表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
408/3726

第四百七話 剣鬼対魔竜(二)

「行け。行って敵を倒せ」

「……おう!」

 応じて、ルクスは飛び出した。傷だらけの全身に力が漲る。爆発的な速度で敵に接近すると、さすがの敵武装召喚師も目を見開いていた。驚いている。だが、敵の射程距離は長大。こちらの攻撃可能範囲まで一瞬で移動することができなければ、迎撃されるのだ。

「さすがは“剣鬼”」

 敵武装召喚師が右腕を振り上げる。腕の軌道上に風の刃が発生し、ルクスを迎え撃つ。地面を抉りながら迫り来る風刃は、しかし、ルクスの肉体を両断することはなかった。彼は風刃に触れる直前、左に飛んでいる。だが、油断はできない。ルクスの足は敵の射程範囲に入ったのだ。

「褒められても、馬鹿にされてるとしか思えないね」

「馬鹿になどしてはいないよ」

「どうだか!」

 敵は振り上げた腕をそのままに大気を操る。大気が加速度的に渦巻き、旋回する暴風となって男の周囲を覆った。ルクスは瞬時に後退した。暴風圏には砂塵が舞い上がり、視界が不明瞭になるが、それもすぐさま収まる。暴風が止んだ。砂の雨が降る。そのまっただ中で、武装召喚師はこちらを見ている。

 暴風の勢力圏外ぎりぎりのところに立って、ルクスは、剣先を地に下ろした。まともに突っ込んでは、吹き飛ばされるだけだ。そんなことを繰り返していては、身が持たない。もちろん、無限に続くとは思えない。敵武装召喚師の精神力が尽きれば、ルクスにも付け入る隙が生まれる。しかしだ。敵武装召喚師の精神力が尽きるまで攻撃を受け続けるというのは、無理な話だ。いくら化け物じみた体力が売りの傭兵団であっても、保たないだろう。

「強えなあ、武装召喚師ってのは」

「強いとかいう話ではないと思いますが」

「卑怯くさいってことか」

「それを言い出せば、うちの突撃隊長も同じなんですがね」

「ルクスはおめえ、強いからいいだろ」

「そうですけどね」

 シグルドとジンが、いつの間にかルクスのすぐ後ろにまで来ていた。敵がルクスに意識を集中している隙に接近してきたのだろう。おそらく、ほかの団員たちも集まってきているはずだ。

 それらが一斉に攻撃を仕掛けたところで、さっきと同じように吹き飛ばされるのが落ちだ。そういう戦いを何度も繰り返してきた結果、シグルドもジンも団員たちも、そしてルクスの肉体にも、痛みが蓄積している。つぎ吹き飛ばされれば、立ち上がれなくなるかもしれない。そうなれば、待っているのは死だ。目の前の敵が、戦闘不能になったからといってこちらを見逃してくれるとは思えない。そのときには殺されるだろう。だから、無闇に突っ込む訳にはいかない。

「矢も通じず、突撃も意味を成さない。じゃあ、どうする?」

「どうもこうもありませんよ。あの召喚武装とは二度目ですが、一度目は、こちらには《白き盾》がいたんです。だから勝てた」

(その通りだ)

 ルクスは、ジンの言葉を心のなかで肯定した。広範囲に対し絶大な威力を誇る召喚武装は、やはり脅威なのだ。いくら“剣鬼”と呼ばれ、凄腕の剣士として名を馳せていても、そういう攻撃への対抗手段を持たないルクスは、武装召喚師とは違う。武装召喚師は凶悪で、召喚武装は最悪の兵器だと認識せざるを得ない。

 敵武装召喚師の鎧にせよ、ドラゴンに大打撃を与えたマナ=エリクシアのスターダストにせよ、ファリア・ベルファリアのオーロラストームにせよ、強力極まりない兵器だった。

 それに比べて、グレイブストーンはどうだ。彼は手の内の剣を見た。青く透き通った刀身がただひたすらに美しい長剣は、確かに切れ味は抜群で、普通の剣ではない。敵兵を鎧ごと、いともたやすく切り裂いてしまうのだから、それだけで十分価値のある武器だ。しかし、兵器と呼べるような召喚武装と比べると、武器と呼ばざるを得ない。凶悪ながらも慎ましい、武器。通常の戦場ならば、それで十分以上に活躍できるのだが、相手が武装召喚師になれば話は別だ。特に、接近戦に持ち込めないような敵が相手だと、途端に通常武器と成り果てる。

