表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
384/3726

第三百八十三話 龍府を巡る攻防(十三)

 龍府の南門から征竜野へと進軍したザルワーン軍は、当初、三段構えの陣形を組んでいた。

 征竜野の平地を圧するようなガンディア軍の布陣に対抗するため、というよりは、たったひとつの勝利の可能性を実現させるためのものであり、元より数量で勝るガンディア軍に正面からぶつかり合って勝利を得るつもりはなかった。

 二千対七千。

 数字の上では勝ち目はない。籠城し、援軍を待つなど無意味であり、五方防護陣から動けない守護龍の救援など期待できるはずもない。

 打って出て、敵総大将及びガンディア王レオンガンドを討ち果たし、ガンディアがザルワーンと戦う理由を奪うよりほかはないと、ミレルバス=ライバーンは結論づけていた。

 ザルワーンに協力的な国が存在し、援軍を求めることができるのならば、龍府に籠城するという手もあったのだろう。龍府は、バハンダール以上に堅固であり、いかにガンディア軍といえども、そう簡単に落とすことはできない。近隣の国からならば救援を要請しても間に合うだけの時間は稼げたかもしれない。

 しかし、残念ながら、ザルワーンに対して協力的な国はないといってよく、むしろ近隣諸国はザルワーンのこの窮状こそ好機と断じ、軍を差し向けてくるのが関の山だろう。

 実際、ガンディアの侵攻に乗じ、ジベルがスマアダを制圧したという情報が入っていた。ジベルがザルワーンの敵に回ることは、かねてよりわかっていたことだ。それに、現状のまま推移し、ザルワーンという国が生存したとしても、スマアダを維持できるとは到底思えなかった。

 ザルワーン南部のナグラシアとゼオルをガンディアに奪われ、東部のメリス・エリス一帯をジベルに抑えられている以上、ザルワーン南東部に位置するスマアダは飛び地になる。ガンディアかジベルの手に落ちるのは時間の問題でもあったのだ。

 ともかく、籠城が無意味ならば、戦うしかない。それでも、龍府に敵を引き込んで戦えば、多少は地の利を得られたのではないかと思うのだが、いまさらだろう。

 ともかく、龍眼軍を中心とするザルワーン軍が龍府を発したのは、二十七日正午のことだった。陣は三段構え。前列、中列、後列にわかれた部隊のうち、もっとも熾烈を極めるのがガンディア軍の本隊とぶつかることになる前列部隊だろうことは、想像に硬くなかった。

 征竜野に布陣したガンディア軍は、軍を三つに分けていた。南門正面に配置された部隊がもっとも兵数が多く、ザルワーン側はこれを本隊と断定している。

 龍府から見て左手にミオンの軍旗が翻り、右手にミオンの軍旗がはためいていた。どちらも二千程度の軍勢であり、本隊と合わせて七千ほど。数量では、まったくといっていいほど勝ち目が見当たらなかった。こちらには黒き矛のような一騎当千の怪物など存在しないのだ。

 それでも、ミルディ=ハボックは、同僚ともども戦場に向かうしかなかった。死ににいくようなものだと誰もが思っている。勝ち目がないことなど、子供にだってわかる。それらを理解した上で、死地に赴かなければならない。

 国主の命令だから、ではない。

 ほかに道がないからだ。

(進退窮まれば、前に進むしかないのさ)

 ミルディ=ハボックは、ザルワーンにおいて無名の軍人だった。家柄もなく、後ろ盾もない。そんな彼が龍眼軍の部隊長に抜擢されるという幸運に巡り会えたのも、ミレルバス=ライバーンの改革によるところが大きい。

 実力主義、才能主義を標榜するミレルバスが陣頭に立ったことで、聖将セロス=オードが誕生し、龍眼軍の組織は大きく変わった。古い血は捨て去られ、新しい血で満たされた。ミルディのようななんの後ろ盾も持たない人間には、ミレルバスの改革ほど輝かしいものはなかったのだ。

 ミレルバスのおかげで夢を見ることができた。

(いい夢を見させてもらったんだ。恩返しも悪くはない)

 中列部隊の一員として部下とともに進軍しながら、彼は覚悟を決めた。決めざるを得ない。そして、決めてしまえば、気持ちも変わる。絶対に勝利を掴もうという気概が出てくる。彼が気合を発すると部下たちが驚いたのは気のせいだろう。

