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第三百九十四話 ザルワーンの守護龍

(人間どもも、存外やる)

 守護龍が目を細めたのは、征竜野に於けるザルワーン軍の戦況を把握したからだ。

 龍府南部の平地に展開するふたつの軍勢の様子は、手に取るように理解できた。守護龍の視野は極めて広い。守護龍の目は、五方防護陣から龍府の城壁内を見通すほどであり、ヴリディアからならばゼオルが、ファブルネイアからはスルークの様子を窺うことなど造作もない。征竜野の戦況を把握するなど、できて当然のことだった。

 無論、ガンディア軍が彼を黙殺し、征竜野に到達したことも認識している。守護龍としての彼は、痛恨の想いで、龍府南部に展開したガンディア軍の陣容を見たものだ。龍府への侵攻を食い止められなかったのだ。龍府を守れずして、なにがザルワーンの守護龍なのか。自分の存在意義へも直結する問題に、彼は懊悩した。

 彼は、ガンディア軍の策に敗れたのだ。

 ガンディア軍は、五方防護陣を突破するというただそれだけのために、黒き矛と白き盾のふたりを彼にぶつけてきた。最高戦力というべきふたりの武装召喚師を龍府での決戦に用いるのではなく、防衛網を突破するために使用したというのは、守護龍の実力を正当に評価した結果だろうが、ガンディアとしても際どい賭けだったに違いない。

 無敵の盾と最強の矛を用いることで、守護龍の意識をヴリディアに留めておくというのが、ガンディアの思惑であり、彼はまんまとその思惑に乗せられてしまった。いや、思惑通りに動かざるを得なかったのだ。

 彼は、シールドオブメサイアの守護を突破できなかった。絶対的な防壁を貫くほどの破壊力を得ることができなかったのだ。カオスブリンガーとシールドオブメサイアの能力を再現しても、だ。天変地異を起こすほどの力を以ってしても、白き盾の守護領域を破壊することは愚か、痛撃を加える事さえできなかった。

 そして、黒き矛や白き盾に意識を囚われた彼は、ガンディアの陣列が眼下を悠然と通過していく様を見逃すよりほかなかったのだ。ガンディア軍の進路となる街道を破壊し、龍府への到着を少しでも先延ばしにするという方法もあった。しかし、守護龍の繰り出した攻撃が樹海を破壊し、街道に亀裂を走らせることができたのは、クオンが守護領域を構築するまでのことだった。クオンがシールドオブメサイアの力を最大限に駆使したとき、守護龍はただの道化と成り果てたのだ。

 どれだけ強大で凶悪な力を持とうとも、無力化されてしまえば無用の長物でしかない。

(わたしが護るべきものよりも余程、道化よな)

 守護龍は、自嘲気味に笑った。力は得た。それこそ圧倒的な、人知を超越した力だ。これだけの力があれば、彼は龍府の守護龍として、ザルワーンの守護神として君臨し続けることができたはずだった。だが、現実には、たったふたりの武装召喚師に翻弄され、敵本隊の首都接近を許してしまった。これを道化といわずして、なんと呼ぶのか。

 彼は歯噛みして、眼下を見下ろしている。敵はふたりだけだ。たったふたり。そのふたりがとてつもなく強い。わかりきっていたことだ。絶大な破壊力を秘めた黒き矛に、絶対無敵の白き盾。ふたつの召喚武装とその使い手たち。簡単に倒せる相手ではないということは、最初から理解していたはずだ。

 だからこそ、彼は全身全霊で戦っていた。すべての守護龍の力をヴリディアに結集し、シールドオブメサイアの能力をも再現した。結果、彼は無敵の存在となったのだが、しかし、無敵の盾を突破するだけの力を得ることはできなかった。

 ヴリディアを通過したガンディア軍は、翌朝には征竜野南部に到達し、龍府に対する陣を整え始めた。兵数はおよそ七千強。龍府の残存戦力を大きく上回る兵数であり、まともに戦えば、ザルワーン側に勝ち目はなかった。

