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第三百七十八話 龍府を巡る攻防(八)

「傭兵に負けるな! 進めええっ!」

 ガンディアの軍団長か部隊長か、雄叫びのような大声が、陣列を飛び出していたルクスの耳にまで届いた。ルクスや傭兵団の突出が気に食わなかったというわけではないだろう。手柄を《蒼き風》に独占されるわけにはいかないのだ。

 ガンディア兵は弱兵といわれる。そんな彼らにも誇りがあり、手柄を欲する気持ちもあるのだ。そして、この戦争はこの戦いが最後となるのは誰の目にも明らかだということが、彼らの野心に火をつけたのかもしれない。

(やる気が空回りしなけりゃいいけど)

 などと、他人の心配をしている場合ではないということもわかっていた。空から無数の矢が、大気を引き裂きながら降り注いでくる。敵陣後方から放たれた矢は、大きな曲線を描いている。防具をがっちりと着込んだ団員たちにとっては致命傷にもならないだろうが、軽装のルクスは別だ。彼は、鎧の重量に足を引っ張られるのを嫌って、軽く薄い鎧を身につけていた。兜は被ってすらいない。

 ルクスは、加速した。矢の雨が地面に触れるよりも早く、矢の豪雨地帯を突き抜け、敵陣の目前に到達する。頑強そうな盾と盾の隙間からこちらを窺っていた兵士の目に怯えが走った。轟音。右前方の盾が爆散したかと思うと、その周囲に雷光の帯が次々と突き刺さり、小さな爆発が起きた。背後を一瞥する。

「セツナがいないからって気張りすぎだよ」

 軍馬に跨がり、化け物じみた召喚武装を構えるファリア・ベルファリアの姿は、まるで天から舞い降りた戦乙女のようだった。



「どらあっ!」

 ウォルド=マスティアが、怒号とともに拳を振り抜いた。豪腕がうなり、目の前の盾に穴が開く。盾兵の腕が吹き飛び、兵士が絶叫した。左拳による二撃目が、兵士の叫び声を止める。死んだのだろう。一瞥すると、漆黒の篭手に覆われたウォルドの左腕が赤黒く染まっていた。彼は気にしてもいないようだが。

 ともかく、ザルワーン軍の陣形が崩れた。

 イリスは、盾兵の死体を飛び越えると、眼前に突き出された長槍を剣の一閃で切り落とした。愕然とする槍兵の懐まで潜り込む。左手の剣を脇の下の鎧の隙間から突き入れ、即座に左へ離脱。別の槍をかわすと、踊るように敵陣中央へ向かう。敵兵は数え切れないほどにいる。自軍に比べれば半数以下なのだが、それでも多い。

(全滅させる必要はない)

 元より、イリスひとりでは無理だ。ウォルドとマナ=エリクシアが全力を発揮しても、不可能だろう。武装召喚師は強い。圧倒的といってもいい。特にマナの火力はとんでもないものがある。しかし、継戦能力という面で見た場合、存外脆いのが《白き盾》の武装召喚師たちだった。

 ウォルドはブラックファントムを長時間連続使用などできないというし、マナも火力を高めようとすればするほど消耗も激しくなる。クオンだって、そうだ。短期決戦には向いているが、長期戦には不向きなのだ。

 だからこそ、イリスはクオンが心配だった。クオンはいま、ヴリディア砦跡地でドラゴンと戦っている。しかもたったふたりだけで、あの巨大で凶悪な怪物と戦っているのだ。イリスがガンディアを憎む理由が増えた。作戦を立案したのはログナー人だというが、承認したのはガンディアの王レオンガンドであるはずだ。レオンガンドがその作戦の危険性を認知していないとは思えない。

 シールドオブメサイアの能力に頼りきった作戦だった。ドラゴンの猛攻を無敵の盾で受け止めながら、セツナ=カミヤが攻撃を加える。単純で、馬鹿馬鹿しいくらい危険な策。無論、イリスもシールドオブメサイアの能力は知っている。無敵の盾のおかげで何度命拾いをしたことか。あらゆる攻撃を寄せ付けない防壁は、イリスの身も心も守ってくれた。

 それはいい。そんなことはわかりきっている。

 イリスが不安なのは、クオンの精神的負担である。

 武装召喚師は、召喚武装の能力を行使する際、精神を消耗するという。精神力という眼に見えないものを差し出すことで、引き換えに、召喚武装の強力な能力を使うことができるのだ。クオンは、ドラゴンと戦っている間、常に無敵の盾を展開しなければならない。でなければ、ドラゴンの攻撃に曝されることになるからだ。ドラゴンは巨大なだけではない。天変地異さえ思うままに起こすのがドラゴンなのだ。シールドオブメサイアの守護を失えばどうなるのかなど、火を見るより明らかだ。

(クオン……!)