 ザルワーン軍が征竜野に進出して間もなく、前列部隊がガンディア軍との戦闘に入った。武装召喚師による攻撃が決戦の開幕を告げ、その爆撃で何人かが吹き飛ばされたらしい。

 ガンディア軍の本隊だけでこちら越える兵数ではあったが、兵士ひとりひとりの練度と士気では負けてはいないはずだった。実際、前列部隊の右方面はこちらが押していたらしいのだが、ミルディにはよくわからない。やがて、左右から別部隊が迫ってきた。騎馬部隊による高速機動でザルワーン軍の左右後方を抑え、包囲陣を形成しようという動きは、征竜野に展開したガンディア軍の布陣から予測されていたことでもある。

 それに当たるのは、後列部隊だ。前列部隊千に対し、後列部隊は七百人でしかなかったが、そのうち五十人がオリアンの特効薬を服薬しており、戦力として考えればまずまずのものだ。もちろん、敵騎馬部隊を抑えられるとは、ミルディも思ってはいない。後列部隊に与えられた役目は、時間稼ぎでしかなかった。死んででも包囲の構築を阻止するのが、彼らの任務だったのだ。

 後列部隊の散開に時を同じくして、ミルディたち中列部隊が動いた。ガンディア本隊の猛攻は前列部隊に集中しており、中央への攻撃は、召喚武装による雷撃や弓射くらいのものだった。もちろん、こちらも弓射で応じるのだが、戦果は芳しくはなかった。

 ミレルバス=ライバーンを中心とするたった四百人の部隊は、動き出すころには三百五十人程度に減少していたが、予定よりも少ない被害であり、中列部隊はむしろ勢いづいた。前列部隊の背後から大きく左側に迂回し、敵軍本隊の側面に出た。

「やった……!」

 だれとはなしに歓声を上げたが、ミルディは、勝利の確信を得るにはまだ早いと断じた。

 ガンディア軍本隊とザルワーン軍前列部隊が激戦を繰り広げるのを横目に見ながら、疾駆する。飛び交う戦闘音。剣戟の響き、裂帛の気合、召喚武装の発する轟音、猛烈な喚声に悲鳴。まさに戦場の真横を通過しようとしている。

 当然、敵本隊がこちらの行動に気づかないはずがない。包囲陣形成のために差し向けていた人員が、こちらの側面、背面から追い縋ってくる。矢が無数に飛来し、無防備な背中を貫かれて落馬する兵士が続出した。このままでは、敵本陣に辿り着くどころか、敵本隊の側面を突破することさえかなわないのではないか。

「状況を打開する。俺に続け……!」

 ミルディが部下たちを一瞥すると、彼らは少なからず驚いたようだが、反論はなかった。手綱を捌き、馬首を巡らせる。隊列の外側に進出し、敵部隊に突撃することで、敵の注意をミルディ隊に集めるつもりだった。しかし、事はミルディの思惑通りには運ばなかった。

 爆音が大地を揺らし、敵陣から悲鳴が上がった。血煙が立ち込めたかと思うと、中列部隊の右側面にひとりの男が立っていることに気づく。

「征け、ミレルバス=ライバーン!」

 こちらに背を向け、敵軍と対峙するオリアン=リバイエンの叫び声が、ミルディたちの胸にまで響いた。彼の前方には数十人の兵士の死体が転がっているのが見える。オリアン=リバイエン。魔龍窟の総帥にして、武装召喚師。その背には、歴戦の猛者のみが持ち得る説得力があった。

「そして、君の目的を果たせ!」

 オリアンの声がミレルバスに届いたのかどうか。

 敵兵の罵声や怒号が、オリアンの声までも包み込み、掻き消していった。が、すぐに轟音が響き、敵兵が無数に打ち上げられる。武装召喚師の凄まじさを再確認するとともに、ミルディはミレルバスを見遣った。国主は、いまや中列部隊の先頭を進んでいる。

「征くぞ。若き獅子王の息の根を止め、龍の世を取り戻すために」

 ミレルバスの決然とした言葉が中列部隊の士気を極限まで高めていくのを肌で感じながら、ミルディは、勝利の可能性を見出した気でいた。敵の正面部隊さえ突破できれば、本陣の戦力などたかが知れている。多く見積もっても五百程度。五百対三百ならば勝ち目は十分にある。いや、そもそも、本陣に辿り着けさえできればこちらの勝ちといってもいいのだ。

 レオンガンド・レイ=ガンディアの首を刎ねさえすれば、決着となる。少なくとも、この戦いを続ける道理はなくなる。

(勝つ……!)

 勝ってどうなる、などとはいうまい。

 勝った後のことは、勝った後に考えれば良い。考える時間は、勝てばいくらでも出てくるというものだ。逆をいえば、勝たなければ、考える時間さえ与えられないのだ。勝ちさえすれば、どんな問題も解決できるはずだ。

 ミルディは、自分の考え方が大きく変化してしまっていることに気づいたものの、笑いはしなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