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エピローグ(四十)

 あれから、少しばかりの時間が流れた。

 ルウファはその日のうちに帰ったが、エリナとエスクは十日ほど魔王城に滞在し、セツナたちとの再会を満喫しきったようだった。

 エリナにせよ、エスクにせよ、セツナたちとの会話や触れ合いの中に悔いを残してはならない、とでも想っているかのようであり、セツナたちも、そんなふたりの想いに応えるべく、全力で応対したものだった。

 ルウファがその日のうちに帰還したのは、彼には足があるからだ。足というより、翼だが。空の王といっても過言ではない彼にしてみれば、大空を飛び回ることなど朝飯前であり、リョハンとヴァーシュ島を行き来することすら、難しいことではないのだ。

 そもそも、ルウファは、月に一回以上の頻度でセツナたちに顔を見せている。

 わざわざ魔王城に留まる理由はなかったのだ。

 それになにより、彼は、リョハンにおいて重職についており、なんの連絡もなしに数日もの間姿を消すことなど、あってはならないことだった。そんなことがあれば、大騒ぎになる。それこそ、リョハンの秩序を脅かす大事件として取り沙汰されることだろう。

 故に、ルウファは、多少別れを惜しみながらも、あっさりと新生ガンディオンへと飛び立っていった。

 エリナとエスクが島に留まったのは、ミドガルドの船に乗って移動しなければならないからであり、ミドガルドが島での用事を済ませるまで逗留してもいいか、と、尋ねたからだ。エリナもエスクもそれを了承し、ふたりは、思う存分、セツナたちと親睦を深めあった。

 ミドガルドの用事というのは、ひとつは、故障した魔晶焜炉の修理だ。ミドガルドたちが島を訪れた日の昼間に故障したそれは、ミドガルドの神業によって瞬く間に修理された。

 さすがは世界一の魔晶技師だとミリュウたちが褒めそやすと、ウルクの顔は誇らしげだった。

 ミドガルドは、それ以外にもいくつかの魔晶機械を提供してくれている。

 世界から孤立したセツナたちの不自由極まりない生活が少しでも向上するようにという、ミドガルドからの応援ほど心強いものはない。

 ミドガルドの応援と、彼がもたらした様々な機械のおかげで、セツナたちの生活は、孤立無援の中にいるとは思えないほどに充実しているのだ。

 セツナたちが平身低頭で感謝すると、ミドガルドは、困ったように笑った。

『なに。これも実験のひとつだと受け取って頂ければよろしいのです』

 彼は、セツナたちを新作魔晶機械の運用試験に利用しているのだ、と続けた。もちろん、セツナたちの中で、そんな彼の発言を真に受けたものなどひとりとしていない。ただの冗談か、照れくさくなったが故の発言だろうと受け取ったのだ。

 実際、その通りだろう。

 セツナたちの元にもたらされる魔晶機械は、いずれも完成品といっても過言ではない出来映えであり、動作不良を起こすような代物はほとんどなかった。

 明確に故障したものといえば、魔晶焜炉くらいだ。

 その魔晶焜炉も、結局の所、便利だからと使いすぎたから故障したという話であり、余程のことがなければ壊れるような代物ではないということだった。しかも、この情報を元に改良し、耐久性を向上させた魔晶焜炉を急ぎ開発し、送り届けてくれるという。

 いくらセツナに恩を感じているとはいえ、ミドガルドのひとの良さには、驚かされるしかない。

 そんなミドガルドだが、魔晶機械の設置と説明を終え、エリナとエスクが満足した様子を見ると、ふたりを船に乗せ、島を去った。

 セツナたちは、もちろん、島を去る三名を見送ったが、船に乗った瞬間に姿を消した彼らが、離陸の際、どのような表情をしていたのかはわからなかった。

 ただ、三者三様に満足していたことだけは、確かだ。

 そして、それから数日が過ぎ、現在に至る。

 現在。

 久々にひとりで寝ているところをラグナとミリュウのふたりに叩き起こされたのは、とても平穏な一日の幕開けとは思えない出来事だろうが、セツナにとっては極めて日常的な状況であり、ありふれた光景といってもよかった。

 どうせ、ミリュウかラグナのどちらかがセツナの寝室に忍び込み、なんらかの方法で起こそうと画策していたのだろうし、その計画が露見した挙げ句、セツナ起床競争となったのだ。

 ふたりの美女がその美貌をまったく意に介することなく、髪を振り乱し、胸を曝け出してまでセツナを取り合う様は、修羅場というほかあるまい。

 そして、その修羅場こそが、この魔王城の日常風景なのだから、セツナには発する言葉もなかった。

 そんな風にして叩き起こされたセツナだったが、むしろ、今朝の修羅場は増しなほうだと想わざるを得なかった。

 日によっては、レムやウルク、シーラまでもが乱入し、加速度的に混沌を極めていくことだってあるのだ。

 ミリュウとラグナだけならば、御しやすい。

 実際、着替えるときには、ふたりとも落ち着いたものであり、部屋の外で待ってくれていた。

 そんな、ありふれた朝。

 