 そのための守護龍だったのだ。

 戦力差を覆し、ガンディア軍を国外へと撤退させるために、オリアン=リバイエンが切った鬼札。それが守護龍であり、彼であった。

 不死者と成り果てた彼を守護龍の召喚者にしたのも、守護龍を少しでも長くこの世に存続させるためであり、ガンディア軍の戦力を少しでも多く削るためであろう。現実には、守護龍が殺せたのは五百人程度に過ぎず、ガンディア軍が龍府への侵攻を諦めるには、あまりに少ない数だといえた。

 ファブルネイアではグレイ=バルゼルグの三千人を殺した後、ガンディア軍の偵察部隊を壊滅させたものの、ヴリディアでは、シールドオブメサイアの能力を思い知らされた。

 ビューネルではセツナを殺し損ねた上、雑兵ひとり殺せなかった。追撃する機会はあった。ビューネル砦跡から逃げ出す兵士たちの背後から襲いかかることはできたのだ。守護龍の射程範囲は極めて広い。

 実際、彼は守護龍を用い、兵士たちに攻撃しようとしたのだ。

 しかし、彼は攻撃を取りやめるしかなかった。彼女がいたからだ。

 赤い髪の女神が、こちらを見ていたのだ。

(女神よ)

 ガンディア軍に囚われの身となった彼女を巻き込むようなことは彼にはできなかった。彼女がヴリディアを通過する際も、彼はなにもできなかった。声をかけることも、手を出すことも、取り戻すことも、なにひとつ。

 彼女がなにを望み、なんのためにガンディア軍と行動をともにしているのか、彼には理解できない。彼女はザルワーンを見限ったのか。ザルワーンを裏切り、ザルワーンの敵となったのか。ザルワーンの守護龍たる彼の倒すべき敵となったのか。

 彼は混乱した。混乱の中で、なんども女神の名を叫ぼうとした。しかし、いまとはなっては彼女の名を思い出すことはできない。覚えているのは、彼女の笑顔であり、彼女の優しさであり、彼女に光を見たという記憶だけだ。

 それだけでいい。

 それだけで、戦うに値する。戦う意味となりうる。守護龍として、力を振るう価値がある。

 彼女がなぜガンディアとともに行動しているのかなど、どうでもいいことだと結論付ける。大事なのは、彼女を取り戻すということだ。取り戻しさえすれば、彼女も正気に戻るはずだ。正気になった女神とともにザルワーンを未来永劫護り続けるのだ。

(そう、それだ。それが俺の目的。それが俺の夢。それが俺の理想。それだけが、俺のすべて)

 そのためにも、彼は眼下の敵を倒さなければならない。ふたりを倒し、龍府の守護に向かうのだ。

 守護龍は、五方防護陣の五砦の地に縛り付けられた存在だ。

 でなければ、制御を失ったときが恐ろしい。ザルワーンのみならず、小国家群、大陸全土に災厄を撒き散らす可能性があった。だから、オリアンは術式に大地との契約を混ぜた。大地に縛ることで、行動を抑制し、制御を失ったとしても最悪の事態を招かないようにしたのだ。

 その結果、彼はセツナたちを黙殺し、龍府の救援に向かうことができなかったのだ。自由に移動ができるのならば、攻撃の通用しない敵など無視して、ガンディア軍を急襲しただろう。シールドオブメサイアの守護がなければ、ガンディア軍などひと吹きで蹴散らしたのだが。

