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第三百七十二話 龍府を巡る攻防(二)

(それがガンディアの弱みか)

 レオンガンドは、部隊配置が整いつつあるのを見遣りながら、回想する。ガンディアがここまでやってこられたのは、外部からの協力によるところが大きい。三国同盟を結んだルシオン、ミオンの支援がなければ、ザルワーンに攻めこむことも難しかったし、そもそも、すべての始まりであるバルサー要塞の奪還すら困難だったのではないか。

 そして、セツナ。

 セツナという奇貨は思わぬ大勝利をガンディアにもたらした。それだけではない。彼と黒き矛の存在によって、ガンディアはログナーを平定し、国土を拡大させることができた。つぎはアザークかベレルか。戦略を巡らせているときにナーレスが拘束されたことがわかった。埋伏の毒として潜り込んだナーレスの工作を無為にしないために、レオンガンドはザルワーン侵攻を決断した。ザルワーン戦争においてもセツナの存在は大きかった。しかし、彼だけが活躍したわけではない。北進軍においてはカイン=ヴィーヴルとウル、軍団長たちがマルウェール制圧に寄与し、存在感を見せた。中央軍では、同盟二国の援軍とふたつの傭兵団がロンギ川会戦の勝利に貢献し、ガンディア兵はその弱さを曝け出しただけだ。

 やはり、外部戦力に依存するところが大きいのだ。

 カイン=ヴィーヴルだって、元はといえば、外部の人間だ。本当の名はランカイン=ビューネル。五竜氏族ビューネル家の人間であり、武装召喚師養成機関・魔龍窟出身の武装召喚師。彼も、セツナが倒したことで捕縛に至り、紆余曲折を経て、ウルの支配下に入った。

(龍府での決戦も、そうなるか)

 外部戦力に依存した戦い方になってしまうのは、ガンディアの現状を鑑みれば仕方のないところではある。ガンディアは、ザルワーンに比べれば極めて小さな国だった。兵も弱く、士気も低い。三国同盟が結ばれていなければ、とうに歴史の闇に埋没していたとしても不思議ではなかった。レオンガンドの父の代で盛り返すと思われたのも束の間、シウスクラウドは病を得、夢半ばで天に召された。ガンディアは領土拡大の野望を一旦は忘れなければならなくなった。

 自然、国内に篭もるようになる。防戦ばかりが上手くなった。バルサー要塞が難攻不落として知られるようになったのも、そういう経緯があってのことだった。

 守りに入れば強くても、攻めに出れば弱くなる。そんな戦力ではまともな外征など行えるはずもない。それでも、戦わなければならない。戦うことでしか未来を勝ち取ることはできない。

 領土内に篭もることで平穏が永続するならば、そうしただろう。だれも血を流したくはない。敵の血も、味方の血も、見たくはないのだ。憎悪で戦争を起こすわけではない。感情が闘争の鐘を鳴らすわけではない。

 打算と計算、利害が戦争を起こさせる。戦わねばならないという結論に至る。でなければ、いずれガンディアが滅び去るかもしれない。いや、破滅するのが目に見えているからこそ、すぐにでも行動にでなければならないのだ。可及的速やかに領土を広げる必要があるのだ。

 そのためならば、外部戦力であれなんであれ、利用できるものはすべて利用し尽くすのが、彼のやり方だった。外法機関の生き残りやランカインを使役しているのもそうだし、セツナを酷使しているのだってそうだ。あのとき、セツナがレオンガンドの臣下に加わることを拒んだとしても、ウルに支配させただろう。セツナとランカインを同時に支配できないというならば、ランカインを切ればよかった。必要なのは、戦力だ。外圧を跳ね除け、外征を成功させるにたる十分な戦力。

 ガンディアの兵を鍛えるのは、余裕が出てきてからでいい、弱兵を鍛えている間に国土が飲まれるなど、笑い話にすらならないのだ。もちろん、弱いまま戦場に出して死なれるのも困るのだが。

「ザルワーンが降伏することはないのではないかと」

「この状況になっても、ですか?」

 ふと、耳に入ってきたのは、ナージュとゼフィル=マルディーンの会話だった。レオンガンドの腹心である彼は、いつものようにレオンガンドの側にいたのだろう。バレット=ワイズムーンもどこかにいるはずだ。前線に出ているということはあるまい。

