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第四百二話 幻想虚構

 一歩踏み込むと、前面の敵兵が半歩後退した。ミレルバスの太刀筋を目の当たりにした兵士たちの顔は強張り、青ざめている。それぞれに手にした武器の切っ先が震えているのは、ミレルバスと戦った場合、自分たちがどうなるかを知っているからだ。騎士のように死ぬか、深傷を負う未来が見えている。

 ミレルバスは、つまらないものだと思わないではなかった。圧倒的な力を得るということは、こういう弊害が生まれるということなのだ。絶望的な力の差を確信すれば、戦いらしい戦いも起きなくなる。

 彼は、対峙にも飽いて、光の経路を進もうとした。その前に、もう一度、前方を見遣る。戦場の遥か彼方、征竜野の南へと視線を注ぐ。

 ついさっきまで見えていた光の柱は消えてなくなっており、ドラゴンの巨躯も消え失せていた。守護龍の消失。真なる五方防護陣の消滅。それが意味するところを理解して、彼は地を蹴った。一刻の猶予もない。黒き矛がこの戦場に現れれば、全てがご破算になる。

(黒き矛……黒き矛か)

 ザルワーンが最優先で倒すべき敵は、黒き矛だったのだろう。ナグラシアの城門を破り、バハンダールを制圧し、武装召喚師どもを撃破した、黒き矛の武装召喚師。

 セツナ・ゼノン=カミヤ。

 彼を倒すことができていれば、このような状況には追い込まれなかったのではないか。

(詮無きことよな)

 可能性を考えたところで、意味のないことだ。時を巻き戻すことはできない。現実は変わらない。どれだけ可能性を考えても、ザルワーンは滅びに瀕したままであり、ミレルバスの死の運命を覆すことなどできないのだ。

 死は、急速に彼に迫りつつある。足音が聞こえている。そういう意味でも、時間はない。

 彼は、もはや光の経路などにこだわっている場合ではないと思った。そう思うと、力が湧いた。敵陣の真っ只中。周囲のガンディア兵は、臆面もなく突っ込んできた敵の存在に驚愕しているのか、動きが鈍い。

 前方に見える兵の防壁は後二枚。それを突破できれば、本陣まで彼を阻む壁はなくなる。その先にあるのは平地。突っ走るだけで、辿り着ける。

 迷うことはなかった。

 ミレルバスは前進した。こちらの動きに対応するように、敵兵たちが盾を前面に掲げながら突っ込んでくる。が、対応では、ミレルバスを止めることはできない。彼は盾兵の目前で腰を落とすと、気合とともに太刀を振り抜いた。

 鍛え上げられた剛刀の一閃が大盾を断ち切り、その影に隠れていた敵兵の肉体も真っ二つに切り裂く。肉体の断面から噴き出す鮮血の向こう側で、兵士の目が驚愕に見開かれるのが見える。気にせず突き進みながら、さらに二度、三度と太刀を振るった。斬撃が走るたび、悲鳴が聞こえた。太刀を振るうだけで、敵の命が散った。普通ならばありえないことだ。だが、この戦場では、度々起きている現実でもある。

 無意識に筋肉がうなり、肉体が躍動する。気がつけば敵兵は死体となり、自身は窮地を脱している。これが強者の肉体なのだろう。猛者の戦闘なのだろう。一握りの英雄だけが許される境地なのだろう。凡人程度の戦闘能力しか持ち得なかったミレルバスには、知り得るはずもなかった世界だ。こんな世界に身を置いていたのであろうオリアンとは、見える世界が違っていたのも当然といえる。

(半身……か)

 彼は、笑いたくなった。元より目に映る世界が違う人間同士だ。追う夢も、目指す未来も違っていた。半身などと言い合っていても、本当のところは理解しあえていなかったのではないか。凡人風情の視界と、武装召喚師の視界は大きく異なるのだから。

 しかし、いまのミレルバスならば、少しはオリアンの気持ちもわかるかもしれない。ガンディアの雑兵にしろ騎士にしろ、だれもかれも、愚鈍に見えてならなかった。動きは緩慢で、反応も鈍い。ミレルバスが攻勢をかけるだけで防壁は崩れ、陣形も無残に崩壊した。英雄豪傑の戦いとは、かくも圧倒的なものなのだろうか。黒き矛の戦いとは、こんなものでは済まないという話ではあったが、いまならばそれも信じられる気がした。

