第三百八十八話 龍府を巡る攻防(十八)
「確かに、あなたのおかげで随分と助かっておりますけれど」
マナは、両手の中の召喚武装に視線を落とすと、すぐさま右手の武器を前方に投擲した。青白い円環状の物体がマナの右手を離れる。戦輪と呼ばれる種類の武器と形状を同じにする召喚武装であり、彼女がつけた名はムーンシェイド。ムーンシェイドは二個一対の召喚武装で、近接戦闘のみならず、中距離戦闘も行える強力な武器だった。
マナが投げ放ったムーンシェイドは、円周部から光を発すると、敵兵の大盾を真っ二つに斬り裂き、そのまま敵兵の体も両断した。敵を一体倒したことで、ムーンシェイドは使用者の元へと舞い戻ってくる。手に戻るころには発光現象は収まっており、マナの手が傷つくことはなかった。
殺傷能力としてはスターダストのほうが遥かに高い。全力を込めればドラゴンの外殻だって破壊できることは証明済みだ。しかし、スターダストがそれだけの火力を発揮するということは、大爆発を起こすということと同義であり、味方を巻き込む可能性が極めて高かった。
シールドオブメサイアの守護下ならば、味方への損害など考慮する必要はないのだが、クオンが不在のいま、彼女は火力を封印しなければならなかったのだ。スターダストは高火力故に扱いの難しい武器なのだ。
「だろ?」
気が付くと、彼の巨躯が目の前にあった。敵兵の体を軽々と持ち上げている。その敵兵に反応がないところを見ると、死んでいるのだろう。消えたままどこかで敵を殺して、ここまで戻ってきたということに違いない。
「敵陣にはイリスが突っ込んでいったんだ。俺達はここで超人とやらの相手をしていればいいのさ」
「まあ、それがわかっているのでしたら、特にいうこともありませんが」
武装召喚師はザルワーン軍の超人掃討に尽力すべし――大将軍からの要請であり、マナは、《白き盾》の団体行動がその要請を無視するものになっていないかが心配だったのだ。
《白き盾》は、開戦以来、一貫して一塊に固まっている。シールドオブメサイアの守護なき今、自分たちの身を守るのは自分たちしかいないのだ。クオンを悲しませるような結果だけは出したくなかった。
そのためにもグラハムの指示の下で行動するのが一番だと考えたのだ。グラハムはベレルの騎士であり、軍の指揮も任されるような立場の人間だった。彼に従えば、被害が出たとしても、最小限に抑えられるに違いない。少なくとも、マナやウォルドが指揮を執るよりは断然良い結果が出るはずだ。
「あ、こいつな、超人だった」
そういうと、ウォルドはおもむろに死体を投げ放ち、左に向かって拳を突き出した。直後、金属同士の激突音が聞こえ、火花が散った。ブラックファントムとぶつかり合ったのは、大刀。手にしているのは女。鋭い目が、ウォルドを睨んでいた。
マナは、感覚外から飛来した敵に愕然とした。ムーンシェイドもスターダストと同水準の召喚武装であり、彼女の五感は最大限に強化されているはずだった。それなのに、彼女の索敵範囲外から一気に飛び込んできたのだ。もし、いまの一撃がマナに向かってきていれば、殺されていたかもしれない。
ウォルドが反応できたのは、きっと、彼のほうが戦闘者として優れているからだ。ブラックファントムによる五感強化の度合いが同じであっても、強化前の能力に差があれば、強化後の能力も大いに変わってくる。
「竜に不死者に超人に……まったく、ザルワーンってのはどんな国なんだよ!」
「こんな国というしかないさ」
ウォルドの悪態に、女が冷笑を浮かべた。
「わたしたちだって、死んだ人間が生き返るなんて驚きだけどね」
「なにも聞かされていないのかよ。哀れなもんだ。いや、哀れな国か」
「そうだね。哀れな国だよ。半年前までは大国を気取っていたのに、いまじゃ滅亡寸前まで追い込まれてる。笑い話だよ、まったく。けどね、そんな国でも、生まれ育った国なんだ。見放す訳にはいかないのさ」
