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第四百五十六話 彼と魔王(二)

 ルベンの街が燃えている。

 戦火が、街を焼き尽くしていく。

 戦鬼の咆哮が大地を震わせ、妖鳥の羽ばたきが大気を掻き混ぜる。逆巻く炎もまた、化け物が生み出した炎であり、建物に燃え移ってルベンの市街そのものを煉獄の景色に変えていった。

 青肌戦鬼ベスベル赤肌闘鬼レスベルが闊歩し、シフの大群が市街上空を旋回する。ブラテールが街路を駆け抜けると、緑肌小鬼グレスベルが群れをなして戦場に躍る。迎え撃つは龍鱗軍なるザルワーンの兵士たち。しかし、どう見たところで、龍鱗軍に勝ち目はなかった。第二龍鱗軍の兵力は、龍鱗軍の例に漏れず千人に過ぎない。クルセルクの皇魔は、数こそその十分の一程度なのだが、問題は質である。皇魔が人類の天敵と呼ばれているのは、皇魔一体一体が凶悪な力を持っているからに他ならない。ブリークのような小型皇魔ですら、人間にとっては脅威なのだ。

 魔王軍の主力であるベスベル一体を倒すのに、四、五人の兵士が力を合わせなければならない。いや、それですら。やっと互角に戦えるといったものであり、通常人が皇魔相手に有利に戦おうとすれば、数を頼みにするよりほかはなかった。だが、前述のとおり、龍鱗軍の兵力は千人程度。ベスベル、ブラテール、シフなど、多様な皇魔によって構成される軍勢を相手にすれば、劣勢を強いられるのは当然の結果だった。

 それでも、ルベンの兵士たちは逃げようともせず、果敢に戦っている。ときに、統制の取れた動きで皇魔を圧倒するほどだった。オリアスが感心するのは、このような最前線から程遠い地に送られてなお腐らなかった第二龍鱗軍の意気だ。ザルワーン戦争に関わることもできないまま終戦を迎えた彼らが、なぜ、ルベンのために命を張って戦えるのか、オリアスにはわからない。こんな街を守ったところで、住民を護ったところで、彼らに見返りなどはない。だれが生き、だれが死のうと、ザルワーンの新たな主であるガンディアには関係のないことなのだ。そも、第二龍鱗軍とルベンの存在など忘れ去られているのではないか。

 だからこそ、ユベルは皇魔の軍勢をこの都市に放ったのではないか。

 オリアスは、城壁から眼下の都市を見下ろしながら、隣に立つ魔王の横顔を見た。猛火に照らされたユベルの顔つきは、相も変わらぬ無表情であり、虐殺劇といっても過言ではないこの戦いに対して、なんの感情も抱いていないようだった。問う。

「なぜ、このようなことを?」

「いったはずだ。ガンディア王への戦勝祝いだとな」

 ユベルのつまらなそうな声は、それが本心ではないことを伝えてくる。戦勝祝いに街ひとつ潰すのが魔王のやり方ならば、それはそれでいい。理不尽ではあるが、世の中というのは概してそういうものだ。だが、ユベルの本心はそこにはないように感じられた。故に、踏み込む。

「ガンディア王を憎んでおられる、と?」

 ユベルが、こちらを見た。異彩を放つ目が、業火に彩られ、輝いている。

「憎いのは、この世の人間すべてだよ」

「ならばなぜ、わたしを連れて歩くのです」

「貴公には聞きたいことがあるのだ。オリアン=リバイエン」

「……知っていた、ということですか」

 オリアスは警戒したものの、表情にも態度にも見せなかった。わずかでも動けば、魔王の不興を買うことになる。この状況で、魔王の機嫌を損ねるのは得策ではない。こういうとき、武装召喚術がいかに融通の効かない技能であるかということを思い知るのだが、かといって、武装召喚術以上に強力な手段もなかった。

 オリアスの背後には、召喚武装を身に纏うクルードが立っている。しかし、彼ひとりだけを頼りにするのは賢しい考えではない。クルードの力ならば、この状況を脱出することは容易いかもしれない。が、それはオリアスという存在を考慮しなければ、の話だ。クルードがオリアスを守りながら、魔王の軍勢を突破するのは、簡単なことではない。

 魔王の引き連れた皇魔は、ルベンに放たれた百体余りだけではない。何百体もの皇魔が、ルベンの東の草原で待機している。それらは、まるで魔王の到来を歓迎するかのように各地から現れた皇魔だった。

「知らないことはないさ。少なくとも、ザルワーンの内情は、ザルワーン人よりも詳しいつもりだよ」

「つまり、わたしを試したということですか?」

「試す? そんなことをする意味がどこにある。貴公がオリアス=リヴァイアであろうと、オリアン=リバイエンであろうと、どうでもいいことだ。俺が必要なのは、貴公が外法に精通しているという事実なのだから」

