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第四百十二話 夢を追うもの

「状況はどうなっている?」

 レオンガンドがだれとはなしに尋ねたのは、本陣に飛び込んでくる情報の処理は彼がするわけではないからだ。伝令には多くの場合、バレットが対応する。

 バレット=ワイズムーンの武人染みた風貌は、戦場によく映えている。が、そんな感想を述べている場合でもない。本陣からでは戦場の詳細な様子がよくわからないが、どうも、旗色がいいようには思えない。敵陣から飛び出してきた部隊が、本陣手前の守備隊と衝突し、激戦を繰り広げているからだ。

 敵部隊が、本陣への特攻を目的としているのは明白だ。本陣は、その位置が味方にわかるように軍旗を掲げているのだ。敵軍が攻撃部隊を差し向けてくるのはありえない話ではない。それに、圧倒的な戦力差を埋め合わせることができないのならば、一発逆転を狙うしかないともいえる。本陣に籠もっているであろう首脳陣を討てば、ザルワーンの勝ちだ。

 無論、そんな単純にはいかないが。

「主戦場はこちらが優勢のようです。一時、ザルワーン側に押されていたようですが、大将軍閣下が前線に出たことで勢いを盛り返したようです」

「アルガザードもやる」

 レオンガンドは、白翁将軍と呼ばれた男の好々爺然とした表情を思い浮かべた。アルガザード・ベロル=バルガザール。ガンディアに古くから仕えるバルガザール家の現在の当主であり、ガンディア軍を統括する大将軍。大将軍は彼のために新設されたようなものといっても過言ではない。軍の統括者としての箔付けが必要だった。ただの将軍では、少しばかり寂しい。

 アルガザードは、野戦や攻城戦よりも、防戦、特に籠城戦を得意とする将だった。ガンディアが長らく領土を守ってこられたのは、アルガザードのような守戦に長けた武将がいたからだ。しかし、国土を広げようというのならば、守戦に長じているだけではいけない。野戦も攻城戦もこなさなければならない。もちろん、戦場に合わせて指揮官を変えるというのも手ではあるし、そちらのほうが正しいのだろうが。

(いまは、そういってもいられない)

 いまのガンディアには、将と呼べる器の持ち主は数えるほどしかいない。ひとりが大将軍アルガザードであり、もうひとりが左眼将軍に任じたデイオン=ホークロウ。三人目がログナーの飛翔将軍にして、ガンディアの右眼将軍アスタル=ラナディースだ。たった三人。されど、有能な将軍たちだと、レオンガンドは自負している。彼らならば、ザルワーンとも渡り合うことができると判断したからこそ、侵攻に踏み切った。

 デイオン将軍は野戦に長じ、アスタル将軍は攻城戦が上手いという。とはいえ、ザルワーン戦争において野戦を繰り広げたのは、中央軍と西進軍である。デイオン将軍率いる北進軍はマルウェールで市街戦を行い、これを制した。

 彼らは十分に優秀であり、レオンガンドが望むべくもないほどの人材であることは疑いようがない。

「開戦時、ザルワーン軍に進軍を妨害されていたルシオン、ミオンの部隊も戦列に参加し、当初の予定通り、敵軍本隊の包囲が完了。殲滅も時間の問題といったところですな」

「ふむ……。死者が蘇ったとかいう話はどうなった?」

「それについては事実のようですが、詳しいことはわかっていません」

「外法でしょうな」

「おそらくな」

 ゼフィルの言葉を肯定しながら、彼は、前方の異変を見ていた。本陣の前方に展開するのは、王立親衛隊《獅子の牙》と《獅子の爪》という、精鋭中の精鋭であり、弱兵の誹りを受けるガンディア軍の中でも取り分け強力な戦士たちであるはずだ。そして、ナージュ・ジール=レマニフラが連れてきた約五百人の戦士たち。レマニフラからガンディアへの長旅を乗り越えてきた戦士たちは、やはり屈強であり、頼もしいばかりだったが。

 現状、黒と白の戦士たちが空中高く打ち上げられている光景は、馬鹿げた夢のようなものだ。黒忌隊、白祈隊と呼ばれるレマニフラの精兵たちが、重力を無視するように吹き飛ばされている。唖然とするしかない。

