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エピローグ(三十八)

 特定波光増振機とは、要するに、召喚武装やラグナの魔力供給による五感の強化をセツナ自身の発する波光によって再現することのできる機械だ。

 ミドガルド率いる魔晶技術研究所が誇る、世界最高峰にして最先端の魔晶技術の粋を集めて作り上げられた代物であり、魔晶技師の頂点に立つミドガルドだからこそ開発できたものに違いない。

 セツナがそんな実感を覚えたのは、ダームモルドを装着してからのことだった。

「具合はいかがでしょう? どこかに違和感などはありませんか?」

 セツナの右腕に装着したダームモルドは、ミドガルドによって卓上に設置された小型演算機と波光を通す線で結ばれている。

 ダームモルドの最終調整をこの場で直接行っているのだ。

 そしてそのために先程までセツナにべったりとくっついていたラグナは、ミリュウとレムによって取り押さえられていた。彼女が離れたがらないからであり、強引にでもセツナにくっついていようとしたからだが、なにがラグナをそこまで駆り立てているというのか。

 そんな彼女の不満顔も、見えてはいる。

 しかし、はっきりとは見えない。まるで靄がかかったようであり、なんだか気分が悪くなった。

「多少……変な感じです。声が遠く聞こえていますし……目の前も暗い感じがあります」

 とはいえ、見えている。

 その事実は、ダームモルドがセツナの魂を蝕む呪いに対抗する手段になりうることを示しているのだ。

 セツナは、現在、召喚武装やラグナの補助を受けていなければ、目も見えず、耳も聞こえず――ありとあらゆる感覚が消滅してしまったままであり、こうして他人の声を聞くことも、ぼやけた視界を認識することすらできないでいた。

 それが、不完全ながらも目の前が見え、声が聞こえているのだ。

 これを感動せずして、なにを感動するのか。

「ふふん。やはり、わしの助けが必要というわけじゃな」

「では、これではいかがでしょう?」

 ラグナが勝ち誇るのを黙殺するようにしてミドガルドが演算機を叩き、ダームモルドの調整を行った結果、セツナの感じている世界が大きく変わった。

 一瞬前までの不快感が消え去り、視界は広がり、光が戻った。耳に届く音も明瞭となり、指先の感覚までもが完璧に近く戻っている。

「ああ……」

 セツナは思わず立ち上がると、演算機越しにミドガルドに手を伸ばし、握手した。金属質の手を握り締めるのに力が籠もってしまうのだが、その感覚も、いまのいままで失われていたものだ。

 そして、召喚武装による補助やラグナの協力もなしに歩いて回れる感動というのは、この場にいるほかのだれにも理解できないことなのではないか。

 ミドガルドが一瞬戸惑ったのも、そのためだろう。

 だれもがセツナの感動についてこられていないのだ。

「どうやら、気に入って頂けたようですな」

「ええ……感動ですよ、大感動。なんとお礼をいったらいいのか」

「礼など不要ですよ。これは、わたしからの感謝の気持ちであり、あなたへの大恩に報いただけのこと。わたしとウルクがこうして自己を保ち、存在し続けていられるのは、間違いなくあなたがいたからこそなのです」

 ミドガルドが力強く断言すれば、ウルクが大きくうなずいた。

「もちろん、この世界が存続していることそれ自体が、セツナ殿の活躍があればこそ、なのですがね」

 ミドガルドが皮肉げに目を細めたのは、その事実が大きくねじ曲げられ、改竄された世界に対する複雑な想いがあるからなのだろう。彼自身、改竄の影響を受け、セツナを敵視していた時期がある。

 記憶の改竄を受けていたという事実を知ると、彼は、セツナを敵視していた事実を大いに恥じた。自分とウルクにとっての大恩人であるセツナを敵と定めるなど、以ての外である、と。

 だからこそ、いま、こうして恩返しをしているのだ、と、彼はいうだろう。

 ミドガルドとは、恩を仇で返すような人物ではない。むしろ、情に厚く、受けた恩を決して忘れることがなかった。

 そんな人物だからこそ、ウルクのような魔晶人形が誕生し、成長したに違いない。


 それから、ミドガルドがさらなる微調整の提案があったが、セツナに否やはなかった。

 そして、一時間ほどの微調整を経て、ダームモルドはセツナの体に完全に馴染み、日常生活に関していえばなんの支障もない感覚を取り戻したのだ。

 その瞬間、セツナは、ある意味、アシュトラ神の呪いを克服したといっても過言ではなかった。

 ラグナは終始不満そうだったが、それでセツナに触れてはいけないという決まりはない、と、ファリアがいってしまったものだから、途端に機嫌がよくなった。

 そんなラグナの反応を見遣りながら、ミリュウがぼそりとつぶやいた。

「まったく、現金なやつねー……」

「おまえがいうのかよ」

 セツナは、自分のことを棚に上げるミリュウに返す言葉もなかった。

 調整を終えたダームモルドの調子は良好だ。召喚武装を手にする必要もなければ、ラグナに魔力を送り込み続けてもらう必要もない。

 ただ、この金属製の腕輪を身につけているだけで、いままで通りの生活が送れるのだ。

 セツナにかかる負担は限りなく減った。

 肉体的な面だけでなく、精神的な面でも、だ。

 いくらラグナがこれ以上ないくらいにいい女であったとしても、終始くっついていられなければならないというのは、しんどいものなのだ。無論、そのおかげでなんの問題もなく生活できていたのだから、感謝を忘れたことはない。

 が、それはそれとして、だ。

 人間、ひとりになりたいときはある。

 そういうとき、わざわざ召喚武装を呼び出さなければならないというのも、セツナが精神的に磨り減る原因にもなっていた。

 そういった問題の大半が、この小さな腕輪ひとつによって解消されたのだ。

 それは、極めて大きな変化だった。

 退屈なまでの平穏な日常。

 大きな問題も起きなければ事件もなく、ただただ過ぎていくだけの日々。

 もう、これほどまでに大きな変化が訪れることなどありえないと思っていた。

 だが、変化は起きた。

 それも唐突に。

 予期せぬ形で、状況は変わった。

 セツナとしては、ミドガルドに感謝するほかなかったし、ミドガルドに相談したというウルクにも感謝の言葉を伝えた。

 すると、ウルクは少しばかり照れくさそうに微笑んだ。

「わたしはただ、ミドガルドに相談しただけです。ミドガルドが協力してくれたからこそ、です」

「だからこそだよ、ウルク。だからこそ、セツナ殿は、君に感謝しているのだ。君がわたしに相談しなければ、ダームモルドが誕生することはなかったのだからね」

「それは……そうかもしれませんが」

「感謝の言葉は、素直に受け取るものだよ」

「……はい。ミドガルド」

 ウルクとミドガルドの互いを想い合う様は、血を分けた親子よりも深く、尊いもののようにセツナには感じられた。

 そこには、まさしく愛があり、絆があったのだ。

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