「ザルワーンは、ガンディアよりも長い歴史を持つ古い国です。五百年前の大分断のころに始まりを見出すことができるそうですよ」

「そうなのですか? レマニフラより余程長生きなのですね」

 ナージュは素直に感心していた。

 もっとも、歴史を五百年前まで遡るのは難しい。聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンの大陸統一によって大陸暦が始まったという歴史的事実こそ広く認知されているものの、いつ、統一国家が崩壊し、無数の国々に分裂したのかもわかっていないのだ。

 歴史的事実の多くは、力有るものによって歪曲されるものだ。統一国家の崩壊によって無数の小国家が生まれたのは間違いない。そこから長い時を経て、ザイオン帝国、ディール王国、ヴァシュタリアという三大勢力が大陸の四分の一ずつを支配することになったのだ。

 残る四分の一こそ、大陸小国家群である。

 大陸小国家群とは、統一国家が崩壊したときの状況が五百年続いている稀有な地域ともいえる。かといって、無数の小国が寄り集まり、三大勢力と拮抗しているわけではない。小国群は、時には手を取り合い、時には領土を巡って戦い、歴史を積み重ねてきた。

 もちろん、歴史の中に埋没した国は無数にあり、新たに起こった国も無数にある。ガンディアもそうした新興国のひとつだった。

 ザルワーンが統一国家崩壊直後に生まれた国であることを証明するのは簡単なことではないし、ザルワーンもそう吹聴しているだけで、証明するつもりもないのだろう。彼らにとって重要なのはザルワーンが歴史ある国だという事実であり、五竜氏族による支配の正当性を国民に認知させることだけなのだ。

「であればこそ、百年も二百年も歴史の短いガンディアに降伏するなど、考えられないのではないかと」

「それはあまりに一方的な見方ではありませんか?」

「ザルワーンは五竜氏族と呼ばれる特権階級が支配してきた国です。何百年もの長きに渡ってこの国を支配してきたのは一握りの特権階級であり、彼らにとってその特権は当然の権利であり、義務ですらあった。そんな彼らが自分たちの特権を素直に手放すとは考えられないのです」

「それは……そうでしょうけれど」

「姫君はお優しいのですな。互いの流血を避けることだけを考えられておられる。ですが、状況はもうそれを許してはくれないのです。戦の一字。もはや、戦うことでしか決着は付きますまい」

 ゼフィルに食い下がろうとするナージュにそう告げたのは、バレットだった。鎧を着込み、曲刀を帯びた彼の姿は、王の側近というよりも戦人の風貌といっていい。浅黒い肌は、南方人のナージュにも負けていなかった。彼の血には南方人の血が混じっているのかもしれない。

「いいえ、わたくしは、陛下にとってより良い結果になることを望んでいるだけですわ。ザルワーンが降伏することで得をするのは陛下にほかなりません。ザルワーン国民の命を救うことは、将来のガンディア国民の命を救うのと同義。違いますか?」

「確かにその通りです。ですから、我々は極力敵兵の命を奪わずに来たのです。投降兵、捕虜の身柄を丁重に扱い、制圧した都市での横暴な振る舞いは許さなかった」

 レオンガンドは、ナージュの目を見つめた。淡い青の瞳には強い意志がある。彼女には彼女の考えがあり、それは必ずしもレオンガンドの思想と相容れないものではない。むしろ、レオンガンドの考え方に近いものがあった。

 彼女を后として迎え入れるという選択は、間違いではなかった。レマニフラとの同盟も、ガンディアにとって良い結果になるだろう。

「しかし、ときには決戦が必要なこともあるのです。血を流すことでしか解決しない問題もあるのです。我々がどれだけ譲歩しても、相手が受け入れなければ、強行手段に出るしかない」

「わかっています。わたくしは、ザルワーンが降伏してくれることを願っているだけですわ。それが、陛下にとっても最良の結末だと信じていますから」

「わたしも、そう願うことにしましょう」

 とはいったものの、レオンガンドには、わかっている。ザルワーンは降伏などしないだろう。龍府の動きからは、降伏の可能性を微塵も見出すことはできなかった。ドラゴンによる防衛線を破られたいま、龍府に残る戦力は二千人余り。いくら戦力に不足しているとはいえ、力にもならない女子供を動員することはあるまい。

