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第四百六十話 嘆きの丘の防衛戦

「あれか……」

 グラード=クライドは、闇夜の彼方に蠢く集団を認識して、眉根を寄せた。状況を考えれば、険しい表情になるのも無理はない。遙か前方、湿原の向こう側から数えきれないほどの赤い光点が迫ってきているのが見えていた。赤い光点といえば、答えはひとつしかない。

「確かに皇魔の群れだな」

 報告にあった通り、ルベンを攻撃したらしい皇魔の一部がバハンダールに向かって南下してきているようだった。ルベンが皇魔の集団に攻撃されたという情報も、つい先程グラードの耳に飛び込んできたばかりであったのだが、一時間も経たない内にルベンの情勢に変化があったらしい。

 そもそも、ルベンが皇魔の襲撃を受けたという情報自体が衝撃的だったし、信じられないものだった。皇魔が城塞都市を攻撃するなど、考えられることではない。しかし、ルベンの炎上が目視できる以上、物見の報告が嘘である可能性は低い。

 そして、次々と飛び込んでくる報告は、ルベンが最悪の状況に置かれていることを想像させるものだった。

 ルベンは、ガンディアのザルワーン攻略において重要ではないと判断され、捨て置かれた都市だ。ザルワーンの第二龍鱗軍が駐屯しているため、防衛戦力としてはそこそこのものだと考えていい。しかし、相手が皇魔の群れでは、どこまで戦えるものか。都市が城塞に囲われているのは、皇魔の襲撃を未然に防ぐためのものであり、皇魔が攻撃してきた場合のことを考えた作りではないのだ。城壁を突破されれば、あとは都市の戦力で対応するしかない。

 皇魔が少数ならば、大きな問題にはならなかったはずだ。少なくとも、その一部が転進してバハンダールに向かってくるような事態には発展しなかっただろう。

 バハンダールは、ルベンの南方に位置している。難攻不落の城塞都市の異名は伊達ではなく、長年、ザルワーンの猛攻にも耐え抜き、メレドの対ザルワーンの要所として絢爛たる存在感を発揮し続けていたことは、ログナー人ならば知らぬ話ではない。

 バハンダールは、ログナーにとっても、目の上のたんこぶのような存在だった。ちょうど、ログナー領とザルワーン領の間に挟まるようにして、バハンダールの小高い丘と絶望的な湿原地帯が横たわっていたのだ。

 バハンダールをどうにかしなければ、メレドには敵わない。

 ログナー軍人は囁いたものだ。

 そのバハンダールの守将を、ガンディアの軍団長として務めているのは、なんとも運命の皮肉を感じざるを得ない。

 グラード=クライドは、ガンディア軍ログナー方面軍第一軍団長である。数カ月前までログナーの赤騎士として、飛翔将軍の双翼として知られた彼だったが、いまではガンディアの軍人として、敵地の都市を任されていた。

 彼の配下の兵は、バハンダールの守備兵として残った五百人だけではない。ガンディアの国境防衛拠点からきた二百人が加算されており、合計七百人になっていた。バハンダールをただ守るだけならば、十分すぎる戦力に思える。バハンダールが難攻不落として有名なのは、地理的恩恵を多分に受けているからであり、単純に攻め手には不利だからだ。

 バハンダールは小高い丘の上に築かれた城塞都市であり、丘の周囲には湿原地帯が広がっている。北と南を貫く街道があるものの、それだけを頼りに攻め寄せることは不可能に近く、自然、攻め手は湿原地帯を進入しなければならなかった。バハンダール側は、湿原を進み来る敵軍目掛けて矢を射かけるだけでいいのだから、楽なものだ。ほとんどそれだけで、メレドはザルワーンに勝っていたという。ザルワーンの一辺倒な戦い方にこそ問題があるのは間違いないが、それにしても、バハンダールの防衛能力は凶悪極まるものだというべきだろう。

 もっとも、それは相手が人間である場合の話だ。攻め手が人間ではなかったら、どうか。

 グラードは、七百人の兵のうち、三百人を城壁の上に配置した。そして、残る四百人を三隊に分けている。百五十人の部隊をふたつ作り、それぞれの部隊長を選定したのもグラードだ。残りの百人はグラードの手勢とした。

