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第四百五十八話 第二龍鱗軍(三)

「皇魔に続いてメレドの軍勢ですか。千客万来とはこのことですな」

「いままで散々黙殺しておいて、戦争が終わった途端に注目の的かよ!」

 ビュウは悪態をついたが、その目は死んでいない。むしろ、生気が満ちたように見えた。皇魔と人間の軍。挟撃には成り得ない。少なくとも、メレドが皇魔と手を組んでまでルベンを欲するとは思えないし、そもそも、皇魔と人間の間に交渉が持てるとは考えにくい。皇魔は人類の天敵だ。人間と見れば殺さずにはいられないのが、皇魔の皇魔たる所以なのだ。

 聖皇の魔性。

 五百年ほど昔、大陸にばら撒かれた破滅の化身。彼らは知性を持ち、理性を持つが、この世界の原住民である人間に対してはただひたすらに殺意を振りまいた。人類は、生き残るために皇魔と戦わざるを得なくなったのは、当然の帰結だったのだ。最初の出会いが、皇魔からの一方的な攻撃だったのだから、交渉もなにもあったものではない。

 そうやって歴史が積み重なり、五百年ものときが経てば、人間はだれもが皇魔をただの敵と見た。人語を解さぬ化け物。破壊と殺戮の権化。狂気の化身。人類の天敵。皇魔を呼び表すいくつかの言葉からして、人間の皇魔への認識をよく示している。

「脚光を浴びる好機ですな」

「目立ったら死ぬぞ!」

「目立たずとも死にますが」

「どうせ死ぬなら、目立って死ぬか!」

「それもよいですな」

 バジルが適当に相槌を打つと、ビュウはこちらを睨んだ。

「死にたくないが!」

「わたしもです」

「翼将殿、皇魔が接近中です!」

 兵士が注意喚起の悲鳴を上げたときには、皇魔の一群がバジルの視界に飛び込んできていた。グレスベルを背に乗せたブラテールの群れが、廃墟と化したルベンの町並みを踏破する。

「わかっている! しかしまあ、これで市民の安全は確保されるわけだ」

「メレド軍がルベン市民を蔑ろにしなければ、の話ですが」

「民間人を殺すことに旨味があるとも思えんが」

「バハンダールの意趣返しをしてくる可能性も」

「それもあるか」

 ビュウは神妙な顔をした。いまはガンディアの手に落ちたバハンダールは、かつてメレドの都市だった。メレドの対ザルワーン戦略の要ともいえる拠点であり、湿原に囲まれた城塞都市はまさに難攻不落だった。その攻略のためにどれだけのザルワーン軍人が命を落としたのか。ビュウもバジルも、バハンダール攻略戦の無茶苦茶ぶりに嫌気が差して軍を抜けようかと考えたほどだった。結局、力攻めは無駄だと判明し、兵糧攻めによってバハンダールを降伏させたのには、乾いた笑いしか出なかったものだ。

 それでも、メレドにとっては苦い記憶ではあるだろう。バハンダールの意趣返しに、ルベンの制圧に乗り出すという可能性もあったし、その過程で市民を攻撃してきても、おかしくはない。

「しかし、そんなことをいっていても仕方があるまい。メレドの軍はそこまで迫っているんだろう?」

「はっ」

「だったら、巻き込んでやればいいさ」

「利用する、と」

「市民が無事なら、この街がどこの国のものになろうとも構わん。ザルワーンは勝手に滅んだんだ。俺の知らないところでな」

 ビュウが前方の敵部隊を一瞥した。最前列のブラテールが一瞬足を止める。ビュウの眼力に負けたかのようだった。その隙を見逃すバジルではない。弓銃の引き金を引き、ブラテールに跨った小鬼に鉄の矢を叩き込む。

 矢を浴びた鬼は、奇怪な悲鳴を発しながら地に落ちた。ブラテールが地を蹴って、こちらに敵意を注いできた。そこへ、バジル配下の弓銃隊の一斉射撃が殺到し、ブラテールの外骨格がずたずたに破壊された。

 しかし、ブラテールとグレスベルの組み合わせは一組だけではない。何十もの騎兵が、ブラテールの死骸を飛び越えて、こちらへと突っ込んでくる。バジルは弓銃を連射しながらその場を離れると、後方の瓦礫の上に陣取った。弓銃隊が彼の左右に布陣する。