 一方、こちらの動員数は七千人超。たとえ堅牢な龍府に籠城されたところで、こちらが勝利するのは疑いようがない。圧倒的な戦力差。夢にも思わなかった状況がここにある。数のザルワーンを数で越えるときが来ようなどと、夢見がちなレオンガンドですら想像だにしなかった。

 ログナーを始めとする近隣国の領土を切り取り、着実に力をつけていったとしても、ザルワーンの総戦力を越えることなど夢のまた夢だった。ザルワーンもまた領土を拡大し、国力を増強するに違いないからだ。

 まず、ザルワーンの拡大戦略を抑える必要がある。そのための人身御供に差し出されたのが、ナーレス=ラグナホルンだ。先の王シウスクラウドを神のように尊崇していたからこそ、ナーレスは進んでザルワーンに紛れ込み、毒となった。

 ナーレスの手腕と才能は、国主ミレルバスの目に止まり、ミレルバスが愛娘を娶らせるほどの信用を得た。あとは時間をかけてザルワーンの根を腐らせていけばいい。根幹が腐れば、枝葉も腐り落ちる。

 五年。

 ナーレスは手練手管を用いてザルワーンと、属国ログナーの弱体化を図った。その成果が現れたのがアスタル=ラナディースの反乱であり、ザルワーン戦争におけるガンディア軍の連戦連勝だろう。ナーレスがミレルバスの右腕となり、人事に口を出すまでの信用を得たからこそ、ザルワーン軍の弱体化は成ったのだ。戦力の再配置と分散、文官出身者を翼将、天将に任命することによる混乱は、ガンディア軍の勝利に少なからず影響している。ナグラシアの翼将は元々文官であり、戦いには向かない。穏やかな人物だった。そういった人事は、一部の軍人にミレルバスへの猜疑心を育てただろうし、ザルワーン軍の統率そのものに悪影響を及ぼしたことは疑いようがない。

 かくして、ガンディア軍はザルワーンの地で勝利を重ねることができた。

(ナーレス。友よ。わたしはついにここまで来たぞ。龍府の目前まで辿り着いた。君のおかげだ。君が命を賭して策を成してくれたおかげだ)

 レオンガンドがナーレスと最後に直接言葉をかわしたのは、五年前になる。彼が国を出る前夜のことだ。手筈通りに口論を演じた後、彼とささやかに笑いあったものだ。ナーレスの覚悟に満ちた表情をいまでも覚えている。ザルワーンに毒として入り込むのだ。露見すれば、死は免れない。ガンディオンの風景を目に焼き付け、彼は旅だった。

“うつけ”の王子と稀代の軍師の喧嘩別れは、反レオンガンド派によって大いに喧伝された。おかげでレオンガンドたちは労せずして、ナーレスの離脱を周知させることができたのだ。

 利用できるものならなんでも利用するという考え方は、当時からレオンガンドの思考の根底にあった。そうしなければ生き延びることができないのが戦国乱世というものだと、シウスクラウドやナーレスから叩き込まれた。

 ありとあらゆる手段を講じ、たとえ悪王と誹られ、魔王と呪われようとも、ガンディアの未来を切り開かなければならない。

 でなければ、ガンディアのために死んでいったものたちに申し訳が立たない。戦場で倒れたものたちもそうだが、レルガ兄弟やナーレスのように戦場以外で散っていったものも少なくはない。政争に巻き込まれて死んだものもいる。それらはレオンガンドのために死んだのではない。ガンディアのために死んだのだ。

『己を捨てよ、レオンガンド。おまえはガンディアの王となるのだ。獅子の国の王となるのだ。自我を捨て、虚空の存在となれ。わたしの死を悲しんではならぬ。わたしの死を喜んでもならぬ。無心であれ。無情であれ。あらゆる感情を捨て去り、ガンディアを護れ』

 今際の際のシウスクラウドが囁いた言葉を、レオンガンドは肝に銘じたつもりだ。もちろん、常にそうやって自分を律してきたし、そういう教育を受けてきてもいた。王たるもの、己を殺し、他を活かさなければならない。

 ガンディアの未来のための礎となる覚悟は、とっくの昔にできている。

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