 城壁上の三百人が、矢を間断なく降り注がせるだけで終わるのならば、それでいい、と彼は考えている。しかし、そううまくいくものかどうか。相手は皇魔だ。人間の常識が通用する相手ではない。人間の理論が通用するような連中ならば、人類の天敵などとは呼ばれもせず、五百年の間に人間によって滅ぼされていたのではないか。

 そう考えると、用心に越したことはなかった。

 であればこそ、グラード自身が武装し、前線に出る準備をしたのだ。身に纏う真紅の甲冑は、ディープクリムゾン。盟友とでもいうべきウェイン・ベルセイン=テウロスが彼のために召喚した召喚武装であり、彼が赤騎士と呼ばれる由縁となった代物だった。召喚者であるウェインの死後も、この世界に留まり続けているが、召喚武装とはそのようなものなのだという。

 グラードは、ディープクリムゾンを身につけるたびにウェインのことを思い出すのだが、それはいまは関係のないことだ。

 彼はいま、ガンディア軍の軍団長を務めている。亡国ログナーのために。ログナー人がガンディアで上手く生きていくために。そのためならば人生を擲つ覚悟があった。敗者は勝者に従うという戦国乱世の習いに従うにしても、かつての国民のために全力を費やすのは、当然のことだと彼は考えている。

 そのためにはどうすればいいのか。

 ログナー出身のものたちが、ガンディアの発展に貢献すればいい。ガンディア王に貢献を認めさせ、発言力を得ていけばいい。ガンディアにおける実権を握る、などという大袈裟な話ではない。ただ、勝者たるガンディア人の支配物として扱われないようにするには、それだけのことをしなければならない。ただそれだけのことだ。

 もっとも、そういう考えを元ログナー軍人のだれもが持っているわけではない。アスタル=ラナディースやグラード、それにエリウス=ログナー、レノ=ギルバースは、同じような考えの元に動いているようなのだが、どうやらエイン=ラジャールやドルカ=フォームはそうではない。彼らは、自分自身の人生を謳歌するために、戦っている。ガンディアという国の中で、様々なことと戦っている。それはそれでいいのだ、と彼は思っている。

 エインもドルカも若く、未来がある。

 グラードとは、違う。

「皇魔が統率の取れた行動を取るなど、聞いたこともないが」

「魔王は皇魔を率いるという話を聞いたことがあります」

「噂だろう」

 グラードは、部下の言葉を一蹴したが、それには、クルセルクがルベンを攻撃する可能性が考えられなかった、ということもあった。クルセルクは、ザルワーン北東に位置する国だ。ルベンはザルワーンの西端の都市であり、クルセルクが攻撃するには遠すぎるし、制圧したとしても維持できるものではない。すぐさま奪い返されるだけのことだ。クルセルクというある意味では未知の国が、そのような無駄なことをするとは思いがたい。情報が外に漏れることを極端に嫌う国が、態々飛び地を作る利点は見当たらない。

 それに、クルセルクの魔王ユベルが皇魔を従えているという情報も、噂の域を出ない。魔王という異名がひとり歩きした結果ではないか。皇魔が人間に従うとは到底考えられないし、皇魔を従える人間に、国王が務まるものかどうか。

「伝令! ブラテールとグレスベルの群れが防衛線に到達。バハン湿原を南下し、こちらに接近中!」

「ご苦労。弓兵隊に通達。皇魔が射程に入り次第、順次弓射を開始せよ」

「弓兵隊に通達!」

「陸戦隊に通達。弓兵隊が討ち漏らした皇魔を撃破せよ。皇魔一匹たりともバハンダールに入れるなよ」

『はっ!』

 威勢のいい掛け声を聞きながら、グラード自身も気を引き締め直した。グラードたち陸戦隊は、バハンダールの丘に布陣している。北門付近にグラード率いる百人、両翼に百五十人ずつの部隊を配置しており、盾兵を重厚に並べている。対人ではなく、対皇魔の陣形である。

 皇魔の圧倒的な力を分厚い防壁で封殺し、幾重もの槍で貫くという単純な戦術ではあるが、他に方法はないし、ここに到達するまでに手傷を追った皇魔を倒すには、十分だろう。


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