 クオンを失うなど考えたくもなかった。彼女は頭を振ると、一度自軍を振り返った。盾兵を乗り越えたのは《白き盾》の中ではイリスだけのようだ。ウォルドもマナも、《白き盾》の団員たちとともに陣を構築している。その周囲をガンディアの兵士たちが埋め尽くした。

《白き盾》の団員たちに指示を飛ばしているのは、グラハムだった。甲冑を纏い、剣を掲げる姿は、かつてベレルの騎士長を務めていたということを思い出させる。指揮官としては彼ほどの適任者はほかにいなかった。

 ウォルドもマナも《白き盾》においては古参に当たる。団員たちからの人望もある。しかし、ふたりは武装召喚師なのだ。傭兵団として数々の戦場を渡り歩いてきたとはいえ、ふたりの戦い方というのは、召喚武装の力に頼った個人戦とでもいうべきものであり、部隊指揮や采配とは無縁のものだった。

 そして、それでいいのだ。少なくとも、クオンの守護下にある限り、ふたりがどのような戦い方をしてもなんの問題もなかった。

 だが、いまは違う。いま、クオンは《白き盾》を離れている。無敵の盾による守護はなく、団員たちはその身を危険に曝すことになった。

『《白き盾》は皆、一処に固まり、互いに助け合いながら戦うことにしましょう。クオン様がいない以上、負傷者が出るのは間違いないのですが、少しでも被害を抑えたい』

 野営地を出発する前、グラハムは団員を集めて、意識の統一を促していた。《白き盾》の団員の中で一番の新入りで、なおかつ加入前の印象が最悪だったグラハムも、いまでは《白き盾》の団員たちに溶け込んでいる。

 日頃、団員たちと積極的に言葉を交わしている成果が現れたのだろう。イリスには到底真似のできないことだ。無論、イリスにとって《白き盾》はもはや仲間以上のものであり、マナやウォルド以外の団員たちとも会話し、触れ合うことも多々あるのだが。グラハムのように努力してきたわけではない。

『ロンギ川の戦いで、契約分の働きはしました。さらにクオン様がヴリディアのドラゴンを抑えるということは、それだけでも金額以上のものがあるといっていいでしょう。我々は無理をせず、目の前の敵を相手にしていればいい。我々が無理をせずとも、ガンディアの勝利はまず間違いないのですから』

 グラハムの言葉にウォルドは不満顔だったが、意見を述べることはなかった。彼としても、クオン不在の状況下では、グラハムに従うのが最善だと認識しているようだった。マナも同じだ。スウィールがその場にいても、グラハムの判断に反論することはなかったのではなかろうか。イリスとしても、文句があるわけではない。

 クオンの不在を預かるのだ。

 不敗の傭兵団、無敵の軍勢――《白き盾》の異名を汚すような結果だけは残したくないと考えるのは当然だろう。

 それに、グラハムのいう通り、ガンディアが敗北する未来は想像もつかない。戦力差は絶大で、龍府を捨て、飛び出してきた愚かな軍勢に勝ち目などあろうはずがなかった。ならば、ガンディア軍に所属する他の連中に手柄を譲ってやっても問題はない。《白き盾》は、名声を欲して戦っているわけではないし、ガンディアとの契約の延長を望んでいるわけでもない。ザルワーン戦争が終われば、また流れるだけのことだ。だからこそ、団員からひとりの死者も出したくないのだ。

 イリスも、グラハムの考えは理解したし、《白き盾》から死傷者を出したくないという気持ちもよくわかった。しかしそれでも、彼女は歩みを止めなかった。地を蹴り、左に飛ぶ。眼前の槍兵を蹴散らし、背後が隙だらけの盾兵を切り倒す。

《白き盾》と対峙する敵集団を少しでも減らせば、おのずと被害も抑えられる。

 彼女は自分のやり方で、《白き盾》の団員たちを守ろうとしていた。


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