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第三百九十一話 龍府を巡る攻防(二十一)

「我が隊にはあと何人、残っている?」

 ミレルバス=ライバーンは、愛馬を疾駆させながら、右の者に尋ねた。進軍中、状況を精確に把握できるものなのかはわからないが、聞いておく必要があった。

「二百人程かと」

 そういってミレルバスの問いに答えたのは、龍眼軍の部隊長だ。ジェイド=ヴィザール。第一部隊、通称“天輪”の隊長である彼は、神将セロス=オードみずからが選定した特攻部隊の一員であり、彼はそのことを猛烈に感動しているようだった。

『ミレルバス様の勝利のためならば、我が命、惜しくもありません』

 彼はそういって、ミレルバスと同じ秘薬を服用した。オリアン謹製の英雄薬を彼がなぜ持っていたのかは知らないが、おそらく、オリアンが持たせたのだろう。オリアンはオリアンなりにミレルバスの手助けをしてくれているということだ。

 ジェイド以外にも何人もの部隊長や兵士たちが服薬するのを目撃している。彼らは英雄薬の副作用を知っているのだろうか。知らないのだろう。でなければ、彼らのように意気揚々と服用できないはずだ。オリアンに騙すつもりはなかったとしても、真実を伝えるつもりもなかったに違いない。オリアンが彼らをただの駒と考えていても不思議ではなかった。オリアンにしてみれば、龍眼軍の部隊長も兵士も取るに足らぬ存在なのだ。

 だからといって、ミレルバスはオリアンを責めることはできなかった。彼らに真実を伝えなかった時点で同罪なのだ。

 ミレルバスは彼らに真実を秘匿したまま、出陣の時を迎えた。最期の時まで隠し続けることになるだろう。彼らの期待を裏切ることになるのだとしても後悔はなかった。

 戦力が必要だ。

 埋めようのない兵力差を覆すには、手段に拘ってなどいられなかった。そもそも、ミレルバスの手は血に汚れ、人の道はとっくに踏み外している。懊悩するべきは手を汚す前のことであり、メリスオールを滅ぼす前のことであり、魔龍窟の存続を認める前である。

(いまさらだ。なにもかも)

 覚悟は済ませている。

 彼らの命を利用することになんの躊躇いもなかった。

 二千の兵が死のうとも、構いはしない。いまさら、なにを躊躇する必要があるのか。既に闘争の鐘は鳴っている。鳴ってしまったのだ。龍府の門は開き、龍眼軍は征竜野に放たれた。龍の名を冠する軍勢が、獅子の旗を掲げる軍勢に向かって動き出したのだ。

 もはや、止められはしないのだ。

「十分だな」

 ミレルバスはジェイドの報告を聞いても、たった二百とは思わなかった。軍事に疎いからではない。ミレルバス隊の目的が目的だからだ。

 ザルワーン軍の本隊は敵本隊との死闘の真っ只中だ。善戦してはいるが、このままでは数に押し切られるのは、どう考えても間違いない。こちらを包囲するために動いていたガンディア軍の両翼の部隊に対応した部隊は、一時は敵部隊の猛攻を凌いでいたものの、いまや半壊状態であり、壊滅も時間の問題という報告が入っていた。

 ザルワーン軍が龍府から繰り出した兵力は、総勢二千百人。龍眼軍の二千人にミレルバスの供回り百人を追加したものであり、龍眼軍の戦力が、戦力のほとんどすべてといってよかった。ミレルバスが軍の指揮を神将セロス=オードに任せたのは、彼がその龍眼軍の統率者だからというわけではないが。

 ミレルバス自身、戦闘経験がないわけではない。マーシアスが国主の時代から、何度となく戦争に駆り出されている。前線で戦ったことも、部隊の指揮官として采配を振るったこともある。それらの経験が、彼自身に軍事的才能の欠如を自認させるに至り、セロスに軍の全指揮権を与えることになったのだ。

 セロスが出陣前に決めた段取り通り、部隊は三つに分けられた。ガンディア軍の本隊と思しき正面の部隊とぶつかる、前列部隊。後方に在って、様々な事態に対処する後列部隊。そして、敵軍を突破し、敵本陣を急襲する中列部隊。

