表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
411/3726

第四百十話 幻影舞踏

 彼女は、太刀を構えている。腰を落とし、両手で握った太刀の切っ先が目線に来るような構え。戦い難そうな構えに思えるのだが、それが彼女の戦い方なのだろう。

「あなたは強い。けど、あなたにばかり構っている暇はない」

「そりゃあこっちのセリフだ」

 ウォルドも拳を構えた。左右の手の甲から腕を覆う一対の篭手が、彼の武器だ。ブラックファントム。周囲の生物の認識能力に作用する特異な力を秘めた召喚武装であり、ウォルドがもっとも気に入っている召喚武装だった。威力だけを求めるのならば、ほかの召喚武装を呼び出せばいい。しかし、破壊力を追求するだけが武装召喚術ではないというのが彼の持論だった。複雑で精緻な術式を平然と扱うことにこそ魅力を感じるのが彼だった。ブラックファントムを使うのは、召喚のための術式が、彼の趣味に合うからでもある。

 もちろん、能力も高い。彼の召喚武装の中でも強い方ではある。攻撃力、防御力ともに申し分なく、認識の不能化は、敵の攻撃対象から外れることができ、防御面でも大いに役立つ能力だ。乱戦でも、一対一でも、その能力は存分に発揮される。

(が、奴には通用しない)

 ブラックファントムによる認識の不能化が破られるのは、初めてのことではない。だから彼は驚きこそすれ、引きずるようなことはなかった。最初に破ったのは、彼の武装召喚術の師であり、つぎがクオン=カミヤだった。師は空気の動きからウォルドの位置を察知したといい、おそらく、セーラもそれだろう。

 クオンは違う。

 彼にはウォルドの姿が見えていたという。きっと、クオンは特別なのだ、と彼は思うことにした。クオンに問いただしたところで答えは出ない。見えたものは見えたのだからしかたがない、としか彼にも言いようがなかっただろう。

(あれを使うしかないか)

 呼吸を整えながら、相手の出方を窺う。後の先を取る、などというつもりはないが、こちらから仕掛けるには、間合いが開きすぎている。攻撃範囲は、当然、ウォルドの腕よりもセーラの太刀のほうが広い。そして、女は、自分にとって有利な間合いを維持し続けている。どのような戦況になっても、それだけは忘れないのが彼女だった。

 戦闘は、長時間に及んでいる。周囲の状況は大きく変化し、ガンディア軍の優勢が確定しているといっても過言ではない情勢だった。

 グラハム率いる《白き盾》も乱戦の中でそこそこの戦果を上げたらしい。《白き盾》は団員に死傷者を出すまいと固まっていたのだが、どうやら、何人かが戦死したことでグラハムが吹っ切れたようだった。彼はみずから先頭に立って敵陣に突撃し、団員たちを鼓舞した。

 団員は団員で、幹部であるグラハムを失う訳にはいかないと、彼の援護に動いたのだ。それらが上手く噛み合い、ウォルドの周囲から敵軍の雑兵は一掃された。

 もちろん、マナも働いている。特に彼女は重要だった。超人兵を排除する上で、もっとも重要なのが武装召喚師の働きだ。超人染みた力を発揮できる武装召喚師でなければ、超人化した連中と渡り合うことは難しい。

 超人兵の数はそう多くはなかったのだろう。マナは、周囲の超人兵を討ち倒すと、グラハムや《白き盾》の団員たちの援護に回った。まるでウォルドが黙殺されているかのような状況だが、実際その通りなのだから仕方がない。

 グラハムたち通常人はともかく、マナがこの戦いに手出ししてこないのは、ウォルドの気性を知っているせいに違いない。獲物を取られるだけならばまだしも、強敵との戦いを邪魔されるのは、彼には許しがたいことなのだ。無論、そんなことで怒ったりはしないが、根に持つ可能性は捨てきれない。

(厄介な性だよ、まったく)

 勝てるかどうかも怪しい相手と一対一で戦うというのは、これ以上になく燃えるものだ。命が、燃える。命が燃えて、焼き尽くされていく感覚が、彼にはたまらないのだ。そういう相手と戦う時だけ、自分の中の眠れる闘争本能が呼び起こされる。本質的には、戦闘狂といってもいいのかもしれない。

