表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
440/3726

第四百三十九話 帰陣のこと(二)

 彼らふたりの協力を仰ぐようなことは一切なかった。戦後の事務処理に関しても、彼らのことは後回しでいい。ドラゴンとの戦い。丸一日近く戦い続けていたのではないか。少なくとも、クオン=カミヤは、寝る間も惜しんでシールドオブメサイアを展開していたことになる。でなければ、セツナも無事では済まなかったし、ガンディア軍の本隊がドラゴンの攻撃範囲と突破し、征竜野に辿り着くことなどできなかったのだ。セツナは無論のことだが、クオンなくしてはこの戦術は成立しなかった。

 そういう意味では、クオン=カミヤと《白き盾》がガンディアと契約を結んでくれたことには、感謝しなければならなかった。もっとも、レオンガンドが彼らと契約を結んだのは、ザルワーン侵攻を見越してのことではない。もっと、単純な理由だ。強力無比な無敵の傭兵団が領内の都市に留まっていた。だから、契約を急いだ。敵国と契約を結ばれるくらいならば、手元に置いておくべきだという単純明快な判断は、正解以外のなにものでもない。

《白き盾》は、クオン=カミヤを中心とする傭兵団であり、彼を含め三人の武装召喚師が在籍するという点だけを見ても、強力極まりない集団だということがわかる。《蒼き風》がルクス=ヴェインひとりだけで成り立っているのとはわけが違う。いうなれば、ルクス=ヴェイン級の人材を三人以上抱えているのだ。それだけでも、様々な国が喉から手が出るほど欲しがるのもわかるというものだった。

 そんな連中がなんの野心も抱かず、傭兵として放浪していることは奇妙だと思わざるをえない。《白き盾》の力を持ってすれば、一国一城の主になることくらい容易ではなかろうか。少なくとも、砦ひとつくらい簡単に落としてしまえるだろう。攻撃を受けないのだから、負ける要素がない。負ける要素がないということは、勝てる可能性が高いということだ。

 もっとも、砦を落とすのと、それを維持するのとでは勝手が違うものだし、砦ひとつ落としたからといって、なにができるわけもない。

《白き盾》が傭兵団に徹しているのは、そういうことがわかっているからなのか、ただ野心がないだけなのか。それとも、別の理由があるのか。

(ふたりのカミヤ……か)

 セツナ=カミヤとクオン=カミヤ。ログナーやガンディアの辺りでは聞かない家名だし、周辺諸国を調べても、それらしい家名は見当たらなかった。小国家群中央部の出身ではないのだろう。少なくとも、セツナがガンディアの出身ではないということは判明している。流星のように突如として出現したのが、セツナであり、クオンだ。クオンはログナーのバルサー要塞攻略戦に参戦し、無敵の盾シールドオブメサイアの力でログナー軍を大勝利に導いた。それにより、ログナーはガンディア侵攻の橋頭堡を築き上げたのだが、ガンディア攻略の目処が立たないまま時が流れ、ガンディア軍によって奪還されてしまった。

 そのガンディア軍によるバルサー要塞奪還戦で名を上げたのが、セツナだ。圧倒的な破壊力を誇る黒き矛により、バルサー平原に展開したログナー軍を壊滅状態においやったという。その活躍は、ログナー本国において悪魔の所業だと囁かれた。

 ふたりのカミヤは、互いに、バルサー要塞を巡る戦いで名を上げるという奇縁によって結ばれていた。そして、そのふたりがどうやらただならぬ関係であるらしいということを、エインはファリアから耳にしていた。因縁浅からぬ関係だということだが、詳しくは教えてもらえなかった。セツナ個人の話だ。他人に明らかにするべきではないと判断したのだろうが。

(気にはなるけどね)

 エインは、セツナに問いただしたりはしない。エインはセツナを狂信的に信仰しているが、いや、だからこそ、セツナの重荷にはなりたくなかった。セツナの戦いを見届けたいが、セツナの邪魔をしたくはない。セツナの側にはいたいが、そのためにセツナを傷つけたくはない。セツナとともにありたいが、セツナに不要と思われれば、消えるだろう。それでいい。それだけでいいと、彼は思っている。

 エインの脳裏には、あの日の光景が今も焼き付いている。

 死を突きつける黒き矛の戦士との邂逅。そして、ナグラシアでのセツナ=カミヤとの再会は、彼の人生に大きな影響を及ぼすのではないかと思うほど衝撃的だった。いや、実際、大きな影響を受けている。彼と出会ったがために、エインの人生は間違いなく狂ってしまった。