「武装召喚師でしょうか」

「どうかな……」

「ザルワーンに所属する武装召喚師は、ミリュウ=リバイエンによれば後一人、魔龍窟総帥オリアン=リバイエンだけだそうですが、それかもしれません」

「武装召喚師は本隊付近で戦闘をしていたようですが、それが流れてきた可能性もありますな」

 バレットとゼフィルが口々にいう言葉を聞きながら、彼は立ち上がった。敵は、本陣に近づいてきている。防衛部隊の中を驀進している。ガンディアの騎士やレマニフラの戦士を天高く打ち上げながら、こちらに殺到してきている。凄まじい速度だ。何枚もの壁が突破されているのがわかる。

 レオンガンドは、ナージュを一瞥した。レマニフラの姫君は、落ち着いた顔でこちらを見上げている。三人の侍女ともども、ひどく穏やかな表情だ。肝が据わっている。

「ナージュ姫、どうやら本陣にいると危険なようです」

「まあ、それは困りました。本陣では陛下と勝報を待つだけだとうかがっていましたのに」

「それは失礼なことをしました。わたしも、ザルワーンがまさかここまでやるとは思いもよらなかった」

 レオンガンドはナージュの落ち着きように多少驚きながらも、その声音の柔らかさが彼の波立ちかけた心も平静を取り戻していくことに気づいた。戦況は決していいものではない。全体を通してみれば、こちらの勝ちは疑いようもないものだ。敵軍を圧倒し、勝利も間近といったところだろう。しかし、敵の特攻部隊が本陣に接近しすぎている。本陣の防衛網が今にも破られようとしている。その特攻部隊に武装召喚師が混じっていれば、それこそレオンガンドの命は終わるかもしれない。

 もちろん、対抗策がないわけではない。

(武装召喚師には武装召喚師を、か)

 レオンガンドは、再び戦場に視線を向けた。戦場は、目と鼻の先といっていい距離にある。

 本陣防衛のための部隊は、幾重もの肉壁を形成し、敵特攻部隊の侵攻を防ごうとしていたようだが、敵の猛攻の凄まじさに何枚もの壁が突破されていた。何十人もの人間が空中に打ち上げられる様は、壮観というよりほかない。

 そんなときだった。

 レオンガンドは、妙な声を聞いた。

『裏切ったのか!』

『どうしてこんなことに』

『ミレルバス様……』

 いくつもの声が、低く、深く響く。怨念と憎悪に満ちた声。まるで呪詛のような言葉の群れがレオンガンドの周囲を取り巻いたかと思うと、まばゆい光が彼の視界を駆け抜けていった。光だ。無数の光芒がうねり、さまよいながら戦場へと向かっていく。

「なんだ? なにが起きている?」

「これはいったい……」

「光?」

 本陣にいる誰もが、その光の出現に戸惑い、混乱していた。


「ゼノルートよ、我が息子よ。どうか、わたしの最期を見届けてくれ」

 ミレルバスは虚空に向かってつぶやくと、すべてを振り切るように駈け出した。

 戦況は、なにも変わってはいない。いや、むしろミレルバスにとって有利なものになっている。呪詛を伴う光が乱舞しはじめたことで、敵兵がそれらに気を取られているのだ。もちろん、全員が全員ではない。前方、最後の壁を構築するガンディア兵は、ミレルバスを通すまいと必死だ。防衛網の最後の壁。まさに最終防衛線といっていい。それが破られれば、ガンディア軍は敗北するといってもいい。本陣への直通路が開かれるのだ。本陣への特攻など許す訳にはいかない。ガンディアの兵士たちが死に物狂いとなるのも必然だった。

 そして、死に物狂いなのは、ミレルバスも同じだ。

 ミレルバスと重武装の兵士たちの間を光の帯が貫いていく。ただの幻視、ただの幻覚、ただの幻想。ミレルバスはそう判断した。聞こえる声は幻聴であり、怨嗟も呪詛も、意味を持たない譫言のようなものだ。そんなものにいちいち構ってはいられない。ミレルバスの勝利は目前。本陣に特攻し、レオンガンドの御首を頂戴する。

(それでいい。それだけで、いい)

 それは、勝利ですらないのかもしれない。

 勝利など、目的とすらしていないのかもしれない。

 なんのために戦い、なんのために戦野を駆けるのか。

 なんのために命を燃やし、なんのために死んでいくのか。

(なんのために)

『ミレルは、夢を持っていますか?』

 過去から聞こえてきた声に、彼は目を細めた。

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