エピローグ(三十三)
ともかく、ミドガルドの発明および機転とルウファの提案によって、決して叶うことはないと想われていた再会がなったのだ。
エリナもエスクも素直に喜んでいたし、セツナたちも心からこの再会を嬉しく想った。
二年前の別離の日、もう二度と逢うことができなくなるだろう、と、だれもが覚悟していた。
セツナは魔王となり、世界の敵となった。
そして、世界がセツナの動向を注視し、魔王を取り巻く状況を厳重な監視下に置いている以上、軽々しく再会などできるわけがなかった。
ミドガルドでさえ、端末機を遠隔操作して擬似的な再会を果たすだけに留めているのだ。
ルウファのように頻繁に魔王の島を訪れることなど、エリナやエスクにできるわけがなかった。
では、ルウファはなぜ、そうも容易くこの島を訪れることができるのかといえば、彼が極めて優秀な武装召喚師だからだという事実を認めるしかない。
ルウファは、新生リョハンからヴァーシュ島までの超長距離を意図も簡単に飛び越えられた。
召喚武装レイヴンズフェザーの能力を最大限に発揮すれば、大陸も大海原もなんの障害にもならないのだ、と。
そして、彼は、その際変装することで、自分の正体が監視者たちに知られないように配慮してもいた。
変装も召喚武装の能力であり、複数の召喚武装を自在に使い分ける彼の優秀さが如実に表れているといえるだろう。
そんな風に度々この島を訪れてくれる彼の存在そのものは、セツナたちにとっても有り難いものだった。
なぜならば、このヴァーシュ島は、外界から隔絶され、世界から孤立しているのだ。
いくらセツナたちといえど、島に引きこもったまま、世界情勢を知る方法などあろうはずもなく、ルウファやミドガルドが寄越してくれる情報だけが外の様子を知る数少ない手がかりだったのだ。
ルウファとミドガルドが定期的に寄越してくれる情報があればこそ、セツナたちは世界の現状を知り、自分たちを取り巻く情勢を知ることができる。
それは、セツナたちが無闇に動く必要がないということであり、余計な騒ぎや事件が起きる可能性が限りなく低くなるということだった。
セツナたちが島から抜け出せば、その瞬間、世界中は大騒動となるだろう。
魔王が軍勢を率い、世界全土を侵攻するべく動き出した――などと、ありえもしない妄想が事実のように拡散されることになるに違いない。
世界は、それほどまでに魔王の存在に怯えている。
世界連盟が常に取り扱い、慎重に議論を重ねている問題が、魔王をどう対処するか、ということなのだ。
魔王をこのまま放置して置いて良いのか。魔王を討伐するべきなのではないか。討伐できないのであれば、封印できないのか。ヴァーシュ島そのものを結界の中に封じ込めてしまうのはどうか――そのような議論が日夜繰り返されているという話をルウファやミドガルドから聞いていた。
しかし、いまのところ世界連盟には打つ手がなく、故に魔王を刺激するような行動を取るべきではない、と、結論づけているとのことだった。
故に、魔王島もまた、ある種の平穏を甘受していられるのだ。
そんな安穏たる日々を享受する島にあって、外界の様子がまったく気にならないといえば、嘘になる。
ルウファやミドガルドが差し入れてくれる情報は、無論、セツナたちが求めたものではないにせよ、喉から手が出るほどに欲しがり続けていたものでもあった。
「で、式典はどうだったよ?」
場所を屋敷内の広間に移し、長椅子に腰掛けたセツナは、対面の席に腰を下ろしたばかりのルウファに尋ねた。
広間に集まり、それぞれ思い思いの場所に腰を落ち着けたのは、ルウファ、エスク、シーラ、エリルアルム、それにラグナの五名だ。ウルクはミドガルドとともになにやら話し込んでおり、ファリア、レム、エリナの三人は、お茶と菓子を用意するために台所にいっている。
ちなみに、ラグナは小飛竜態に変身し、セツナの頭の上に鎮座していた。結局、そのほうが楽であるらしい。
「それはもう盛大なものでしたよ。なんたって、世界が平和になって三年目の節目ですからね」
「三年目ってなんだか中途半端よね。五年目とか十年目とかならともかく、三年目って」
「それもそうだが、まあ、いいだろ。それくらい」
セツナは、ミリュウが膝の上に座ろうとしてくるのを阻止しながら苦笑した。彼女のいいたいこともわからないではない。
「そうですよ。節目を決めるのは、結局のところ、ひとそれぞれなんですし。式典の主催者の方々にとっては、三年目がちょうどいい節目だったんでしょう」
そういって、彼は式典のあらましをセツナたちに話してくれた。
終戦記念式典のおおよその内容については、先日、彼がレイヴンズフェザーを用いて宅配してくれた新聞紙の記事の通りだった。
聖魔大戦の終結を記念する式典であるとともに、数え切れないほどの戦死者への哀悼の意を示し、それらの霊を慰め、魂を鎮めるための儀式でもあったのだ、と。
そして、聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンの偉業を讃え、これからの世界について大いに話し合ったのだという。
そんな式典において、話題をかっさらったのが、ガンディア再興に関する話だったらしい。
「ガンディアの再興……か」
「へえ……ガンディアのねえ……」
ミリュウがセツナの左肩に頭を乗せながら、気乗りのしない様子でつぶやいた。
「あれ? あんまり嬉しくなさそうですね?」
「いんや。俺はそんなことはないからな」
セツナは、ルウファのきょとんとした目を見つめながら、はっきりといった。といって、ミリュウの気持ちを否定するつもりもない。ミリュウにはミリュウの、セツナにはセツナの考えがあり、想いがあるのだ。それが異なっているからといって、どうということなどないのだ。
「嬉しいさ。なんたって、ガンディアは俺のもうひとつの故郷みたいなもんだからな」
この世界に召喚されたばかりのセツナにとって、唯一の拠り所であり、居場所だったのが、かつてのガンディアなのだ。
セツナのイルス・ヴァレにおける人生は、ガンディアとともにあったといっても言い過ぎではあるまい。
少なくとも、青春のすべてをガンディアのために費やそうとしたし、ガンディアのためならば死をも厭わなかった。命を懸けて戦い、命を賭して、ガンディアという国を護ろうとした。
結局、ガンディアは滅び去った。
最終戦争という逃れようのない大災厄に飲まれ、滅びるべくして滅びたのだ。
“大破壊”が起ころうと起こるまいと、ああなった以上、ガンディアが存続することは不可能だっただろうし、最終戦争を食い止めることもできなかっただろう。
すべては、決まっていたことなのだ。