 エイン=ラジャールは、歯車が狂ってしまった人生の中で、笑みを浮かべている自分に気づいていた。セツナが活躍すればするほど、彼は嬉しかった。セツナが活躍する場所を用意するのが、彼の夢になった。セツナが存分に力を振るえる戦場を用意するのが、自分の役目なのだと思った。それこそ、生まれ落ちた使命だと考えることがある。

 セツナへの狂信からくる妄想であろう。

 そんなことはわかりきっている。

 冷静と狂気の狭間で、彼は微笑した。

 闇の中、龍府の中心たる天輪宮の壮麗な外観が、月に照らされて浮かび上がっていた。天輪宮の南側にある宮殿は双龍殿と呼ばれているらしいが、いまはそんなことはどうでもよかった。双龍殿の門前には、真夜中だというのにエイン隊を出迎えるための人員が並んでいた。もちろん、エイン隊が出した帰陣の連絡が届いたからだが。

「それにしては大仰だなあ」

「だって、セツナ様ですよお?」

「あー、そっか。そうだね」

 同行した女部隊長の言葉で、エインは出迎えの人数に納得した。エイン隊は、セツナとクオンの迎えに出たのだ。帰陣するということは、セツナとクオンを回収したということにほかならない。此度の戦争においては、最大の功労者といっても過言ではないのがセツナだ。セツナ・ゼノン=カミヤという名は、いまやガンディアで知らぬものはいないほどのものとなっている。

 バルサー要塞奪還戦以来、ガンディアに数々の勝利をもたらしてきた彼は、このザルワーン戦争でも無数の勝利をガンディアに与えた。彼なくしては、この勝利はなかったといっていい。もちろん、クオン=カミヤの存在も大きいのだが、セツナの前では霞んでしまうのは仕方がなかった。

(贔屓にし過ぎかな)

 苦笑しながら、エインは、出迎えの人々の中にレオンガンド・レイ=ガンディアの姿を発見して、極度に緊張した。

(陛下自らとは恐れ入る……)

 考えれば当然のことのようにも思えるのだが、時間帯を考えれば、普通のことではない。真夜中。日付が変わっているような時間だ。そんな時間に、一国の主が人前に姿を見せるものだろうか。もちろん、セツナを迎えるためだというのはわかる。彼に対してのみの破格の待遇だということも理解できるのだが。

 よく見れば、レオンガンドだけではない。大将軍アルガザード・バロル=バルガザールと副将たち、左右将軍の姿もあった。エインが、アスタル=ラナディースに目配せをすると、彼女は苦笑したようだった。

 ガンディアの中核をなす面々が顔を揃えていた。

 この戦争でもっとも敵を殺し、もっとも勝利に貢献した英雄を迎え入れるために。

 エインは、レオンガンドたちの遙か手前で下馬した。部下たちも続々と馬から降りる。レオンガンドや大将軍たちの前にいるという緊張感が、エイン隊を包んでいる。

「エイン=ラジャール、ただいま任務を終え、帰陣いたしました」

 エインが大袈裟なほどに大声で報告すると、レオンガンドがにこやかに頷いてくれた。

「ご苦労だった。疲れただろう。宿は用意させてある。ゆっくり休みたまえ」

「はっ。ありがたきお言葉」

 エインは素直に感謝を述べた。エインは、レオンガンドも嫌いではない。

「セツナとクオンの様子はどうだ?」

「疲れきって、眠っています」

「そうか。ならば、そのまま寝かせておいてあげたいところだが、馬車の荷台では寝心地も悪かろう。どうしたものか」

「我々が寝所まで運びましょう」

 と、レオンガンドの前に出たのは、副将のふたりだった。ジル=バラムとガナン=デックスである。左右将軍と並び称される副将が、みずからセツナたちの運び役を買って出るとは思いもよらず、エインは目を丸くした。ガナン=デックスにしろ、ジル=バラムにしろ、少年ひとり担いで運ぶだけの膂力は十分にあるのだろうが。

「そうしてくれるとありがたいが、決して起こさぬようにな」

「はっ」

 ふたりの副将は異口同音にうなずくと、素早く馬車の荷台に駆け寄っていった。エインの部下が慌てて対応する。

 エインは、やや呆然としながら、副将ともあろう人物が少年たちを抱えて出てくるのを見ていた。ガナンはクオンを背負い、ジルはセツナを両腕で抱えていた。ふたりとも、疲れきっているのだろう。微塵足りとも起きたりはしなかった。

 セツナとクオンのガンディア本陣への帰陣とは、そのようなものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