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第四百六話 剣鬼対魔竜

 接近するたびに吹き飛ばされ、吹き飛ばされるたびに接近し、また打ち上げられる。斬撃を叩き込めた試しがない。直撃といえば、相手の隙をついたシグルドの一撃だけだ。シグルドの戦鎚が男の片腕を破壊したものの、男は、ものともしていない。出血も、どういうわけか止まっている。出血による体力の低下は望み薄だ。

 ルクスの周囲には、同じように空中高く打ち上げられ、地に叩きつけられた連中が地に蹲っている。多くの場合、一度吹き飛ばされただけで戦闘続行不能になると見ていい。かなりの高度から地に叩きつけられるのだ。即座に起き上がることのできるルクスが異常なだけで、彼の部下やガンディアの兵士たちの反応のほうが正常だ。シグルドとジンが、ルクスに負けじと立ち上がるのには閉口せざるを得ないが。

(負けず嫌いにも程がある)

 ルクスは苦笑したが、笑っていられるような状況ではないということも理解していた。状況は、決して良いものではない。こちらの戦力は大半が戦闘不能に陥っている。立っているのは、ルクスと団長、副長の三人と、屈強な傭兵が数名、それに射程範囲外に控えていた弓兵たちであり、彼らを戦力として期待するのは間違っている。弓射は、届かない。風の障壁に遮られ、飛ばされるだけだ。

(届かないのは弓だけじゃないけど)

 ルクスは、冷ややかに自嘲すると、剣を握り直して半身に構えた。この距離で武器を構えたところで意味はない。斬撃の届く距離ではないのだ。近づかなければならないし、接近するならば、いまここで構える飛鳥はない。もっとも、こちらの攻撃は届かなくとも、相手の攻撃は余裕で届くというのが厄介であり、風弾はグレイブストーンで斬り裂くことができた。両断することさえできれば、風の塊も無力化できる。

 相手は、こちらを見ている。片腕を失い、それでも優位な立場を維持し続ける武装召喚師の表情は、皮肉に満ちている。この戦いを愉しんでいる、という風には見えない。かといって、命令だから仕方なく戦っているわけでもなさそうだ。

「けっ……さっきまでのは手を抜いていた、というわけかい」

 シグルドが立ち上がりながら、憎々しげに言葉を吐く。彼はルクスの左前方にいる。《蒼き風》の傭兵やガンディア兵とともに仲良く吹き飛ばされたのだが、その中で、彼だけがなんとか起き上がっている。無論、無傷などではない。鎧はぼろぼろに砕け散り、全身に裂傷が走っている。血まみれといってもいい状態だが、体力的な問題はなさそうだ。

 その右手に、ジンの姿がある。シグルドを見るジンの顔から、彼の象徴ともいえる眼鏡が消失していた。地に叩きつけられた際に落下したのか、突風に吹き飛ばれたのか、破壊されたのか。メガネの有無で、これほどまで人相が変わるものなのかと、ルクスはひとり感心した。

「油断していた、ということでしょう。まさか、馬鹿みたいに突進してくるとは思ってもいなかったはず」

「馬鹿みたいってなんだよ」

 不服を垂れるシグルドに対し、ルクスは追い打ちを掛けるようにジンに同意した。

「たしかに、馬鹿みたいだったかなあ」

「おまえまで……!」

 シグルドがいまにも飛びかかってきそうな勢いでこちらを振り向いてきたので、ルクスは素知らぬ顔をした。胸中では笑っている。

(なんだ、みんな元気じゃん)

 もちろん、だれもかれも負傷している。満身創痍といっても過言ではない状態だ。そんな状態ではまともに戦うことなどできはしない。が、戦わなくてはならない。傭兵なのだ。契約を交わしている。

 敵と戦い、敵を屠り、敵を滅ぼす――それが傭兵の役割だ。目前の敵がどれだけ凶悪であろうとも、尻尾を巻いて逃げることはできない。無論、撤退命令が出れば話は別だ。

 しかし、現状、そのような命令は出ていない。

 ガンディア軍としても、敵武装召喚師の動きは抑えておきたいのが実情だろう。通常戦力では抑えることなどできない。武装召喚師には武装召喚師をぶつけるべきだが、四人いるはずの武装召喚師たちがここに派遣されていないということは、戦場にそれだけ強敵がいたということだ。

 超人兵の処理もまた、武装召喚師に任せるのが妥当なのだ。

 そうなれば、召喚武装を手にしたルクスの出番となる。ルクスのみならず、《蒼き風》の屈強な傭兵たちが防壁となれば、本隊に被害を及ぼすこともない。そして、肉壁になるということは、敵の攻撃をもろに食らうということだ。当然、死者もでる。

