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エピローグ(三十五)

 要するに、レオナは、リュカに誘われるようにして式典会場を抜け出したのだという。

 ガンディア王家の人間としての教育を受けたはずのレオナだが、彼女が天真爛漫で自由奔放であることは、セツナもよく知っていた。

 なにより、彼女には、この上なく心強い味方がいたのだ。

 精霊にして、ガンディア王家の守護獣レイオーンだ。

 事実、レオナは、レイオーンの背に跨がり、式典会場を抜け出したのだという。

 レイオーンは、ガンディア王家の守護者というよりも、レオナの味方という側面が強い。まるでレオナの保護者のようでさえあったことは、記憶に残っている。

 そして、レイオーンの背に乗ったレオナは、同じく銀獅子の背に掴まるリュカ、レインとともに式典会場たる王宮の外へと出て、さらなる大騒動を巻き起こしたのだという。

「レオナ様らしいな」

「でしょ」

 ルウファが屈託なく笑う様を見つめながらセツナが脳裏に思い浮かべたのは、数少ないレオナとのやり取りであり、腕白なお姫様の想い出だった。

 祖母であるグレイシアや実の母であるナージュが手を焼き、教育係を務めていたリノンクレアでさえ、レオナには苦労したというほどだ。

 しかし、奔放ながらも王族として、ひとの上に立つものとしての教育を受けた彼女には、確かな気品があり、風格もあった。セツナに、己が実の父レオンガンドを討てと命じる覚悟も持ち合わせたレオナの将来には、不安を抱く余地が一切ないと断言していい。

 セツナの贔屓目かもしれないが、レオナが再興したガンディアを背負って立つというのであれば、安泰だろう。

 そんなレオナのこれからに対し、セツナがなにひとつとして協力できないというのは、無念というほかないのだが。

「随分と残念そうだけど、なにがあったのかしら?」

 などと、セツナのちょっとした表情から心情を読み取って見せたのは、ファリアだった。

 彼女は、エリナ、レムとともに広間に入ってくるなり、それぞれ自分の想うがままに寛いでいるひとりひとりにお茶と菓子を配り出したのだ。

 その間、セツナはといえば、遠い目をして物思いに耽っていたということになるのだが、彼自身にその自覚はなく、ファリアの透き通ったまなざしに見つめられて気づかされたのだった。

「残念……そうだな。とても、残念だよ」

 セツナは、広間にいる全員の視線が自分に集まるのを感じた。ファリアがセツナの右隣に腰を落ち着ければ、ミリュウがその場に座り直す。彼女のようになぜか居住まいを正したのは、ひとりやふたりではないが、どうでもいいことだろう。

 きっと、セツナの話に耳を傾けてくれようとしたのだろうし、それならばそれでいいことだ。

「俺は、この世界の人間じゃあなかった。イルス・ヴァレの外の人間なんだ」

 とはいったものの、その事実は、この場にいるだれもが知っていることだ。

 セツナが異世界存在であることを理解した上で、受け入れてくれているのだ。

 だから、いまさら、改めて説明する必要はない。ないが、いわざるを得ないという気持ちもある。

「この世界の外からきたんだ。アズマリアによって。彼女によって、招かれた。この世界に」

 ファリアやミリュウ、レムやルウファがセツナの話に耳を傾けながら、それぞれに異なる感情を想起させる表情をしていた。

 一方、セツナの脳裏を過ぎるのは、この世界に召喚されたばかりのことだ。

 目の前には絶世の美女がいて、彼女に背中を押されるようにして武装召喚術を発動させ、黒き矛を手にした。あのとき、セツナの人生の激変が始まったのは間違いない。転換点といっていい。

 ありえないことだが、もし、アズマリアの召喚に応じていなければ、いまごろどうなっていただろうか。

 そんな馬鹿げた、ありもしない可能性を想像したのは、一瞬に過ぎない。

 いま考えるべきは、そのあとのことなのだ。

「当然、俺には寄る辺なんてなかった。頼れるひとも、友も、仲間と呼べるひとなんて、だれひとりいやしなかったんだ」

「……それって、アズマリアのせいじゃ?」

「ああ」

 ルウファのツッコミを否定せず、苦笑する。

 アズマリアは、悲願を果たすためにセツナを召喚したはずだというのに、なんの説明もしなければ、戦い方すら教えてくれなかった。ただ、放置した。まるで、そうすることこそがセツナのためである、とでもいわんばかりに。

 実際、そうだったのだろう。

 アズマリアに教えを請い、本当の意味で彼女の弟子となって、超一流の武装召喚師となったところでなんの意味もなかったのだ。

 そこには、アズマリアの目的はない。

 アズマリアは、ミエンディア討滅の鍵として、セツナを召喚したのだ。

 そして、大願成就のためには、セツナが黒き矛の使い手として完璧に仕上がらなければならなかった。

 だからこそ、放置した。

 矛盾しているようだが、理に適っている。

 混沌こそが、魔王の杖の力を引き出すのだ。

「でも、そのおかげで、俺はファリアに逢えたよ」

 そういう意味でも、アズマリアには感謝しなければならなかった。

 アズマリアが放任主義だったからこそ、セツナは、ファリアに出逢うことができたのだ。

「……懐かしいわね」

 ファリアがはにかむと、隣のミリュウがセツナの肘を抓ってきた。自分のことを忘れてはいないか、とでもいうのだろうか。

「わたしも!」

 エリナがめずらしいくらいに声を上擦らせた。

「ううん、わたしのほうが先だよ! お兄ちゃんに逢ったの!」

「ああ。覚えているよ、エリナ。覚えているとも」

 エリナにいわれるまでもないことだった。

 そうなのだ。

 セツナがこの世界に召喚された直後に出逢ったのは召喚者たるアズマリアだが、そのつぎに出逢ったのは、エリナだったのだ。厳密には、カラン村から避難中の村人の集団であり、その中にエリナがいた。そして、エリナの涙が、セツナの心に火を点けたことも、はっきりと覚えている。

 カラン大火。

 すべての始まりは、そこかもしれない。

 セツナがガンディアに所属するきっかけとなったのは、間違いなくその事件なのだ。

 炎に包まれたカランでランカインと戦い、灼き尽くされて死にかけたところをファリアに救われた。そして、レオンガンドと出逢い――。

「俺は、ガンディアの人間になった……」

 たった数年前の出来事だというのに、いまや遠い昔の物語のように感じるのは、やはり、それから激動の時代を送ってきたからだろう。

 ガンディアの人間として。

 王立親衛隊《獅子の尾》隊長として。

 セツナ=カミヤとして。

 ガンディアに尽くしてきたのだ。

 ガンディア王家に。

 だから、寂しくないといえば、嘘になる。


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