女が太刀を引いた。と思うと、刀を翻してウォルドに二の太刀を叩き込む。ウォルドは右腕の篭手で斬撃を受け止めると、女に足払いを仕掛けたものの、彼の丸太のように太い足は空振っただけだ。女は咄嗟に飛び退くことで、彼の蹴撃をかわしている。
間合いが生まれたことで、ふたりの間に緊迫感が満ちた。無論、周囲の兵士たちも、《白き盾》の団員たちも、ただ見守っているわけではない。ふたりの戦いの迫力に飲まれながらも、それぞれの戦いを続けている。荒々しい叫び声や気合が飛び交い、死者の断末魔が大気を震わせる。血と汗の臭いとともに、狂ったような熱気が戦場を包み込んでいる。
女が、太刀を正面に構えると、吼えるように告げてくる。
「我が名はセーラ! ザルワーン龍眼軍第三部隊“水冠”隊長セーラ・ベルファーラ=ガラム!」
「いちいち名乗るなよ、鬱陶しい」
ウォルドは付き合わず、地を蹴る。後ろに飛んだ瞬間、ウォルドの全身が風景に溶けて消えた。女部隊長は、ウォルドの消失に驚きもせず、視線を巡らせる。瞳の動きは、逃げ回る獲物を狙う猛獣そのものだ。
「なに、手向けさ」
「自分に手向けを送るかよ」
「死ぬのは貴様らだ」
「はっ」
セーラが背後の空間に太刀を振り抜く。金属音とともにウォルドの姿が出現した。ウォルドはブラックファントムで斬撃を受け止めたものの、認識消滅能力が看破されたことに驚きを隠せない様子だった。
セーラが間合いを詰めようと踏み込んだ瞬間、マナは戦輪を投擲した。ムーンシェイドが光の刃を形成しながら敵部隊長に迫る。セーラはこちらを一瞥して、にやりとした。刹那、マナは殺気を感じて左に飛んだ。落下音が耳朶を掠める。見遣る。
兵士がふたり、マナの立っていた場所を槍で貫いていた。そこへ、《白き盾》の団員が数名、殺到した。ふたりの槍兵がまったく同時に、地面から槍を引き抜き、団員四人の頭蓋を貫き、胸を貫き、首を刎ね、胴を薙いだ。三人が即死し、一人が致命傷を負った。一瞬の出来事だった。
「そいつらも超人だ!」
「わかっていますわ!」
ウォルドに言い返しながら、マナはグラハムに目配せした。超人兵を常人である団員たちに任せる訳にはいかなかった。グラハムはこちらの意図を即座に理解したのだろう。大声で命令を発し、団員たちの行動を制御した。
(さすがはベレルの騎士様ですわね)
グラハムの指揮力に感心している場合ではなかった。
マナが一瞥すると、ウォルドとセーラの戦闘は激しさを増しているのだが、ウォルドが押されている印象が拭えなかった。マナの感知領域外から襲い掛かってくるような相手だ。ブラックファントムを手にしたウォルドと同等か、それ以上の力があっても不思議ではない。そして、それ自体は大した問題ではない。
問題は、ブラックファントムの能力が通用しないということだ。認識消失能力さえ有効ならばどれほど強い敵が相手でも敵ではないというのが、ウォルドの言であり、ある意味では事実なのだろう。見えない敵を相手に対等に戦えるものなど、そういるものではない。武装召喚師でも苦戦することは必至なのだ。
(つまり彼女は武装召喚師以上の能力を持っていると見るべきですわね)
とはいえ、超人兵すべてがセーラ・ベルファーラ=ガラムと同等の能力を持っているわけではなさそうだった。第一、ウォルドの認識消失を見破ったのは、セーラが初めてだった。
彼女以外にも何人もの超人兵と遭遇しているのだが、それらはウォルドの消失からの一撃によって死んでいる。そして、超人兵は生き返ったりはしないということもわかった。不死と超人は同居しない、ということなのだろうか。
ウォルドとセーラの戦いに加勢したいところだが、それもできなかった。マナも、超人兵に狙われている。ふたりの超人槍兵は、まずは武装召喚師を始末するべきだと判断したのだろう。まったく同じような動きで、こちらに迫ってきていた。ゆらり、ゆらり、と、まるで死人のような緩慢な動作だが、油断を誘っているに違いなかった。
超人兵の槍捌きは、一瞬にして屈強な戦士たちを惨殺するほどのものだ。