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第四百二十三話 浮遊

 セツナは、大地を見下ろしていた。

 ザルワーンの北部中央に広がるその大地は、征竜野と呼ばれており、その名の通り、龍を象徴とする国ザルワーンにとっては特別な場所であるらしかった。ザルワーンの首都龍府を中心に抱く大地なのだ。特別なのも当然だろう。その征竜野を囲う樹海と、樹海の中に点在する五つの砦が、龍府を護る分厚い防衛線として働いていたのはいまや昔のこととなってしまった。

 五つの砦――いわゆる五方防護陣は、ザルワーンみずからが破壊してしまったのだが、その代わりにさらに凶悪な防壁を構築した。ドラゴンである。ザルワーンに縁も深い竜の首が五つ、砦を飲み込むように出現し、ガンディア軍の龍府への接近を阻んだのだ。だが、それさえも、遠い昔のことのように思えるのは、ドラゴンはもはや影も形もなくなってしまったからだったし、ガンディア軍の本隊は、ドラゴンの結界を突破して征竜野に雪崩れ込むことができたからだ。

 ガンディア軍が征竜野に展開した精確な時刻はわからない。少なくとも、今日の昼までには征竜野に到達し、部隊の展開を終えていたはずだ。ガンディア、ルシオン、ミオン、それにレマニフラ、そして《蒼き風》、そして《白き盾》。総勢七千を超える大軍勢が、龍府の南側に布陣したのだ。ザルワーンの残存兵力は三千から四千という情報があったものの、それはルベンなど、龍府外の戦力を総合した場合の数である。龍府に残っているのは二千程度だろうというのが、ガンディア軍の出した結論だった。

 ザルワーン軍は、いくつかの組織に分けられていた。各都市に駐屯し、翼将を指揮官とする龍鱗軍。五方防護陣を司り、天将を指揮官とする龍牙軍。そして、龍府防衛のための戦力にして精鋭部隊であり、聖将(神将)を指揮官とする龍眼軍の三軍である。

 そのうち、龍鱗軍は、ガンディアとの戦争においてほとんど壊滅し、残すところ、ルベンとスマアダの龍鱗軍くらいだった。ナグラシア、ゼオル、バハンダールなどの龍鱗軍の生存者は、ガンディアに降り、各都市でガンディア軍の監視下にあるはずだ。

 龍牙軍は、ガンディア軍と直接戦闘することもなく、消滅した。五方防護陣の五砦の消滅とともに、この地上から消え去ったのだ。いまのセツナならばわかる。五砦の戦力は、龍府に移されることなく、ドラゴンの召喚の贄となったのだ。一時期、戦場を席巻した亡者の念は、わけもわからぬまま死んでいったものたちの無念によるところが大きいのだ。

 ドラゴンが滅びたことで、その肉体に縛られていた数多の意志が解き放たれたのだ。ただの意志ではない。ドラゴンの力を帯びた意志だ。故に世界に干渉することができたのだろう。ただ見守ることしかできないセツナとは、違う。

 とはいうものの、龍牙軍に所属する全員が全員、消滅したわけではない。ジナーヴィ=ライバーンの軍には、龍牙軍の兵士がいたといい、ミリュウの軍にも龍牙軍から配置転換された兵がいたということだ。そのジナーヴィ軍もミリュウ軍も、ガンディアに敗れ、生き残りはガンディアの監視下にある。

 残るは、龍眼軍の二千人だけだった。

 七千対二千。数の上では圧倒していたし、質でもガンディア軍のほうが上だろうというのが、ガンディア軍上層部の考えだった。ザルワーンに名のある将士がいないというのだ。グレイ=バルゼルグがザルワーンに所属したままならば、状況は大きく違ったというのだが。

 敵が籠城さえしなければ、勝利は容易い。籠城したところでガンディアの勝ちは揺るがないという。せいぜい、勝利が数日先延ばしになるだけだと。

 ザルワーンが降伏するというのならば、それもよかった。決戦もなく戦争が終わるのは、消化不良かもしれないが、無駄な血を流さないで済むのならばそれに越したことはない。レオンガンドは、そのようなことをセツナにつぶやいたものだ。本心がどうあれ、戦争が速やかに終わることを臨んでいるのは、間違いなかった。

 セツナは、ザルワーンが降伏してくれるのならば、それが最上だと思った。セツナは、決戦には参加できない。どう足掻いても、無理だ。彼には彼の役目があった。クオンとともに、真なる五方防護陣とでもいうべきドラゴンを相手にしなければならなかった。

