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第四百六十二話 翼将と王

 二十九日の夜中にルベンを襲撃した皇魔の軍勢が去っていったのは、翌日未明のことだった。

 ルベンの市街は破壊し尽くされ、都市を囲う城壁も半壊の憂き目を見ていた。まさに自然災害が通過していったような惨状であり、多数の死傷者が出た。しかし、避難誘導が迅速に行われたことが功を奏したのだろう、一般市民の被害はほとんどなかった。それは皇魔の群れが、市民を襲うことよりも、都市の破壊や龍鱗軍の殲滅に力を注いでいたからでもある。もっとも、皇魔といえば、目の前の人間を襲うという習性があることで知られており、皇魔の迎撃に当たった龍鱗軍の兵士に集中するのは当然のことかもしれなかった。

 第二龍鱗軍翼将ビュウ=ゴレットは、市民の被害が少なかったことに安堵しながらも、決して喜べない結果に終わったことを痛感した。

 皇魔の撃退に奮戦した第二龍鱗軍だったが、千人いた兵士は半数が命を落とし、生き残った五百人のほとんども負傷から逃れることはできなかった。多くの仲間が命を散らせたことに意気消沈する兵士たちの姿は、ビュウの胸に突き刺さるものがある。

 彼は、自分の戦術が間違っていたのではないかと真っ先に考えた。ルベン市街各所に分散させたのは、まずかったのかもしれない。例えば戦力を一点に集中していたとしても、皇魔はそこだけを狙ったのではないか。西側へ逃れた市民よりも、中央から東側に展開する龍鱗軍を攻撃したのではないか。だが、そうなればそうなったで、こちらが有利に立てたかというと、そうでもない。皇魔とまともにやり合えるのはビュウぐらいのもので、ほかの兵士たちは数人が力を合わせて、ようやくまともに戦えるのだ。そんな戦力で、一点集中する皇魔の軍勢に立ち向かえたものかどうか。戦力を分散させたからこそ、皇魔の軍勢ともある程度は戦えたのではないか。そして、メレド軍の到来まで持ち堪えることができたのではないか。

(そう、メレドだ)

 ビュウは、折れた剛剣の柄を部下に預けると、ルベン市街に展開する絢爛たる軍勢に視線を注いだ。メレド国王サリウス・レイ=メレドを総大将とする二千人規模の軍勢は、このルベン防衛戦において猛威を振るい、皇魔の軍勢を撃退することに多大な力を発揮した。

 国王たるサリウスは前線に立つことはなかったものの、みずから軍を指揮し、配下の部隊に叱咤激励を飛ばしていた。サリウスに励まされた部隊は、奮起し、皇魔の群れの中で苛烈な戦闘を繰り広げて戦死したり、勝利したりした。

 メレド軍といえど、その練度が第二龍鱗軍を大きく上回っているということはないのだ。ただ、数が合流時点の第二龍鱗軍の倍以上ということもあり、それだけでビュウたちにとっては心強かった。メレドがなにを目論んでいようと、そのときは関係のないことだ。ともに力を合わせ、皇魔を撃退する。人間にとってはそれがすべてであり、長い戦乱の歴史の中でも、戦場に乱入した皇魔を迎撃するために力を合わせた結果、戦争そのものが有耶無耶になってしまった例はいくらでもある。

 もっとも、今回の戦いの結果では、メレドの思惑が有耶無耶の内に消え去ることはなさそうに思えた。

 メレドというよりは、サリウス王の思惑といったほうが正しいのか。

「いやあ、助かりましたよ、サリウス陛下」

「その割には、嬉しそうには見えないね」

「この状況で喜べと?」

「いや、失礼。そちらも甚大な損害を被ったようだね」

「メレドよりは」

 ビュウが、素直に告げると、サリウスは鼻白んだようだった。サリウスは息を呑むほどの美丈夫だが、その表情が歪むと、悪魔的に見えた。なにがどう、ということではない。単純に、気に食わないのかも知れない。

(嫌いなんだよ、俺は)

 しかし、表情にも態度にも表さない。ビュウは、そういう術を心得ているつもりだった。が、ルベンに飛ばされるのだから、世の中とはわからないものだ。もう少し言葉を柔らかくするべきだとは、バハンダールの翼将カレギア=エステフの忠告だった。

