が問われているのは、明白だった。

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