 もっとも、ザルワーンは龍府に籠城するのではなく、征竜野に打って出てきたようだが。

 征竜野でザルワーンとガンディアの決戦が行われている頃、セツナはクオンとともにドラゴンを倒すための方法を探していた。結果的にドラゴンを撃破出来たものの、彼は、力を制御することもできず、暴走し、虚空に打ち上げられた。

 そして、征竜野の決戦の目撃者となった。

 戦いは終わった。

 ガンディア軍の勝利によって幕を下ろした。

 征竜野に横たわる無数の亡骸と、大量の血液が、平地を赤黒く染めている。血は大地に染み込むだろうが、雨風によって流されていくに違いない。噎せ返るような死の臭いが鼻孔を満たし、仲間との死別に慟哭する兵士たちの声が耳朶を震わせる。勝利の余韻に浸るものもいれば、戦いの虚しさを感じるものもいる。生の実感と死の冷ややかさ。猛烈な温度差こそ、戦争というものなのだろう。

 亡者の怨念たる光の乱舞は、とっくに消えて失せていた。数多の死者が、生者への憎悪を撒き散らしていた怪現象は、ドラゴンの力が完全に消滅したことで、この世から消え去ったのだ。グレイ=バルゼルグの執念が、この世に爪痕を刻んだということを、彼は忘れないだろう。

 勝敗を決定づけたのは、やはり、戦力差、兵力差だったのか。

 兵力差は歴然としていた。七千対二千。三倍以上の兵数を持ってすれば、そう負けるものではないといい、実際、その通りだった。包囲陣の完成によって、ザルワーン軍は手も足も出せなくなったのだ。

 その一方で、ザルワーン軍による本陣特攻を許したことは、ガンディア軍にとっては思いもかけないことだったのだろう。本陣の防壁は決して薄くはなかったが、死兵と化したザルワーンの部隊は、その防衛網を物ともせずに打ち破り、カイン=ヴィーヴルさえ撃破し、ガンディアの本陣へと飛び込んでいった。

 ミレルバス=ライバーンがたったひとりで成し遂げたことだ。たったひとりで、ガンディア本陣へと辿り着いた彼は、ラクサスやゼフィルの攻撃をものともせず、レオンガンドに肉薄した。しかし、ミレルバスの刃がレオンガンドに届くことはなかった。グレイ=バルゼルグの幻影が現れ、ミレルバスを刺したのだ。

 先にもいったように、グレイの執念がそれを成した。グレイ=バルゼルグのミレルバス=ライバーンへの怒りと嘆きが、彼の思念を一時に実体化させた。彼はそのために征竜野に飛散していたドラゴンの力を使ったのだ。おそらく無意識のうちに、ドラゴンの力の使い方を知ったのだ。そして、本懐を遂げた彼は、数多の思念ともどもこの世から消え去った。ドラゴンの力は完全に消滅し、征竜野には人間だけが残った。

 人間同士の最後の戦いを、セツナは天から見届けた。

 セツナは、レオンガンドの窮地に駆けつけることもできず、ただ見ていることだけしかできない自分の無力さを嘆いたが、叫んだところで、その声がだれかに届くはずもなかった。

 ミレルバスの刃ガレオンガンドの片目を奪った時も、彼にはどうすることもできなかった。

(俺は、無力だ……)

 これだけの力を引き出しながら、なにを成すこともできず、ただ虚空を漂い続けるしかないのか。ドラゴンを、シールドオブメサイアを凌駕するだけの力を得ても、これでは意味が無い。主君の力になることもできない。それどころか、仲間や友に手を差し伸べることもできないのではないか。

 このまま、虚空に溶けて消えていく運命なのだろうか。

 戦いの終わりを認めながらも、それだけが悲しくて、寂しかった。

『戻っても、つぎの戦いが待っているだけだがな?』

 だれかが囁く。

「いいさ、それでも」

『嫌なくせに』

「うん……本当は、嫌かもしれない」

 否定はしなかった、それどころか肯定して、声の主を驚かせる。

『戦うのが嫌なら、力を捨てればいい。そうすれば、戦う必要はなくなる』

「生きてもいられなくなるよ」

『どうして?』

「だれにも必要とされなくなるだろ」

 セツナは、レオンガンドに促され、勝鬨を上げる人々を見下ろしながら、静かにつぶやいた。勝鬨は戦場の各地に伝播し、ガンディア軍の勝利を確固たるものとしていく。

ミレルバス=ライバーンの死の報は、ザルワーン軍に抵抗する気力さえ奪っていくに違いなかった。

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