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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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エピローグ(三十九)

(愛に絆……か)

 思い浮かんだままの言葉を胸の内でつぶやけば、様々な想いが渦を巻くようにして溢れ出してきたものだから、彼は当惑するほかなかった。

 思わぬ事態に呆然とする。

 愛も絆も、以前の自分ならば口にしようとも思わなかった言葉だ。

 いまやそんな言葉を恥ずかしげもなく思い浮かべられるようになったのは、やはり、激動そのものといっても過言ではない人生を乗り越えるためには必要不可欠だったからだ。

 いまならば、はっきりとわかる。

 断言できる。

 愛や絆の存在を感じ、信じることができていなければ、セツナは、いま、ここにはいないだろう。

 あの戦いを生き残ることもできなかっただろうし、ましてや、皆と分かち合うことなどできなかったはずだ。

 いまここにいられるのは、皆がいてくれたからだ。

 ファリアがいて、ルウファがいて、ミリュウがいて、レムがいて、ラグナがいる。

 シーラがいて、エスクがいて、エリナがいて、ウルクがいて、エリルアルムがいる。

 ミドガルドも忘れてはならない。

 皆がいて、自分がいる。

 だれひとり欠けてはならなかった。

 だれひとり。

(ああ。そうとも。だれひとり、だ)

 そう、だれひとり。

 欠けてはいけないはずだ。

 では、この言葉にならない喪失感はなんなのか。

 満ち足りない感覚は、いったいなにを由来とするものなのか。

 なにかが足りない。

 決定的になにかが欠けている。

「どうしたの? セツナ」

 不意に話しかけてきたのは、ファリアだった。

「深刻そうな顔をしてるみたいだけれど……なにか問題でもあった?」

 尋ねられて、すぐになにかをいおうとしたが、返答に詰まった。

 そうしてなにをいうべきか迷っていると、ミリュウが話に割り込んできた。

「もしかして、この腕輪が悪さしているんじゃ……」

「ダームモルドに限ってそのようなことはありません。万にひとつも。絶対に」

「ウルク、あなたってときどき強情よね」

 ミリュウが若干、後退気味につぶやいたのは、ウルクの急接近に迫力があったからだろう。

「ミドガルドが徹底的に調整したのです。誤作動が起きると思いますか?」

「……起きないわ。ええ、うん、絶対に」

「でしょう」

 ミリュウが仕方なく同意すると、ウルクはどこか満足げにうなずいた。

「……ウルク」

 ウルクの強情ぶりには、さすがのミドガルドも言葉を失うほかなかったようだ。あるいは、感極まったのかもしれない。

 セツナは、気を取り直して、ファリアに返事をした。

「いや、少し考え事をしていただけだよ。本当にそれだけさ。腕輪の調子は良好そのものだし、俺の五感は万全だ。なんの心配も要らない」

「そう……それならいいのだけれど。なにか心配事でもあるのなら、なんでもいってね。わたしも皆も、セツナと生きていくんだから」

 そう断言するファリアの言葉も意思も力強い。

「ファリア様の仰るとおりにございますですよ、御主人様。些細な悩み事から、深刻極まる問題でも、なんでもござれでございます。わたくしども全員が顔を突き合わせ、必ずや御主人様をお救いしてみせますですよ?」

「なんだったらいまから稽古でもするか? 運動不足かもしれねえし」

 レムに続き、シーラまでもが心配してくるものだから、セツナは内心反省した。ひとり考え事をするなど、このような場には相応しくなかったのだ。無駄に皆を心配させてしまうのは、本意ではない。

 すると、エスクが感心したかのようにうなった。

「なるほど……そういう手か」

「どういう意味だ?」

「いやあ、シーラ殿もなかなか上手い手を思いつくものだと感心した次第で」

「だからなんの話だってんだよ!」

「ですからね、稽古と称してふたりきりになろうという魂胆が見え見えといいますか」

「はあ!?」

「ええっ!? なにそれ、ちょっとシーラあんたいったいどういう了見なわけ!? 本妻たるあたしを差し置いてなに考えて――」

「だれが本妻ですって?」

「あらあら、御主人様、大事件でございましてよ」

「いつものことだろ……」

 そして、いつものことならば、レムも騒動の真っ只中に乱入し、煽りに煽って混乱を拡大させていくに違いない。

 そんなありふれた光景も、エスクやルウファ、エリナが加わることで、より大きな、そして派手で混沌としたものへと変わっていくのだから、恐ろしい。

 ミリュウが挑発すれば、ファリアが応じ、レムが煽り、ラグナが参戦し、ウルクが飛び込み、エリナが慌てふためき、シーラがエスクに食ってかかれば、傍観者を決め込んでいたエリルアルムをルウファがけしかける。男も女も入り乱れる大混乱の真っ只中で、セツナは、なんともいえない気分だった。

