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第三百七十七話 龍府を巡る攻防(七)

「お、おい……門が開いたぞ。ザルワーンの連中、本気かよ」

 シグルド=フォリアーが、あきれたようにいったのは、ザルワーン軍が、降伏は愚か龍府に籠城することさえせずに、馬鹿正直にも打って出てきたからだ。

 龍府の南門が開くと、堰を切ったようにザルワーンの軍勢が飛び出してくるのが見えた。飛び出した勢いのままこちらに向かってきながら、陣形を整えているのがわかる。しかし、すぐに衝突するような距離ではない。

 征竜野に展開したガンディア軍は、部隊を三つに分けている。シグルドたち《蒼き風》が属するのは、龍府南門の正面に位置する中央部隊であり、中央部隊は、後方の本陣と龍府の中間辺りに陣を構えていた。

 城壁からの弓射を警戒し、できるだけ近づきながらも接近しすぎないような距離に布陣したのだ。実際、城壁上からは散発的に矢が飛んできたものの、シグルドたちの遙か手前の地面に突き刺さっただけだった。

 龍府と適度な距離を取り、布陣したはいいが、動くに動けない状況が続いていた。

 敵はたった二千。対するガンディア軍の総力は七千を越えており、真正面からぶつかり合えば圧勝間違いなしという戦力差だった。敵の首都を目前にし、全軍の士気も上がっている。この龍府を巡る決戦に勝利することができれば、一月近く続いた戦争も終わる。戦いの緊張と恐怖から解放されるのだ。兵士たちが俄然やる気になるのも無理はなかった。中には、論功行賞が楽しみなものもいるだろうし、この決戦で武功を上げようと思うものもいるだろう。

 中央部隊を包む熱気は、兵士たちひとりひとりの思いが生み出しているものなのかもしれず、そういう空気感の中に身を置くのは、ルクスも嫌いではなかった。

「籠城されるよりはいいでしょう?」

「そりゃあそうなんだがな」

 ジンが眼鏡の奥で目を光らせる横で、シグルドは鉄槌の柄の感触を確かめるように、何度も握りしめていた。ルクスはそんなふたりの様子を眺めている。ふたりの後方には武装した団員たちの悪人面が並んでいて、一見しただけではごろつきの集団としか思えないのが《蒼き風》の《蒼き風》たる所以なのだろう。

「そうまでして死にたいってんなら、楽に死なせてやるか」

 シグルドが戦鎚を掲げながらつぶやいた。獅子の尾ガンディールと名付けられたシグルド特注の戦鎚には、獅子を模した装飾が施され、柄に尾のような飾りがあった。ルクスは目を細める。

 弟子として面倒を見ている少年は、この決戦の場には来られないだろう。セツナはいま、ヴリディアのドラゴンと戦っているはずだ。既に倒したかもしれないし、ドラゴンに倒されたかもしれない。

(それはないか)

 ルクスは、セツナをそこまで軟な少年だと思ってはいない。特に、黒き矛を手にした彼は、ルクスに引けを取らない動きを見せるのだ。彼は強い。もっと強くなれる逸材だ。それに白き盾の庇護下にあるのだ。死ぬことはあるまい。

 なんにせよ、この戦争で多大な戦果を上げたにも関わらず決戦に参加できないというのは、彼としては悔しかったのではないだろうか。ふたつの都市を落とし、敵の重要戦力を制圧したのがセツナだ。この戦いに参加していれば、既に決着はついていたかもしれない。

「セツナがいれば、この時点でこちらの勝利は確定していたのかな」

「……かもな」

「その場合、あちらは門の内に籠もったのではないかと」

「籠もっても、セツナには関係ないでしょ」

 ルクスはにべもなく告げて、敵軍に視線を戻した。視界に横たわるのは征竜野の平地であり、遠く前方に龍府の城壁が聳えている。龍府とルクスたちガンディア軍の間にザルワーンの軍勢があった。動いている。こちらに向かって、進撃している。盾兵を最前列に展開してはいるものの、陣形は未完成に等しい。移動しながら陣を構築するのは難しいということだ。が、次第に形になってきている接触する頃には完成しているだろう。

