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第四百三話 怪人対超人

 太刀を真正面に掲げる女と、両拳を胸の前に掲げる大男。

 ふたりの間には強烈な殺気が漂っていた。

 マナは部外者であり、手を出すことは許されない。

 ここでウォルドのことを思って加勢すれば、彼に恨みを買うことになるだろう。

 ウォルドはそういう男だ。武装召喚術の研究に余念がない一方、戦闘においては常に真摯であり、邪魔をされることを極端に嫌う。手柄を横取りされることを嫌うのではない。好敵手と見た相手を奪われることをなにより嫌うのだ。彼もまた、戦士なのだろう。戦場にこそ生きる意味を見出すような人間なのだ。

 マナとは違う種類の生き物だと思わざるを得ない。だが、彼の意思は尊重しなければならないということはわかっている。彼に恨みを買ったまま、《白き盾》としての活動に戻るのは、この上なく厄介だ。無論、彼が窮地に陥れば、どんなに恨まれることがわかっていようとも躊躇なく加勢するだろう。彼は《白き盾》になくてはならない存在だ。

 なにより、クオンが悲しむ。

 マナは、ウォルドとセーラの対峙を横目に、周囲を確認した。《白き盾》の周囲には、もはや敵兵はほとんどいなかった。ガンディア軍本隊と戦っていたザルワーン軍本隊は、壊滅に近い惨状を見せている。陣形は完膚なきまでに崩壊しており、散り散りになった兵士たちが懸命に戦っているという状況であり、残存戦力はわずかといってもよかった。

(いつの間に……?)

 マナが驚いたのは、一時、ガンディア側が押されていたという印象があったからだし、常に戦況を確認していたわけではないからだ。彼女には、《白き盾》周辺に潜んでいた超人兵を探し出して倒すという役割があった。超人兵とはいっても、セーラほどの強敵に巡り合うことはなく、マナは無傷で戦い抜いている。が、油断はできまい。まだどこかに潜んでいる可能性はある。

 ふと見ると、ガンディア軍の最前列に大将軍アルガザードの姿があり、副将ジル=バラムともども敵陣に乗り込み、兵士たちを鼓舞して回っていた様子が窺えた。

(なるほど)

 マナは納得するとともに、危険な賭けに出るものだと思わないではなかった。少なくとも、大将軍の突出は、敵軍に超人兵がいることがわかってからの行動であるはずだ。超人兵は、常人には対応のしにくい相手だ。召喚武装の補正を得た武装召喚師なればこそ対処も難しくはないのだが、歴戦の猛者とはいえ、とっくに老境に入っているアスガザードには反応しきれるとは思えなかった。もちろん、大将軍配下の兵士たちが死に物狂いで守ってはいるのだろうが、超人兵の軌道は常人のそれとは違うのだ。

 もっとも、いま現在、無事な姿を見せているということは、要らぬ心配だったに違いない。

 そして、大将軍が前線にでてきたために、ガンディアの兵士たちも躍起になって戦わざるを得なくなった。士気は否応なく高まっただろう。大将軍が見ているのだ。醜態を晒せば悪印象を与えるが、活躍を見せれば、戦後の論功行賞も期待できるというものだ。なにより、大将軍アルガザードは、ガンディア兵には人望がある。長らくガンディアの守護者として君臨してきたのが、アルガザード・バロル=バルガザールであり、彼とともにガンディアの国土を守り抜いてきた兵士たちにしてみれば、大将軍が近くにいるというだけでこれほど心強いものはないのだろう。

 結果、マナが気づかぬうちにザルワーン軍を圧倒し、勝利を目前にしていた。残る敵数は二百から三百といったとこで、それもガンディア軍の包囲陣形によって逃げ場を失っている。殲滅も時間の問題だろう。

(イリスは……?)

 マナは、敵陣へと飛び込んでいったまま消息のしれないイリスのことが気がかりだった。彼女が超人兵に遅れを取るとは思えないが、セーラのような敵がまだ存在する可能性もある。イリスは武装召喚師ではない。武装召喚師ではないが、超人兵にも負けない超人的な膂力を有している。二刀流がその証左だ。片手で太刀を扱うことを余儀なくされたセーラとは異なり、イリスは、みずから好んで二刀を用いた。二刀を用いた彼女の連続攻撃は、圧巻というしかないのだが。

 ここからでは、イリスを探し出すこともままならない。かといって、ここから動くわけにもいかない。団員たちのこともある。

 せめて、ウォルドとセーラの戦いが決着するまでは、彼女は動くこともできなかった。

 そんなときだ。

(あれは……?)

