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第四百五十五話 奇貨

「あれはなんだと思う?」

 サリウス・レイ=メレドは、だれとはなしに問うと、返答を待つために馬の足を止めた。遙か前方、都市が赤く染まっているのが見えている。まるで燃えているように思えるのだが、ザルワーンとガンディアの戦争は終わったはずだった。

 彼が得た情報によれば、二日前に行われた決戦の結果、ガンディアがザルワーンに勝利したのは間違いないはずだった。決戦までにガンディアはザルワーン領土の大半を手中に収めており、そのことから考えても、それ以上戦火を広げるようには思えない。たとえルベンがガンディアに反抗的な態度を示したのだとしても、圧倒的な戦力差があるのだ。第二龍鱗軍の数倍の兵力で包囲すれば、ルベンは降伏せざるを得ない。

「戦火……でございましょう?」

 シュレル=コーダーの困ったような声は、誰がどう見てもそうとしか思えないからだろう。確かに、戦火としか思えない。聳え立つ城壁の向こう側で、炎が上がっているのだ。

 彼は、隣の馬に跨る着飾った少年が、いつものように蠱惑的な目でこちらを見ていることに満足すると、静かにうなずいた。

「その通りなんだけど……ねえ」

「……?」

「サリウス様は、戦火があることを不思議に思っておられるのです」

 小首を傾げるシュレルに対し、賢しげな口を聞いたのはヴィゼン=ノールン。そちらもまた美々しく着飾っているが、騎士然としたシュレルとは打って変わって、女性ものの鎧兜を着込んだヴィゼンの姿は、どこぞの姫君のようにも見えた。どちらも、サリウスが直々に見立てた格好であり、その姿は戦場に映えるに違いなかった。もっとも、シュレルにせよ、ヴィゼンにせよ、サリウスに近侍している限りは戦闘に巻き込まれることはないのだが。

「どういうこと?」

「あれはルベンです。ルベンはザルワーンの都市であり、ガンディアがザルワーンを下した以上、ルベンもガンディアの領土となるのが必定。一都市がガンディアの大軍勢に抗うことなど不可能ですし」

「へー……ヴィゼンは物知りだな」

「えーと」

 シュレルは素直に感心するものだから、小賢しく振る舞うヴィゼンも張り合いがない。シュレルの頭の悪さも、そういう素直さが美点にしているのかもしれない。ヴィゼンの小賢しさも、シュレルの前では美点となっている。

 シュレルとヴィゼンを側に置くのは、ふたりの会話の耳心地の良さによるところが大きい。サリウスの心は常にざわめいているのだが、シュレルとヴィゼンがふたりで馬鹿をやってくれている間は、妙な落ち着きを取り戻せた。

「奇貨……かもしれないねえ」

 サリウスは、ワージン=マーディンの反対を押し切って軍を出したことが間違いではなかったかもしれないと思いはじめた。

 メレドは、イシカとの戦いに注力すべきだというワージンの意見ももっともだったが、奇貨を拾うことができるのならば、ルベンに軍を差し向けたことも無駄ではなくなる。主戦場を放り出して、王みずから出向くのはどうかと思うが、イシカとの戦いは膠着状態であり、サリウスの有無で変わるような戦況ではなかったのだ。

 どのみち、痛み分けで終わりそうな戦いならば、さっさと見切りをつけておくべきなのだ。そして、つぎの戦いのためにできることをしておくべきだ。

 そのひとつが、ルベンへの接近だと、彼は考えている。

 ガンディアとザルワーンの戦争が終わったと聞いた瞬間に思いついたことなのだが、それは決して悪い思いつきではないはずだった。ガンディアの手の及んでいないルベンに軍勢を差し向け、落とすつもりだった。

 もちろん、ガンディアと戦うつもりは微塵もない。もし、ルベンがガンディアに対して従順な態度を示していたのならば、攻撃はせず、通過する予定だった。

 サリウスの目的は、ガンディアへの接近である。ルベン攻撃は、その手土産であり、ルベンの制圧が目的ではなかった。たとえルベンを攻撃し、第二龍鱗軍が降伏してきたとしても、彼はルベンをメレドの支配下に置くつもりはなかった。