「……外法、か」

 オリアスは、魔王がルベン市街に視線を移すのに習って、戦場に視線を戻した。ベスベルの一撃が家屋を破壊し、飛び交うシフの群れが、ザルワーン兵に殺到する。兵数の減少は著しく、戦線は崩壊の一途を辿っている。絶望的な戦いの中、翼将らしき人物はひとり気炎を吐いている。第二龍鱗軍の翼将は確か、ビュウ=ゴレットだったはずだ。ビュウ=ゴレットは、槍の腕は超一流だが、人格的な問題もあって、ザルワーンの前線から程遠いルベンに配置されたという人物だ。彼はたったひとりで、十人分以上の働きを見せている。つまり、たったひとりで戦鬼を圧し、倒したのだ。

「かつて、ガンディアに外法機関と呼ばれる研究機関が存在した。外法の研究に勤しむそれは、王都の地下に巣食い、下層民の子供たちを攫っては研究材料とした」

「ほう」

「外法とは、すなわち、人体の神秘を暴く外道の法。人体を切り刻み、内蔵を破壊し、脳を掻き回すものだ。当然、多くの子供は死んだが、王都では問題にもならなかった。被害者は増える一方なのに、国はなんの対処も行わなかった」

 ユベルの声音は、相変わらず低く、淀みがない。まるで人間の感情など忘れてしまったかのように均一な声音だったが、その深淵には激情が渦巻いているのがわかる。深い怒りと哀しみが、ユベルという青年の深奥に流れている。魔王とはいえ、やはり人間なのだろう。感情を捨てることなど、できるはずがない。

「なぜなら、外法機関は、不治の病に倒れたシウスクラウドがみずからの病を克服するため、再び戦国乱世の舞台に舞い戻るために用意したものだからだ。もっとも、外法機関の研究では、シウスクラウドの命を永らえさせるのが精一杯だったようだが……」

(二十年……)

 マーシアス=ヴリディア謹製の毒を喰らい、それでもなお二十年も生き抜いた獅子王の生命力については、かねがね疑問のあるところだった。その長年の疑問が氷解する感覚に苦笑しながら、オリアスはつぶやいた。

「なるほど。そのような国は滅んでしかるべきか」

「滅ぶべきは、ガンディアのみにあらず。ガンディアの闇に巣食った外法の出所がどこか、貴公は知っていよう? オリアン=リバイエン」

「ザルワーンだと?」

「外法を発展させたのがザルワーンならば、外法を拡散したのもザルワーンだ。外法機関に所属した研究者の多くは、ザルワーンから流れてきたものだった。彼らは、暴君マーシアスのやり方についていけなかったそうだ。そして、ガンディアに流れつき、シウスクラウドに接触した。どうやって接触できたのかは知らないが、ともかく、それが始まりだった」

 魔王の隣で、リュウディースの女が妙に不安そうな顔をしていた。ユベルの言葉を理解しているのは間違いないのだが、なにが不安なのかはオリアスにはわからない。おそらく、オリアスの知らないユベルの気性を知っているのだ。ユベルの性格、性質を理解しているからこそ、心配になる。だとしても、オリアスには対処のしようがない。魔王の独白を聞いているしかない。

「俺は知りたいのさ。本当のことを。外法はどこから来たのか。俺たちの人生を破壊した外法を滅ぼすにはどうすればいいのか」

 魔王の目が淡い光を発していることに気づく。受光器から光を発するなど、まるで皇魔のようではないかと思ったが、オリアスはなにもいわなかった。むしろ、魔王に相応しい異形、異体だと思えば、問題はなかった。

 彼の肉体は、外法によって改造されたのだろう。

 皇魔を従えているのも、その副産物なのだ。

「ガンディアを滅ぼすには、どれだけの力が必要なのか」

 ユベルはそういうと、市街地に背を向けた。戦場はまさに地獄の様相を見せている。魔王軍が優勢なのは変わらず、龍鱗軍の兵数が目に見えて減っている。第二龍鱗軍の壊滅も時間の問題だろう。そうなれば、ルベンの陥落も近い。ルベンを陥落させたところで、ユベルはこの地の支配権を主張したりはしないのだろうが。クルセルクからはあまりにも遠すぎる。飛び地にしても、だ。皇魔では、都市の支配、運営などはできまい。

「ガンディアを滅ぼす……と」

「俺はそのために魔王になったんだよ」

 こちらを一瞥したユベルの目には、自嘲とも絶望ともつかないものが浮かんでいた。

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[気になる点] 魔王の気持ちはわかるけど八つ当たりでしかないよな
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