 朝の風は穏やかだが、冷え込んでいる。

 なにせ、冬だ。

 終戦記念日とは明らかに異なる気候は、終戦記念日だけが異様だったことを示している。神々の力――神威が世界中に異常気象をもたらしたのだが、それを異常とは呼ばず、神々の祝福であると認識し、喜び合ったのが世界中のひとびとだ。

 もっとも、その恩恵は、この島にもあったのだし、悪いことではなかった。

 少なくとも、セツナたちは、あの大切な再会を最良の気候で行うことができたことを素直に喜んでいた。

 結果的に正常化した気候を普段以上に寒く感じたとしても、それはそれだ。あのときの神々の判断や行いに恨み言を言うものはいない。

 すべては、日常に回帰していく。

 世界は平穏を取り戻した一方、様々な問題を抱えている――らしい。

 セツナたちにとっては、もはやどうでもいいことだ。

 セツナがやるべきことはやった。やれるだけのことはやったのだ。

 後のことまで、世界の在り様にまで、セツナたちが口を出す必要も、手を出す理由もない。

 世界が滅亡の危機に瀕するような事態でも起きなければ、放っておけばいいのだ。

 わざわざ自分たちの日常を壊すような真似をする意味がない。

 ようやく手に入れた平穏なのだ。

(これを平穏と呼ぶのかはさておいて、だな)

 ミリュウとラグナに引っ張られるようにして食堂に向かいながら、彼はそう胸中でつぶやいた。

 

 食堂に辿り着けば、セツナたち以外の全員が揃っていた。

 ファリア、シーラ、エリルアルムの三人に、女給姿のレムとウルク。

 そういえば、ラグナも女給服を身に纏っている。

「旦那様の御到着でございますよ-」

 ミリュウがセツナを指定席に引っ張っていくと、その隣の席に腰を下ろしていたファリアが真っ先に問うた。

「だれのよ」

「あたしの」

 しれっと、ミリュウが告げる。

 すると、シーラが声を荒げた。

「はあっ!? ふざけてんじゃねえぞ!?」

「微塵もふざけてないけど」

「ならば勘違いじゃのう。セツナはわしのものじゃ」

 そういって、ラグナがセツナの腕を引っ張れば、ミリュウが対抗して反対側の腕を引っ張った。

「あんたは下僕でしょ、げ・ぼ・く!」

「そうじゃ! わしはセツナの下僕で、セツナはわしの御主人様なのじゃ!」

「なんでそんなに嬉しそうなのかしら」

「唯一無二じゃからのう!」

「そうでもないだろ」

 シーラが冷静にツッコミを入れたものの、ラグナには聞き流された。都合の悪いことは聞き流す。ラグナ流の戦い方は、ある意味無敵かもしれない。

 食堂が騒がしくなる中、レムが手を叩いて注意を引いた。

「皆様、御主人様の取り合いは結構でございますが、せっかくの朝食が冷めてしまってはもったいのうございますよ」

「そうだぞ。レムのいうとおりだ」

 セツナは、やっとの思いでミリュウとラグナの腕の中から逃れると、自分の席に着いた。それもこれもレムが注意を集めてくれたおかげだ。

 しかし。

「さすがはわたくしの御主人様」

「なに頬赤らめてんのよ!」

「御主人様の愛を感じて……」

「レームー!」

 なぜかレムとミリュウの間で新たな戦いが勃発して、セツナは呆然とした。

「……まったく、朝から元気だな」

「エリルアルムは加わらなくてよろしいのですか?」

「そうだな。今日の所はよしておこう。レムのいうとおり、冷めてはもったいない」

「なるほど。では、わたしもそうしましょう」

 すまし顔のエリルアルムと納得顔のウルクのふたりの様子だけは、平和だった。

「本当、セツナは大変ね」

 そう小さく声をかけてきたのは、ファリアだ。

「いまに始まった話じゃないだろ」

「それもそうね」

 ファリアが屈託なく笑った。

「じゃあ、これからも、よろしくね」

「ああ」

 即答し、いわれるまでもないことだ、と、セツナは想った。

 戦いは、終わった。

 これからは、彼女たちと生きていく。

 それが彼女たちと交わした約束なのだから。

 約束を護ることが、セツナの生き方なのだから。

 

 


                                       完





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― 新着の感想 ―
[良い点] 神作でした。最後まで読むことができた。番外編がないのがちょっと残念。
[良い点] 変わらない日常が描かれていて、とてもまぶしく感じました。よい幕引きだったと思います。 [一言] 大作の完結、お疲れさまでした。 本当に楽しく、毎日のように読ませていただきました。 もっとも…
[一言] 長い間本当にお疲れ様でしたら… 今までありがとうございます。
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