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第四百四十九話 二十年(二)

 天輪宮は、壮麗な五つの宮殿群の総称である。

 中心に泰霊殿と呼ばれる宮殿を抱き、四方には玄龍殿、紫龍殿、飛龍殿、双龍殿という龍の名を関した殿舎があった。

 レオンガンドは、龍府に入ってからは、当然のように泰霊殿で起居していた。泰霊殿は、ザルワーンにおいては権力の中枢であり、国主とその息のかかったものしか立ち入ることのできない領域だという話もあったが、ガンディアが制圧したことで、そのような重々しさはなくなったといっていい。

 泰霊殿はいま、大将軍アルガザード・バロル=バルガザールを筆頭に、ガンディア軍の重鎮たちの居場所となっていた。喧々諤々の議論を繰り返しているという話を耳にするが、さもありなんというべきか。

 軍はいま、もっとも忙しい時期に突入している。戦後の事務処理も膨大であれば、ザルワーン軍の受け入れをどうするかでも舌戦を繰り広げているらしい。

 戦前、ザルワーン軍の総兵力は一万八千とも二万ともいわれていたが、当然、そのすべてがガンディアに加わるわけではない。まず、グレイ=バルゼルグの三千は、ドラゴンに灼かれて消えた。さらに五方防護陣に駐屯していた龍牙軍は、ドラゴン出現の際、砦もろとも地上から消えて失せてしまったようだ。もっとも、龍牙軍の全兵力が消滅したわけではなく、大半は別の部隊と合流し、ガンディア軍と剣を交えていたらしい。戦争を生き延びたものも多数、確認されている。

 また、各都市に駐屯していた龍鱗軍のうち、ナグラシア、バハンダール、ゼオル、マルウェールの龍鱗軍は、どれも壊滅的な損害を出していた。特にナグラシアの第三龍鱗軍は、ナグラシアでの戦闘とロンギ川での戦闘に参加しており、その惨状には同情したくなるほどだ。しかしながら、第三龍鱗軍は、ロンギ川の戦いではガンディアの部隊を圧倒しており、戦闘力としては決して低いものではないということがわかっている。もっとも、翼将ゴードン=フェネックには指揮官としての能力は期待できないのだが。

 龍府に残っていた龍眼軍も、征竜野の戦いで壊滅した。全滅といってもいいほどの被害を出しており、神将セロス=オードを筆頭に、部隊長の多くが戦死した。生き残った部隊長は、ミルディ=ハボックら数名であり、生存した兵士の数は八百程度といったところだった。つまり龍眼軍二千人のうち、半数以上があの戦いで戦死したということになる。熾烈な戦いではあったものの、あまりに多くのザルワーン兵が戦死しているという事実には驚きを隠せなかった。

 もちろん、ガンディア側の被害も、決して少なくはない。征竜野の戦いの勝利を素直に喜べないのは、損害の大きさもあった。ガンディア兵、ルシオン兵、ミオン兵、レマニフラ兵、傭兵たち――未だに正確な数が上がってこないほどに多くの死者が出た。軽傷、重傷のものも多い。戦後の龍府が静寂に包まれていたのは、ガンディア軍に所属したものの多くが傷つき、疲れ果てていたからかもしれない。もっとも、戦勝祝いの声を禁じたわけではないため、龍府のそこかしこで酒宴が開かれていたという事実もあるにはあるが、規模は小さなものだ。レオンガンドが率先して祝宴を開こうとはしなかったからかもしれない。

 疲弊した戦力をそのままにしておくことはできない。減少したのなら、増員するよりほかはなく、そのためにもザルワーン軍をガンディア軍に取り込むのは急務であると言えた。ミレルバスにザルワーンの戦後処理を任されていた者達がザルワーンの全面降伏を唱え、ガンディア側がそれを受け入れた以上、ザルワーンの戦力がガンディアのものとなるのも時間の問題だった。議論となるのは、その戦力をどう配置するかである。また、ザルワーン軍人の中から将官に相応しい人材がどれだけいて、その人材をどう使うかだ。それらすべてをアルガザードたちに一任したのは、戦場から離れた場所にしるレオンガンドよりも、最前線で戦うものたちのほうがガンディアの現状をよく知っているだろうと思ったからだ。もちろん、レオンガンドの意見は伝えてあったし、その意見は最優先に考えられるはずだ。

 戦争は終わった。が、軍の上層部に(仕事量的な意味での)平穏が訪れるのは、しばらく先の事になるだろう。

 天輪宮の敷地内に敷き詰められた石畳の上を歩いていると、前方に軍集団が見えてきた。軍集団は、天輪宮の敷地外に待機しており、レオンガンドの到着を待ちわびているようだった。赤と青の軍服が見事なまでに分かれているのが、門の内側からでも見えている。ガンディア軍内部の微妙な関係性が見て取れる。赤はガンディア方面軍であり、青はログナー方面軍だ。

 彼らは、レオンガンドとともにログナー方面、ガンディア方面に戻るための軍勢であろう。ガンディオンへの帰還の日程は、龍府を制圧したときから決めていたことであり、アルガザード大将軍には無理を言ってそのための戦力を整えてもらっていた。征竜野の戦いに参加したログナー方面軍の半数とガンディア方面軍の少数が、一先ずの同行者となる。

