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第四百十四話 視線

 彼は、戦場を見下ろしている。

 広い大地の南側で繰り広げられていた戦闘も、いまや終盤といっていい情勢に思えた。

 南側から北へと進む軍勢が、ガンディア軍。銀の獅子を象徴とする軍勢であり、そこにはルシオン、ミオンという同盟国が参加している。開戦当初の兵力は七千以上だったはずだ。そこに四人の武装召喚師と、ひとりの“剣鬼”が混じっている。とても、小国家の持つ戦力ではない、というのがエイン=ラジャールの評価だったが。

 北は龍府からガンディア軍に対応するかのように南進していた軍勢が、ザルワーン軍。五首の龍を象徴とする軍勢であり、五首の龍は少し前まで猛威を振るっていたのだから恐ろしいものだ。少し前、だろう。おそらく。

 時間の感覚が狂っているのか、どうも記憶にあやふやなところがある。ずっと前に倒した気もするし、ほんのついさっき倒した記憶もある。ドラゴンとの死闘。いや、死闘などとは呼べまい。命を削ったかもしれないし、激しい戦いでもあったのは事実だ。

 森を徹底的に破壊するほどの戦いだった。

 それでも、彼は自傷以外で傷を負うことはなかったし、クオンも無事だった。クオンはいまも、戦場で眠りこけている。不安そうな寝顔。戦いの行方が気になったまま、意識を失ったのだから当然だろう。

 再び戦場に視線を戻す。

 彼が戦闘も終盤に入っていると判断したのは、ガンディア軍の兵数がザルワーン軍のそれを圧倒的に上回っていたからだ。開戦当初から上回っていたのであろう戦力差は、戦闘の経過次第では縮まるものと思われたが、そうはならなかったようだ。むしろ、差は開くばかりであり、ザルワーン軍にはもはや打つ手が無いようだった。

 ザルワーン軍の本隊と思しき軍勢は、ガンディア軍の本隊と両翼の部隊によって完全に包囲されており、進むことも退くこともできないという状況に置かれている。包囲陣のガンディア軍が攻勢に出れば、瞬く間に覆滅されるに違いない。だが、ガンディア軍は殲滅戦を行うつもりはないのか、包囲を固めるだけ固めて手を出すのをためらっていた。慎重に慎重を期している。どこにどんな罠が潜んでいるのかわかったものではない、とでもいいたげだが、それくらいでいいのだろう。ガンディア軍の勝利は目前。焦る必要はない。

 ガンディア本隊の側面で激闘を繰り広げていたオリアン=リバイエンは、《蒼き風》との戦いに敗れ去った。ルクス=ヴェインやシグルド=フォリアーたちの活躍によって、オリアンの擬体が破壊された。擬体。本体は龍府にでもいるのだろう。

 龍府といえば、龍府に向かったミリュウが気になったが、残念ながら、建物の中まで見渡すことはできない。古都の市街地そのものは確認できる。ひとひとり出歩いていない閑散とした様子は、敵軍が目前まで迫ってきているからだろう。市民は避難しているはずだ。ミリュウとリューグが市街地を移動しているのなら、彼の目で捉えられないはずはなかったが、見当たらないということは建物の内部にいるということだ。ふたりの目的を考えれば、そうなるのは当然だ。リューグは、ナーレス=ラグナホルンの妻メリル=ラグナホルンの安全を確保するために龍府に潜入している。龍府が戦場になる可能性を考慮してのことだが、結局は、龍府は戦場にならずに済んでいる。戦闘がこのまま推移すれば、ザルワーン軍が龍府に逃げ込み、籠城するということはあるまい。

 ミリュウは、龍府に不案内なリューグを目的地まで連れて行っているはずだ。メリル=ラグナホルンの居場所くらい、想像がつくらしい。

 彼は、ミリュウの無事を祈りながら、戦場に意識を戻した。

 武装召喚師たちの活躍もあって、ザルワーン軍の超人兵はほぼ一掃されたようだ。超人兵の総数は不明だが、彼が確認した限りでは数十人の超人兵が武装召喚師やそれ以外の兵士たちの手で討たれている。その倍以上のガンディア兵が超人たちによって殺戮されていることを考えれば、殲滅できてよかったというべきだろう。もし、超人兵が武装召喚師ではなく、雑兵を狙って行動していれば、ガンディア側の被害は甚大になっていたかもしれない。

 不死兵も、見当たらない。いまだ生きているザルワーン兵の中に紛れているかもしれないが、不死者というだけでは脅威にはならないということがわかっている以上、どうということもない。