 このうち、本隊と呼べるのは、セロスが直接指揮を執る前列部隊だろう。ミレルバス率いる中列部隊は、本陣への特攻隊であり、本隊とは色合いの異なるものだ。そして、後列部隊は遊撃の役割を持っている。

 敵が包囲の姿勢を見せたとき、真っ先に動いたのが後列部隊だった。たった四百人の遊撃部隊は、それでも敵軍両翼の部隊を見事押し留め、包囲陣の完成を阻止した。もちろん、独自に意思を持って動いたわけではなく、セロスが命じたことで迅速に動いたのだ。

 その遊撃部隊の中に英雄薬を服用した部隊長や兵士がいただろうことは、想像に硬くない。でなければ、たった二百で数倍する騎兵部隊を抑えることなどできるわけがない。

 敵軍の両翼を担ったのは、ガンディアの弱兵ではないのだ。特に包囲の後方を担ったのはミオンの騎兵隊とルシオンの白聖騎士隊であり、どちらの軍も勇猛で鳴り響いていた。普通、包囲を防ぐには同等以上の兵力を要したはずだったが、後列部隊は、少人数でそれを成し遂げた。

 おかげで、ミレルバス率いる中列部隊は、敵本隊の側面に出ることができた。側面への進軍中も、側面に出てからも敵の苛烈な攻撃に曝されることになり、戦力は奪われ続けたものの、壊滅には至らなかっただけで十分だった。

 この部隊の目的は、敵本陣への特攻である。

 たとえミレルバスひとりになったとしても、敵本陣に到達し、レオンガンド・レイ=ガンディアを討つことさえできれば、ザルワーンの勝ちだ。

 もちろん、敵本隊の側面に出ただけでは、目的を達することはできない。敵本隊は横列に広がっていたとはいえ、側面に出れば攻撃を集中させてくるのは目に見えていたし、本陣への急襲の意図が明らかなミレルバスたちの進撃を阻止しようと戦力をぶつけてくるのは当然だ。事実、中列部隊に敵本隊の攻撃が集中し、何人もの兵士が倒れた。無論、こちらも黙っていたわけではない。攻撃もしたが、大事なのは本陣への到達であり、敵本隊の戦力を減らすことではなかった。

 そんなとき、オリアン=リバイエンの救援があった。

 開戦以来どこでなにをしていたのか不明だった男の登場は、中列部隊の置かれた状況を大きく変えた。武装召喚師オリアン=リバイエンの本領発揮とでもいうべきか。突風が敵兵を吹き飛ばし、暴風が敵陣を黙らせた。

 武装召喚師の出現というガンディア軍にとっての緊急事態は、戦力の一部をオリアンに集めることになる。

 暴風を巻き起こすような武装召喚師を放置すれば、ガンディア軍の本隊に多大な損害をもたらすことはだれの目にも明らかなのだ。ミレルバスたちの本陣急襲も防ぎたいが、オリアンを黙殺することもできない。自然、ガンディア軍は戦力を分散せざるを得ない。

 そうなれば、ミレルバス部隊への攻撃が弱くなるのも、当然の成り行きだ。元よりミレルバスの部隊の兵数は少なく、ガンディア軍が過小評価していてもおかしくはなかった。兵数の少ないミレルバスたちよりも、凶悪な武装召喚師を撃破することに注力するのは、決しておかしい話ではなかった。

 無論、すべての戦力がオリアンに向かったわけではない。

 ミレルバスたちは、ガンディア軍の部隊に横腹を衝かれ、かなりの戦力を失っている。特攻部隊は当初、四百人の精鋭からなる部隊だった。敵陣に接近するまでに五十人を失い、敵本隊側面で五十人以上を失い、そして、横腹に突撃を食らって百人を失った。それでも、半数近く生き残ったまま、敵本隊の側面を通過することに成功したのだ。

 ふと、彼はジェイドに問うた。

「追撃はどうか」

「いまにも追いつかれそうです」

 ジェイドが苦い顔をしたことで、ミレルバスは部隊の置かれている状況を察した。

 敵本隊の側面こそ通過できたものの、敵部隊の猛追を受けているということだ。


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