エピローグ(三十四)
決まっていたこと。
セツナは、運命などという言葉は嫌いだが、しかし、運命というものがあるとすれば、それこそ、イルス・ヴァレが辿り、歩んできた道は、運命としか言い様がなかった。
なにもかもが、決定事項の上に成り立っていたのだ。
聖皇の復活も、そのための儀式も、儀式に必要な時間も、必要な犠牲も、必要な要素も、なにもかもが最初から決まっていたのだ。
聖皇の死によって打ち込まれた運命という名の楔。
在るべき世界への帰還を望む皇神たち。皇神たちによって影ながら支配され、思惑通りに動く人間たち。在るべき由来を忘れ、静観を決め込む竜王たち。あるがままに生きることもままならない皇魔たち。数多の意思、無数の想念、理想と現実、虚偽と欺瞞、使命と運命――。
ミエンディアが今際の際に紡いだ運命の構造そのままに世界は動き、闘争を呼んだ。
そして、最終戦争が引き起こされた。
“大破壊”は、防げたかもしれない。
クオンたちが諦めれば、“大破壊”は起きなかったかもしれない。
しかし、その場合、世界はより大きな被害を受けていたことは明白だ。
アズマリアを欠いた状態のミエンディアの不完全な復活がこの世にどれほどの損害をもたらすのか、セツナほど知らないものはいない。
結局、“大破壊”は起こるべくして起きたのだ
ガンディアの滅亡もまた、予め決まっていたことなのだ。
そんな馬鹿げた話、有ってたまるものか、と、吐き捨てたい気持ちもあるが、こればかりはどうしようもない。
聖皇の復活が既定路線だったように、そのための犠牲も最初から決まっていたことであり、それを避ける方法などどこにもなかったのだ。
その無念さたるや、いまもなお、セツナの心に影を落としているほどだ。
だから、グレイシアやナージュ、レオナが“大破壊”を生き残り、ガンディアの再興を目指して活動していたことは、セツナにとってこの上なく喜ばしいことだったし、そのために尽力すると誓ったのも嘘ではなかったのだ。
セツナは、レオンガンドに見出され、ガンディアを居場所とした。
ガンディア王家の家臣であったればこそ、この世界で生きる術を見つけることができたのではないか。すべてを失ってもなお、生き抜こうとする意思を失わなかったのではないか。すべては、ガンディア時代があったからこそだ。
だからこそ、ガンディア再興の一助となろうとしたのだし、そのための手始めとして、ネア・ガンディアを名乗る連中の、獅子神皇の打倒を誓ったのだ。
そして、ネア・ガンディアは滅び、獅子神皇もまた、斃れた。
だが、その過程で、セツナは、ガンディア再興を願うグレイシアやレオナを裏切ることになってしまった。
セツナ自身が裏切ったわけではなく、そのように認識そのものが改竄されてしまった。
イルス・ヴァレ史上最大最悪の裏切り者の烙印は、なにも土壇場で裏切り、魔王と成り果てたからこそ押されたものではない。
セツナは、最初からすべてを裏切り、破滅と混沌を招くものの如く認識されてしまっているのだ。
ガンディアが滅びたのも、レオンガンドが獅子神皇と成り果てたのも、ネア・ガンディアの存在も、聖魔大戦の発端すらも、なにもかもすべての原因がセツナに集約されてしまった。
この世界に於ける唯一にして最大の悪の化身。
それがセツナなのだ。
百万世界の魔王と同一視されてさえいる。
こうなってしまった以上、セツナがグレイシアやレオナと逢い、言葉を交わすことなどできるはずもない。ましてや、ガンディア王家の家臣である、などと名乗れるわけもなかった。
そんなことをすれば、ガンディア王家の立場が危うくなる。
いまや、ガンディア王家は、悲劇的な立ち位置にある。
なぜならば、先のガンディア国王レオンガンドが、魔王セツナによって魂までも冒涜され、獅子神皇という名の傀儡と成り果て、挙げ句、魔王セツナの手で討ち滅ぼされるという惨憺たる結果に終わったのだ。そこには一切の救いがない。
レオンガンドの悲劇的な人生は、世界中から同情を集めているといい、ガンディアもまた、悲劇の存在として語られているという。
そんな中、セツナがガンディアに関わろうものなら、ガンディアへの同情が反転し、世界中から攻撃を受けることになるのではないか。
もちろん、魔王の力を以てすれば、世界中からどれほどの攻撃を受けようとも撥ね除けることは可能だ。だが、そんな状況をグレイシアやレオナが望むかといえば、首を横に振るしかないだろう。そもそも、魔王と成り果てたセツナを受け入れてくれるわけもない。
故に、セツナがどれだけガンディアや王家のひとびとのことを想い、再興のために協力したいと願っても、それは決して叶わぬことなのだ。
だから、こうしてガンディア再興が成ろうという話を聞くだけでも、心が癒やされるのだ。
なにもできないことへの複雑な気持ちは決して消えないが、それはそれとして、グレイシアやレオナが懸命に生き、彼女たちのために尽力するものたちがいるという事実は、セツナの心を慰めた。
そんなガンディア再興に纏わる話が続く。
ガンディア再興は、王家のみならず、様々なひとびと、竜や神々の助力によって、成った。
しかし、国を治めるのは王家であり、国の頂点には、王が立たなければならない。
そこでグレイシアが王として擁立したのが、レオナだった。
レオナは、若いどころか幼すぎるのだが、グレイシアたちが彼女を支えるのであれば、なんの問題も心配も必要ないだろう。
そう、セツナは思ったのだが。
「そのレオナ様を探すのに会場中を引っ繰り返すような大騒ぎになりましてね」
「レオナ様を探す? どういうことだ?」
「会場にいたんでしょ? 式典の主役みたいなものなんだから」
「それはそうなんですけどね」
ルウファがなにを思い出したのか、笑いを噛み殺すようにして話を続けた。
式典の終盤も終盤、式典を取り仕切るグレイシアがレオナを紹介しようとしたとき、それは起こったという。
式典の主役であるはずのレオナが、いるべきはずの場所にいなかったのだ。
忽然と姿を消していた。
無論、レオナはひとりではなかった。なにしろまだ幼く、式典の主役でもある上、ガンディアの姫君だ。関係者も護衛も山ほどいたはずであり、彼女がだれにも見つからず姿を消すことなど、不可能に近かった。
だが、レオナは姿を消した。
ルウファの説明によれば、それには、どうやら魔王の姫君が関わっているとのことだった。
もちろん、そこでいう魔王とは、セツナのことではない。
イルス・ヴァレにおけるもうひとりの魔王であり、善き魔王と呼ばれるメキドサールの王ユベルのことだ。
そして、その姫君とは、リュカのことに違いない。