「な、なんだ?」

「どうなっている……?」

「いったいなにが……!」

 ガンディアの兵士たちが口々に喚く声が、雑音のように耳朶に響く。目の前の兵士たちこそ、ミレルバスに集中していたが、周囲で起きているなにかしらの異変に気が気でないといった風でもあった。ミレルバスも、その異変を感じ取ってはいる。だが、彼の進軍は止まらない。雑兵の死体を踏み越え、最後の防壁へ殺到する。肉壁一枚。もはや、彼を止めるものはいない。ミレルバスひとりならば、もっと重厚な防御陣形を築けたのだろうが、ジェイド=ヴィザール以下、百人近くの兵が同時に突っ込んでいる。そちらにも対応しなければならない以上、ミレルバスだけに構っている余裕はなかったのだ。結果、ミレルバスは本陣に辿り着くことができる。

 勝利は目前。

 そんなとき、光が、視界を彩った。

『父上、どうか、御武運を』

 顔を上げる。

 戦場を漂う光の中に、息子の姿を見出して、ミレルバスは息を止めた。ゼノルート=ライバーン。将来を嘱望された彼の息子は、天将としてファブルネイア砦を守っていた。そして、守護龍召喚の贄となった。

 彼は死に、守護龍の一部となったのだ。

 つまり、いまミレルバスの目の前に出現したゼノルートは本人などではない。断じて違うものだ。ただの幻影。幻視。幻覚に過ぎない。

(そう、割り切れるものではないか)

 ミレルバスは、幻想的な光の中で微笑む我が子の姿に、己の罪深さを想った。



「強えな、あんた」

「セーラ・ベルファーラ=ガラム! それがわたしの名だ!」

「へっ、覚えておくさ」

「ふっ……」

 ウォルドの言葉に、セーラという女は妙に満足気な表情を浮かべていた。

 マナは、ふたりの戦闘が長時間に渡って続いていることに驚きを禁じ得ない。普通、武装召喚師と常人の戦闘は一瞬で決着するものだ。召喚武装は凶悪であり、常人には耐えられないし、避けることも難しい。武装召喚師自身が兵器といっても通用するほどに鍛え上げられた肉体を誇る。でなければ召喚武装を制御することも難しいからだが。軍人よりも厳しい訓練を乗り越えたものだけが、武装召喚術を駆使することができるといっても過言ではない。

 ウォルドもそのひとりだ。彼の場合、筋骨隆々の肉体を見れば一目瞭然ではあるのだが、並大抵の軍人では到底太刀打ち出来ないほどの膂力を誇るのが、彼だ。そこに召喚武装ブラックファントムの補正がかかる。召喚武装による五感の強化、身体機能の増幅は、武装召喚師が兵器と呼ばれる所以でもある。そして、召喚武装固有の能力を用いることが可能である。能力は様々だが、少なくとも通常兵器では真似のできないものばかりだ。そんなものを平然と使う化け物が武装召喚師であり、常人が相手にならないのも当然の話だった。

 それにも関わらず、セーラ・ベルファーラ=ガラムはよく持ちこたえている。一時はウォルドを圧するほどの戦闘力を見せつけたものの、ウォルドを倒しきることはできなかった。

 ウォルドは、満身創痍とでもいうべき状況に追い詰められているが、彼の表情に悲壮感はない。負ける気配はなかったし、彼もそんなつもりはないだろう。もちろん、ただ追い詰められただけではない。彼の拳は何度となくセーラに届いている。

 ブラックファントムによる強烈な打撃は、セーラの左腕を粉砕していた。セーラは、片手で太刀を振るわなければならなかった。当然、斬撃は鈍る。それでもウォルドが彼女を倒せないのは、彼女の超人的機動が、ウォルドの攻撃を見事に回避してしまうからだ。しかし、だ。このまま戦闘が長引いても、相手が不利になるだけなのは明らかだ。打ち砕かれた左腕から、血が流れ続けている。長くは持つまい。

 ふたりの対峙は、最後のときを迎えているのだ。


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