 マナが驚いたのは、まばゆい光が、戦場を駆け抜けていったからだ。光は、南方から飛んできている。

 マナは、召喚武装による攻撃かなにかではないかと身構えたものの、どうやら違うようだった。光に攻撃的な要素は見当たらない。マナは無論のこと、周囲の団員たちにも、敵兵にも、光による異常は見受けられなかった。

 光は、ただ光であり、戦場を白く染め上げていくだけだった。


 

 視界の片隅から流れてきた光が呪詛の言葉を紡いだのを、イリスは聞き逃さなかった。しかし、怨念の籠もった言葉だということはわかったものの、声は明瞭ではなく、なにをいっているのかまではわからなかった。首を傾げる。

「なんだ?」

 イリスは、戦場の中心近くで突っ立ち、空中を飛び交う光の群れを見ていた。周囲のザルワーン兵も、異様な光景に驚き、隙だらけのイリスに攻撃してくる気配もない。もっとも、攻撃したくても攻撃できないのかもしれないが。

 彼女の足元には、不死者の成れの果てが転がっている。つまり、首を切断された死体だ。死んだ人間が蘇るなどおぞましいことこの上ないというのが常人の判断だが、イリスは、恐怖を覚えるようなことはなかった。死体が動き出したときは驚いたものだが、死者がそのまま動き出したところで、なにができるはずもない。緩慢な動作では、イリスの動きをとめることなど不可能といっていい。イリスにしてみれば、雑魚が増えるだけのことだ。問題はなかった。

 二刀流。

 形状の異なる剣を両手に一本ずつ握り、自在に振り回すのが、イリスの戦い方だ。刀身に文字が刻まれた直剣と、波形の刀身が特徴的な剣。どちらも特別軽いわけではない。むしろ、一般的なショート・ソードに比べれば重いほうだ。そんな代物を片手で扱い、あまつさえ人体を両断してしまうほどの斬撃を放つ――彼女にしてみれば、わけもないことだったが、常識的に考えればありえない話だ。

 敵兵がイリスの攻撃を恐れ、距離を取るのも理解できるというものだったが、これでは彼女としては面白くもない。もっとも、現状を把握するための時間を得ることができたのは、臆病な敵兵たちのおかげではあったが。

(なにが起きているんだ?)

 大勢のガンディア軍と少数のザルワーン軍が入り乱れる戦場の上空を、いくつもの光の玉が行き交っていた。光の玉とはいうものの、尾を引いて空中をさまよっており、ときには光の帯のようにも見えたし、一箇所に留まったときは人体のようにも見えた。光の発生源は不明だが、南から、無数の光がまるで濁流のように押し寄せてきている。

(召喚武装か?)

 それにしては、おかしい。奇妙だ。

 ウォルドやマナによれば、召喚武装は基本的に攻撃的な性質を持つものが多いという。武装召喚師に求められる役割を考えれば、当然の話だ。武装召喚師は、兵器として運用される。圧倒的な攻撃力を誇る人間の姿をした兵器として活躍することを求められる。相手が人間であれ、皇魔であれ、倒すことを目的とするならば、防御よりも攻撃を望まれるのは仕方のないことだ。防御型の召喚武装を好んで用いる武装召喚師は稀であり、そういう意味でも、クオンは希少価値のある存在なのだというのが、ウォルドたちの結論だったが。

 戦場に乱舞する光は、なにものかによる攻撃には見えなかった。イリスも、周囲のザルワーン兵も、光の被害にあってはいないのだ。遠方のガンディア兵にも、だ。

『信じていたのに』

『どうして……どうして!』

『死にたくない……』

 いくつもの声が聞こえた。今度は、少しばかり明確で、なにをいっているのかがわかった。光の多くは、恨み言を紡いでいるようだが。

「だから、なんだ?」

 イリスは、半眼になった。戦いに水をさされた気分だった。戦場のだれもが、突如起きた異変に気を取られている。光の乱舞は、確かに目を引くような現象だ。光の群れが紡ぐ怨嗟の声も、地の底より響くようで気味が悪い。しかし、ここは戦場なのだ。命のやり取りをする場所なのだ。そんなところで、無害な光に気を取られている場合ではない。

 前へ、飛ぶ。前方の敵集団に一足飛びに接近する。敵集団。もはや数百人足らずの敵軍において、兵を固めるということは、その奥に指揮官がいるということではないか。彼女は思考と同時に行動している。

「ひっ!?」

 イリスが、兵士の目に畏れが過ったのを認識したのは、両手の剣を振り抜いた後のことだ。右手の剣は肩口から切り下ろし、左手の剣は首を切り飛ばしている。頭部が宙に舞い、首から体液が飛び散る最中、敵が猛然と突っ込んでくるのが見えた。後退するも、すぐに追いつかれる。敵は、死体を盾に突っ込んできたのだ。イリスは逆らわず、右に流れるように移動した。敵は死体を蹴り飛ばすと、瞬時にこちらに向き直っている。

 手には戦斧。

 銀光が、閃いた。

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