 セーラの太刀から放たれる気迫に全身が泡立っている。緊張がある。一瞬の気の緩みが命取りとなり、判断の誤りが致命的なものとなる。雑魚との戦いでは得ることのできない感覚。武装召喚師以外の敵を相手にして、このような感覚を覚えることができるのは、極めて稀だった。

 戦闘経過は対等、とは言い切れない。

 押されている、といってもいい。

 ウォルドの打撃がセーラに届いたことはほとんどなく、むしろセーラの斬撃がウォルドを捉えることのほうが多かった。もちろん、致命傷は避けている。が、完全には避けきれず、肩や脇腹が薄く切られていた。痛みはあるが、耐えられないものではない。

 息を吐く。 態勢は整った。

「来いよ、英雄なんだろ? 俺ひとりに手こずるような英雄でいいのなら、話は別だがな」

「いわれずとも」

 女が苦笑した。安い挑発だった。しかし、膠着状態は崩れた。

 セーラが、太刀の切っ先を下げた。足腰のバネを全開にして、突っ込んでくる。凄まじい突進。ウォルドは右に跳んでいる。突進はかわせた。と思いきや、斬撃が走る。横薙ぎの一閃。ウォルドは左腕で受け止めようとしたが、腕が篭手ごと切り飛ばされた。腕が宙に舞う中で、女は転進し、愕然とするウォルドに殺到する。太刀の切っ先をウォルドの腹に突き入れると、そのまま切り上げる。ものの見事に切り裂かれる自分の体を見遣りながら、ウォルドは、セーラのがら空きの背中に拳を突き刺した。鎧を砕き、肉を貫く感触に、彼は眉根を寄せる。決して気持ちのいいものではない。

「な……」

「なに、俺が上手だったっていうだけのことさ」

 女の体から腕を抜き出すと、血や体液が飛び散り、彼女の体が地に崩れ落ち、ウォルドは自分の幻影と対面した。極めて精巧に作られた幻影は、腕や腹を斬られてなお血飛沫ひとつ上げておらず、ただそれだけで奇妙な存在だった。

 幻影は、ウォルドを認識すると、笑みを作って、消滅した。

「趣味が悪いぜ」

 ブラックファントムに向けてつぶやいたものの、赤く染まった篭手はなんら反応を示さなかった。

 ウォルドは眼下に視線を向けると、即座にその場に屈みこんだ。戦場。本来ならば敵ひとりに構っている場合ではないが、情勢を見る限り、それくらいの余裕はある。ウォルドひとり戦列を離れたところで、ガンディア軍の有利は覆らない。

「わ、わた、しが負けた……のか」

 セーラは、信じられないとでもいいたげな顔をしていた。血の気がない上、痛みに表情が歪んでいる。背中から腹を貫かれたのだ。激痛、などという言葉すら生ぬるい痛みが彼女を襲っていることだろう。超人だからといって、致命傷を克服できるとも思えない。

 彼女が不死者ならば話は別だが、その可能性は低い。少なくとも、超人兵が蘇った例は、ウォルドの耳には飛び込んできてはいない。もしそんなことがあれば全軍に通達されているはずだ。

「そうだよ。あんたの負けだ。セーラ・ベルファーラ=ガラム」

「はっ……はっは……なんということ。なんという……こと」

 女は血を吐きながら、笑っていた。死の間際、凄絶な笑みを浮かべることのできる心境がどういうものなのかは、ウォルドにはわからない。英雄を名乗った人物の末路にしては、あまりに呆気無く、あまりに惨めだ。であるにもかかわらず、セーラは笑っている。血反吐を吐きながら、笑みを絶やすまいとしている。

「あんたは強かったさ」

 ウォルドは、素直に賞賛したつもりだった。セーラほどの苦戦を強いられた相手は、最近では記憶になかった。記憶の奥底で鮮明に輝いているのは、ウォルドを血の海に沈めようとした師の鬼のような形相だが、強敵といえば、それくらいのものだ。

 クオンは強い。しかし、それはウォルドの考える強さとは別軸の強さだ。もちろん、攻守揃って初めて強いといえるのだし、クオンは防御に全能力を割り振ったような強さがあるのは認めるところではある。だが、ウォルドがクオンと拳を交えるのは、シールドオブメサイアの守護下においてのみであり、クオンと本気でぶつかり合ったことはなかった。ゆえに、彼を強いとは認識できていないのだ。無論、クオンが自分の主であるということは不変のものだが。

「能力を見切ったという過信が敗北に繋がっただけさ」

 彼は、冷ややかに告げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