 彼は、眼下の敵を見つめる。ふたりの少年。まだ二十年も生きてはいまい。どことなく幼さを残した容貌は成人しきっていないことの証明だろう。であるにもかかわらず、このふたりの少年は、守護龍に比肩する力を有している。ひとりが黒き矛カオスブリンガーを持ち、ひとりが白き盾シールドオブメサイアを持つ。どちらも凶悪な召喚武装であり、ただの少年を規格外の超人へと変容させるだけの力を秘めていた。矛は攻撃に、盾は防御に特化した性能を持ち、どちらもその方向では飛び抜けた力があった。黒き矛は守護龍の腕を斬り裂くほどの攻撃力を誇り、白き盾は守護龍の攻撃を寄せ付けない防御力を誇った。矛と盾。最強の矛と無敵の盾。女神を取り戻すための最初にして最後の強敵。

 両者の力の強大さを彼が理解しているのは、守護龍本来の能力によって、矛と盾の能力を解析し、再現したからだ。召喚武装の再現。それは幻竜卿げんりゅうきょうの能力である。

 彼は、守護龍の召喚術式に幻竜卿の術式が組み込まれていることを知ったとき、驚いたものだ。幻竜卿といえば、彼の女神が愛用した召喚武装だった。その能力は、使用者の幻像を生み出し、幻像に触れた召喚武装を再現するというものだった。

 守護龍も、同じ能力を有していたのだ。ただし、幻像を生み出す必要はない。召喚武装の能力を目視する、あるいは召喚武装と接触するだけで、守護龍はその能力を解析し、再現してみせた。黒き矛も白き盾も、守護龍はたやすく再現したのだ。

 それにより、守護龍の能力は飛躍的に増大した。ただでさえ凶悪だった破壊力は、天地を揺るがすほどのものとなり、強固な外殻の上に見えざる防壁が重ねられ、防御も万全となった。これならば黒き矛と白き盾を相手にしても存分に戦えるはずだった。

 だが、実際のところ、半端なものとなってしまっていた。満ち満ちた力を防御と攻撃に割り振った結果、彼の攻撃はクオンの盾を打ち破ることもできないでいた。とはいえ、こちらの防御が疎かになったかというとそうではなく、セツナの攻撃が守護龍の防壁を貫くことはなく、そういう意味では痛み分けとでもいうべき膠着状態に陥っていた。

 しかし、時間が過ぎれば過ぎるほど、状況は彼にとって有利なものになっていくのは疑いようもない。

 クオン=カミヤがシールドオブメサイアの守護領域を展開したのは昨日のことだ。昨日の真っ昼間から、今朝方に至るまでの長時間、あの少年は超広範囲に渡って守護領域を構築し、守護龍の眼下を通過するガンディア軍を守り抜いてみせた。

 並外れた精神力と気概の持ち主だということに驚嘆を禁じ得なかったし、賞賛も惜しまなかった。倒すべき敵ではあったが、その我が身を惜しまぬ戦い振りには守護龍としても感じるものがあったのだ。それと同時に、クオンが行ったのは大いなる賭けだということにも気づいている。

 召喚武装の能力を行使するということは、精神力を削るということだ。召喚武装の力を使うための代価といっていい。なにごとにも代償は必要なのだ。異世界の存在である召喚武装を召喚するのにも、維持するのにも、能力を駆使するのにも、精神力を要した。召喚武装という強力な兵器をなんの代償もなく行使できる、などといううまい話があろうはずもなかった。

 そして、人間の精神力というのは、無尽蔵ではない。いずれ尽き、果てるのが目に見えている。無敵の盾を維持できなくなれば、セツナもクオンも彼の敵ではないのだ。

 一方、セツナたちは、守護龍と対等の戦況を維持するためにはシールドオブメサイアに頼らざるをえなかった。守護龍の一撃は周囲の地形さえも激変させるものであり、盾の守護がなければ、到底避けきれるものではない。盾がなければ、彼らに勝ち目などないのだ。

 つまり、クオンの精神的消耗が、守護龍の勝利を約束する。

(そのときこそ、おまえの負けなのだ。セツナ=カミヤ!)

 彼は、咆哮し、セツナ目掛けて拳を叩きつけた。


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