(仕方がないさ)

 力を使えば、状況は変わりうるだろう。グレイブストーンのただひとつの能力。だが、ルクスは躊躇った。それを使えば、終わりだ。なにもかも、失われてしまう。ルクスの人生、記憶、命――なにもかもが露と消える。死ぬのはいい。戦場で死ねるのだから、本望だ。だが、まだ早い。もっと戦えるはずだ。力が尽き果てるまで、戦って、戦って、戦い抜いて、それでもまだ倒せないというのなら、使えばいい。

 彼は後方を一瞥した。シグルドが戦鎚を地面に突き立て、腕を組んでいた。その隣で、ジンが数少ない団員たちに指示を飛ばしている。さらに後方から、ガンディアの兵士たちがぞろぞろと集まってきていた。弱兵と侮られることもある彼らが、この絶望的な戦いに参加しようというのか。彼らでは、肉壁にさえならない。まとめて吹き飛ばされて終わりだ。

(まだ、戦える)

 柄を握りしめる。力は十分にある。体中、痛みは消えることなく疼いているが、黙殺する。そうやって、ここまで戦い抜いてきている。この程度の痛み、ロンギ川の戦後よりは遥かにましだった。そして、あの戦いのことを思い出す。戦場全域を覆う暴風が、地形さえも変貌させた。地を刳り、土砂を舞い上げ、川水を天に昇らせた。ジナーヴィ=ワイバーンと名乗った男に比べると、目の前の男の攻撃範囲のなんと狭いことか。十分の一どころか、百分の一くらいなのではないか。

 それは、召喚武装の傷が癒えていないからだろう。召喚武装が不完全な状態で発揮できる力というのは、完全な状態に比べて遥かに小さい。つまり、武装召喚師を相手に少しでも有利を得たいのならば、召喚武装を攻撃すればいいという話かもしれない。もっとも、召喚武装を攻撃できるのならば、術者を狙う方がいい。

 ルクスは、男を睨んだ。白金の鎧を纏う男は、こちらの動向に注意を払いながらも、ずっと遠くを見ているようだった。戦況を確認しているのかもしれない。

 戦場。錯綜する数多の意思を感じる。ガンディア軍が押しているのは間違いない。ザルワーンの残存戦力はのこりわずかといっていいだろう。もはや彼らに勝ち目はない。いや、最初から勝ち目のない戦いを挑んできたのだ。無意味な戦い。無駄な出血。それでも、戦わざるを得なかった。

 戦わず、降伏するという選択もあったはずだ。レオンガンドとて鬼ではない。降伏すれば受け入れたに違いなく、そうなれば、平和的な終戦を迎えることができたかもしれない。しかし、ザルワーンは最後まで抵抗した。

 この絶望的な戦力差での決戦に踏み切り、結果、敗北を迎えようとしている。

 そんな状況にあって、ひとり優位な立ち位置から揺るぎようもないのが、目の前の武装召喚師だ。彼だけが、ザルワーン軍の中で異彩を放っている。どこもかしこも負けているのに、彼だけが勝っている。勝ち続けている。逆を言えば、

「負けてるの、俺たちだけっすよ」

 ルクスは、シグルドたちに聞こえるようにぼやくと、剣先を武装召喚師に向けた。敵の意識がこちらに向く。表情は笑っているが、目は笑っていない。彼の周囲の大気が動いている。右手に集まっている。

「なんだって!?」

「まあ、そうでしょうね」

「くそっ、なんてこった……! これじゃあ、役立たずでお払い箱になるじゃねえか」

「いやいや、そう短絡的な結果にはならないと思いますが」

 後方で口々に喚くふたりを尻目に、ルクスは剣を右手だけで構えた。左手で、腰に帯びた短剣を抜く。敵の右手に集まった空気が圧縮され、凝固していく様を見つめながら、隙を窺う。そんなものがあるはずもないのだが。

「わたしだけが勝っている。が、なんの感慨もない。わたしが勝っても意味が無いからだ。勝つのは、わたしではなく、ミレルバスでなければならない」

 敵武装召喚師がつぶやいた言葉が意味するところを理解しながらも、彼は黙殺した。相手は、ただの囮だ。陽動にすぎない。そんなことはわかりきっている。ザルワーン軍の本命は、とっくに過ぎ去ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