「彼は、規格外だし」

 ルクスは、背に負った長剣の柄に触れた。召喚武装グレイブストーンとの接触が、五感の増幅を促す。視界が広がり、聴覚が拡張される。前方の敵の動きが手に取るようにわかる。敵兵の視線は、ただ前方を見据えているようだ。前方。つまり、ガンディア軍の中央部隊だけを見ている。ぶつかってくるつもりだ。

「師匠のおまえがいうんだ、異論はねえさ」

「へへ」

 シグルドの言い方が妙に照れくさくて、ルクスは頭を掻いた。

「つまりだ、黒き矛がドラゴンを担当してくれて良かったということだな」

「俺たちの食い扶持のタネを残してくれるなんて、なんて優しい弟子なのでしょう」

 セツナがいれば、敵軍は既に半壊していてもおかしくはない。ルクスはそう見ている。黒き矛カオスブリンガーの能力を最大限活用すれば、セツナは一瞬で敵陣深くまで翔べる。飛ばなくとも、炎を吐き出すこともできたし、矛の一閃で何人もの敵兵を死に至らしめるのが彼だ。

 彼のせいで、《蒼き風》は活躍の場を奪われたこともある。バルサー要塞奪還戦において、《蒼き風》はもっと戦功を積むことができたはずだ。しかし、セツナがたったひとりでログナー軍を壊滅させてしまったために、《蒼き風》は戦果らしい戦果をあげることもできなかったのだ。

「思ってもないことをいうんじゃねえよ。てめえは授業料だけで当分食っていけるだろうが」

「でもでも、授業料の半分は団長の懐に入っているという黒い噂がありまして」

「んなわけあるか。俺の懐じゃねえ。団の金庫だ」

「まじで?」

「大マジで」

「ひでえ」

「さて、おしゃべりはここまでにしておきましょう。こちらもそろそろ動くはず」

 ジンが言い終えるのと時を同じくして、後方で鐘が打ち鳴らされた。

「前進開始! 目の前の敵を撃滅せよ!」

 飛んできたのは、単純明快な命令だった。策もなにもあったものではない。ただ純粋に力押しで敵を攻め潰せというのだろう。中央部隊の戦力は三千ほど。ザルワーンが残存戦力をすべて放出してきたとしても二千程度だ。中央部隊だけでも、数の上ではこちらが有利。

「行くぜ、野郎ども!」

『おおおおおっ!』

 団長の掛け声に野太い咆哮が続き、周囲のガンディア兵たちが目を丸くしたようだった。ルクスはくすりと笑うと、長剣を抜いた。グレイブストーンの馴染みある重量に、ルクスの意識は研ぎ澄まされていく。

《蒼き風》が配置されていたのは、中央部隊の最前列だ。飛び出せば、盾兵よりも前方に配置されているのは、傭兵だから、ということではない。シグルドが乞い願って最前列に配置してもらっていたのだ。ロンギ川会戦以来の戦闘。ここで活躍しなければ、ガンディアとの今後の関係が危うくなるかもしれない、とシグルドは考えているらしい。だからこそ、最前線で戦いたいと大将軍に直接申し出たというのだが、シグルドも無茶をするものだ。相手はガンディア軍の全権を握る大将軍だ。気分を害せば、それこそ、《蒼き風》とガンディア軍の関係は悪化するだろう。いまでも、ルクスたちを良く思っていない連中は少なくない。そんな状況でアルガザードにまで嫌われたらどうしようもないというのに。

(後先考えないんだな)

 ルクスは、自分も同じだということに気づいて、笑った。地を蹴る。

 前方の地面には無数の盾が隙間なく並び、その盾兵の背後に槍兵の姿が見えた。そして、さらに後方に弓兵が控えているのは想像に難くない。射程距離に入れば、矢が飛んでくるだろう。それでも、彼は前に進んだ。

 約二千人の軍勢。中央部隊の中にいるときは感じなかった圧力を全身で受け止める。三千対二千と一対二千ではわけが違うのだ。無論、《蒼き風》がルクスの後を追いかけてきている。しかし、ルクスは仲間と足並みを揃えるつもりはなかった。

 彼は《蒼き風》の突撃隊長である。真っ先に突撃し、敵陣に風穴を開けるのが、ルクスの役割のようなものだった。


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