 笑うべきか、泣くべきか。

 いや、笑い泣くべきか、泣き笑うべきか。

 いずれにせよ、この状況に相応しい反応は思いつかなかった。

 そのときだ。

『だいじょうぶだよ』

 声が、聞こえた。

 もう何年も、何十年も聞いていたようなくらいに馴染みの深い声。けれども、関わったのはほんのわずかばかりの時間に過ぎず、その想い出も数えるほどしかない。なのに、だれよりも馴染み深く、なによりも記憶に残っている。

 強く、あざやかに。

 なぜか。

(そうだ……)

 セツナが顔を上ると、少女がいた。

 脳裏に思い描いた通りの少女が、セツナの目の前に立っていた。

 広間に集まった皆の視線が交わる中心に。

 女神トワは、確かにいた。

 そして、彼女は微笑んでいた。

 まるでこの時間、この瞬間を心の底から喜び、楽しんでいるかのように笑っていた。

(トワ。おまえだったんだな)

 なにかが足りなかった。

 今日という日を飾るには、彼女がいなければならなかったのだ。

 トワも、必要不可欠なひとりだった。

 彼女がいなければ、セツナは、皆との絆を取り戻すことができなかったし、この世界に帰ってくることもできなかった。こうして大いなる混沌の中で呆然としていることも、泣くべきか笑うべきか考え込んでいることもできなかったのだ。

 トワは、いた。

 確かに、ここにいたのだ。

 セツナたちの間に、セツナたちを結ぶ絆の中に、確かに存在しているのだ。

 それがわかっただけで、十分だった。

 彼女は、失われたわけではない。

 消えていなくなったわけではない。

 いまも一緒にいて、いつまでも一緒にいてくれるのだ。

 「ああ。わかったよ」

 セツナは、トワの言葉に強くうなずいた。

 すると、当然のことながら、周囲の視線がセツナに突き刺さった。ファリアもミリュウもだれもかれもがきょとんとしている。皆からしてみれば、セツナが突然独り言を口走ったようにしか見えなかったからだろう。

「どったの?」

「そうじゃぞ、なんじゃ、急に?」

「少し休んだほうがいいんじゃ?」

 ファリアたちに心配されたものの、セツナはなんの心配も要らないといった。そして、こう続けた。

「……ただ、だいじょうぶだって、いいたかっただけなんだ」

 セツナが告げると、皆が一様に要領を得ないとでも言いたげな顔をした。

 セツナは、内心苦笑するほかなかった。

 それでいい、とも想った。

 だいじょうぶ。

 そう、トワは、いった。

 何度となくそう断言した。

 彼女の中にどのような確信があったのかは、セツナにもわからない。確信などなかったのかもしれないし、ただ、セツナを励ますためにいったのかもしれない。

 しかし、確かにだいじょうぶだった。

 なんの心配も要らなかったし、なんの問題もなかった。

 無論、なにもなかったわけではない。

 世界も変わり、セツナたちの置かれている状況や境遇も随分と変わってしまった。

 けれども、だいじょうぶだった。

 セツナたちは、生き残った。

 今日も今日とて、くだらないことで口喧嘩をしたり、ぶつかり合ったり、分かち合ったり、支え合ったり、笑ったり、怒ったり、喜んだり、悲しんだりと忙しい日々を送っている。

 賑やかにもほどがあるといっても、言い過ぎではあるまい。

 心安まる暇などないくらいだ。

 けれども、それでいい、と想う。

 戦いは、終わった。

 セツナたちの命を懸けた、世界の命運を懸けた戦いは、幕を閉じたのだ。

 これから先は、自分たちだけのことを考えて生きていけばいい。

 想うまま、あるがままに生きていくのだ。

 なにがあろうとも、なにが起ころうとも、セツナはひとりではない。

 ファリアがいて、ルウファがいて、ミリュウがいて、レムがいて、ラグナがいる。

 シーラがいて、エスクがいて、ウルクがいて、エリナがいて、エリルアルムがいて、ミドガルドがいる。

 そして、トワが見守ってくれている。

 だいじょうぶだ、と、いってくれている。

 だから、なんの心配も要らない。

 だから、なんの問題もない。

 不思議そうな顔でこちらを見る一同の様子を眺めながら、セツナは、静かに微笑んだ。


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