 サリウスは、目先の利益よりも、将来のことを考えている。ガンディアと良好な関係を築きあげることができれば、メレドの北進もより楽になるのではないか。たとえば、ガンディアの戦力を駆り出すことができれば、イシカとの戦闘もメレドが有利に推移するのではないか。

「奇貨……?」

「行ってみればわかるさ」

 告げると、サリウスは、手綱を捌いて馬を走らせた。シュレルとヴィゼンが慌ててついてくると、二千の兵がそれに追従した。サリウスは、ルベン攻撃のために主力の半分を持ってきていた。それができるのも、イシカとの戦闘が膠着状態に陥ったからだ。互いに決定的な一撃を叩き込めぬまま、睨み合いを続けていた。

(欲張りすぎたな)

 サリウスは、闇夜に燃え盛るルベンを見遣りながら、イシカとの戦いについて考えた。ザルワーンがガンディアに集中しなければならない状況に陥ったからこそイシカに攻め込んだのだが、どうやらイシカも同様の考えだったらしく、互いに痛撃を加え、領土を奪い合うという結果に終わった。メレドはイシカの領土に食い込み、北に歩を進めることができたものの、同じだけの領土をイシカに奪われたのだ。

 歪な形で、領土を食い合っている。

 このままメレドとイシカの戦争は終わるだろう。互いに決戦を行うつもりはないのだ。決戦を行えば、他の国に付け入る隙を与えてしまう可能性が高い。メレドの敵がイシカだけではないのと同じく、イシカの敵もまた、メレドだけではない。互いに領土を食い合う、まさに痛み分けのまま戦いが終わるのは虚しいという以外にはないのだが、それも仕方のないことだ。

(戦力が不足している……)

 そういう意味でも、ガンディアと繋がりを持つのは重要な事だと、彼は考えていた。ガンディアほど戦力の充実した国は、そうあるものではない。ザルワーンを飲み込んだことで、三国、四国分の兵力を保有することになる上、武装召喚師を筆頭に勇壮な戦闘員が揃っている。

 それだけの戦力を有したからこそ、ザルワーンとの全面戦争に打ち勝つことができたのだ。半端な戦力では、ザルワーンの物量に飲まれて終わる。

 物量を質量で押し返した、といっていいのだろう。

 そんなことを考えているうちに、サリウスの視界はルベンの異常を捉えていた。燃え上がる都市の上空を舞う異形の影が見えている。城壁の外まで響く轟音のような雄叫びは、皇魔と呼ばれる化け物どもの咆哮に違いなかった。人間の神経を逆撫でにするような響きだ。間違いようがない。

「皇魔に襲われている?」

「そんなこと、あるんですか? 皇魔が城塞都市を襲うだなんてこと」

「城壁も万能ではないということだよ」

 シュレル=コーダーのあどけない困り顔に吹き出しそうになりながらも、サリウスは後方を振り返った。配下の二千人が、主君たるサリウスの下知を待っている。

「全軍、ルベンに急行し、皇魔を撃滅せよ。ルベンの市民の保護を優先し、ルベンの兵が生き残っているのならば、協力して事に当たれ!」

「はっ!」

 天地を震わすような声が、サリウスの周囲で上がった。全身総毛立つ。戦場とはかくも甘美なものかと思いつつも、彼は配下の兵が一糸乱れぬ行軍でルベンへと疾駆する様を見届けた。軍に無理を行って供出させた戦力だ。大事に使わなければならないが、いざとなれば彼のために死んでくれるのが、兵というものだ。そして、王の命さえあれば、なんとかなるのがメレドという国だ。王の命ひとつで盛り返してきた前例が数多にある。もちろん、そんな前例を習うつもりもなく、サリウスは王者とはどうあるべきかを考えているのだが。

 取り残されたのは、サリウスとシュレル、ヴィゼンの三人と、メレド王の親衛隊だ。

「サリウス様は?」

「もちろん、征くさ」

 ヴィゼンの小賢しげな表情が妙に頼もしく思えたのは、既に戦場に身を置いていたからかもしれない。

 地獄のような戦場が、目前に広がっていた。

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