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第三百八十六話 龍府を巡る攻防(十六)

 どうも、旗色が悪い。

 ガンディアの大将軍アルガザード・バロル=バルガザールは、征竜野に展開するガンディア軍の総大将として、中央部隊後方にあった。後方から戦場全体を見渡し、采配を振るうのが彼の役割である。前線に出て敵兵を蹴散らすのは配下の兵士たちの役目であり、彼自身が雑兵を蹴散らし、武功を重ねる必要はなかった。

 とはいえ、征竜野は平地であり、見渡せる範囲にも限界がある。馬上からであっても、全軍の動きが把握できるわけではなかった。アルガザードは常人であり、武装召喚師のような超感覚を持ち合わせているわけではない。

 しかし、ガンディアの旗色が悪いのは目に見えてわかっていた。いや、決して敗色が濃厚というわけではない。数では相変わらず圧倒しているし、敗北の気配さえ見えない。ただ、圧勝するべき戦闘で手間取っていることが、問題なのだ。

 ザルワーン軍が龍府から打って出てきたとき、ガンディア側は勝利を確信していた。たった二千人ほどの軍勢など、迅速に包囲し、覆滅してしまえばいいだけのことだ。こちらの戦力は、ザルワーンの三倍以上なのだ。負ける要素など皆無であり、たとえザルワーン側になにかしらの秘策があったとしても、覆しようのない兵力差があったはずだ。

 だというのに、戦況は思わしくなかった。

 まず、早々に包囲陣が完成しなかったことが大きい。

 ザルワーン軍が龍府から現れた時、中央の約三千、右翼の約二千、左翼の約二千の部隊が一斉に動き出した。中央部隊がザルワーン軍の進軍を足止めし、その間に両翼の部隊が敵軍の側面、後方を抑えさえすれば、包囲は完成した。

 簡単なことだ。

 特に左翼にも右翼にも、猛烈な機動力を誇る騎馬部隊が整っていたのだ。包囲は完璧なものとなるはずだった。

 だが、蓋を開けてみれば、前方だけは抑えることができたものの、側面も後方も制圧することができず、包囲陣は未完成のまま状況は推移した。

 ザルワーン軍になんらかの秘策があるのではないかという予想はあったものの、たいしたものではないだろうというのが大半の観測だった。龍府からの情報から流れてこない以上、希望的観測や楽観論が軍議を支配するのは致し方のないことだ。ガンディア軍は連勝に連勝を重ねてきていたし、ザルワーンの戦力はほとんど壊滅状態に等しかった。

 ザルワーンの残存兵力は、龍眼軍の二千名程度という情報も入っていた。龍眼軍は龍府の防衛戦力とでもいうべきものであり、ガンディア軍を領土から撃退するために投入せず、温存していたことがザルワーンにとっては功を奏したというべきかもしれない。が、二千程度の兵力ならば、取るに足らぬ相手だった。

 ザルワーン軍の中で名の知れた将といえば、離反したグレイ=バルゼルグくらいのものだ。名将も、名軍師と呼ばれるものもいない。数のザルワーンという評価もあながち間違ってはいなかったのだ。その、ザルワーンの取り柄とでもいうべき数量が壊滅的に少なくなっている。

 各都市に散らばっていた戦力のほとんどがガンディア軍に撃破されるか、またはガンディア軍に投降しており、ザルワーンの残存戦力は、前述の龍眼軍と、ルベンの龍鱗軍くらいだった。そのルベンの龍鱗軍は、隣国イシカやメレドに狙われている都市を放置することはできないだろう。

 ザルワーンは近隣に敵を作りすぎたのだ。もし、ザルワーンがイシカやジベルと協調し、友好的な関係を築き上げていたならば、ガンディア軍の戦いはもっと熾烈なものになっていたに違いない。こうまで簡単に勝利を積み重ねることはできなかっただろうし、そもそも、全軍を敵地に投入するという賭けに出ることなどできなかったはずだ。

 ともかく、ザルワーンの残存戦力などたかが知れている。

 それが、軍議の気楽さに拍車をかけたのだろう。

 もちろん、楽観的ではあったものの、ガンディア軍とて出し惜しみをしたわけではなかった。ヴリディアを突破するためだけに最大戦力を投入している。残る全戦力をもってザルワーン軍を撃破し、龍府を制圧するというのは、机上の空論などではなかった。戦力的には、勝利は疑う必要はない。ザルワーン側に万に1つの勝ち目もないはずだった。