 そのカレギアも戦死してしまった。同僚のほとんどがガンディアとの戦争で死んだという事実は、震えが来るほど衝撃的ではあったが。

 いつの間にか、龍府が落ち、いつの間にか、戦争が終わった。いつの間にかザルワーンという国が消え去り、ザルワーン領土のほとんどがガンディアのものと成り果てた。一部はジベルに吸収され、ルベンだけが宙に浮いていた。

 いや、実際は浮いてなどいない。ルベンはザルワーンの都市なのだ。ザルワーンがガンディアに全面降伏した以上、ルベンもガンディアのものとならざるを得ない。それは、第二龍鱗軍も同じことだ。ザルワーン軍がガンディア軍に吸収されたというのなら、ザルワーン軍第二龍鱗軍もまた、ガンディア軍の一軍団となるべきだった。

 しかし、龍府からなんの連絡がないまま時が過ぎ、皇魔の襲撃に遭った。皇魔は撃退するよりほかはなく、結果、多くの部下が戦死した。皇魔はやはり凶悪な、人類の天敵だったのだ。自慢の剛剣すら折られてしまった。

 生き延びることができたのは、メレド王サリウスがなんらかの意図を秘めながらも、二千人もの大軍勢を率いてルベンに到来したからだ。その戦力が、皇魔の撃退に尽力してくれた。おかげで、第二龍鱗軍は半壊程度で済んだのだ。 

 ルベンの市街地も、中央から東部に至っては全壊といっていいのだが、西部はほとんどの建物が無事だった。皇魔は東側城壁を破壊して侵入してきたのだ。市街地東部から中央が主戦場となったのは当然だったが、それによって、西側に避難していた市民が無事だったのは幸運だったのだろう。

 なによりも、市民を守るという龍鱗軍の使命が果たせたことは、大きい。

「しかし、市民が無事ならば、戦死したものの魂も浮かばれましょう」

 ビュウが嘯くと、サリウスは冷ややかな目を向けてきた。

「本当にそう思うのかい?」

「まさか」

 彼は、一笑に付した。

 死んだものは、無念に決まっている。生き残りたかったに決まっている。無残にも皇魔に殺されて、満足などするものか、と彼は思う。だれだって、こんな戦場で死にたくはないだろう。たとえ、市民を守ることができたとしても、自分が死ねば意味がない。そう、思う。

「ビュウ=ゴレット。君は正直にすぎるな。そういう性格、わたしは嫌いではないが」

「好きでもないのでしょう?」

「ああ」

「陛下も正直者ですな。俺は、正直者は好きですよ」

 ビュウは、そういってから、サリウスの左右に控える少年兵を見た。

 ふたりとも少女と見紛うような美貌の少年であり、美々しく着飾っていた。サリウスの趣味なのは間違いなく、悪趣味という噂は本当らしかった。もっとも、ビュウが気になったのはサリウスの性的嗜好のことではなく、ふたりのうち、きょとんとした顔でこちらを見る少年が漆黒の鎧鬼と戦っていた人物ではないかと思えたからだ。

(そんなはずはない……よな?)

 ビュウの剛剣を叩き折り、バジルを追い詰めた化け物を翻弄した、メレドの兵士。その人智を超えた速度故に、実体を捉えることができずにいたのだが、鎧の輪郭だけはなんとなく把握していた。その記憶の中の輪郭と、少年の鎧の輪郭がわずかに合致している。

「シュレルが気になるかい?」

「ええ、皇魔の指揮官と戦っていた人物かと思ったもので」

 ビュウは笑い話にするつもりだったのだが、サリウスは顔色一つ変えずにうなずいてきた。

「ああ、そうだよ」

「え?」

「本当のことさ。このシュレルが、あの鬼と組み合っていたんだ。おかげでほかの皇魔の撃退に集中できただろう?」

「え、ええ……」

 ビュウは、衝撃的な事実の前にただただ愕然としてしまい、サリウスの解説とも説明ともつかぬ言葉の数々を聞き流し続けたのだった。

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