 ルクスは、周囲に死体が転がっていることを確認すると、小さく息を吐いた。あの武装召喚師を素早く殺すことができていれば、彼らが無駄に死ぬことはなかった。ほかのことで死んだとしても、召喚武装という不条理な兵器を相手にして、無造作に殺されるということはなかったに違いない。そんなことで感傷に浸れるほど軟な精神構造はしていないのだが、考えざるをえないのも事実だ。

 前進し、シグルドたちの横に並ぶ。そのころには、ほかの生存者のうち、辛くも無事なものたちが立ち上がっている。その多くは、《蒼き風》の傭兵であり、ガンディア兵とは鍛え方が違うということがよくわかる。

「何人、死んだかな」

「二十人以上は死んだようです。ガンディア兵を加えれば、百人ほど」

 ジンは目を伏せていて、まるで死者の冥福を祈っているようにも見えたが、そうではあるまい。仲間の死など、織り込み済みのことだ。だれもが、戦死する可能性を持っている。ルクスも、ジンも、シグルドだって、いつかは戦場で果てるに違いない。傭兵として戦場を転々とし続ける限り、安穏たる人生を望むことはできないし、そんなものは望んでもいない。所詮、戦うことしかできないような連中の集まりなのだ、《蒼き風》とは。

「カール、エルク、マーカス……てめえの部下は皆死んだぞ、突撃隊長!」

「そっか……」

 ルクスは、シグルドの剣幕に多少の驚きを覚えた。が、シグルドが怒気を発するのも無理は無いとも思った。カール=アースマン、エルク=エル、マーカス=アンディートは、シグルドがこの戦いが始まる直前、ルクス直属の部下としてつけてくれた連中だった。名ばかりの突撃隊長に少しでも箔をつけようという親心なのか、ルクスを指揮官として育成しようとしたのかはわからない。おそらくは後者であり、前者も多分に含まれているのだろうが。

「しかも無駄死にだ。てめえの部下なら、てめえの役に立てやがれ」

 シグルドの言い分に、ルクスは返す言葉がなかった。部下がどこにいたかさえ把握していなかったのだ。彼らを戦闘に役立てるという考えさえなかった。そういう考えが少しでもあれば、彼らの死を、この戦いを有利にするために利用することもできたのだろうが。

(死んだ……か)

 どいつもこいつも気のいい男だった。それは《蒼き風》の団員全員にいえることだ。シグルド=フォリアーを慕って集まった連中が多い。シグルドのような野放図で、明るく、馬鹿馬鹿しい人物に感化されるというような連中が、悪人であるはずがなかった。かといって、善人とは言いがたいのが難しいところではある。だれもかれも一癖も二癖もあるのが、《蒼き風》の団員だ。そして、団長も副長も、自分も、なにかが狂っている。どこかが壊れている。

(でなきゃ、傭兵なんてやっていられないか)

 ルクスは別段、傭兵にこだわりがあるわけではない。シグルドについていくだけのことだ。たとえば、シグルドが突然、ガンディア軍に所属すると言い出したとしても、即座に受け入れるだろう。シグルドがルクスを不要としない限り、どのようにも生きていける。

「団長のいう通りですが、ルクスにとっては部下なんて不要だったということでは?」

「わかってるさ。全部俺の失態だ。ルクスにはこれまで通り自由にさせるべきだった」

「だ、そうです」

 ジンが、こちらを横目で見てきた。その目にはいくらかの慈しみが込められている気がしたが、気のせいかもしれない。眼鏡をしていないから、そう思えたのだということにして、ルクスはシグルドに視線を向けた。シグルドは、敵を見据えているだけだが。

「団長……俺」

「……おまえはおまえだ。ルクス=ヴェイン。おまえにはおまえにしかできないことがある。おまえには部下なんてただの枷だったということだな」

 枷は、外れてしまった。獣があまりにも激しく暴れすぎたから、壊れてしまった。無駄死に。心に刺さる言葉だ。死ぬのは、いい。ここは戦場だ。だれもが死を覚悟している。命のやり取りをしているのだ。だれだって死ぬ可能性を持っている。

 しかし、死が無駄になるのは、いただけない。せめて、仲間のためになる死を。だれかの勝利に貢献するような死を。

 カールたちを無駄死にさせたのは、ほかならぬルクス自身だ。ルクスがいつも通りに戦ってしまったがために、いつの間にか死んでいた。彼らの死を利用することもできなかった。彼らは死ぬ瞬間、なにを思ったのだろう。

 ルクスを呪っただろうか。

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