 もちろん、それだけではない。道中、ゼオル、ナグラシアで部隊を拾うことで多少なりとも増幅することになる。が、当然、その戦力は戦うためのものではない。王都への帰還を万全にするものであり、また、凱旋においてレオンガンドたちの勝利を飾るためのものだ。

 豪奢な門を前にして、バレットが囁くように尋ねてきた。

「傭兵たちはここにおいていくということですが」

「《白き盾》とは契約が終わったからね。凱旋を無理強いすることはできないさ」

 今回の戦争では、二組の傭兵団を雇っていた。ひとつは、《白き盾》。クオン=カミヤを団長とする無敵の傭兵集団であり、その噂に恥じぬ戦いぶりでガンディア軍の勝利に貢献したことは記憶に新しい。ロンギ川会戦、征竜野の戦い、そしてドラゴン突破戦において、彼らの活躍は目覚ましいものだった。彼ら抜きではガンディア軍の被害が増大したことは疑いようがない。クオン=カミヤのシールドオブメサイアがあればこそ、レオンガンドたちはロンギ川の激戦をあの程度の損害でくぐり抜けることができたのだ。そして、ドラゴンの射程範囲を無傷で突破し、征竜野の戦いに万全の状態で挑めたのも、クオンのおかげだった。

「金額以上の働きをしてもらったが、それについてはぬかりないね?」

「もちろんです。報酬を上乗せしたところ、グラハム殿は目を丸くしていました」

「そうか、それはよかった」

 レオンガンドは微笑した。《白き盾》の中でも特筆すべき堅物であるグラハムの驚く顔が目に浮かぶ。彼が驚いたのは、契約では報酬の上乗せなど記されていなかったからだろうし、彼とすれば、契約金額さえ手にできればそれでいという考えだったからかもしれない。

「《蒼き風》との契約は延長だ。相変わらず、シグルドはわかりやすくていい。だれもが彼のような人間なら……いや、それだと国が立ち行かないか」

 もうひとつの傭兵団は、《蒼き風》だ。シグルド=フォリアーを団長とする歴戦の傭兵たちの集まりであり、ガンディアとの付き合いも長い連中だった。シグルドはガンディアという国を気に入ってくれているのか、契約の延長には必ず応じてくれた。もちろん、相応の金額を払う必要はあったが、《蒼き風》は戦力として十分以上に働いてくれているのだ。金を惜しむ必要はなかった。

《蒼き風》も、この戦争では大いに活躍していた。《白き盾》と同じ戦場を進んできたが、彼らも武装召喚師の撃破などによってガンディア軍の勝利に貢献している。特に“剣鬼”ルクス=ヴェインの戦いぶりは、まさに鬼のようだという評判だった。彼を手元においておけるというだけでも、《蒼き風》と契約する意味がある。それに、ルクスはセツナにとっては戦闘の師匠でもあるのだ。契約を切る道理はない。

 一方、《白き盾》との契約は延長できなかった。それは仕方のないことではあるのだが、残念極まることでもある。《白き盾》ほどの戦力が常にガンディアの味方をしてくれたならば、領土拡大も捗るというものなのだが。

「そうですな。《蒼き風》は新たな団員の募集を行っているようです」

「ふむ……《蒼き風》の強化は、ガンディアの戦力の増強にも繋がる。悪いことじゃない」

 逆にいえば、《蒼き風》の弱化は、ガンディアの戦力の低下にも繋がるということだ。

 ザルワーンを飲み込んだことで、ガンディアの戦力はさらに拡充されることは間違いない。ザルワーン軍の中にも、エイン=ラジャールやドルカ=フォームといった隠れた人材がいるかもしれない。そういった、いままでは日の目を見ることのなかった人材がガンディア軍を盛り上げてくれれば、傭兵に頼ることはなくなるのかもしれない。

 とはいえ、《蒼き風》は未だに重要な戦力である。さらにいえば、セツナにはルクス=ヴェインの存在が必要であり、そういう意味でも、彼らとの契約を延長する必要があった。契約の打ち切りは、セツナがルクスを必要としなくなったときにこそ、選択肢のひとつにあげられるべきなのだ。

 天輪宮の豪奢な門を潜り抜けると、レオンガンドの到来を待ち兼ねていた軍勢の中に緊張が走った。赤と青、二色の軍集団の中でも青の勢力が多いのは、単純に、征竜野の戦いに参加したガンディア軍の中で、ログナー方面軍の割合が多かったからだ。ガンディア方面軍は、制圧した都市を占領するために多くの戦力を割いていた。自然、ログナー色が強くなる。もっとも、ログナー軍人にはガンディア軍人のようなあくの強さはほとんどない。ドルカ、エインといった軍団長たちはガンディア軍人に匹敵するほどの個性の塊ではあるが。

「陛下、王都への帰還の準備は整っております」

 レオンガンドに告げてきたのは、デイオン将軍だった。彼の位は、左眼将軍。銀獅子の左目を司るという意味があり、右眼将軍のアスタルとともにガンディア軍を左右から支える役目を担っている。中心には大将軍アルガザードがおり、その下部にふたりの副将が位置している。副将は、大将軍の副官のようなものであり、左右将軍よりも下に位置する。

 デイオン=ホークロウは、長らくガンディア軍を支え続けてきた宿将であり、大将軍を新設する際、デイオンこそ大将軍に相応しいという声も少なからずあった。レオンガンドは迷いなくアルガザードを大将軍に任命したものの、だからといってデイオンを軽んじているわけではないのだが。

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