 いまも、ザルワーンに勝利の可能性はない。押されてはいないのだ。ただ、包囲陣が完成しなかったことで全軍浮き足立っているのが、遠目からでもわかった。兵士から部隊長に至るまで、精彩を欠いているように見えた。

 そこへ、死んだはずのザルワーン兵が息を吹き返し、攻撃してきた、などという妄言が飛び込んできたのだ。アルガザードたちは、その報告を耳にした時、目を丸くしたが、すぐに事実ということが判明する。

 多くの兵士たちが、死んだ敵兵が動き出すのを目撃したからだ。多数の報告が上がれば、事実と認めざるをえない。死者の蘇生現象は、ガンディア軍のみならず、ザルワーン軍の兵士たちにも動揺を与えたようだが、アルガザードたちにとっては敵軍の状況よりも、自軍兵士たちの精神状態のほうが心配だった。

 戦場を支配するのは狂気だ。

 しかし、死者が動き出すという普通ならばありえない状況に直面した時、兵士たちは混乱をきたし、発狂するのではないか。

 アルガザードたちの不安は的中する。混迷極まる戦場の中で、動き出した死者から逃げ惑う兵士が別の敵兵に殺されるということが多々あり、大将軍自身が後方から中央まで進みでなければならないという事態にまで発展していた。

 大将軍が副将ジル=バラムを連れて本隊中央まで進み出ると、周囲の兵士のみならず、前線の兵士たちも多少は落ち着きを取り戻したようだった。その様子にさすがは大将軍閣下などと彼を褒め称える声もあったが、彼は黙殺した。

 アルガザードにとって重要なのは、戦況を好転させるにはどうすればいいのかということであり、そのために総大将みずから前線に飛び込んでいくというのは、下策も下策だと思ったのだ。それでも、彼が喝を飛ばすと、精彩を欠いていた将兵の動きが一変したのは、悪いことではなかった。

「死者の首を落とせ! 頭を失えば、二度と動き出すことはない!」

 ジル=バラムが叫ぶと、前線から喚声による応答があった。前線の兵士たちの動きは、既に見違えるものになっている。副将にどやされるのを恐れてか、それとも、副将が間近で見守っているということを知り、勢いづいたからなのか。どちらにせよ、旗色の悪さは払拭できたようだ。ちなみに、彼女が口にした死者の首云々については最前線からの報告によるものだ。

 ガンディア軍中央部隊約三千のうち、死傷者は百名を超えたという報告が入っている。しかし、対する敵軍の損害はその三倍以上であり、通常ならば、勝敗が決してもおかしくはない程度の被害を与えている。

 ザルワーン軍の総力は約二千。既にその一割以上を削り取っている。死者が動き出そうと、埋めようもない兵力の差が、確実に敵の戦力を奪っていっているのだ。

 だが、油断はできない。未完成の包囲陣を突破した敵の部隊が、中央部隊の右側面を通過しはじめている。おそらく、遥か後方の本陣を目指しているのだろう。本陣を落とせば、ガンディア軍は敗北すると考えている。短絡的だが、間違いではなかった。本陣には、レオンガンド・レイ=ガンディアがいる。ガンディア軍の勝報を待っているのだ。レオンガンドが討たれるということは、アルガザードたちが負けるということにほかならなかった。戦争を起こした張本人である国王を失えば、ガンディア軍が戦う理由は失われる。戦争を続ける意味がなくなるのだ。いや、それ以上に、目の前で主君を討たれるなど、あるまじきことだ。万死に値する。

「あちらはだいじょうぶでしょうか……?」

 ジル=バラムの不安げな顔は、敵特攻部隊がまさに死兵だからということもあるだろう。本陣への特攻なのだ。死ぬ気だ。死んでも構わないという自暴自棄に似た意志の奔流が、敵部隊を突き動かしている。そんな連中を相手にするのは厄介極まりない。こちらまで死を覚悟しなければならなくなる。死んででも止めなければならなくなる。

「ガナンに任せてある」

 アルガザードは、それだけをいって前線に注意を戻した。



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