 戦場。

 主戦場は、本陣の前方に移っているといってもいいのかもしれない。

 ザルワーン側の特攻部隊とでもいうべき少数精鋭が、ガンディア本陣を護る防衛部隊に突撃したのが激戦の始まりだった。百名あまりの精鋭部隊には、当然のように超人兵が紛れ込んでいたようだ。騎士と兵、そしてレマニフラの戦士によって構築された防衛線が瞬く間に蹂躙され、破壊されていった。幾重にも張り巡らされた防衛線を貫いていくのは、ひとりの男だ。

 まるで解き放たれた矢のように本陣を目指す男の行く手を阻むことは、何者にもできなかった。突如戦場に混乱をもたらした光の乱舞さえも、男の足を一瞬止めただけにすぎない。男は、太刀の一刀によってガンディア兵を蹴散らし、複数の兵士を天高く舞い上げた。男は、超人兵以上の力を見せつけながら、本陣へと近づいていった。

 光が乱れ、舞っている。数多の意思が汚濁のように溢れ、戦場に混沌を呼んでいる。無数の悲憤、数多の怨嗟、数えきれない呪詛の声が響き渡る。

 それは死者の声だ。

 五方防護陣のドラゴンに灼かれ、この世から消滅したものたちの嘆きの声だ。ドラゴンが消滅したことで解き放たれたのだろう。つまり、それまではドラゴンに囚われていたということになるのだが。

 死んだものたちの無念の声の中には、ザルワーンを、ミレルバス=ライバーンを呪う声も少なくはない。どうやら、ドラゴンに灼かれたものだけが声を発しているというわけではないらしい。

 彼は、ドラゴンがどうやって出現したのかを思い出して、納得した。ドラゴンは、ただ出現したわけではない。ビューネル、ヴリディア、ファブルネイアといった五方防護陣の五砦を飲み込むようにして出現したのだ。砦の中にいたひとたちは問答無用で飲み込まれ、この世から消滅したのだろう。もし、そうなるということを事前に知らされていなければ、その無念はどれほどのものか。想像するだけで痛ましいのだが、彼にはどうすることもできない。死者の魂というものがあったとして、それを慰める手段など持ちあわせてはいないのだ。

 彼はただ、戦いの成り行きを見守ることしかできない。

 不意に、本陣を目指す太刀の男がミレルバス=ライバーンだということがわかった。カイン=ヴィーヴルの叫び声が聞こえたからだ。

 カイン=ヴィーヴル――いや、ランカインは元来ザルワーンの武装召喚師であり、中でも五竜氏族ビューネル家の人間だった。当然、ザルワーンの国主ミレルバス=ライバーンとは面識もあるだろう。ミレルバスの命令で行動していた時期もあるはずだ。そんな男が見間違うはずもない。ミレルバス=ライバーン。国主が単身、本陣を目指して特攻するというのはあまりにも馬鹿げたことのように思うのだが、ミレルバスの戦いぶりを見ていれば納得もできるというものだ。数多いた超人兵の上を行く力は、怪物染みていた。

 ミレルバスは、失った右腕を補うように召喚武装を装着したランカインをも、圧倒した。ランカインの攻撃によってミレルバスは片腕を吹き飛ばされたようだが、それでミレルバスの動きが鈍るということもなかった。むしろ、加速した。ランカインを切り倒し、前進を再開する。

 前進。

 侵攻。

 本陣への特攻。

 ミレルバスは左腕から血を流しながら、立ち塞がるガンディア兵やレマニフラの戦士を切り捨て、血路を開く。最終防衛線が崩れた。

 本陣への直線が、ミレルバスの目には見えているはずだ。

 彼は、本陣を見た。

 本陣の中心に立ち尽くすのは、銀獅子の甲冑を身に纏うレオンガンド・レイ=ガンディア。その傍らには武装したナージュ・ジール=レマニフラがいて、ナージュを護るように三人の侍女が立っている。さらにバレット=ワイズムーンは曲刀を構え、ゼフィル=マルディーンは伝令に指示を飛ばしている。そして、《獅子の牙》隊長ラクサス・ザナフ=バルガザール、《獅子の爪》隊長ミシェル・ザナフ=クロウの姿もあった。《獅子の牙》と《獅子の爪》は本陣の防衛部隊として戦力の大半を割いていたようだったが、一部は本陣にも残していたのだろう。

 たったひとりの敵を相手にするには十分過ぎる戦力に見える。だが、いまのミレルバスは、《獅子の牙》や《獅子の爪》の騎士でも止められるとは思えなかった。

(どうか、御武運を)

 彼は祈ったが、思いが届くはずもない。

 ミレルバスは既に本陣への直線を走っていた。

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