 眼下、倒壊した無数の建物の残骸をやり過ごしながら、皇魔の騎兵が迫ってくる。が、バジルの視界は、その皇魔の騎兵隊の横腹に突っ込む第二龍鱗軍の勇士たちを捉えていた。先陣を切るは、ビュウ=ゴレット。剛剣がうなり、グレスベルごとブラテールの胴体を両断する。そこへ槍兵が殺到し、ブラテールの縦隊をでたらめに破壊する。

「まったく、せっかくひとが天将の座についてやろうっていってるのに、無視するからそうなるのさ」

 ビュウはそんなことをいったが、本心ではないのだろう。彼は上昇志向の強い人間ではあるが、自分ひとりが天将になったところで、ガンディアとの戦争結果が変わったなどと思うほど自惚れてもいない。いや、そんなものは自惚れですらない。ただの妄想であろう。

「天将ということは、五方防護陣の消滅に飲まれていたということですな」

「……おまえさあ」

「なんですかな?」

「いや、いい」

 ビュウは頭を振ると、ブラテールの強固な頭部を剛剣でもって叩き潰し、背に乗っていたグレスベルの胴を薙ぎ払った。舞い散る血飛沫の中、ビュウ=ゴレットは、皇魔よりも凶悪な笑みを浮かべていた。

「メレドの腰抜けどもなど当てにするなよ。俺達だけで、皇魔を撃滅する!」

『おおおおっ!』

 兵士たちが喚声を上げたのも束の間、バジルは迫り来る重圧に息を止めた。皇魔どもの悲鳴に東を見やると、ブラテールとグレスベルが次々と打ち上げられていた。バジルは我が目を疑ったが、よく見ると、なにかが、皇魔騎兵を吹き飛ばしながらビュウに向かっているようだった。

「翼将殿!」

「わかっている!」

 ビュウの返事は頼もしいのだが、バジルは不穏な気配に不安を隠せなかった。ビュウの目の前にいた皇魔たちも、なにものかの接近を察して散開する。ビュウの眼前に空白が生まれたと思った瞬間、黒い突風が吹いた――ように見えた。激しい金属音がバジルの耳に突き刺さる。

「なっ……」

 バジルは絶句した。

 圧倒的な硬度を誇るビュウの剛剣が半ばから折れて、刀身が空を舞った。再び、金属同士の激突音が鳴り響き、剛剣の刀身がさらに粉砕される。そこでようやく、黒い突風の正体が判明した。ビュウと組み合っているのは、漆黒の皇魔だった。ベスベルやレスベルに近い種族のように思えるが、詳細はわからない。それらの鬼よりも一回り大きい巨躯は、漆黒の甲冑に鎧われており、その点で他の皇魔とは趣を異にする存在だった。

「ちぃ、俺の剣が!」

 ビュウは怒りに任せて叫んだが、激情をぶつけられるような相手ではないということもわかっているようだった。漆黒の鎧鬼は、拳の一撃でビュウの剛剣を叩き折っている。その膂力は凄まじい、などというものではない。喰らえば即死間違いなしであり、正面からやり合う相手ではないのだ。だが、兜の下の赤い目は、ビュウを捕捉している。離れようにも離れられないのだろうが、いつまでも組み合っていることはできない。

 なぜなら、ビュウの剛剣は、刀身の根本まで破壊され、残るは鍔と柄だけになっていたのだ。いかなビュウであっても、そんなもので戦えるはずもなかった。グレスベル程度ならばそれでも圧倒しうるのかもしれないが、ビュウの相手にしている皇魔は、グレスベルとは比較にならない。

 バジルは、弓銃隊にブラテール群の相手を命じると、自身の銃口は漆黒の鎧鬼に向けた。兜の隙間からは角と頭髪が伸びている。いくつもの角と、白銀の髪は、やはりベスベル、レスベルとは大きく異なるものだ。

 鎧鬼が豪腕を振りかぶった瞬間、ビュウが後ろに飛んだ。刹那、バジルは弓銃を連射した。四本の矢が立て続けに発射され、鎧鬼の兜の隙間へと吸い込まれていくように見えた。が、鎧鬼はつぎの瞬間には右に移動していて、矢は掠りもしなかった。

 鬼が吼えた。

 大気が震え、重圧がバジルたちを襲う。

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